2010年3月29日月曜日

月が綺麗ですね


今日は満月ではありませんが,夕暮れ時に東の空で強く輝く月が出ていましたので思わず目が止まりました.

最近はバタバタしていて空を見ることもなく生活していたので,なんだか落ち着いた気分になれて安心しました.

あと,桜もだいぶ開花してきましたね.
引越し準備で出た大型・不燃ゴミを,近くのゴミ収集所に自動車で持っていく際に気がつきました.
ダムの道沿いに桜が植えられている,という よくある設定の桜並木ですが,ここ数年は毎年見に行っているポイントでして.
この地に住んでいた者として最後に見れて良かったです.
あとは行くのみ.


ところで,月が綺麗ですねを英語で言うと何になるでしょうか?

月が綺麗ですね = I love you
です.

まぁ,冗談ですけど,実際は,
I love you = 月が綺麗ですね
というところでしょうか?

かの文豪・夏目漱石が若かりし頃,英語教師をしていた時に,そこの学生が 「I love you」 を 「我,君を愛する」 と訳したのを見て,
「そんな日本語は無い.この文は “月が綺麗ですね” と訳しなさい」
といったエピソードからきています.

最近,イギリス・ロンドンに拠点を置く翻訳会社トゥデー・トランスレーションズというところが,
【世界ロマンチックな愛の表現ランキング】
なるものを企画したそうで,栄えある第1位はフランス語の
「amour(アムール)」
になったんだそうです.
そして最下位はダントツの日本語,
「私はあなたを愛します」
だったそうで.

・・・,キモーイ.
夏目漱石じゃないけど,そんな日本語誰も使わないっすよ.
それに,使うシチュエーションにもよるだろう,
って,やっぱそれが日本語を使うものとしての感覚なんでしょうかね.
直接的にものを言わないのが日本語の使い方ですからね.

日本語の場合,どれだけはっきり言ったかではなく,どれだけ心を込めたかが判断基準になるんだと思います.
だからバカ面してフォーマット化された単語を並べられても気色悪いわけで.
対象に向かって明確にしっかりと伝えることの鮮やかさよりも,全体状況の調和を考慮して発せられる言葉に重みがあるのです.
つまり,指向性か包括性かの違いですね.

次に私がそんな言葉を使う時は,どんな言葉を選んでいるんでしょうか.

...,そんなことより,
いよいよ明日が最後の出勤です.
コピーカードと保険証を返すのを忘れないようにしないと.

2010年3月27日土曜日

ドタバタの年度末

「子ども手当法案」という空前の愚策が参議院に提出されます.
参議院は先の参議院選挙(安倍内閣時)で民主党が大勝したので,そのまま法案は通る予定です.

メディアは結局一度も子ども手当法案の重大性を伝えずにスルーしました.
なので,この法案の欠陥を多くの国民は知らずに無関心のまま受け入れることになります.
計画性が一切無く,理念も哲学も目標も全くないので,あきれ果ててしまいます.
恐ろしい国になりそうです.

やっぱりある程度の犠牲が出ないと,この国の人たちは当事者意識を持たないのでしょう.
どこかの憂国の士が暴力に打って出ないと関心を持たないわけです.
そして一気に右傾化する・・・,というシナリオがありそうです.
これまでの日本の歴史を繰り返すのでしょうか?
そういうのって悲しい民族だと思うのですが,しかたありません.


さて,
この9年ほど同じ場所に住み続け,勤め続けたので麻痺していましたが,引っ越し・転職というのは騒がしいものです.

古くなった家具や電化製品は,なるべく学生にあげたり捨てたりしながら荷物を少なくしています.
引っ越し準備ということで散らかっていますが,部屋も結構すっきりしてきました.

いよいよこのアパートからも引き払うことになりました.
さっき大家さんとも最後の挨拶(?)になるかもしれない挨拶をしてきまして.
気がつけば,大家さんもすっかり老け込んでいました.
まぁ,10年ですからね.長いおつきあいでした.

お世話になった人ですから,どのようにお礼をしたらいいのか考えましたが..,意外に言葉や態度が思いつかないものです.
あっさりと挨拶を済ませるだけになってしまい,こんなもので良かったのか?と,自分のボキャブラリーの無さを恥じます.


今日は次の職場で新任説明会がありまして,その大学の歴史や年間行事,学生の様子などを紹介していただきました.
あとは事務連絡や教員としての心得みたいなことを.
身が引き締まる想いです.

あとは,新しい職場での研究室を作成.
荷物の搬入や机の配置をやっておきました.まだまだ途中ですが,おいおい完成させていきたいと思います.

平日に計画してくれれば事務の方々が手伝ってくれる,ということでしたが,その手を使わないよう,今日に設定したという意味もありまして.
こういうことは誰かに手伝われると,こっちが気を使ってしまって逆にやりづらいので,なるべく独りで作業したいものです.

