2009年9月30日水曜日

一昨日の続きかもしれない


マルクス+エンゲルス 著『共産党宣言』 を読んでみました.漫画版だけど.

とても解り易く描かれていると思います.
共産主義の考え方と共産主義者の立場を明確に示している良書です.

変におもねらず,共産主義の暴力性がしっかりと明示されていることは評価します.
共産主義は血で血を洗う革命によって成り立つものなのです.
マルクスとエンゲルスの主張をダイレクトに受け止めればそうなります.

日本共産党なんかは平和主義のイメージが強いですが,ところがどっこい,共産主義というのは暴力と圧政による支配ですから.
一見きれいで理想的な政治体制や主張のようにみえますが,相当な覚悟を持たないと共産主義政治なんか受け入れられません.

ただ,一度 地球上の全世界が共産主義になれば非常に幸せな世界になることは間違いないのですが....
共産主義の悪いところは,その “過程” が現在の科学技術では実現不可能である点です.

共産主義を進めて行くにしてもその途中では必ず反対する勢力がいるわけで,それを鎮圧するには有無を言わさぬ超絶的な破壊力・殺傷力のある軍事力が必要になります.
共産主義国が軒並み崩壊したのは,地球上の人類が一気に共産主義になれなかったから.共産主義が成功するには資本主義,君主主義の隣国を許すわけにはいかないのです.
なぜかって? 人は皆,隣の芝は青く見えるものです.

共産主義以外の政治体制の良い点は,「頑張った人が報われる」 というところにあります.良い意味でも悪い意味でも.

私が思うに,共産主義が成功するには通信技術が半端無く発展した未来なのではないかと.
ありとあらゆる世界中の情報が個人を取り巻き,そして処理できるようなテクノロジーが全地球規模で整備された時に萌芽するのではないかと期待しています.

一昨日の続きではないですが,「みんな仲良し」 という価値観を共有しイメージできることがキーです.
今は 「日本の常識は世界の非常識」 と言われるような状態ですし,それは裏を返せば他の国にも言えることでしょう.

全人類が共通の話題をテーマにすることができ,共通の価値観を共有する可能性を得るだけの機会が当たり前になった時代に共産主義の出番が訪れるのです.
そしてその時初めて,共産主義という “政治” ではなく “現象” が人類に誕生するのではないかと予測しているのですが...,いかがなもんでしょうか.

そんな時代には私は生きていないとは思いますけどね.

それまで共産主義・共産党は気長に待っているのが得策ですよ.
今いくら頑張っても時間と命の無駄です.

2009年9月29日火曜日

昨日の続きかもしれない

昨日のブログを書き終えてふと思ったことがありまして.


大学とかで体育会系のクラブ活動に関わっておりますと,厳しい部則(クラブ内ルール)などで “仕事” などと称する下級生への活動典範みたいなものがあることを目にします.
本当にそのルールが “文章化” されているクラブもあるので驚くこともしばしば.

だいぶ前に関わっていたクラブでは,新チーム結成の時のミーティングとかで 「今後の部則」 みたいな感じで上級生がそのルールを読み上げ,下級生が一生懸命ノートに書き込んでいる姿がありまして,思わず笑いそうになりました(本人たちは必死ですけど).
もうね,アホかと,バカかと.

まるで新しい領主様を迎えた領民のような雰囲気.見てらんない.
(実際,そうなんでしょうけど)

こういうのには,概ね上級生やコーチ・指導者,クラブを訪れたお客様や対戦相手などへの配慮,マナーなどが盛り込まれているようです.

その根底に流れているのは,
「社会に出た時に困らないように」
とか
「みんなのために出来ることとは?」
とかなんですけど.


私,これが大嫌いです.


社会に出るために必要なことを学ぶために活動している....
昨日の続きではありませんけど,このメッセージではクラブ活動が破錠します.

素直に認めれば良いのです.年上であるという特権を満喫したいと.
別にそういう状況が悪いわけではないと思います.楽しくやればいいのです.
儒教の影響がある日本では否定される価値観ではないでしょう.

ただし,そういうクラブ活動なのであれば勝敗にはこだわらないでほしい.
勝敗にこだわらないというのはネガティブな意味ではありません.勝利よりも重要なことがあると信じて活動するのも重要な価値観です.
しかし,「みんなのために」 とか 「社会に出た時に」 だとかいう考えを埋め込むのであれば勝敗へのこだわりを盛り込むことは不可能です.
勝敗にこだわるのであれば,勝敗にこだわるという価値観を原点に活動する必要があります.


社会に出るために必要なことを学ぶのがクラブ活動なのでしょうか?

学べないこともないでしょうけど,クラブ活動でなくても十分学べるでしょう.
それに,「競技」 をやってるのにそんなことに注意してるのはなんだかなー.スポーツに失礼な気がします.感覚的なものですけど.

