2009年8月31日月曜日

身辺

日本が騒がしい今日この頃.

最近,私の身辺も騒がしくなっております.
追々また詳細についてお知らせしたいと思いますが,今月はこんなところで終了です.

そろそろ高校の授業が始まります.
2学期以降は,3年生の成績が内申に反映されないので生徒も先生も適当になるそうです.

・・・そうはいきません.
私の授業はきっちりやりたいと思います.

2009年8月30日日曜日

政権交代


いよいよ始まりましたね.自民党の影響がほとんどない政権による政治が.
民・社・国による連立政権です.

私が心配していた “小政党への票の拡散” もなく,民主が単独で,しかも一方的に獲りました.
社民も国民新も議席数がそんなに増えるわけではなさそうですし,共産党も馬群に沈むようです.あとの党のことは知りません.
とりあえずは一安心です.

今後としましては,自民が壊滅することが心配の種です.
そう遠くない将来,もう一度 衆議院選挙があるでしょうから,自民党員にはそれまで我慢してもらいたいものです.

そして民主党は死物狂いで政権を運営してもらわなければなりません.
メディアも国民をいつまでも騙し続けることはできませんから,民主は実力でなんとかしなくてはならないのです.

まずは政権交代の最大のウリである “政官癒着の切り崩し” からやってもらいましょう.それが一番派手だし国民へのメッセージにもなります.

危惧されるのは,あの社会保険庁と年金問題について,実は民主党にも責任があることがバレること.これについては以外と国民は知りませんので慎重に事を運ばねばなりません.下手したら来年4月くらいにまた選挙ということにもなりかねませんので.
民主党には少なくとも1年くらいは頑張ってもらいます.

他にも,外国人参政権や国防問題,領土問題等,これまでの民主党の発言からは命取りになりかねない部分が山積みなので気をつけてほしいところ.
現実をみて運営してください.

今のところ,私としては想定の範囲内で事は進んでいます.ここまで民主が躍進したのはビックリですけど.

あとは民主党からいろいろと膿が出てくることを待つばかり.
グダグダになって1〜2年後に衆院解散があってもいいですが,間違っても “民主党分裂” なんてことにはならないようにしてほしい.

2大政党制実現のため,この2年ほどの動きを興味深く見守りたいと思います.


さて,今日の一冊はジュール・ヴェルヌ 著『十五少年漂流記』でした.世界的な名作の一つとして数えられています.
どんな内容なのかは知っていましたが,実際に読んだことがなかったのでこの機会にと.冒険ものとしては秀逸で,展開にワクワク感があって少年時代の感覚を呼び覚ましてくれる力を持っています.
小学校の頃に,家の裏山冒険に出かけたことを思い出します.

内容はというと,15人の少年が難破して無人島にたどり着き,そこで協力しながら困難に立ち向かい生還するというもの.
子どもたちの自然を相手にしたサバイバルと,未熟ながらも “社会” を作り出してゆく過程に心躍る作品です.

ただ,『十五少年漂流記』を読むと,自然とこの作品と比べてしまうものです.ゴールディング 著『蠅の王』
『十五少年漂流記』では,なにもかもが奇跡的にうまい方向に展開していきますが,『蠅の王』では似たような境遇を描いているのですけど,こちらでは現実的で冷酷な展開をみせるところに違いがあります.

『十五少年漂流記』は徹底したファンタジーであり,子どもの夢をかき立て,大人の懐古感をくすぐるものであるのに対して,『蠅の王』では,“子どもがアナーキーな境遇にたたされるとどうなるか” を徹底して描写しています.

『蠅の王』では,ご都合主義的な自然環境は用意されず,子どもたちも強い自制や高度な組織運営力は持ちません.
とにかく “子ども” がとるであろう行動を淡々とつづります.

実際に子どもが『蠅の王』にあるような行動をとるかと言うと不明なところがありますが,この2作はぜひ対比して読みたい作品です.

2009年8月29日土曜日

決戦前夜


村上春樹 著『ダンス・ダンス・ダンス』 を読み終わりました.
他にもいろいろと読んできましたが,この作家は「別の世界」をテーマに掲げるものが多いように思います.
全部読んでいるわけではないので “多い” という表現が適切かどうかはわかりませんが,『1Q84』や『海辺のカフカ』は直接的ですし,『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『神の子どもたちはみな踊る』もそんなニュアンスが強く,その他の作品でもこうした「別の世界」を取り上げることがあります.

日常に潜む裏の世界.それは危険な匂い,恐怖の匂いがするとともに,いい知れぬ好奇心をもかきたてるもの.
入ったら出口を見つけることはできず,出るためには命を賭する覚悟が必要なもの.

カルト教団への入信や覚醒剤の使用にも通じる何か.人間の内外に存在するこうした「別の世界」を表現しているように感じます.


今日は朝から昼過ぎまで実験の被験者をやってきました.
前回(先週)やったときは,死ぬんじゃないかと思うほど全身を冷却させられましたが,今回は,死ぬんじゃないかと思うほど 「眠気」 と 「ストレスの無い状態」 と戦うハメになりまして.
こんなにも「適温環境で何もしない」ことが苦痛であることを初めて体感しました.
以前からこういうことは聞いたことがありますが,実際に体感すると 「ストレスの無い状態」 の苦しさがわかります.