にしても,これまでと比べていきなり部屋が広くなってしまったので居心地が悪いです.
今までの職場の3倍の広さですから.しかも今まではその部屋を同僚と2人で使っていましたし.
ついつい今までのような小スペースな机の使い方をしてしまうんですよね.
「部屋をあんなふうに・こんなふうに贅沢に使えればいいなー」と思っていたことが現実になると,むしろ気が引けてしまいます.

備品や用具も部屋で一括管理できるようになります.
おまけに,冷蔵庫も3倍の大きさになっていました.
水道も部屋にあります.
もはやスキ無しの環境.

ということで,事務作業をするには最高の条件をもらいました.
これまでに欲しかった作業条件で,これまでのフラストレーションを発散させたいと思います.

あとは授業と教育活動がちゃんとやれるかどうかです.
本格的な教育歴がないので不安であることは確かですが,むしろ開き直って挑みたいと思います.

2010年3月21日日曜日

色々なこと


南からの風が吹き荒れる今日この頃.
その南からの風の便りでは,基地・県外移設不可能の知らせが届いています.

言わんこっちゃない.
ただ状況を滅茶苦茶にしただけの哀れな結末になりそうです.

移設見直しなんて無理,というのが本音でしょうが,建前上,前政権とは違うところを見せたかったんです.
だけど,「国防」 というものをあまりに過小評価していたんですね.軽いノリで発言してみたら大炎上してしまったというところでしょうか.

「外国人参政権」 や「子ども手当て」といったいろいろなことも議論がそろそろ表面化してこないといけませんが,なかなか出てきません.
想像以上に恥晒しなことを提案していたことに,今更気がついたというところでしょうか.
引っ込めるに引っ込められない状況だと思います.


ギスギスした政治の話をしていてもつまらないので,もっと別のことにスポットを当てたいと思います.

サブカルチャーの代表格である富野由悠季 監督「機動戦士ガンダム」という作品があります.
アニメ作品なのですが,見たことはないけど知っているという人は多いはずです.私も子どもの時は知りませんでした.

この作品の特徴はそれまでのロボットアニメでは当たり前だった,良くわからない科学技術や悪の組織や宇宙人からの侵略といったファンタジーではなく 「リアルを追求」 したところにあって,科学的裏づけが濃い世界観,大きくないロボット兵器,人類同士が戦う,勧善懲悪ではない(ヒーローがいない)などの設定がされています.

クリエーターである富野氏としてはこれを前面に押し出したい,つまり「完成した作品」にしたかったのが本音だったようですが,放送局やスポンサーとしては「売れる作品」にしたいのが本音.
富野氏は駆け出しの監督でもあったので,それをしぶしぶ呑んで建前上の作品として描きあげたのだそうです.

では,どこらへんを妥協したのかと言うと,まず「主人公の乗るロボット」について,「原色によるトリコロール(3色塗り)」,「分離・合体する」,「大破しない」,「名前にGとDの音が入っている」というところです.
上で示した画像を見比べてみてください.上はよく見る初代ガンダム,下は富野氏が理想としたガンダムです.
当時のロボットアニメの鉄則として,主人公機は青赤黄の3原色を基本にすることで人気が出るというものがありました.他のロボットアニメも同じですので見比べてみてください.

富野氏としては,あくまでロボットを兵器として描きたかったようで,大きさも20m以内という設定にして現代の戦闘機と同じスケールにしています.武器が「任務によって取替える重火器 プラス,固定のガトリング砲」という組み合わせもそのため.
これはスポンサーから不満だったようです.つまりプラモデル・メーカーですね.
小柄な体格設定で,頭や胸からビームが出ないのでは人気がでない,と不安視されており,少なくとも変形・合体できるように,ということで,分離・合体機構を無理やりとりつけました.

色も当初は全身真っ白にして出したかったんだそうですが,放送局やスポンサーから「地味」というクレームが出ておじゃん.今からしてみると「ダサい」の一言に尽きる青赤黄白のデザインになっています.
作中のガンダムの別称である「連邦の白い悪魔」というのはここからきていて,“一部が白いだけじゃん” という素朴な疑問を持たれることになりました.

時は過ぎ,ガンダムという作品がヒットして富野氏の名声も高まってきます.
やっと自分の色を出せる日が来たのです,しかもテレビ局の意向を排除できる映画作品で.

そして描かれたのが下の図であるガンダムです.白をベースに,黒い部分だけでデザインされた兵器らしいフォルム.青赤黄はワンポイントにしか使われていません.たしかに戦闘機に近いサーフェイス・デザインです.

合体・変形といったギミックもありません.
スポンサーの要求もなくなってきたので,下のガンダムでは変形も合体もしません.

この映画は見たことがあるのですが,たしかに全てのロボットが渋いデザインになっています.富野氏がやりたい放題できたのでしょう.

ただ,この映画でも唯一妥協した点があるのだそうです.
それは「主人公に子どもがいる」という設定.
今のアニメならありえる設定ですが,当時は問題視され,結局なしということになっています.
ただ,この設定はこの作品の本質的なメッセージを隠すものなので,できれば削除しなかったほうがよかったと思います.
もし気になるようでしたら,富野由悠季 監督『逆襲のシャア』を,“もし主人公に子どもがいたら・・” という脳内設定で見てみることをおススメします.