それと,
だいたいが...,
社会に出たことがないであろう上級生や先生・指導者がそんなこと言ってる状況が目も当てられないのですよ.

2009年9月28日月曜日

三十路前からの社会学


2日前にまた飲み会がありまして,フラフラで帰ってきました.
一緒に飲んだ人といつ分かれたのか記憶もまばらです.
でもまぁ,確実に気持ちよく酔う方法を身につけたようで,つらい飲み方はしなくなりましたので良しとしましょう.

それよりも最近は研究や実験について野放しになっているので今後どうするか焦ってきました.
明日はゼミの集まりがあります.学生が何か言い出してきて進展があるかもしれません.
私一人の 力 ではどうしようもない事なので,彼らにも頭回してもらいましょう.


宮台真司 著『14歳からの社会学』 というのをやっと読み終えました.
難解で時間がかかったのではなく,布団に入ってから読もうとしていたら,すぐに眠くなって本をワキに抱えて寝てしまうのです.気がついたら朝.それの繰り返し.
別に眠くなり易い本というわけでもないのです.眠たい時に,眠る時に読もうとしていた私の判断ミスです.
それを,かれこれ3週間くらい続けて,やっとさっき読み終えました.

なかなかよくできた本です.
現代社会学のことがなんとなく掴めたような気がします.というか,宮台氏の考え方が大掴みできる本と言ったところでしょうか.

この宮台氏ですが,わたくし,氏のしゃべり方や言い回しが嫌いで ついでに考え方も嫌いになっていたのですが,最近はそこらへんを無視して考え方だけ聞けるようになりました.
なかなか頭の良い人だと思います.
youtubeやニコニコとかで氏の討論番組なんかを見れるので暇な時にはどうぞ.

所々「?」とか「!?」という部分はあるにせよ,大雑把には賛同できる考え方で,やたら難しい表現を好む氏にしては,タイトル通り14歳に語りかけるような優しい言葉で語っており,そしてとてもじゃないけど14歳にこの内容は酷だろうという結果も生んでいます.さすがです.

氏の解釈として気に入ったのは 「みんな」 という言葉の範囲について.
私の中でも整理がついたのでなかなか気に入っています.
氏の主張を噛み砕いて言うと,最近は誰しもが “みんな” をイメージできなくなっている時代.昔は “みんな” と言えば共に生活をしている街のみんなだったし,それはすなわち地域の人だったし,つまりは日本人だった.
そんな時代の “みんなのために” といったメッセージはイメージが容易であったし共感を得やすかった.しかし,価値観の個別化や情報通信技術が高度化した現代で “みんなのために” といったようなメッセージを送っても受け入れられない,としています.

いまだに「みんな仲良し」という教育をしているのは日本だけだとも言います.
“みんな” という定義が曖昧ななかで「みんな仲良し」というメッセージは意味をなさないわけで,破錠をきたすメッセージだということです.

ならどういう教育をすれば良いか? つき合いたい人とだけ仲良くし,嫌いな人とはつき合わなければ良いのだそうです.寂しい教育ですけどね.
でも,ちょっとわかる気がします.
“みんな仲良し” はあまりにも正論のように聞こえるのに理想的過ぎて,現実的な人間関係の礎をつくる上で,つまりは大人の付き合いを習得する上でのハードルになってしまっているかもしれません.

これらについての詳細は,また別のテーマや題目の時に一緒に書きたいと思います.

2009年9月25日金曜日

いまさら蟹工船を読んだ


漫画ですけどね,小林多喜二 著『蟹工船』 を読んでみました.

原作は1929年に発表されており,過酷な労働環境にある “蟹工船(水揚げしたカニを洋上で加工する工場船)” を舞台に,資本主義の冷酷さとそこで働く労働者の群像を描く作品です.

そしてなにより昨年,意味不明なブームが起きた小説で有名です.
近年,日本共産党への入党者が増加していることと相関しているのではないかと噂されています.
というのも,蟹工船の新規読者が若者であることと,共産党への新規入党者も若者が多いことがその関連性を類推させるからです.

新規読者にはネットカフェ難民やワーキングプアが多いと推測されており,近頃の若者をとりまく社会情勢と蟹工船で働く労働者がだぶり,共感を得ているのではないかと言われています.

読んだ感想としては,
“バカは馬鹿をみる”
というのが素直なところです.

残念ながら,ワーキングプアの一角をなす私が読んでも,資本主義への嫌悪感や共産主義への期待感が現れることはありませんでした.

まともな労働者なら...,少なくとも考えの深い労働者なら,あのような(蟹工船のような)労働環境で生計をたてようと考えないし,上司への異議申し立てにしてももっと効果的な方法を考案するでしょう.