自宅に帰って「ダンス・ダンス・ダンス」 を読んでいましたら,途中で気絶するように眠ってしまい,起きたら外が薄暗くなってて混乱し,うろたえている自分.
時間感覚がなくなって,それこそ 「別の世界」 に入ってしまったような気分.

昼間っから寝られるのは幸福の至りだと思っています.こういう機会も大事にしなくてはいけません.

世間では寝る間も惜しんで選挙活動が続いております.
いよいよ明日が決戦です.
自民か民主か?こういう図式,つまり2大政党制のような選挙になるのは民主主義制度をおく国としては非常に健全かつ円熟してきた状態だと思います.
同じ政党がずっと権力を握り続ける状態が良い状態であるような状態は避けなくてはならないと考えておりますので.

そろそろ自民党以外の大政党に政権を担ってもらい,自民党以外が国の舵取りをやるとどうなるか,国民が身をもって知らなければなりません.多少の犠牲は必要です.

私が今回の選挙,そして選挙後に危惧しているのが以下のこと.
・民主党が社民党と連立することによる必要以上の犠牲
・社民党との連立による民主党の議席数の低下
・負けた自民党が分裂することによる次期選挙への影響
・小政党が微妙に議席数を増やしてしまうこと

日本の政治家は国益を考えずに偽善活動と目立つことばかり考えますので,大きな政党に入って地道に国を良くすることを考えません.
なにより “他者・他党と同じイデオロギーを主張する” ことを嫌います.
政策や運営方法で勝負しようとせず,根本的な政治観から意見を違わそうとします.
現実的に国家・国民のことを考えるのではなく,あくまで “自分の思想を実現しようとする” のです.

ですから,他の党よりもより良い政策を考えて次の選挙をうかがおうとはせず,「我こそは」とばかりにまた小政党つくって名を挙げようとするバカが出てくるはずです.
こういう奴のうたい文句はきっと「この党に所属していると私の信念を曲げなくてはならないことが多い」 とか言い出すのでしょう.

そしてその状況をメディアは肯定的かつ好意的に報じるはず.メディアが政治について正しく報道をしたことはただの一度もありませんので騙されないように.

選挙後にこういった行動をとる政治家(特に自民党内)は誰か?
国民としては注意して見ておかねばなりません.

2009年8月28日金曜日

広島2


広島での学会が終わり,大学・自宅に戻ってきました.

連夜の会で “もの言わぬ者” ですら疲れ切って悲鳴をあげているようです.
今夜はじっくり眠りたいと思います.

学会の合間をぬって村上春樹 著『ダンス・ダンス・ダンス』の上巻を楽しみました.
ホテルにまつわる話が展開されているのですけど,それをホテルに泊まって横になって読むのも乙なものです.
寝る前に下巻を少し見て明日に備えようと思います.

さて,明日は先週もやった “人間冷却実験” の続きなので大学には出勤しません.
今回は体を冷やすことはないので気は楽です.

2009年8月25日火曜日

広島

今日は学会があって広島に来ています.
今回泊まっているホテルは以前にも利用したことがあるのですが,非常に大きな部屋ときめ細かい設備が売りのイケてるホテルです.その上安い.一泊6000円しないのです.

明日からいよいよその学会が始まるのですが,いきなり観光から入ります.
学会といっても観光4割,会場6割くらいが正直なところ.学会でないと会えない人もいるのでそれを楽しみにして来ている部分も多分にあります.

“平和記念公園 → 原爆ドーム → お好み焼き”.
以前も同じようなコースをたどりましたが今回もそのようになるようです.

別に興味が全くないわけではないですが,ないと言えばないです.別のところにも行きたいなー,と思っていますが(広島城とか呉港とか),同行する学生に初原爆の者がおりますので,なんだかんだでお約束のコースは外せません.

毎年,学会に対する緊張感やワクワク感が低下の一途をたどっています.というのも,自分の専門分野のところの発表を聞いても,「おぉ!」 と感じる演題は1つか2つ.
どちらかというと,専門分野外の発表を聞いた方が楽しいですし,新鮮です.今回も御一行から離脱して適当にフラフラ会場を回る機会を伺おうかと思っております.

2009年8月23日日曜日

真夏の冬

朝から昼にかけて,大学・大学院の同期である友人が計画した実験の被験者をやってきました.
友人は今,私が勤めている大学とは違うところに在籍しているので,ちょっくら電車に乗って出かけてきました.

どんな実験かというと環境制御室に入り,凍えるような状況での生理学的応答を調査するものです.

実験室につれていかれると,補佐をしてくれるという院生も待っていました.
で,その補佐をするという院生がまた見たことある人でして.向こうも 「あ!」 と気づいた様子.

実は私が大学院2年だった時,TA(ティーチングアシスタント)をしていた授業の学生だったのです.

友人も 「なんや,知ってるんかいな」 と.
世間は狭いですね.

いよいよ実験.
凍えるような環境制御室に入って凍えるような思いをしてきました.
温度が何度だか確認はしませんでしたが,その部屋で1時間ジーっとしてるんですよ,何度ギブアップしようかと思ったことか.これでもかと身体が震えまくって頭もボーっとしてくるし.

カウントダウンが終わり,実験終了.
意識朦朧としながら部屋から出て撤収作業.
その意識朦朧をバレないようにするために適当な相槌を打つんですけど,自分でも何言ってんのかわかんないほど.
さしずめ酔っ払ってるような感じ.

