2009年1月28日水曜日

バカ本

バカ本にハズレなし.
(今のところ)

タイトルに “バカ” とつく本はたいてい当たりでして,楽しく一気に読めてしまいます.

まずは時事を扱ったものとして勝谷誠彦 著『バカが国家をやっている』.
表紙には各国リーダーのバカっぷりを表す挿絵がのっていますが,中身はそれにとどまらず国際問題,内省,教育,食品問題などなど,勝谷氏が得意とするフィールドでの取材によるコラムが見開きページ単位で展開されます.
シリアスにバカを取り扱う,ためになる本.

最近読んだ本としては呉智英 著『バカにつける薬』.ニュース,芸能,事件などに毒づきながらバカ事象を切っていく.
特に前半部分に出てくる某評論家との紙面論争のやり取りを掲載しているところはホントにバカらしくてアホらしくて.頭良さそうな評論家の論争って子どもの喧嘩のようなやり取りが展開するんだなと.「お前のカーちゃん出べそ」的な論争には幻滅.呉氏は 「こういう頭良さそうな仕事している人が最もバカであることの典型を見ているようである」と述べます.
呉氏の本は他にも読みましたが,なかなか歯切れが良いから,「?」 と首を傾げたくなるような意見もあるがそれはそれで面白いからOKということで.

同名タイトルに,高須克弥 著『バカにつける薬』がありまして,あの高須クリニックの院長でもある氏が,まさにバカにつける薬を処方箋しています.医師としての本音を語る部分が多いのですが,それがなかなか面白い.すべてを吹っ切ったぶっちゃけ話を展開しています.バカをバカと論じた上で,どうすればマシになるのか対策まで述べる姿はさすがお医者さん.バカへの愛情が見えます.

呉氏と似たような切り口のものとしては,勢古浩爾 著『まれに見るバカ』.呉氏以上にこれでもかと “これぞバカ” と断定する人・事を列挙.バカをレベル別にランク付け,これ以上どうしようもないバカ・死んでも直らないバカを超えるバカを 「まれに見るバカ」 と定義し,ここまで来たバカはバカ過ぎてむしろ希少価値すらつくのではないかと論じています.

有名どころでは養老孟司 著『バカの壁』,『超・バカの壁』.バカはバカ.バカはどうにもできないい.と,バカへの理解を諦めるに至った究極のバカ本.養老氏の上品な文章力をもってしているのでソフトタッチな印象を受けますが,「結局バカはバカ」 と結構ハードな物言いです. バカは死ななきゃ治らない,と言った先で 「死」 についても語るところはさすが養老氏.「科学」は絶対的な “正しさ” を保証するものではないことを語る部分はとても参考になりました.

私達に関連が深い分野としては,永井洋一 著『少年スポーツ ダメな指導者 バカな親』.親が安易に抱くスポーツの教育効果への期待をぶった切ります.自分ではろくにしつけをせず,スポーツしてりゃしつけられるだろうみたいがバカ親が多過ぎる上に,図に乗ってしつけ気分で指導するバカ指導者も多いそうです.スポーツ・体育はしつけの場ではない.しつけられた子どもが,スポーツという有機的な場で,そのしつけ・行動が試されることに意味があるのだと.バカ親に育てられたバカ息子はバカ指導者に導かれてバカ・スパイラルに巻き込まれてしまうということです.

バカを自覚している人のためのバカ本として小谷野敦 著『バカのための読書術』.バカはどうすればバカにされないか,その勉強法を具体的に述べています.結論としては,「バカは歴史を学べばいい」とのこと.バカは理系のことを勉強してもボロがでるので,歴史ならなんとかなる,歴史は長く生きているものにアドバンテージがあるから,バカが勉強するにはうってつけ.年下・後輩にもバカにされなくてすむのだそうです.
自尊心旺盛な私としてはバカを自覚していなのですが,氏の勉強法に関する記述からはとても有意義な示唆を得ました.

こうしてみると,「バカ」 をタイトルに冠する本はなんだかどれもノビノビと書かれているので,すっきり歯切れがよくって読みやすいものばかりです.
「バカ」 を論じる人は,ある程度開き直ることによってサッパリとした主張ができるのかもしれません.