単純に言って,「ダメなヤツらが集まった組織はこうなる」 といった感じで,あきらかに労働者側の能力が欠如していることを描いたものとして捉えてしまいました.

なんというか,義務教育を含めた基本的な社会勉強の大切さと,労働に対するポジティブな啓蒙が必要であることを痛感する作品です.
大変な仕事であっても,生き甲斐を持って,希望を持って取り組めることが幸せなんだなと思います.


ところで,
調べてみましたが,実際の蟹工船は小説のような過酷な奴隷環境ではなく,ハードワーク・ハイリターンな格好の稼ぎ仕事であったようです.
短期間に儲けようと思ったら理想的な職だったようで,労働者の満足度も高く,だからこそ盛況したわけですし.
漫画の中では述べられていませんが,彼ら労働者も苦労してる分,ハイリターンな報酬を得てるんじゃないですか?原作ではどうなんでしょうか.
“蟹工船”.現代で言えば,いわゆる夜中の工事現場のような仕事でしょうか.

いつの世もハードワーク・ハイリターンな仕事はあるものです.それに身を投じるかどうかは個人の判断ですし.
その結果,どのような感想を抱いたかは個人の中で消化すべきもの.

ネットカフェ難民やニート達はどのような思いで読んでいるのでしょうか.

2009年9月24日木曜日

越後の龍


この記事のタイトルにたいした意味はありません.
昨日のタイトルにかぶせてみただけです.

“越後の龍” っていうのは知る人ぞ知る戦国武将・上杉謙信のことで,“甲斐の虎” こと武田信玄と何度も 「川中島の合戦」 で相対した名将です.
今 NHK・大河ドラマでやってる直江兼続の主君でもあった人ですね.

この直江兼続ですが,私はドラマを定期的に見ていないんで,どんな描かれ方をしているか判らないんですけど戦上手とは言えない人でして(1000名で守る城を相手に2万で落とせなかった等),どちらかと言えば政治で上杉家を支えた武将だったようです.

大河ドラマなんかでは色々脚色しますので,偏見を捨ててよーく調べてみればイメージと違う戦国武将が見えてきます.

ちなみに,兼続の「愛」の兜にしても,ドラマでは “仁愛” の「愛」としてテーマにもしていますが,本当は「愛染明王」という軍神の「愛」をとっているものです.
主君である謙信は「毘沙門天」という軍神を信仰しており「毘」の旗印を掲げていましたので,それに影響を受けたのだと考えられています.
心理学で言うところの典型的な「同一化」ですね.

織田信長なんかは,対今川義元の桶狭間の合戦という奇襲作戦が有名ですけど,信長がこういった奇襲作戦をしたのは後にも先にもこの一戦のみ.
確実に勝てる状況で,確実な戦法で堅実に戦うのが信長流.負け戦が濃厚だった対今川戦のために捻り出した異例中の異例なんだそうです.

長篠の戦いにしても,最近は三段撃ちによる一斉掃射は疑われており,普通に一斉掃射しただけではないかと言われています.が,ここで論点にしたいのはそういうことではなく,信長を語る上で 「最新兵器であった鉄砲に目を付けた最初の武将」 というのが実は誇張であるということ.

鉄砲はそれよりだいぶ以前から合戦に使われており,良い戦績を挙げることも知られていました.
鉄砲伝来が1543年で,長篠の戦いが1575年ですから,30年以上が経過しています.雑賀衆などが合戦で鉄砲を大量に用い始めたのが1550年頃からですから,実に20年の運用年数が経っているのです.
その間,信長は鉄砲の能力を十分に検討し,利用価値とその運用方法を精査した上で使用に踏み切ったのです.決して最新技術を長篠で披露したわけではありません.
慎重・堅実派の信長らしい合戦だったというわけですね.

上杉謙信にしても武田信玄にしても騎馬部隊が有名ですが,実は他の足軽部隊や鉄砲部隊にも結構力を入れていて,戦力配分比では他の勢力と変わらなかったようです.
つまり,オーソドックスな戦力,信頼できる戦力を,いかに運営するかが勝負の分かれ目なんです.

だいたいが,勇猛果敢に突進するような武将に先はありません.最新技術に簡単に手を出すような武将も末は見えています.先に紹介した最新の鉄砲を重用した雑賀衆も,一時は華を咲かせるかに思えましたが結局むなしく散って行きました.
慎重で冷静な行動をとれる男こそが天下に近い武将なのです.


これはスポーツにも言い換える事ができるのではないでしょうか?
最新のトレーニングほど怪しくて効果が期待できないものはありませんし,奇策なんてものは,勝てる見込みの無いチームや選手が使うものでしょう?

足利事件で有名になった当時としては最新のDNA鑑定が,実際は信頼できない方法であったという報告からも,最新技術や最新のメソッドこそが一番怪しいという教訓があります.