最近,風邪で弱っている私は,ついに口唇ヘルペスができました.
ストレスもたまっていたのでしょう.以前から口がヒリヒリしていたと思っていたのですが,ついに表面化してきました.

次の職場では,新人で一番の下っ端になります.
たしかにやりたいことはたくさんありますが,まずは2~3年は我慢して周りの要求に対応していくところから始めていくのが得策でしょう.
そうした中から見の振り方や新しい自分の色も出てくるでしょうし.

2010年3月16日火曜日

勉強と卒業


今日は卒業式でした.
私もこの大学から卒業です.

ここ数年は毎年卒業式に参加していますが,美味しいホテルの料理をいただくことが目的の半分です.
学生を祝うのは3分の1くらい.あとは普段話せない人との談笑でしょうか.

今年は最後の勤務ということもあって,いろいろな人とお話をさせていただきました.
卒業式が終わった後も,部署の人たちに送別会をしていただきました.
「あー,終わったなー..」という実感は今のところありません.
なんせ明日の早朝からまた理由不明の仕事に行きます.まだまだ職務は終わりません.


ところで,
その時,学力がどーのこーのと言う前に,そもそも何のための学力なのか?という目的意識を持って教育戦略を練らなければならない,ということで,「社会人に学力調査をすればいい」とフザケ半分で主張したものです.
だって,「子どもの学力を上げる!」と言ったところで,いったい何のための学力向上なのか意味を見出さなければ先に進めないのですから.

が,聞くところによると,この
「社会人への学力調査」
が本当にOECD(経済協力開発機構)で計画されているようなのです!

その名も Programme for the International Assessment of Adult Competencies (PIAAC) と言います.日本語では「国際成人力調査」というのだそうです.
上ではOECDの記事へリンクしていますのでご覧ください.

でもまぁ,シンプルに考えて一番重要ですよね,これ.
何のために勉強させるのか?を考えないと,教育の目的を考えることができませんし,「国際学力調査(PISA)」の意義を確認する上でも必要です.

例えば,現在のところ日本はPISAでは上位に位置していますが,PIAACで下位だとしたら,考えられることは3つ.
⑴ 日本(過去の)の教育方針が不適切だった
⑵ 日本人は成人すると自己啓発活動をしない
⑶ PISAでは成人後に必要な学力を反映できない
といったところでしょうか.

非常に有益な調査になるはずです.
私としては面白半分で思いついたことですが,OECDの方々も気になっていたのでしょうね.
第1回は来年2011年の8月に予定されており,結果の開示は2013年頃になるそうです.

関連記事もどうぞ
PIAAC:国際成人力調査

2010年3月15日月曜日

Game Analysis その2

今日は,以前も取り上げたことがあるゲーム分析 Game analysisについて.

意外と時が経つのは早いですね.

以前から,この(日本では)新しい分野の動向について気にはしてきました.
来月から赴任するところでの活動と全く無関係ではないということもありますし.

偶然にも今日,現在の仕事先である大学において,アメリカのNBAのゲーム分析班として活躍し,現在はゲーム分析ソフトのアメリカ東部地区のマネージャーをしているという方が来校されていました.
東京のイベントに参加される途中で,なぜかこの大学に寄ってくれたということで.
普段から贔屓にしているだけあって,リッチな待遇を受けることが出来ます.ここで働いていて良かったと思えることのひとつですね.

臨時で,
「アメリカにおけるプロスポーツ界と大学スポーツ界の違い」
という講演をしてくれました.
聴衆3名の実にリッチな講演.本当ならお金を払って聞くようなもんだったのでしょうけど,講演途中でも質問し放題,質疑応答自由の非常に贅沢な時間でした.
もちろん英語でのやりとりですが,通訳をしてくれる人がいたので安心して何でも聞けてしまいます.
本場でバリバリやっている人が少人数のリラックスした状態で本音で語ってくれるという,こんなレアな状況.なかなかこういう機会には遭遇できないので,ここぞとばかりに今までゲーム分析で気になっていたことをぶつけました.

で,その結果ですが,以前から私がゲーム分析に対し感じていたことをさらに確信するにいたったというところです.

まず,ゲーム分析で分析された結果ですが,プロスポーツであれば「競技力の改善」はもちろんですが,「選手の管理」のために使われています.つまり,どれだけ仕事をしているか?という視点です.ちゃんと仕事しているかどうかを客観的に示す必要があるからです.
その選手がチームのためになっているかどうか,フィーリングで判断されては選手もたまったもんじゃないですし,チーム側としても正確な判断がしたいところですから,お互いの納得のためにもビデオによる記録が重要なのです.