“芯から冷えた” とはまさにこのことで,その後しばらく夏の陽気に当たっても冷えは回復しませんでした.
つらい実験です.よくやります.


夕方くらいに帰ったら,「そういえば!」 と思い出したことが.
ブライダルビデオの作成を依頼されていたのですが,すっかり放ったらかしにしていまして,急ぎ完成させるべく大学に向かいます.
明日には郵送したいので,今日中に.

何度か作った経験があるのでスムーズに完成までこぎつけた...,のでしょうけど,作成中は心穏やかではありませんでした.

映像を扱うので,いくらMacとはいえ動作が鈍くなるものでして.
それでもあまりにもノロノロした動作が続くと,「チッ」 と舌打ちが始まります.

夜も遅くなってくると,周りに人がいないことをいいことに,
「テメー! そんだけの処理にどんだけ時間かけてんだよ!」
とか叫び出す始末.しまいにゃ
「ヌニュヌニュ動く暇があったらサッサとタスク処理しろよボケが!なんだ!?文句あんのか!?」
とかMacの人格否定にもつながりかねない発言も飛び出します.

ヤバイ...,この男 本気で怒ってる.Macに向かって怒鳴ってる.

独り言はストレスが溜まっている証拠です.なんとかしないと.
と思っていると,動き出したMacからは,

「御結婚おめでとうございます」
「二人でお幸せに!」
「本当にありがとうございました」

なんて言葉が流れ,「あー・・・,俺はなんてちっぽけなことでイライラしていたんだ」 と我に返ります.
自分で合わせたBGMが,ビデオレターのコメントと合わさって,なんだか・・・.

ヤバイ...,この男 感動している.Macに向かって幸福の表情を浮かべている.

幸せを分けてもらうとはまさにこのこと.
ブライダルビデオを怒鳴り散らしながら作ってちゃいかんですな.

2009年8月21日金曜日

肩コリ解消

ここ数ヶ月の悩みであった肩コリが治りました.
どうやって治したのかというと,“首のマッサージ(セルフで)” です.

ある時期から急にガチガチになり始め,一過性のものだろうと安易に考えていたらなかなか治らず,結局ここまで気分悪く過ごしてきました.
何年も肩コリにならずにきたもんですから,「あー,これが肩コリだった...」 と改めてその脅威を感じまして.

ずっと肩を揉んでいたんですけど,全然治らず.さして仕事や生活に支障があるわけではないので放っていましたが,ついにその違和感に耐えられなくなって本格的に対処しようと決意.

今日は肩コリ対策計画を立ててオペに挑みます.

まずミッションプラン.
今まではずっと肩を揉んでいたのですけど,そもそもの原因を突き止めにゃならんと肩周辺を探ったところ,首の前部もガチガチであることに気づきました.
頸椎の屈曲,及び下顎の開口動作に負担がかかっていることが原因なのではないかと,そして,それ起因して首の後部に影響しているのではないかと.

さっそく仰向けになって首をリラックスさせ,これでもかと右側の首だけをマッサージ&ストレッチ.あらゆるスポーツ科学の知識を利用して筋をほぐしてみます.
すると...,

なんということでしょう.
右の首がぷよぷよになったではありませんか.
あれだけガチガチだった胸鎖乳突筋がしっかり元通り.
それに呼応して僧坊筋も弛緩.首の前を揉むたび,ジーン・・・,と肩から腋のあたりまでエネルギーが伝わるような感触とともに,みるみる柔らかくなってゆきます.

やっぱり原因は僧坊筋を中心とした首の後ろではなく前だったんですね.

右だけやった後は,左だけが動かしづらくて気持ち悪い.妙な感じです.
続けて左側も施術しました.

今ではさっぱりとして気分爽快.
一回だけでは元に戻るかもしれませんので,しばらく続けてみます.

肩コリに悩んでいる方.
首の前をほぐす方法もお試しあれ.

2009年8月20日木曜日

一方で


前回の記事では “覚醒剤の検挙件数は徐々に減少している” としましたが,押収量はというと平成17年の123kgに対し昨年は401kgであり,どんどん増えています.

そして今日のニュースでは,今年上半期の覚醒剤の押収量は昨年の同時期と比べると6.4倍なんだそうです.

この理由については,東南アジア諸国や中国の薬物輸出規制が進み,警察が検挙・押収するためのルートを押さえ易くなったからだと考えられています.
つまり,犯罪に手を出す人も減り,密輸ルートも限定されてきたことがうかがえます.密輸入・密売する側にとっては苦しくなってきているようです.

ただ,変わらない需要に対して供給する側が増えている様子もあるようで,押収量が増えているのもこのことが一因ではないかとされています.覚醒剤は買手市場のようですね.

一方,大麻は依然として検挙数・押収量ともに増加.栽培する奴も前年より40%増えているようです.


さて,ついに18日より衆議院選が公示されました.
私が勤める大学にも選挙に行くよう促すポスターが貼られています.
30日に雌雄が決します.
いよいよ政権交代が現実味を帯びてきたのですが,私には少し危惧が.

あの民主党,社民党と国民新党との連立を表明したのです.

バカです.

みすみす票を落とすようなマネをしました.
多くの国民(サイレント・マジョリティ)に,社会・共産党アレルギーがあることを知らないわけではないでしょう.