ある程度の冒険が必要であることはたしかですが,信頼できるトレーニングや練習を積み重ねた上で,最終的にどようにして相手の裏をかくか.そこがポイントだと思います.

確実な効果が期待できるものをいかに集められるか.
「最新のもの」 を安易に信頼せず, “確実に効果が期待できる部分” とはどのようなものか,を精査しながら利用価値や方法を考える必要があるのでしょう.

2009年9月23日水曜日

越後の酒


そして今日の昼は職場の食堂,山菜そば(200円)でした.
アップ・ダウンが激しい日々です.


別に何か大事な仕事があるわけでもないので午前中に用は済ませ,雨を時折眺めながらゆっくりと 村上春樹 著『ねじまき鳥クロニクル』 三部作を読んで帰ります.

で,この雨の日の匂いがたまらなく心地よいのです.
コンクリートやアスファルトが持つ匂いを湿った空気が掘り起こすように吹き上げさせます.
雨の日のこの匂いは私にとっては懐かしさを含む匂いです.それもかなり強い情緒を伴う懐古感です.

以前,プルースト効果の話をしました.
匂いと共にある記憶というのは鮮烈だそうで,それを文学作品として取り上げた プルースト 著『失われた時を求めて』 にあるエピソード(紅茶にマドレーヌを浸して食べた際の匂い)からとられた生理学的な現象の事です.

私にとっては,雨の日の思い出が幼少の時の重要な記憶となっているようです.
どんな思い出かは自分でもわかりませんが.


帰ったら,さっそく先週買ってきた新潟のお酒を楽しむことにしました.
っとその前に,大学の大先輩でもあるスナックのママみたいな健康運動指導士のOGの方に日本酒(生酒)をもらっていたのを思い出し・・.
生酒ですから早めに片付けないといけなかったので,そちらから先に手を付けることにしました.
よく見たらこのお酒も新潟県産.
新潟のお酒に巡り会う9月のようでございます.

やっぱり生酒は一味違いますね.
米の味が生きています.
日本酒の良さを堪能です.

ちなみに,「生酒」というのは日本酒の製造工程の中で「火入れ」をしていない状態のものを言います.
味の劣化速度が激しいことから,昔は流通することがほとんどなかったそうです.この味の劣化を抑えるために火入れをするのです.
近年は冷蔵技術が発達していますので,さほど労せずとも一般人が生酒を楽しめるようになったという経緯があるそうです.

それでも,アッと言う間に味が変わってしまうことはたしかで,今日明日中に飲み切らないとせっかくの生酒の良さが半減してしまいます.
明日も気合いを入れて飲もうと思います.

2009年9月22日火曜日

懐石料理


今日の昼は懐石料理というものを食べてきました.

私が住んでいるところではトップクラスの日本料理屋で,とてもじゃないけど私のような低所得者層が気軽に入るような場所ではありません.
2年前にお世話になった元・大学教授に 「今日は昼御飯を御馳走しますよ」 と言っていただき,つれていってもらいました.

店に入ったとたん,着物姿の艶やかな女性が三つ指着いて御出迎え.
「次元が違う」・・・
・・・「来るとこ間違えた」
緊張感が走ります.

高級感漂う店内に圧倒されながら席へ.

コース料理ですから,次々といろいろな皿が出てきます.
金ピカのお椀や,どうやって切ってんのかわかんない飾り切りされた野菜の煮物など.
おおよそ今後の人生で食べる機会は少ないであろう料理の数々.

こういう料理ってあれですね,一口目はさほど美味しいとは感じないのですが,ジワジワと味が溢れてくるのです.
しつこさを徹底して排除した透明感のある味わい.素材の味を引き出すことに執着した帰結.
日本料理の良さを堪能です.

そのあいだ,先生とは研究の話とか,大学運営の話とか.
あとはパソコンの話とか.
XPよりも2000のほうが使い易いとか,Vistaはダメだとか.
7には期待しているそうです.先生はかなりの御高齢ですけど,まだ新OSに手を出す気満々のようです.
なんならMacもいいですよ,と私の中で人気急上昇中のOSをオススメしたりもしました.

そんな中,
チラッと今日の料理のお値段を見てみると...,
ギョッとして怖くなりました.

ごちそうさまです.

2009年9月21日月曜日

ファンタジスタよ永遠に

さっきまで例のファンタジスタ会をやっておりました.
思い出し笑いをこらえながら帰宅.
やっぱりハズレのない飲み会でございます.

今日は東京から24時間かけてやってきた伝説のスーパーファンタジスタを迎え,どんちゃん騒ぎの夜.
だいたいが,昨日の夕刻に東京を出発して先ほど到着,ってところが,その星の下に産まれているファンタジスタである気がします(シルバーウィークの影響とはいえ).