競技力の改善のための利用としては,とにもかくにもヘッドコーチ次第というところ.
見ないコーチは見ないし,選手だけが見ればいい場合はそうするまで.
では選手にはどんな映像を見せるのかというと,選手自身が見たいと言う場面を編集して,「今日の私の良かったところ」をつくってあげるのが主なところ.
“分析する” というよりも,明日の自分のためへのモチベーションアップがその主な目的のようです.
「選手へのフィードバック」って大々的に言っても,本場NBAでもその程度のようですね.

さらに,大学スポーツにおける「ゲーム分析」は,そのほとんどが選手へのサイキングアップに使われているということです.
私が質問したことでもあるのですが,
「大学レベルの選手は,技術や戦術が安定していないと思うのだが,そのような中で “フィードバックする” ことというのは何か?」
彼の解答はThat's a Good Question !というものでした.
やはり,これについても基本的に悩みは日本の大学と同じなわけです.

ビデオにより戦術や技術の分析ができたとしても,その結果を受けて自在に使い分けることができる選手というのは一握りの天才だけで,その大部分が目の前の試合に全力を出し切ることで精一杯です.
大学レベルのスポーツ競技では,相手チームの前の試合を見たところで,次の試合では戦術や技術は大きく変わっています.
これをどう扱うか?についてはアメリカの分析班も苦労しているようでした.

大学レベルの選手には,次のようなビデオによるアプローチをしているようです.
次に試合をする相手チームが弱いようであれば,そのチームの強そうな場面をチョイスしたイメージビデオをつくって緊張感を持たせる.落ち込んでいる選手がいたらその選手の名場面をチョイスしたビデオを渡して気分を盛り上げる.などです.
う〜ん..,「ゲーム分析」というほどクールな使い方ではないですよね.

競技における文化の違いを確認できたエピソードもあります.
アメリカの大学スポーツでは,自分たちの試合で撮影したビデオを,全大学で互いに交換することが “義務” になっている.ということ.
お互いにビデオ交換するというのは,映画などのシーンで観たことがあるので知っていましたが,まさか義務にまでなっているとは知りませんでした.

理由は,互いのビデオ交換についてそのつど申請していたら,膨大な時間と事務手続きがかかってしょうがないから,とのことでしたが.
私に言わせれば,そもそも,ビデオを見て分析するという作業がアメリカの大学スポーツ界に常識として存在していることの延長線ではないかと感じました.

ただ,スポーツにおけるビデオ映像の利用頻度に違いはあれど,どれだけ競技力の改善に活かされているか,ということについては大差ないのではないかと思ったものです.
以前の記事にも書きましたが,やはり,フィードバックするタイミングや量,強さといったことをもう少し検討するべきなんだと思います.
経験知という意味からは,「やらないよりはやった方がいい」 というレベルまでは来ているはずです.
ちょうど,ウエイトトレーニングはやらないよりやった方がいい,ということが知られてきたようなものです.
あとは,どれだけやるべきか,どのような時はやるべきでないのか,といった知見が必要になってくるのでしょう.

2010年3月12日金曜日

Goolgeについて


アメリカの悪口を記事にしていましたが,別にアメリカに恨みがあるわけではありません.
非常に力強い国だと思いますし,さまざまな可能性を秘めた文化を持っていることは疑う余地のないことです.

特にITビジネスについては他国とは一線を画しています.
その代表が検索サイトを中心としたソフトウェアを開発する企業「Google」.
Googleという会社を知らない人は珍しくなりましたし,「ググる(インターネットで調べる)」という言葉を生むほどの影響力を持っており,実際,2009年度の売り上げは2兆円を超えている怪物企業です.
ダイハツやスズキといった自動車メーカーが1兆7000万ほどですから,それよりも高い売上高を誇ります.

しかし,このGoogleという会社がどのようにして利益を上げているのか,その仕組みを理解している人は少ないのではないでしょうか.
Googleは一部(GoogleEarthの機能)を除き,提供されるサービス全てが基本的には無料で使えるものばかりです.
それに,Googleらしさといえばそのシンプルなインターフェースと使い勝手.Yahooなどのように派手なサイトではないのです.
こうした手法の,いったいどこで利益を得ているのか?たしかに謎の部分が多いビジネスモデルですね.

これについて詳しくまとめているのが,牧野武文 著『Googleの正体』です.インターネット・ビジネスについてもやさしく解説されているのでオススメです.

Googleの収入源は一つ.広告サービスです.
ここらへんは有名なのでイメージし易いかと思いますが解説しておきます.

Googleの検索エンジン(サイトの検索機能)は,世界中のネット利用者が検索し閲覧したデータを蓄積し,クリック数や閲覧数が高いサイトを上位に持ってくるという「ロボット型」です(人の手で上位に持ってくる検索エンジンを「ディレクトリ型」と言います.Yahooが使っています).
Googleの検索エンジンは,入力したキーワードと上位に表示されるサイトとの整合性が高い,つまり,欲しい情報と検索結果の関連が強いことで評価されています.
Googleに広告料を払っている会社としても,自分たちがターゲットにしたい顧客が検索してくれる可能性が高いということから,広告料を払う価値が高まります.