こんなことをしたら,なんとしてでも民主党政権にならないよう,つまり社民党に政権関与させないように自民票が入ることは必至です.
民主支持だった有権者も,「社民が政権に入るなら…」 と,鞍替えする人も増えます.
たしかに,民主党一党だけで第一党になれる可能性は怪しいところですから,助力が欲しいところなのでしょうけど...
下手をしたらこの戦略.民主の命取りになる可能性があります.

これについて報道するメディアはありません.やはり民主が不利になるような報道にはストップがかかっています.

私の予想に民主党と社民党の連立はありませんでした.民主党にとってはデメリットの方が大きいからです.
しかし,この政権交代の流れはこの程度で変わる可能性は小さい.そして,社民が政権入りする暗黒の時代が始まる可能性が非常に高くなりました.
民主党だけならばマシだと思っていましたが,覚悟しなければいけない日々になるようです.


今,TV番組の 「報道ステーション」 では各党の代表に対して “一人一人呼んで” 考えを聞いています.
実はコレ.知る人ぞ知ることなんですけど,選挙前のTVではこういった方法でしか各党の意見を聞きません.つまり,各党を集めて “討論させない” のです.

というのも,選挙について生放送で政策討論させてしまうと,勢力の小さい党(社民・共産など)がフルボッコ状態になってダメ党だということがバレてしまうからです.
これについては各局 徹底しています.普段あれだけ討論を垂れ流しているのに,ちゃんとした討論番組は無くなります.やったとしても司会がしっかり議論を制限します.

フェアに選挙するなら,こういった選挙の時こそ討論させるべきだと思うのですが.
一方で,討論番組をつくろうと思っても小さい党は依頼を拒否するんだそうです.
全ての党が集まらないとフェアな討論にはなりませんので,討論番組として成立しない,ボツになる.それを利用するんだそうです.
なんだかなぁ...

政権交代することは健全な政治には必要.でも.
このような政権交代劇では犠牲が大きすぎるような気がします.

2009年8月18日火曜日

インフルエンザ(影響するもの)


新型インフルエンザで死者が出ています.
今日のニュースで2人目.
いつかは出るものでしたが,ついに死者がでてきましたね.

スポーツ界でも,日本ハムで2名の新型インフルエンザ感染者が出たようです.

沈静化してくれればいいのですが,一説には秋・冬にウイルスが変異し,猛威を振るう可能性があるとのことで.

8月初旬まで風邪(インフルエンザではない)に悩まされていました私ですが,いまだにタンが切れずに困っています.声を出す度に咳払いしなきゃいけないのはうっとうしいものです.


さて,世間ではインフルエンザだけでなく覚醒剤も流行ってきまして,今日は関西の大学生とその友人が逮捕されていました.
大学スポーツ界でも,大麻を栽培するといった猛者もいる始末で(実際のところ,大麻の栽培は簡単である),ここまで本格的に違法すると感動します.

芸能界の覚醒剤ブームに興味がまったくない私ですが,これだけワイワイ騒がれたら気にもするというものでして.
私としては誰それがどーなったとか,裏には誰がいるとかどーでもよくて,そんなことよりニコニコ動画にアップされている「白いクスリ」という酒井法子の「蒼いうさぎ」の替え歌を見て喜んでいるところでございます.
もっぱらネットでは「酒違法子」として通っている様子.なかなかうまいこと考えますな.

さっき私は 「覚醒剤が流行ってきて・・・」 なんて表現しましたが,覚醒剤関連の犯罪は増えているのでしょうか?
こんだけ芸能界を看板にして騒いでいたら勘違いしてしまいそうですが,ここは雰囲気に流されないようにしないと,ということで警察庁が出している 「薬物・銃器情勢」 に目を通してみました.

過去5年間の薬物犯罪の検挙件数を見てみると,覚醒剤に関しては減少しているか横ばいです.ただ,薬物犯罪全体を通して検挙件数が76.1%と高い割合であり,薬物犯罪のメインであることに変わりはありません.

逆に増加傾向を示すのが大麻.この原因について警察は,「大麻は健康への害が少ない」とか「栽培が容易」といった情報が増えているからと分析しています.

ちなみにシンナーは激減傾向を示しており,中・高生の間では「シンナーを吸う奴はカッコ悪い」 というイメージもでてきているのでしょうか.


ということで,総評としては薬物犯罪は低下傾向にあります.今年・平成21年の検挙件数は入っていませんが,警察の努力が実っているようです.

今回の芸能界の覚醒剤犯罪を基に,一気に覚醒剤を叩くためのネガティブ情報を発信できれば,覚醒剤犯罪の低下を加速させることが出来るやも知れません.

今回の芸能人達には生け贄になってもらいたいものです.

2009年8月16日日曜日

休暇終了


今日で長期休暇は終了.明日からまた出勤です.

こんな夜中まで自宅周辺の地域では盆踊りの音頭が鳴り響いております.
私が住んでいるところからは少なくとも3カ所の祭りの灯が見えており,ちょうどそれらに囲まれるように爆音・音痴スレスレのバミューダ騒音トライアングル状態です.
今日は最終日ですから日付変更線をまたいでも音頭は続くことが予想されます.