年甲斐もなく騒いでチョッと自己嫌悪.
でも人生,楽しく生きなきゃ損じゃないですか.

結構 酔っているので今日はこれまで.

2009年9月20日日曜日

学会にて

今日は学会で自分の研究発表もしてきたのですけど,以外と興味を持っていただけたようで,特に神経や食事・嗜好に関する研究をされている人達からの質問を受けました.
発表した研究がどんな研究だったかは,また別の機会にでも.

こういった学会では講演とかシンポジウムを聴くことがメインではなく,懐かしい面々と顔を合わせたり夜の飲み会がメインだったりするものです.

今回もこういった機会でないと会わない人とも話ができました.
私と大学院を同期で出た人の今後の進路を聞きまして,なかなか大変そうです.
研究活動 一本で進むものだとばかり思っていた人が,来年からは一般就職だということで.私も来年からの身の振り方を決めなくてはいけませんねぇ.

で,夜の飲み会はというと,一日目・二日目こそ諸先生方との会でしたが,昨夜は同僚や学生たちと気楽に新潟の酒を堪能しました.
最初に入った居酒屋では先生方が飲んでいるところを発見.危うく鉢合わせるところだったので全員に撤退命令を送り,気づかれないように店を飛び出すアクシデントも.

ところで,私としては 「気楽に飲みに行っている」 のはいいんですけど,よくよく自分を客観的に見てみると,学生とはけっこう歳が離れてきました.徐々に自覚してき始めています.
わきまえて行動しないとKYな先輩になっているような気がしております.
昔は自分も 「上の人同士でさっさと飲みに行ってくれよ...」 と思っていたのは事実ですからね.


お土産は “米所” だけあって菓子と日本酒です.
菓子は職場の方々用ですが,日本酒は自分用.地元の人オススメの一本です.

2009年9月17日木曜日

新潟


今日は出張で新潟にいます.
学会会場が新潟だったもんで.
人生初の新潟です.

関西とは違い肌寒い気候を予想していましたが,こちらもさほど変わらないようです.


村上春樹の 『1Q84』 に続編・第3部が出るとの報告を同僚から受けました.
素直に楽しみです.

第2部の終わり方が続編を匂わせていました.
あの終わり方でも良かったのですけど,あの物語をもう少し眺めてみたいとも思っていましたので嬉しく思います.
『1Q84』 は,そのタイトルからもわかるように1984年を舞台にした作品です.

そういえば,今読んでいる村上春樹の 『ねじまき鳥クロニクル』 の舞台も1984年です.
著者の作品にはこうした時代が多いのも特徴でしょうか.

全ての作品が “つながって” いて,そして “同時並行” しているような構成を感じます.


どうせ6割がたは 「せっかく来たんだから・・・」 と半義務的に出席するような学会ですから.
暇をみつけてはペラペラと読んでようと思います.


追伸:
民主党の閣僚発表がありました.
ポッポの友愛には期待していません.
東アジア共同体とか...,昔どっかで聞いたことのある (大東亜共栄圏みたいな) ,同じ来た道をたどるようで恐ろしい.

原口 総務大臣はGJ!
長妻さんにも期待しています.

2009年9月14日月曜日

体力と競技力

イチローが9年連続200本安打を決めました.
凄い人です.

その技術レベルの高さと精神力には脱帽ですが,同時に彼の体力レベルはどれほどなのか?といったことにも興味があります.


最近,私が勤めている大学の体育会系クラブの体力測定結果と競技力との関係性を分析しています.
レギュラー格選手や好成績を残している選手と,そうでない選手の体力測定結果を比べるというものです.
結論から言えば両者に差はありません.
いずれのクラブにおいてもです.

当たり前ですけどね.体力と競技力に関連性がないことはスポーツ科学の常識ですから.
では体力トレーニングをなぜやるのか? というと...,
うーん....難しい問題だと思います.
実際に,体力トレーニングをきっちりやっている選手が競技成績が良いわけではないことは確かですし.むしろ本学の結果をみると,レギュラー格選手よりも補欠・底辺選手の方が体力水準は高いのです.

ただ,両者を平均値化して比べてしまうと差はないのですが,一人一人の測定結果を吟味してみると,やはり強い選手というのは何かの値が圧倒的に優れているケースが多い.ここに秘密が隠されているかもしれません.

つまり,その競技にとって最低限の体力水準を確保すれば,あとは個性化 (特徴化) した体力を有することが重要なのではないか?
「体力」 を生物が持つ “生きるための力” と位置づけるならば,生物の進化と同様に,その環境で生きるために最低限必要な体力を手に入れた後は,まわりよりも特徴的な能力を持つことで競争を生き抜いているのかもしれません.種々の生物を比べると,どれが一番体力がある生物だとは言えませんが,それぞれの環境において頂点を極めた生物です.