Googleが広告主から受け取る広告料は,その広告主のサイトをクリックした数で決まります.
1クリックあたり数十円だと言われています.
それで2兆円を稼いでいるわけです.
試しに何かを検索してみてください.
検索結果の最初の3行と画面右端にスポンサーへのリンクがあるはずです.これがGoogleの主な収入源です.
地味ですが塵も積もれば山となるもので,たくさんの人がGoogleを使えば使うほどクリック数は増えるわけですから,収入も増えます.

一方,Yahooなどはこういったモデルではなく,自前のポータルサイト(いわゆるYahooトップページ)に載せてある広告バナーの設置費やコンテンツ利用料を主な収入源としているという違いがあります.
同じネットの広告サービスでも大きく違うのです.


Googleのサービスは全て無料で行なわれている,ということを先に書きましたが,これがGoogleの経営モデルにとって非常に重要なKeyになります.
YoutubeやGoogle MapにGmail,挙げ句にExcelやWord,PowerPointと同等の機能を無料提供し,そしてついに近々,PCのOSを無料サービスすることも計画しています.
しかし,上に挙げたサービスはいずれもGoogleにとって大赤字のサービスです.
ソフトウェアの開発は人的資源が必要ですが,それを無料で垂れ流していたら100%の赤字.
いったい社員への報酬をどこから取ってきているのか?

つまりこういうことです.上記のようなサービスを提供することで,Googleの利用者を増やし,そのサービスにさりげなく広告を載せることで広告サイトへのクリック数を増やす.そして広告料を稼いでいる.
Google Mapを使ったら,その周辺のレストランや居酒屋,ホテルなどの情報が一緒に付いてきますよね.あれです.

Googleはいったい何を目指しているのか?
これについて牧野氏は「『検索』を基盤にし,インターネット環境さえあれば全てのことが可能な世界をつくる」ことではないかと匂わせています.

最近,Googleは携帯電話の世界にも手を出しました.
ニュースには「グーグル携帯,苦戦」という見出しがありますが,Googleにとっては先進国でのグーグル携帯の売れ行きなど気にしていません.おそらく実験台やモニターとして見ているでしょう.
狙うのは「パソコンは買えないけど携帯電話が必要な発展途上国の人」に安価(無料でもいいくらい)で携帯電話を提供し,Googleの機能とサービスを利用させて広告料を稼ぐことです.

インターネットが利用できない,つまりGoogleのサービスを受けていない人は,すでに「パソコンを買えない貧困層」しか世界にはいないのです.
Googleの携帯電話業界への参入には,こうした意図があるのではないかと牧野氏は睨みます.

ITビジネスの神髄をここに見た!
というところでしょう.

これらの動きは特に,PCのシェアでは圧倒的優位を誇ってはいるが,OSの評判が良くないマイクロソフト社にとって,とてつもない驚異になります.
かたや1万5千円のOS.かたや無料のOS.結果は見えているわけです.
マイクロソフトはIT企業としての王者ですが,その本質は古典的な「物作り」とシェア拡大の「マーケティング戦略」で支えられています.

しかし,Googleはこれに無料サービスを基本とする新しい手法で切り崩しにかかります.
質も高い上に無料のサービス.
ネットや検索技術との親和性が高いOSとソフトに,マイクロソフトがどれだけ太刀打ちできるのか,ここ数年が勝負になります.

いやー,おもしろい企業ですね.
行く末を見守りたいものです.

とりあえず,その企業方針に一口のっかる意味でも,次に買う携帯電話はGoogleが開発したOS「Android」を搭載した機種を考慮してみようと思います.

2010年3月10日水曜日

米と鳩


先日はアメリカのバカ映画と民主党(ポッポ首相)をバカにした比喩を紹介しましたが,この両者が対峙する問題が普天間基地移設問題です.

「普天間基地移設問題」
と言われても,本土の人間は以外と知らないものです.悲しいですが,自分たちには直接関係ないですからね.
というか,沖縄県民ですら,その真の経緯を知っている人は少ないのではないでしょうか.
沖縄恒例のヒステリー気味の報道と運動で,事実関係が撹乱している可能性があります.

ここは一つ,この “よくニュースになるくせに内容が理解されていない” 普天間基地移設問題について取り上げようと思います.
今後,このニュースが楽しく見れるようになります.


そもそも普天間基地移設というのは,現在の普天間基地を名護市・辺野古に移設しようという計画で,その遠因には住民の土地返還の訴えや米軍兵士による少女暴行事件などがあり,住宅地に墜落した米軍ヘリ事故などが発端となっています.
これらを受け,辺野古の沖合に海上ヘリポートを建設して普天間基地の代替施設にしようというものでした.
これが自民党政権時代の2006年に日米で合意されています.

その後,2009年に民主党政権下になり,鳩山首相が辺野古移設案をゼロベースで見直すと言い出します.
これにアメリカ側が猛反発,オバマ大統領の来日延期という事態に発展.一躍,日米安全保障のビッグニュースになります.
民主党は2010年5月末までに結論を出すということにしていますが,どんな結論を描いているのかは明らかにされず,現在に至ります.