しかし,以前も書きましたが,私の地元ではこうした慣習が廃れておりまして,羨ましく思っております.
非日常を体験できる地域イベントというのは,やっぱり何かしら日本という国(郷)としての魅力があるものです(残念なことに祭りが苦手な私は参加したいとは思いませんが...).


そう言えば高知から帰って来る途中,高知龍馬空港で小林よしのり 著 『天皇論』 を購入.機内で読むつもりが2日ほどほったらかしにしていましたので読んでみました.

第一の感想が,よくここまで調べたなという脱帽感です.考察も客観的な部分が多く,著者の研究心には頭が下がる思いです.
小林氏は漫画家で(代表作として『おぼっちゃまくん』がある),これまでにも漫画を用いた言論スタイルで 『差別論』や 『戦争論』,『靖国論』,『沖縄論』 といったタイトルで刺激的な知見を述べてきています.

これまでの作品でも資料をよく吟味してまとめ,常識として世間にはびこる考えについて「本当にそうなのか?」 という疑問を投げかける(本人によるところの「王様は裸だ」と言い放つ)気鋭の言論人です.

今回の 『天皇論』 にしても,皇室・天皇という存在がどのようなものなのかを鮮やかに説いています.
一言で言えば,天皇の存在は日本が日本であることの条件のようなものであり,GHQによって作成された戦後憲法にも記されている 「日本の象徴」 を地で行く存在なのです.
ナゼかっていうことについては,それを説明するには長々と書くことになりそうなので省きます.

この「日本の “象徴symbol”」という表現.多くの場合軽々しく考えられていますが,非常に重いことなのです.
「天皇が日本の象徴」 ということは 「日本は天皇によってその存在を意味付けすることができる」 というほどの逆読みもできるわけです.

小林氏は,天皇がいたからこそ今日の日本の風土ができたのだということを,いろいろな視点を交えて考察します.


そしてもう一つ.これは私も以前から感じていたのですが,天皇の英訳がエンペラーEmperor(つまり皇帝)であることへの違和感.

極右的な保守陣営からはこれについて 「日本は天皇,いわゆる皇帝Emperorが元首である」 というある種の自己満足的な見解が見られますが,的外れな意見です.

聖徳太子が指示して送ったとされている遣隋使・小野妹子の書簡,
“日出ずる処の天子,書を日没する処の天子に致す.恙無きや”
では,日本が中国の皇帝と対等な地位を明らかにした極東アジアの歴史上では非常にドラマチックなその時歴史が動いたですが,その後に送った書簡では,
“東の天皇,つつしみて西の皇帝にもうす”
というものでした.
ここで重要なのは,後に送った書簡では「中国の皇帝」と「日本の天皇」を区別していることです.
「東の皇帝」とせず,「東の天皇」としている.

結論から言うと,天皇の “機能” は “皇帝Emperor” ではなく,むしろ “法王” や “祭司” という意味合いが強く,それは現在の日本人も無意識的・無自覚的に捉えているはず.
歴史的に見ても天皇がバリバリと日本を引っぱる様子はなく(源氏や徳川家を征夷大将軍として任命するといった権威があるくらい),明治憲法においさえ “しっかりと読めば” 天皇は “国家元首ではあるが主権は無い” ことが明記されています(これは第2次大戦での昭和天皇の戦争責任を論ずる上でも重要なこと).

いろいろ書くと長々となってしまいますのでここまでにしましょう.
とにかく天皇や皇室を考える上でカユい所に手が届いている作品.
皇位継承・女系天皇論や皇室のあり方など,激動が予想される今後の皇室・天皇を考える上でとても面白い本だと思います.

2009年8月15日土曜日

高野山へ


ビックリするくらい時間がある日々.
ということで,行こう行こうと思っていてずっと行けていなかった高野山に行ってきました.

今回は電車でしたが,以前は自転車で行ったことがあります.
なぜ自転車なのかって? それに理由はありません.内的モチベーションとでもいいましょうか.
その時は野宿でしたけども,墓地で眠ったことを今でも覚えています.

その野宿した墓地ですが,別に人魂が飛び交う薄気味悪い場所ではないんですね.
後日 上に写真を掲載したいと思いますが,高野山って宗教的な霊地ですけど,一言で言えば 「明るい」 場所なんです.
昔だって旅の人は墓地の近くの小屋で一晩過ごしたりしていたのです.ツーリストとしては普通だと思うんです.

弘法大師様が眠る聖地です.そこに怨霊など徘徊しているわけありません.
織田信長や明智光秀,上杉謙信に武田信玄,伊達政宗といった戦国武将だけでなく,お笑い芸人や文化人,犬・猫,シロアリだって眠っている場所です.まるで死者とのポータルサイトですね.


ところで今日は8月15日.終戦の日です.
日本でも最大級の墓所である高野山.もちろん第2次世界大戦で亡くなった方々を弔う場所もあります.
戦死された方の霊が祀られている 「英霊殿」 なる場所が用意されているのです.

が!

誰も参拝していない!

シッーーーン・・・と静まり返ったこのゾーン.お盆休みの週末ということで参拝客はメチャクチャ多いのに.
わずか10数メートル離れた場所ではざっと100人以上はごった返しているのに,この大東亜戦争慰霊地には誰一人いない.

別の日ならまだしも,今日は終戦記念日.先の大戦で国の礎となった英霊達に手を合わせる気持ちもないのかね.
関西を代表して,わたくしめが手を合わせておきました.

