2011年10月16日日曜日

Excelで多重比較まとめ

けっこう「Excelで多重比較検定するにはどうすればいいのか?」という記事を検索して読んでくれているようなので,このテーマに絞ってまとめてみました.

私のための覚書にもしておきます.

過去の関連記事を以下に示しておきます.

エクセルExcelでの簡単統計(対応のあるt検定と多重比較)

SPSSを購入するほどの余裕はなく,柳井久江 著 『エクセル統計』 が使っているコンピュータに入っていないけどExcelで統計処理をしないと,という場面に出くわした場合にご利用下さい.
多重比較用のエクセルのファイルを作っておくのもアリですね.


さて,
さっそく多重比較のやり方ですが,以前の記事にもあるように,各群で2群の比較検定を行ない,p値を出します.

A群,B群,C群,D群の4群であれば,
【 A×B, A×C, A×D, B×C, B×D, C×D 】
の6通りです.

以下に例として図を示しました.


2群の比較というのはパラメトリック検定であればt検定(対応のある/なし,等分散性のある/なし).
ノンパラメトリック検定であればマン・ホイットニーのU検定(対応のない2群)か,ウィルコクソンの符号順位検定(対応のある2群)です.
※ノンパラメトリック検定のp値をエクセルで正面から取り組んで出すのは難しいですから,統計ソフトを使うことになるかと思います.

※後日,どうしてもExcelでノンパラメトリック検定のp値を・・・,という人のために,
マン・ホイットニーのU検定(エクセルでp値を出す
ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す
を記事にしました.ご参考までに.


で,こうして出したp値を群の数に応じて修正・補正していきます.

補正の方法には以下のものがあります.

1.ボンフェローニ(Bonferroni)の方法
=P値×組合数

p値に組み合わせ数(この場合6)をかけるだけです.
もっとも簡単なp値の補正方法です.

全部のp値を補正すると,以下のようになります.


2.サイダック(Sidak)の方法
p値に図のような奇妙な式を放り込みます.

=1-(1-P値)^(組合数÷1)

ボンフェローニの方法の改良版とされています.

以下をご覧ください.
ボンフェローニの方法と比べますと,【 A×D 】のところはサイダックの方法では有意水準5%未満が認められました.
ギリギリのところで勝負する時には心強い方法です.


3.ホルム(holm)の方法
この方法は,p値が低いものから順に補正していくものです.
まずは0.0079である【 A×C 】に6をかけて修正します.

次は,2番目に低い【 A×D 】に5をかけて修正.

その調子で,3番目は【 B×D 】に4をかけます.

さて,そんなふうにして4番目の【 B×C 】,そして5番目の【 C×D 】をやりますと,

以下のように,有意水準5%未満を満たさなくなりました.
というわけで,ここで終了です.
【 A×B 】の組み合わせに着手する必要はありません.

p値が小さい組み合わせから順に,かける数値を小さくしながら補正していく方法です.
かなり甘めに補正してくれるので,有意な部分が多くなります.


4.ライアン(Ryan)の方法
この方法はホルムの方法に似ていますが,補正をかけていく組み合わせの順番をp値の大小ではなく,平均値で決めます.
ということで,各群の平均値を以下に出しました.

【 C>D>B>A 】の順ですね.

補正していく順番は,4群であれば
1回目: 最大×最小
2回目: 第2最大×最小 & 最大×第2最小
3回目: その他
ということになります.

ライアンの方法は,補正する数値が群数と何回目か?で変わります.

その数値を導き出す式なのですが,数学や統計学がわかんない,という人のために日本語を多めにした数式をお見せします.
あんまりクールではありませんが,あしからずご容赦下さい.

=(群数×((群数-それまでの検定回数)-1)÷2

「それまでの検定回数」のところですが,1回目の検定であれば0ということで計算してください.


例であれば,まずは【 A×C 】です.4群なので6をかけます.

そのあとは,【A×D】と【B×C】.次は4をかけます.

あとはその他です.2をかけます.



ということで,4種類の多重比較検定を比べてみました.
0.05(5%)以下のところを赤く塗っています.

やっぱりホルムの方法が一番甘いようです.
まあ,うまいこと使い分けてください.


※最近,Tukey法とSteel-Dwass法による多重比較をExcelで行う方法を記事にしました.
ExcelでTukey法による多重比較
繰り返し数(N数)が異なる群を,Excelを使ってTukey法で多重比較する
ノンパラメトリック版Tukey法による多重比較「Steel-Dwass法」
Steel-Dwass法をExcelで計算する方法について,もう少し詳細に

こちらもご覧下さい.


※後日,こんな怪しいブログよりも信頼性が高いものに触れてもらうよう,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
という記事を書きました.参照してください.


エクセルや手計算で多重比較をしたい方は,以下の2冊がオススメです.
 

2011年10月13日木曜日

誕生日会

先日,学生たちが「どうせ先生は誕生日も独りなんでしょ」ということで,誕生日会を開いてくれました.
「祝ってあげるから,おごって」なんていう理不尽な要求ができるのも今のうちだから,と心優しく接してあげる私です.

誕生日会がコテコテの居酒屋ってのも初めての経験です.

全員に学生証を提示させ,年齢確認を実施した後,安心して開始です.
未成年と酒を呑んでいたとなると問題ですので.
しかも全員女子ですし.
危ない.

そんでもって,ラストはバースデー・ケーキが登場.
これはサプライズでした.