これについて,まずは現政府の見解ですが,
先日(3月5日)の参議院質疑で佐藤正久(自民党)が質問に立ち,鳩山首相に普天間基地移設問題についていろいろ聞いておりました.
TVや新聞などで加工されている情報ではなく,ニコニコ動画による編集なしの構成のものだったので,ありのままの姿が映っているものです.
案の定,爆笑映像のオンパレード.移設をゼロベースで見直すと大見得きった割には知識もゼロベースという痴態をさらしております.
政府見解といえるほどの「見解」が無く,なんのつもりで見直すと言い出したのか意味不明.
ましてや,5月末までに結論を出すと言っているにもかかわらず,まだ議論をゼロベースで進めていると答弁.
なにもかもがゼロベースだということです.

推測ですが,おそらく鳩山首相はこんな大惨事になることを予想せずに発言してしまったのではないでしょうか.
なんとなく沖縄県民とその取り巻きにイイ顔したくて,テキトーにしゃべったのが実は重要懸案だった,というオチのような気がします.
だって知識がゼロベースだから.その重要性にも気がつかなかったのでしょう.


「見直す」というからには,2006年の時点での日米合意において,なぜ名護市・辺野古に移設ということで決着していたのかが争点になるはずです.
それについても,鳩山首相は知らなかったご様子.

なぜ辺野古なのかというと,この普天間基地に所属する海兵隊の重要な任務の一つが,
「朝鮮半島の有事への対処」
であり,暗黙の了解としての任務が,
「台湾情勢への警戒」
なのです.
故に,朝鮮半島や台湾に近い沖縄に基地をおく必要があり,常に訓練ができる場所が必要条件となります.

それに,意外と知られていないけど一番重要なことが,「普天間基地は国連軍基地」ということです.
朝鮮戦争,朝鮮半島の有事に対処するという明確な目的を持った国連軍の拠点なのです.
「極東アジアの安定のために」という使い古された保守派の言葉ですが,実は国際的には重い言葉なのです.
鳩山首相はこれも知りませんでした.
首相は常々,「国連重視の姿勢で・・」と発言しているくせに,国内で行なわれているホットで重要な国連活動は知らなかったんだそうです.


その他の移設案としては以下のものが挙っていますが,それぞれにダメな理由がちゃんとあります.適当に沖縄にしているわけではありません.
「九州移設」という案がありましたが,これは海兵隊のヘリ部隊の機動力との兼ね合いで却下となります.
朝鮮半島ならまだしも,台湾方面にはヘリの燃料が切れるのでアウト.
「関西空港移設」という案もありましたが同じ理由で却下です.地元では反対なのか賛成なのか分からない反応でしたが.

社民党なんて,国内は断固反対,国外にすべき,だから「グアム移設」.
とか言い出して,だったら「グアムの人たちがかわいそう」とは思わないのでしょうか?いかにもといった傲慢な社会主義・共産主義的発想.恐れ入ります.
人間性が出ますね.同じ日本人と思いたくないです.


ちなみに,質疑では鳩山首相は朝鮮戦争が “休戦中” であり,現在進行形の戦争であると認識していなかったことも浮き彫りになりました.そりゃいい加減な発言するのもうなづけます.
北朝鮮と仲の良い社民党が言うならまだしも,その国のトップが極東軍事情勢の知識がゼロベースなのは危険です.

きっとこの人達は,板門店のことを韓国のお土産が買える観光地だと思っているのでしょう.

2010年3月8日月曜日

盛大にバカ


和歌山・太地町で行なわれているイルカ漁を隠し撮りした映画,シホヨス監督 『ザ・コーヴ The Cove』が,米国アカデミー賞で「長編ドキュメンタリー賞」を受賞しました.

この映画は,アメリカという国の民度の低さを痛感できる映画です.

きっと,先月24日・フロリダで起きたシャチに調教師が喰われた事件をチャラにするためにやったのでしょう.きっとそうです.
“アメリカという集団” は,救いようの無いバカとして有名です(個人としてのアメリカ人は知りませんが).
こんなことしたらシャチの事件を蒸し返されるだけなのでしょうが,恒例の「アメリカ性発作」が始まっちゃったので手に負えません.
可哀想な人達なのでそっとしておきましょう.

「イルカを日本人の手から解放するための映画」と銘打ってますけど,「だったらまずシャチを解放しろ」と言われるのが関の山なのに.
こんなタイミングで...,あーあ,頭に血がのぼっちゃって正常な思考ができなくなっているんですね.

彼らは言います.
「カワイイ動物を食べるなんて...」って.
羊や牛はかわいくないから食べてOKなんですね.
「知能が高いから」って.
バカな動物なら食べていいのだそうです.
黒人はバカだから奴隷にしてましたし,アジア人はバカだから植民地にしてよかったのだし,日本人はバカだから原爆実験してOKだったのです.
そういう民族です,彼らは.