戦争アレルギーもわからんではないですが,こうして平和に暮らせているのもここで眠っている方々のおかけです.
別に大東亜戦争だけでなく,信長や光秀,犬・猫,シロアリ,全ての死の上に私たちの生活があるのです.

観光客で沸き返ってはいましたが,久しぶりに神聖な気持ちになれた一日でした.

2009年8月14日金曜日

時間を贅沢に


昼前に関空に着きました.

電車を乗り継ぐとなんだかもの凄い距離を感じるのですが,飛行機(着陸事故で有名なボンバルディア社製)で直線的に移動すると,「あぁ,結構近いんだなぁ」 と感じさせられます.

毎度のことですけど,なぜか空港や飛行機で職員や乗務員に注意される私.
別に横着してるわけじゃないんですがね.
これまでにあったことチョッと並べると,

のんびり搭乗手続きしてたら,
「???様ですね.搭乗口はこちらです!・・・(トランシーバーに向かって)えー,こちら×××です!.???様を今 確保しました!すぐに向かいます!」
とか言って,そんなに時間が押し迫ってるわけじゃないのに急がされたり,

携帯電話の電源切ろうと操作してたら,
「機内では携帯電話の利用は控えてください」
とか,

向かいの席の人と同じくらいなのに,
「荷物をもう少し座席の下に押し込んでください」
とか,

今回も,バッグをいじってたら,
「すぐに着陸態勢になりますので,直ぐしまってください」
とか...もうね...
たしかに,シートベルト閉めてないとか,離着陸時にイヤホンつけてるとか,明らかにこちらが悪いことも多々あるんですが.
ハイ,ハイ,すみませんでした.ここまで続くと航空関係者のブラックリストにでも載ってんじゃないかと疑うくらい.
飛行機を使う時は,いつも次に何言われるのかビクビクしています.


高知から関空 への飛行機が水平飛行するのは10分くらいで,今では機内でのドリンクのサービスはありません.
“今では” というのは,去年まではあったのです.乗務員が慌ただしく客にジュースを配り回収する作業が時間との勝負だったようで,こちらも直ぐに離陸体勢になるからってんで急いで飲み干すとか,,,そんなに無理して飲むもんじゃないだろう,ってなことで無くなったんじゃないでしょうか.

自宅についたら適当な昼飯をスーパーで買って食べ,久しぶりにのんびりと読書に時間を割きました.明るいうちからまどろんだ時間を過ごすのもいいものですね.

夕方からは盆踊りの音頭が流れてきて,風流あふれる時間が流れています.
私の実家の地域ではこのような慣習は廃れてしまいました.過疎化が進んでいることが一番の要因でしょうか.老人だけではやる気も起きないでしょう.
こういうのは羨ましく思います.

そう言えば,私も通っていた保育園が廃止になるそうです.子どもが産まれる見込みがなくなったからだそうです.数年後には小学校も廃校でしょう.


さて,今日の楽しみは,空港で買ってきた土佐の焼酎.日本酒をなんかして作ったんだそうです.
高知県は土佐鶴や司牡丹といった美味しい日本酒がありますが,それらが美味しいことはわかりきっていることなので,今回は焼酎を選んでみました.
盆踊りの音頭を聞きながら,夏の夜を楽しみたいと思います.

2009年8月13日木曜日

お盆


今日はお盆です.

我が家ではここ数年,迎え火として “篝火(かがりび)” なるものを焚くようになり,お盆のムードも高まっております.
最近はここらへんでも篝火を焚く家が少なくなってきて,例によって地元のTVニュースでは盛大に篝火を焚く地域にスポットがあたっていました.
盆の風物詩がなくなってきている証拠でもあります.


一日かけて親戚参りとお墓・仏壇参りを済ませ,普段はぜんぜん乗らない自動車の感覚もつかみました.この日を逃したら一年もの間 自動車に乗らないことになりますので,実践感覚をつめる貴重な機会です.

そしていよいよ明日は大阪に戻ります.

電車に揺られることに参ってしまった私は,さっそく飛行機を予約.
スカッと移動する方を選びました.
電車と比べても4000円しか違わないので.4000円であの苦痛から逃れられると思ったら安いくらいです.立ち乗りもないし.

2009年8月12日水曜日

From Kochi


いま,実家に帰って来ております.

とにかく故郷・高知への旅路がシンドイ,シンドイ...
住んでるところの在来線とか新幹線は快適なんですけど,実家までの特急列車(岡山~故郷)が乗り心地最悪.

R.A.ハインライン 著『月は無慈悲な夜の女王』 を読みながら乗っていたんですけど不覚にも車酔いしそうでした.
今でもコメカミあたりがズッーン・・・とうずきます.眼のまわりも重ったるいですね.

小説の感想はというと,気分悪い思いをしながら読んだので良い印象をあまり持っていないんですが,出版された1966年当時としては斬新なアイデアが盛りだくさんな作品です.
兵器を持たない月都市の住人が独立宣言をするのですが,どうやって地球と戦うのか?というのがキーになります.

これについて作中では,月からの貨物運搬発射装置(マスドライバー)を使って攻撃するという方法をとります.つまり,ミサイルとか爆弾とかが無い代わりに,高質量の物体(岩とか鉄屑とか)をポンポン地球に落下させてしまえ,という戦法.
宇宙に住む一住人が独立宣言・宣戦布告すること,そして月からの高質量物による地球攻撃といったアイデアは,その後 『機動戦士ガンダム』 に用いられます.

