2009年8月6日木曜日

次回はエヴァ


SF作品と生命科学をテーマにした勉強会が終わりました.
おもしろおかしく科学を取り扱うのもたまにはいいものです.ってか,私はいつもそういうふうに取り扱ってますけどね.

発表は 「Ghost in the shell」 というSF作品を下敷きにしていましたが,それ以外のSF作品の例として 「新世紀エヴァンゲリオン」 を取り上げたんですけど,みなさんからは それ について取り上げてくれという声が.ということで次回のテーマはこの作品の謎解きに決定.テーマを考えなくてよくなったのでOKですね.

たしかにこの作品は,子ども向けアニメとしてのスタンスをとりながらも難解なストーリーが物議をかもしたそうです(95年当時,私はリアルタイムで見てません).
私が 「エヴァンゲリオン」 を初めて見たのは大学院生になってからで,その時,この作品の完成度の高さに驚愕したのを覚えています.

宗教,ことエヴァンゲリオンであればキリスト教についてや,精神世界についての理論なんかを集め始めたのもこのときからで,院生時代の1年間,コンピュータールームでの留守番のバイトはこれを調べる時間として当ててました.

もう一度調べ直してきますので次回に乞うご期待.


ところで,今日の勉強会のテーマは「生命と非生命の定義」と「ロボットと人間の違い」でしたけども,みなさん “理解” してくれたでしょうか?
まぁ,その, 「理解できないんだな」 ってことが理解できてくれたらOKです.

理解なんてものは概ね願望に基づくものだ

というのは今日 取り上げた 「Ghost in the shell 2」 の劇中に出てくる台詞.

人間は「記憶」によってのみ個人たりうるという「理解」の上において,非生命体であるロボットに人間の記憶を載せると,それはどいう存在になるのかという疑問.
身体は明らかに生命体ではないが,そこには生命体として存在すると主張するだけの何かが宿っています.
人間としての価値はいかほどのものなのかという焦燥感や不安.
「人間の記憶」が外部化,コピー化できるようになった将来.人間は現代におけるクローンやES細胞,そして脳死判定基準と同様,ギリギリの判断と評価をせねばならなくなるようです.