こうした視点から考えると,その競技にとって最低限必要な体力水準はどれほどか?といったことや,まわりよりも特徴的な体力を得るための戦略を練る必要がありそうです.

環境にそもそも耐えられなかったり,特徴的な戦略を選択できなかった生物が淘汰されてきたように,スポーツ選手の体力トレーニングもこうした戦略の上に計画されるべきなのかもしれません.

2009年9月13日日曜日

9.11


あの「9.11」から8年の歳月が流れました.
今日はその9.11をテーマにした映画がTVで流れています.


あの事件...,

誤解を恐れず言いますと,その時に感じたのは例えようのない興奮と,そして 「ざまぁねーぜ!」 という言葉.

ニュース映像を初めて見たときは 「関空のゲートタワーホテルに飛行機が衝突したのかな?」 と思ったものです.
でもアメリカのトレードセンタービルで起きたことがわかると,中東か南米のどっかのテロ組織がやったことは予想に難しくないものでした.

にしても,テロリスト諸君がここまで仕事ができるとは驚きです.よくできました.おめでとうございます.
仕事がうまくできすぎて本当にテロリスト単独でやれたのか不思議なくらいです.

そして,犠牲者の方々には哀悼の意を捧げます.無念だったでしょう.私も犠牲者なら犯人を恨みますけど.でもそれはそれ.
これはアメリカが背負うべき業ですから仕方ありません.

アメリカの傲慢な態度を改めさせるにはこれくらいのインパクトが必要です.今後もどんどん本土を爆破していただきたいものですね.核兵器以外で.
私は命が惜しいしビビりだし勇気もない.我が身を賭して思想を貫く信念も無い.
グローバリズムに抵抗する彼らにはシンパシーを感じこそすれ憎悪は抱きません.

3000人近いアメリカ民間人の犠牲の代償が,中東諸国の民間人の数えきれない(数千人とも数万人とも)犠牲.テロリストへの攻撃のついでに犠牲になった方々です.精密爆撃の結果です.実に精密ですね.
理不尽な世の中です.

日本の対応は立場上仕方ないとはいえ,首相・小泉にはなんか皮肉を言ってほしかった.
「飼い犬に手を噛まれたアメリカに同情の念を感じる」
くらいは言ってほしかった.
犯人グループとされている「アルカイーダ」はアメリカが作った武装組織ですからね.
もろ手を挙げてアメリカに付き従った日本.情けない.もう少し気概とユーモアが欲しいところです.

その後のアメリカの暴走については言わずもがな...

いずれまた新大陸で事が起きるでしょう.

2009年9月12日土曜日

貸した本


9月に入ってすでに半月が経とうとしています.
ぜんぜんブログを書く機会がなく,今日で4本目.
これから意識的にピッチを上げて行こうかと思います.

いつもは読んだ本について書いていますけど,今日は趣向を変えて “貸した本” について書こうかと思います.

ダン・ブラウン著『ダヴィンチ・コード』.
言わずと知れたキリスト教信者にとっての問題作.我々多くの日本人は,なんでこんなに世界が騒ぐのか解らないまま「なんか凄いんだって」とばかりに一緒になって騒いで飛びついた小説.
私も例に漏れずブームに乗ってみました.今,同僚の人に貸してます.

中身はただのフィクションによる謎解きミステリー・サスペンス.うまく構成されているので面白いことは確かです.

だいぶ前にキリスト教について書きました.キリスト教の源流に遡ればこうした小説も客観的に読めるだろうに.バカ信者が多い地球ですから,出版社の計略にもハマってバカ売れした作品です.
まぁ,教会の教えとは違うからってんで敬虔な信者の方々からすると快く思わないかもしれませんけどね.

この作品は映画化もされました.
映画では2時間の映像として収めるためにかなり早足になっていましたが,まとめ方としては悪くないと思います.
あのクライマックスも,映像として見せた方がわかりやすかったです.小説を読んだだけではルーブル美術館やパリの街をネットで調べなきゃ頭の中で整理できなかったので.

あまりに売れた小説なので,ダン・バーンスタイン著『ダヴィンチ・コードの真実』 などといった解説書まで出回りました.
読み終わってもらった暁にはこちらもお貸ししようかと思います.


舛田光洋 著『夢をかなえる「そうじ力」』
アマゾン・レビューが高かったので,試しにかった自己啓発本.値段以上の価値はないけど,可も無く不可も無くといった感想です.
「自分の部屋を掃除することがどうしても出来ない」という学生に貸しました.

中身ですが,あんまり覚えていないけど掃除すればハッピーになれるという至極単純な内容だったと思います.
話の持ってい行き方がうまいので,フムフムと納得する部分も多々あり,ためにならなかったわけではありません.
後半に行くとロンダ・バーン著『ザ・シークレット』のような “引き寄せの法則” っぽい怪しい論調になってきますけど,それはご愛嬌ということで.