宇宙を舞台としたSF戦争作品の多くが利用するギミックがふんだんに出てくる先駆的な作品なのです.


こんなにも読書がしんどかったのは久しぶりです.
実家に帰ってきましたが,気分は良くありません.疲れに来た様なものですが,やっぱり日本人たるものお盆には一応帰っとかないといけないという義務感があります.

年を追う毎に実家に帰ることが “作業” のように感じられてなりません.
「盆と正月くらいは」 といった感じで,帰らないと罪悪感もありますし.やっぱり実家に顔を出しておくのは家族としてのカタチを整える上で重要なことなのかもしれません.


帰った私を出迎えたのは,年々少なくなる民家の灯と,強くなる星々の輝き.
街で生まれ育って田舎に行ったことがない人には想像もつかないかもしれませんが,天の川って本当に川のようなんですよ.
(上の写真は実家で撮った夜空です)
英語ではMilky wayと言いますが,その表現も外れていません.
日本でもこんなところまで来ると素晴らしい星空を見ることが出来ます.

ジジイになったらココで暮らそうかとは考えていますが,それはまだ先の話.
この星空がいつまでも続くようにと願いながら,それまでは憂鬱な帰省を続けたいと思います.

2009年8月11日火曜日

センイについて


筋線維やコラーゲン線維といった場合,我々スポーツ科学ではセンイという漢字には “線維” とあてます.
これについて,やっぱり疑問があったのでWikipediaとかではどうなのかと検索してみました.

それによると,このような議論があるようです.

やっぱりというか,「繊維」 の方が多数派っぽい印象を受けます.
たしかに英語では “fiber” と示すからには繊維の方が自然な気がしますし.

一方の「線維」という表記は,医学系で多く使用されているようでして,生物学の多くでは 「繊維」 の方が一般的だということですよ.

我々スポーツ系の分野は医学系の影響が強いですので,「線維」 を使用することが常識的となっています.
っていうか,「線維」 が正しい表記で 「繊維」 と書くのは誤りかのように扱われます.
「繊維」 なんて書いたら,「えー! おまえ筋線維って書くことも知らねーのー!?」みたいな雰囲気に包まれます.

どうやら医学系の表記法法ということで,生物学では 「繊維」 という方が常識のようです.

なんで医学系では 「線維」 と書くのでしょうね?(一説には,“繊” よりも “線” の方が簡単だからとのことですが...)
常識的にも 「繊維」 の方が “繊維” と同義としてイメージしやすいというものでしょうに.


なんだか偉い医者の先生が 「繊維」 を 「線維」 と書き間違えて,それを正さずにこれが正解なんだとか意味不明なゴリ押しをして...,
しかも取り巻き連中が 「そーですよ,先生は間違ってませんよー!」 とか言ってゴマをするバカ展開の尾を引いてるような気がしてなりません.

そうでなきゃいいのですが,この表記問題,チョッと探ってみたいと思います.
また追ってお知らせします.

2009年8月9日日曜日

青春という名の羅針盤


「羅針盤」のことについて調べていたら(意味不明かもしれませんけど,興味で),ふと高校時代の国語の先生が書いた小説のことを思い出しました.

『青春という名の羅針盤』 というタイトルだったことも覚えていたので,Amazonで調べたら案の定在庫は無し.
ご本人にも「初版は全て売れた」と聞いていましたし,「これ以上は刷らない」ということもおっしゃっていましたので.

ところが運良く古本で扱っていまして,幸運にも手に入れることができました.
なかなか手に入らないんですよ,出回っていない本ですので.


辻村一仁 著『青春という名の羅針盤』.
今のように小説を読むようにならなかったら手に取っていない小説.こういう境遇に感謝です.

内容はというと,辻村先生ご自身の回想も含んだエッセイにも似た小説.
授業かなんかで少し読ませていただいた時の記憶もありまして.先生が北海道・標津(シベツと読みます)に赴任するため故郷・愛知県を起つシーンである最初の数ページ.まぁ,そこしか読んでいないといえばそうなんですけど.もう一度読み返してみても,家族との別れ,特に父親との別れのシーンは瑞々しい感じがして印象的です.

ご健在なら78歳,今も元気にしているでしょうか.
授業では眠くなる自分を励ましながら根性で受けていたのが大半ですが,なんというか,不思議なオーラをまとった優しい先生でした.

素人ながらも高校の野球部の監督をやっていた,というところからも,私と野球の話をしてくれていたことも思い出します.

芥川龍之介の 「羅生門」 を取り上げた授業が一番の思い出.さすが小説家を目指した先生は小説に対する考察がひと味違う.というのを今になって考えます.

機会があったらもう一度お会いしたい先生です.

2009年8月7日金曜日

生物の定義 その2


昨日は「生命と非生命」をテーマにした勉強会をさせてもらいました.
で,今日,以前から読み進めている本の続きを読んだら,昨日のテーマと瓜二つの内容が載っており,もうちょっと早めに読んでいればもっと質の高いこと話せたかもしれないのにと後悔しました.

池谷裕二 著『単純な脳、複雑な「私」』
最近は運動と脳について関連の研究に手を出しているんで,それもあって脳生理学について情報収集しています.
池谷氏の著書は以前にも 『進化しすぎた脳』 を紹介しましたが,どちらもこちらの好奇心をくすぐる面白い本です.