一切の倫理的考察ができない盛大なバカヤローですね.
バカであることに関しては他の追随を許しません.


オッと.日本にも盛大なバカがいました.

3月8日11時26分配信[時事通信]
8日付の韓国紙・ソウル新聞は、同国の太平洋戦争犠牲者遺族会関係者の話として、鳩山由紀夫首相が、今年初めに日本を訪問した米国の重鎮議員に対し、日韓の歴史問題で賠償を行う用意があると非公式に表明したと報じた。

脱税した自分の金で支払え,バカ.

誰かこのバカを元いた星に帰してくれないですかね.
これ以上は日本のため,地球のためになりません.


このバカ,日韓基本条約を知らないのです,きっとそうです.
「歴史問題」とかいう,ふざけた問題を自分から表に出してくる希代のパーです.
だから脱税しても のほほん としてられる史上最低のボケ首相です.
100歩譲って,ネタでやってるなら全然面白くないから退場してほしいですね(まぁ,それなりに面白くないことも無いが).

これ以上放っておくと,民主党が再生不可能になるので気をつけた方がいいでしょう.
かつての社会党みたいに愛想をつかされてしまいます.
せっかく二大政党制に近づいたのですから,適当なところで退散した方が次のためにもなると思いますよ.

以前,ネットに出回っている鳩山首相を揶揄した話を紹介しました.
ついに先日から通常のTVのニュース番組や情報番組でも紹介され始めているようです.
せっかくなのでもう一度.

日本には謎の鳥がいる.
正体はよく分からない.
中国から見れば「カモ」に見える.
米国から見れば「チキン」に見える.
欧州から見れば「アホウドリ」に見える.
日本の有権者には「サギ」だと思われている.
オザワから見れば「オウム」のような存在.
でも鳥自身は「ハト」だと言い張っている.
私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う.

紹介したのが今年の1月だったので,3月になってもまだ出回っているのですね.
ついに一般マスコミも取り上げるようになりました.
マスコミは,あれだけ民主党に有利になるよう偏向報道,事実無視,援護射撃を気持ち悪いくらいに繰り返してきましたが,いよいよ見放されてきたようです.
お次ぎは,外国人参政権と子ども手当の惨さを “普通に” 報道されてしまったらアウトです.

2010年3月6日土曜日

数学が苦手な者の意見として


私はいわゆる “分数ができない大学生” という種族に分類されるので,数学にはコンプレックスがあります.
コンプレックスというなら聞こえがいいですが,つまりは苦手なんですね.
なるべく計算や統計処理は 「EXCEL」 とか 「SPSS」 といった計算・統計ソフトを利用してしのいでいます.
それでも,「出来ないよりは出来た方がマシだろう」 と考えるマトモな価値観は持ち合わせているので,以前から数学や統計学の本を集めてはいたのですが.そんな中で,買ってはいたけどページをめくったことがない本もありまして.

なので今日は,芳沢光雄 著 『算数・数学が得意になる本』 というのに挑んでみました.
アマゾン・レビューもすこぶる高く,てっきり「本当に数学が得意になったらどうしよー♪」と,ワクワクしながら読んでいったのですが...
違う意味で有意義な本でした.
読み進めていっても,とにかく著者の説明に対し 「???」 な部分が多く,「もうちょっと別の言い方があるだろうに」 と,差し出がましくも適切とは思えない論旨に腹も立ってくるほど.
んで,特に難解だったのが 「分数の割り算」 を説明した部分.本の帯にも紹介されているほど,この本の目玉となる部分なんでしょうが,とにかくチンプンカンプン.
「ゆえに」とか「このことから」などと,著者としては丁寧に解きほぐしているようなのですが,数学が出来ない私としては「だからなんで『ゆえに』とか『このことから』になるんだ?」と頭を悩ましてしまうわけで.

んで,その章の最後に「『分数ができない大学生』の分担執筆者のひとりである私としては,・・・・」という一文が.
膝を打って,「だからかー!」と,違うところで納得.
数学ができる人ってのは,できない人がどこで悩んでいるのかが解らないのだと確信しました.
悩むポイントとでもいいましょうか.それがお互い理解できていないから分かり合えないのかなと思います.

どこかの誰かが書いた本にありましたが,「日本の数学教育は『証明』に重きを置いている.『利用』するための視点は薄い」 というのを見たことがあります.
物を数えたり大きさを測ったり,出来事を予測したりするための数学ではないんですね.あくまで「数学」です.

以前,今勤めている大学の数学を専門にされている先生から 「日本は優秀な数学者が多い」 と聞いたことがあります.実際そのようです.
日本の数学教育が,小中高とガチで数学の教育をしているからなのでは?と考えさせられます.

芳沢氏は,上で挙げた分数の割り算の章でこう述べています.