貸した学生の反応はというと,
「凄かったです!私,これからは部屋を掃除するようにします!」
と見事すっかり洗脳された模様.別に悪いことじゃないのでいいんですけど.
「でも私,なかなか続かないんですよ・・」
とか言ってくるので,

石田敦 著『「続ける」技術』を続けて貸しました.
これもアマゾン・レビューがべらぼうに高かったので買ったのですが,中身は覚えていません.たしか物事(ダイエットとか英会話とか)を続けるためのコツだったように思いますけど,ためになった内容がなかったことは覚えています.

これもあの学生にとっていい意味で洗脳されてくれればいいのですが.


岸学 著『SPSSによるやさしい統計学』
誰かに貸したんですけど返ってきません.とても解り易い統計学の本であったことは覚えています.
特に質的データ(χ二乗検定やコクランQなど)の解釈についてきちんと解説されているので統計処理の時に確認しやすい良書です.
もう読んでいないようでしたら返してくださいね.


原田隆史 著『カリスマ体育教師の常勝教育』
荒れた中学校を立て直し,部活動では全国制覇を成し遂げたカリスマ教師の教育理論.心揺さぶられる内容です.でもこれらのエピソードには尾ひれが付いていると思います.推測ですけど.
ただ,著者の主張はマネジメントやマーケティング・スキルにおいてもよく言われている事が多く,「それを教育現場でも実践してみたらうまくいった」 というような感じであり,そういった意味では “気持ちに訴えている” ようでいて,実は非常に理論的な教育論であるとも読み取れます.
でもきっと話に尾ひれが付いていると思いますが.

特に印象的だったのが目標設定についての「設定の仕方」.とにかく生徒に目標を書いて書いて書かせまくって,それを逐一添削したんだそうです.対象がまだ中学生であることもあり,自分の考えを言葉にする技術がない.言葉にできないということは,明確な考えにもなっていないとも言えるわけで.とにかく,なりたい自分のイメージを文章にして形作らせる指導を徹底したんだそうです.
でもきっと話に尾ひれが付いていると思いますが.

“目標設定” については,スポーツ科学やトレーニング科学でもその重要性が指摘されていますけど,その 「設定の仕方(指導)」 については曖昧なままにされることが多いのです.
現場サイドからすると,目標設定が大切なのはわかる,でも,どうやってその「目標」を設定できるようにさせるかがわからないわけです.さしずめ,足の速い選手の動きはわかったけど,どうやってその動きを指導させればいいのかわからないということに似ています.
そうしたことに一石投じてくれたことは素晴らしいの一言に尽きます.

で,この本ですが,後輩の学生に貸したっきり,そのまま卒業していきました.借りパクってやつです.でもまぁ,内容は覚えているのでいいんですけど.

2009年9月7日月曜日

Game Analysis

スポーツ・ゲーム分析という世界を知っていますか?

主に練習や試合をビデオに撮り,それを専用のソフトを使ってビデオ編集&統計分析することです.
監督・コーチや選手が見たい映像を即座にフィードバックしたり,試合前後のミーティングに向けてデータを整理して戦略・戦術を有利にするための情報を提供する作業です.

日本でもこの活動が少しずつ認知されるようになり,プロスポーツを中心として企業スポーツ,大学スポーツでもゲーム分析が広まりました.
試合会場なんかで,試合そっちのけでノートパソコンを叩いている人達がいますが,彼らのことを「アナライザー」と呼んでいます.なんかベタなネーミングですね.

こうした活動は関西では活発ではなく,私が勤めている大学も分析ソフトは大量に購入しているくせに稼働率は高いとは言えず,宝の持ち腐れとなっています.


今日は夕方から教授につれられて,ゲーム分析ソフトを販売している会社の勉強会・発表会に招かれました.
お得様である本学は会社から格別のもてなしを受けましたが,実際に稼働しているわけではないのでバツが悪いのが本音.

2時間の会社側からの発表では,たしかに得るものもありましたが私としてはなんども眠りかけて焦りました.一番前に座ってたくせに.

ゲーム分析.
たしかにカッコいい活動ですけど,地味で泥臭い作業の連続です.実際やったことがある身としては,日本では日本なりの活動というのをやるべきだという感想です.たとえ世界的に普及しているスポーツのサポート活動であったとしても.

というのも,ゲーム分析というのはコーチングの一部分を占める活動ですので,日本的なコーチングとリンクさせないと軋轢をうむのです.

ぶっちゃけたことを言うと,ゲーム分析に憧れを感じている選手やチームは多いものの,必要を感じているのは極一部でしょう.
そこらへんの戦略については同行した教授とは意見を異にするところでして.