氏は生命と非生命の違いについて興味深い考察をしています.そもそも 「これが生命」 と定義しなくてよいのではないか,と.
それが生命体だと「理解」したとき,それは生命体なのだということです.

人間が理解できる範囲で解釈することが「科学」でもあるわけですから,この定義が生命と非生命の限界なのかもしれません.

2009年8月6日木曜日

次回はエヴァ


SF作品と生命科学をテーマにした勉強会が終わりました.
おもしろおかしく科学を取り扱うのもたまにはいいものです.ってか,私はいつもそういうふうに取り扱ってますけどね.

発表は 「Ghost in the shell」 というSF作品を下敷きにしていましたが,それ以外のSF作品の例として 「新世紀エヴァンゲリオン」 を取り上げたんですけど,みなさんからは それ について取り上げてくれという声が.ということで次回のテーマはこの作品の謎解きに決定.テーマを考えなくてよくなったのでOKですね.

たしかにこの作品は,子ども向けアニメとしてのスタンスをとりながらも難解なストーリーが物議をかもしたそうです(95年当時,私はリアルタイムで見てません).
私が 「エヴァンゲリオン」 を初めて見たのは大学院生になってからで,その時,この作品の完成度の高さに驚愕したのを覚えています.

宗教,ことエヴァンゲリオンであればキリスト教についてや,精神世界についての理論なんかを集め始めたのもこのときからで,院生時代の1年間,コンピュータールームでの留守番のバイトはこれを調べる時間として当ててました.

もう一度調べ直してきますので次回に乞うご期待.


ところで,今日の勉強会のテーマは「生命と非生命の定義」と「ロボットと人間の違い」でしたけども,みなさん “理解” してくれたでしょうか?
まぁ,その, 「理解できないんだな」 ってことが理解できてくれたらOKです.

理解なんてものは概ね願望に基づくものだ

というのは今日 取り上げた 「Ghost in the shell 2」 の劇中に出てくる台詞.

人間は「記憶」によってのみ個人たりうるという「理解」の上において,非生命体であるロボットに人間の記憶を載せると,それはどいう存在になるのかという疑問.
身体は明らかに生命体ではないが,そこには生命体として存在すると主張するだけの何かが宿っています.
人間としての価値はいかほどのものなのかという焦燥感や不安.
「人間の記憶」が外部化,コピー化できるようになった将来.人間は現代におけるクローンやES細胞,そして脳死判定基準と同様,ギリギリの判断と評価をせねばならなくなるようです.

2009年8月5日水曜日

梅雨明け

梅雨が明けたそうですけど,今日はさっそく雨が降っています.

沖縄の南方には渦を巻く雲もあるようで,前途洋々とはいかないみたいです.


一方,私自身は風邪も治ってきて前途洋々.
午前中はオールアウト・エクササイズ(継続不可能になるまで運動を続けること)の実験被験者をやって,体はクタクタ.だけど頭は覚醒状態ってな感じで.
そして明日は例の大学院生勉強会での発表の担当が回ってきています.

「生物と無生物のあいだ」というタイトルで発表する予定で,同名タイトルの福岡伸一 著『生物と無生物のあいだ』 からテーマを拝借しています.
内容は,生命科学を少し深く掘り下げてみること,それもSF作品に引っ掛けながら平易に解説することを狙いにしています.

押井守 監督 アニメ映画 『Ghost in the shell』を足がかりに,「生命と非生命」「ロボットと人間」の違いは何か?ということについて疑問を投げかけてみます.
哲学的な部分にも入っていきますし難しいテーマだとは思いますが,興味を誘えたらそれでよしということで.
ただ,いくらスポーツ科学とは言え,生命科学とは縁が遠くないはずの分野ですので,頭のすみっこには置いといてほしいエピソード.
そう遠くない未来,必ず訪れる問題も取り上げます.

その内容についての詳細は,後日にでも.

2009年8月2日日曜日

まだ梅雨

8月に入ったのに まだ梅雨が明けません.
気温が下がるのはいいんですけど湿度も上がるのでうっとうしいですね.

以前 交通事故で傷めた左肩,そろそろ1年前になるウエイトトレーニングで傷めた右肩が,雨が降るたびズキズキと痛みます.

今日は風邪気味だったので寝込みたかったのですが,すっかり忘れていた学生との約束.

「何時頃に大学に来ますか?」
というメールが.
しまった〜...行かなきゃならんか...

にしても なんでこのタイミングで風邪?
まさかインフルエンザ!?


夏休みも始まり,いろいろとやりたいことができる時期になりました.
後悔しないように過ごしたいと思います.


今「トルネード」とかいう映画を途中からですが見ています.
タイトル通り竜巻をテーマにしたパニック映画という部類なんですけど.これまた酷い出来で.
すべからくパニック映画に良作は少ないんですけど,それに輪をかけて駄作です.

仕事をしない専門家,人を助けようとしない医者,独善的な主人公たち.
こいつらの存在自体がパニックなのではないかと思います.

むしろパニック映画が伝えたい事というのは事故や災害がどれだけ恐怖を生み出すのかではなく,世の中にどれだけダメ人間がいるかを易しく伝えることなのではないでしょうか.