2009年6月24日水曜日

なんやったっけ?


今日はとりあえず,職場の同僚と飲みに行っていろいろと話してきました.

なんかブログのネタを思いついていたのですが,今になって忘れてしまいまして.
明日 会ったら またなんか言われそうです.


何も無しというわけにはいかないので,覚えている範疇で少し記事を書こうかと思います.


アニメ界の重鎮として宮崎駿 監督というのがおります.
文句なしの名監督でございます.異論はございませんが,最近の作品は私に合わんのです.

なんというか,トゲがなくなってしまったというか,問題提起がなくなったというか.
まるでサイコロステーキのような感じ.
「これ,おいしいでしょ?」
というような,元々おいしいものを さらに食べ易くしたような作品になってきたように思うのです.

そりゃ,食べ易くておいしいけど...,
見る側がナイフで切り,フォークを刺す場所を考える余地がなくなったように感じます.

善を善とし,悪を悪とする主張が感じられるのです.
かつての作品では,テーゼを見せ,それなりに楽しく 「あー,いい作品だったわー」 と思わせておきながら,どこかに「裏」を用意しておき, “これについてどう思うの?” と観客に訴える部分が隠されていたように思います.

以前は 自然との共存や人間の業を,理想と現実から向き合う部分がみられましたが,最近の作品ではこれらのことについて 宮崎氏自身の理想が前面に出てきているというか.

これについて今日の居酒屋では,
「歳とってくると,変わってくるのかな〜」
と.
なんか,
自分が生きてきた証を残すというと言い過ぎですが,善について理想について,世に残す・還元すべきことを考えるようになるのでしょうか.


ところで話は変わりますが,
今,ZEROという日テレの番組をやってまして,さっきまで観ておりますと,
“中学校を長期取材する” という番組プロジェクトを始めたとのこと.
学校を1年間をかけて取材し続ける珍しい企画で,その取材に協力した中学校の校長の言葉が印象的.

「長期取材だというから受けました.学校は,子どもは,短期の取材では絶対にわからない.ぜひ世の人に学校教育の現実を見ていただきたい.学校は年間を通じて変わっていくものです.教育は根気がいるし失敗もある.大人にとっては自分達自身が必ず通ってきた経過であるにも関わらず,部分的にしか判断しないし評価しない.子どもたちが変わる瞬間を見ていただきたい」

学校教育の場に少しですが関わっておりますと,この言葉の意味が深く突き刺さります.
この校長先生,なかなか出来た人ですね.

以前,私の母校を取り上げた記事を書きました.その高校は結構な問題を抱えておりましたが,いろいろと想いがまた込み上げてきました.