2009年2月25日水曜日

生理人類学


自分が担当している研究室以外の学生の卒論発表練習を聞きました.

発表間近にこれで大丈夫かな? と思えるような状態の学生もいますが,そこら辺は自分の卒論発表も同じような状態だったので人のこと言えません.

私の場合,この時期に初めて先生に発表スライドを点検してもらいました.大変なことになっていました.
それに比べれば,今日見た学生の発表スライドはかなり立派なものになっているので,なんとかなるものでしょう.

このブログを読んでいる人の中にも卒論発表(この大学と同じ)を経験している人がいるかと思いますので,懐かしい想いに浸っているのではないでしょうか(もう忘れ去ってしまうほど過去の方もいるかもしれませんが).

こういうことをやっていると,いろいろな分野のこと頭に入れて視野を広げておかないといけないことを痛感します.
“分からないから” ,“興味ないから” では済まされないし,聞いてても面白くないので,ヒト・人・人間の事について,あらかた勉強できる本が便利です.

佐藤方彦 編『人間を科学する事典』 がかなりおススメです.
カタい学術的な文章が並ぶわけではありませんが,それほどやわらかく加工されているわけではなく,それでいて内容はしっかりしているので,人間の事についてザッと見渡すにはうってつけです.

実はこの本を紹介してくれたのは以前お世話になった大学の先生でして,昨年退官されたのですが,未だ研究意欲衰えずといった感じで今年もお世話になりっぱなしです.
たった1年だけのお付き合いでしたが, “人間とは?人類とは?” という疑問を常に頭におく研究スタンスで,近視眼的なデータ解釈を嫌う印象が強く残っています.

このスタンスは別に “研究” という分野だけに言えることではなく,これまでに紹介した教育・学力系の書籍でも述べられていることと一致します.
まずは “全体把握”,その後 “個別比較(部分)”, そして “前後比較(変化)”.

という視点で見なければいけないというもの.

言われてみれば当たり前のことですが,自分が専門としている事以外のこととなると,どうしてもイメージしにくくなります.
顕著なのがニュースや日常作業について.
どれだけ全体を把握してニュースを聞いているか疑問です.
マスコミにのせられた視聴や,思い込み・偏見による行動が多いような気がします.

こういったことを昨今の教育では蔑ろにしてていた(ゆとり教育推進派からすれば「うまく転換できなかった」)ところがあります.
“基礎の積み重ね” で全体を把握するのではなく,全体を把握してから基礎も把握する,という学力も大切なのではないか? 実際の生活場面では,そっちの方が重要である可能性が高いからです.

今日は恒例の大学院生勉強会で教育について発表したのですが,イマイチ自分の考えが言葉にできず,己の技量不足と,この問題の複雑さを噛みしめました.
やっぱり自分の考えを “発表” するのは重労働ですね.もう少し自問自答してみます.

卒論発表に苦労している学生達の気持ちをタイムリーに共感できました.