「『3枚のピザをそれぞれ4等分しました.切り分けたピザを一つの皿に3切れずつ乗せていくと,皿は何枚になるか』
答えは切り分けたピザの絵を描いてやれば「12÷3」で簡単に出てきますが,小学生でもわかるように,次のような分数を含んだ式にして説明してやります.
[ 3÷(1/4×3) = 3÷3/4=4 ]
このような具体例をいくつか示すのです.」
・・・・・,
意味不明です.
私に言わせれば,説明の順序が逆なのです.
[ 3÷(1/4×3) = 3÷3/4=4 ]
という「式」がどのような状況かを説明するために,ピザの話をすればいいわけで.

こんな思考ができること自体,数学,そして分数をしっかりと,もしくは直感的に理解できている人の思考です.

普通,このピザの話に出てくるような状況では,まず,ピザの総数は何枚になるか?それを3枚ずつにすると何個のグループになるのか?という順序の思考になるはず.
氏も書かれている文中にあるような 「 12÷3 」 という考え方が素直なはずですよ.
ここだけではなく,こういったつっこみを入れたくなる部分はこの本に結構ありました.

思うんですけど,分数の計算でつまずく人が本当に解らないポイントってのは,計算方法とかじゃなくって『分数』それ自体かと.
だってねぇ・・,なんですかこの 「1/3(さんぶんのいち)とか,4/1(いちぶんのよん)」 って,この得体の知れないものは.
「1/2」などと,これだけ出されても,分数・数学の思考ができない人には...,なんと言いますか,「拠り所」がないのですよ.
これは計算するための表現体ではありません.計算“も”できるものとして,それこそ“割り切って” 捉えたほうがすっきりします.

分数を学ぶための目的は,「問題解決」ではなく「状況説明」という視点ではないでしょうか.

だって,例えば投票率30%という状況をニュースにする時,
「1/3の人が投票に向かいました」
と“表現”するけど,前年と比べた場合といったような話をする時には,
「昨年40%で,今年30%ですので,10ポイントの低下ですね」
というふうにするでしょ.間違っても,
「昨年2/5で,今年は1/3ですので,約0.1の低下ですね」
なんてニュースは読みません.

分数が役立つのは,あくまで事象を表現する時です.
アナログな表現として,感覚的に理解させたい場合だと思います.

例えば,アナログ時計とデジタル時計を比べると良いでしょう.
アナログ時計の方が時間感覚を掴みやすいのは,「長針が文字盤を何分割しているのか」という表現が成されていること,すなわち「分数」として機能しているからに他なりません.


もっと言えば,子ども達には 「分数で計算する」 というような状況を回避する方法を教えるのが得策なのです.“分数が計算に役に立つ状況”なんて数学研究以外では有り得ません.
1/2÷3/4なら,0.5÷0.75で計算する状況の方が多いはずだし,電卓や計算ソフトを使った複雑な計算が求められる現代社会においては重要な視点になるかと考えられます.

むしろ,そういう視点と目的で教えないと分数を学ぶ意義は損なわれる,というのが,この芳沢氏の本を読んで得た私の持論です.

2010年3月3日水曜日

新たな住居

学生の卒業論文も終わり,学内イベントはほとんどなくなりました.

今日から勝手に有給休暇に入ります.
この3月は丸々来なくてもいいほど有給は残っていますので.
今月は有休消化にいそしもうと思います.

ということで今日は,新転地に移るための住居探しに当てました.
電車に揺られること一時間チョイ.不動産屋に入って希望の物件を頼みます.
が,どうやら希望に添うものはないようで.
いろいろ無理を言って頑張ってもらって,なんとか新居獲得にこぎ着けました.

大満足というわけではないですが,新築だし周りに学生はいなさそうだし,まずまずではないかと思っております.

が,無理を言って頑張ってもらったのはいいのですが,入居が今月末31日になるのがチョッと不安要素.
ま,今のところから通えなくはないので,今月中の行き来は気にしなくてもいいでしょう.
とりあえずは来年度の寝床が確保できたのは一安心です.


いよいよこの部屋ともお別れかと思うと,愛着ある場所に懐古感が沸きます.
今時,風呂トイレ洗濯が共同のところに,それも学生と一緒に住んでる大学教員なんて珍しいですよね.よくやるなと我ながら思います.
大家さんにもお世話になりました.
おっと!家賃を滞納していることを思い出したので,明日にでも渡しにいきます.

次の住居は,今住んでいるところよりもモダンな造りになりますし,実際新築できれいなのですが,いかんせん収納力では劣ります.
なので,どれを捨てていくかが勝負なのですが,よく見ると全部捨てていってもいいのではないかと思うんです.
高校時代の野球のユニフォーム.こんなもんが押入れの奥から出てきました.
9年間で初めて開けましたよ,この段ボール.

勉強机とかイスとかTVとか.あと,製作コンセプトがよく解らない収納棚とか.こんなものはゴミになるかもしれないので,次の入居者のためにということにして放っておきましょう.

いろいろな契約なんかの住所変更届をしなければいけないですし.
面倒な一ヶ月になりそうです.