日本のコーチングは映像によるフィードバックとは親和性が少ないのだと思います.私の直感的なものですけどね.
2分も3分も待たされて映像を見るよりも,その間に反復練習ができると計算するのが日本人.ビデオを撮り,編集して観察する手間を考えると,体を動かす練習をしたいのが実際のところではないでしょうか?どちらのほうが競技力を高めるかというと軍配はどちらに上がるというものではありません.

というか,ビデオ・フィードバックやゲーム分析至上主義のような風潮は避けるべきです.ゲーム分析によるフィードバックをかけるべき時と,そうでない時があるはずで.その判断基準がまだ精査・検討されていないことが問題です.

なので私は,このゲーム分析の効果を調査する研究が必要だと思うのです.
今のままでは政治活動のようなことを続けているようでなりません.「なんか凄いことしてる」という曖昧な説得性に頼った活動は長続きしないと思います.

私としては 「ゲーム分析」 ということについては,そこらへんに興味があるのですけど,なかなか時間をつくれず考察しきれていません.これって心理学の分野に近いのでしょうかね.
いつかきっちり時間を設けて熟考してみたいものです.

2009年9月6日日曜日

ダンス・ダンス・ダンス

村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読んで数日.
何の因果か,ダンス関連の学会に関わる週末を過ごしました.
私の大学で開催されていたのですが,それのお手伝いをさせてもらいました.金曜に準備して土日開催.

キーワードも小説と共通して,「踊り」「別世界」「こころ」,そして「ホテル」.「羊男」がいても不思議じゃない世界です.むしろ,「羊男」は私なのかもしれません(読んでない人はチンプンカンプンでしょうけど).

2日間,新鮮で刺激的な日々でした.わたくし,ダンスとはぜんぜん関わりのない人生でしたので.
参加していただいた方々ともいろいろしゃべらせてもらいましたけど,皆さん,私のことをてっきりダンス関係者とばかり思っていたようです.ところがドッコイ,ダンスのダの字も知らない門外漢.

そんな野郎ですけど,嬉しいことに学会中の懇親会では壇上にまで上げていただきました.思わぬ超絶展開にビックリです.大会長には感謝,感謝です.


終わっての感想.
とにかく “世界を見る目” が変わりました.私の今後の人生観を少しシフトする貴重なイベントという位置づけになるはずです.
だからって明日からチケット買って講演会 見に行くようになるわけじゃないですけど...

参加者とも機を見つけてお話を伺ってみましたが,何もかもが “新しい言葉” による,というか聞き慣れない表現によるお話で,興味深いものでした.
これまで私は体育・スポーツ畑でやってきましたが,ダンスについては関わりを持ってきませんでした.
しかし,聞けば聞くほど「ダンス」という分野がそれほど理解に遠くないことを掴めた気がします.

“生命活動に直結しない無駄な行為はすべて「ダンス」である”
どこかにあった言葉だとは思いますけど,コレ,本当にそう思います.

物を掴むとき,歩くとき,食事をするとき,「生きるために必要な最低限の “動き” 」以外も,考えてみるといろいろやっていることに気づくはずです.
注意して自分を観察すると,余計なステップを踏んで階段も登っていますし,コーヒーも淹れてる.

今まで「生命とは?」とか,「人間とは?」,「スポーツとは?」などと,このブログでも扱ってきましたけど,すべてにおいて “ダンス” と関係が深いような気がするのです.簡単に “身体表現方法” として括るのでは収まらない営みのように思えます.

ダンスの定義はいろいろあるんでしょうし,それこそ踊る者の数だけあるのかもしれませんが,「音楽に合わせて踊る」 という狭い意味でのダンスだけで捉えなければ,もっと面白い考察ができるのではないか? 人間が人間であるべき存在理由にもつながるようで,今回の機会は面白い分野と出会えた喜びがいっぱいです.

これについて研究できたら楽しそうですし,釣り上げたらかなりの大物なのでしょうが,べらぼうに手強い相手ですよね.千里の道も一歩からとは言いますが...

素人がそんなこんなを話していたら,とある大学の先生が帰り際にご著書をプレゼントしてくれました.
「興味があったら会員になってよ」なんておっしゃられていましたが,機会があったらということで.また検討しておきます.

2009年9月3日木曜日

動く9月

9月にはいろいろな事が予定されています.

明日には第4回(?)ファンタジスタの会があり,そのあと某イベントがあり,某学会があり,さらにそのあと某密談があり.


政治ではいよいよ民主党政権が始まります.

たくさんのことがバンバン起きる9月です.微妙な緊張感と期待感が交錯しております.

今は自分自身が浮き足立っていますので,いろいろ書くのは避けておきます.
落ち着いてから,また.