「これは私たちが買ってきました.ケーキ代は払わんでいいです」と優しいお言葉.
ありがとうございました.


7人で2万円か...
結構,羽ばたいていきましたね.


今回が初めてだったと思います.
自分とこの大学の学生と酒を酌み交わすのは.

同僚や友人と酒飲むのとは全然違いますね.
緊張感があります.まったく酔えません.

目上の先生方と飲むのともまた違った緊張感です.
気を張りつめた状態と言いましょうか.
あの先生方も,こんな感じで学生時代の私たちと飲んでいたんでしょうかね.
だとしたら,結構大変だと思います.
気が抜けないですよ.

お酒の席で大学教員が起こした事件をいろいろ聞いていますので,そんなことにならないように私は気をつけたいと心に誓った誕生日でした.

2011年10月9日日曜日

事実に基づく教育を

「“ゴルフやゲートボールといった生涯スポーツが盛り上がってきている” というデータを教えてくれないか」
と聞いてきた大学教員がいます.

困るんです.
こういう結論ありきの問いかけは.

この教員は以前にもスキャモンの発育曲線のことを聞いてきた人です.
ちったぁ自分で勉強しろよ,と思いますが,これが日本の大学教員の現実です.

別に民間の広告とかであれば許されるのでしょうけど(程度にもよるけど),まっとうな大学教育をしようという人間がこんなことでは困ります.

教育はとにかく中立であるべきです.
自分の想いや思想を反映させるものではありません.
今回は日教組だのDQN教師の話をしようとしているわけではなく,とにかく「事実に基づく教育をしましょう」というのがテーマです.

上記の問いかけをしてきたのは体育・スポーツ系の大学教員です.
体育・スポーツ系の学科の学生たちに,「自分たちの未来は明るいぞ.活躍できるステージがたくさんあるぞ」ということを教えたいがために,その事実(そんな事実はないが)を示したくって私に相談してきたのです.

まず,上記の件について事実確認をしておきましょう.
公益財団法人 日本生産性本部 編「レジャー白書2011」からの引用です.
図のように,残念ながらゴルフとゲートボールは衰退の一途をたどっています.
ゲートボールに至っては,そもそも繁栄したことがあるのか疑問です.ずっと地を這っています.
ついでにレジャーの大御所であるスキーも入れておきました.これも残念な状態です.
こういった現象はスポーツ系レジャーの典型例で,ほとんどの種目が参加人数を減らしているというのが事実です.

そんななか,逆に参加人数を順調に増やしているのがジョギングやトレーニングといった分野です.
「お金をかけなくて済む」「気軽にできる」「年中できる」「自分の成長がわかりやすい」
といった特長が考えられる種目ですね.

私の専門分野でもあるので,ちょっといい気分.
私もこれは肌で感じる部分でもあります.

最近はフィットネス系に風が来ています.
ただ,いつまで吹くかわからないのと,そんなに強い風ではないことが不安なところですが.
あと,いい加減な理論やめちゃくちゃなメソッドが蔓延している分野でもあるので,ぶり返しも怖いですね.

上記のこと,素直にその教員に話しましたが,「わかりました」との返事だけでした.

事実は時に痛みを伴うものです.

でも教育に携わっている者としては,学生たちにかりそめの希望を見せるよりも,事実をしっかり伝え,「ではどうすればいいか?」と考えさせる教育が必要ではないでしょうか.

なんとなくの印象やマスコミ情報を基に教育する大学教員,以外と多いものです.
たしかに授業準備などに時間を割くことが難しくなっている昨今の大学.簡単に学生たちを喜ばせるコンテンツに手を出したくなるところもあるのでしょう.

でも大学教育のプロとしての誇りを忘れてはいけません.

大学教員は “良いこと” を垂れ流す教育ではいけません.
それは学校教育でやることです.テキスト通りの教育,理想思想の教育,子どもに夢を与える教育.それは学校教育です.
大学教育はそうであってはいけないのです.

「王様は裸だ」と問い続けることが,大学教育のあるべき姿のひとつです.
     

2011年10月7日金曜日

凄い人をなくしたもんです

突然でしたね.
びっくりしました.

Apple inc. 元CEO スティーブ・ジョブス氏がお亡くなりになられました.

贔屓にしていた会社ですし,最近もMacBook AirとiPadを購入していましたので感慨深いものがあります.
このブログでもなんどか取り上げていた会社でした.
以下にズラーッと並べてみました.
Appleの対応
Appleよ
Appleよ part2
自分の中での約束を

私の恩師の言葉を借りれば,「持つことに喜びがある」のがAppleの商品です.

ただ,
ぶっちゃけて言えば,私はMacじゃなきゃダメだというタイプのこだわり人間ではないのです.
用途に応じて使いわけていくので,今のところ仕事する上ではWindowsが主力であることには違いありません.
なんで?と聞かれれば,大学で支給されるデスクトップPCがWindowsだから,というところです.

無駄にハイスペックなので気に入っています.
あと,SPSSが使える,Excelがキビキビ動く,不思議なフリーソフトがたくさん使える,というメリットがWindowsの良さですね.

Macでしかできない仕事が今のところないので,Windowsがメインになっちゃいます.
逆にWindowsでしかできない仕事がたくさんありますので.

でも,そのうちMacだけで仕事ができるようになるんじゃないでしょうか.
そんな予感がします.

SPSSもExcelもMac版があります.
最近は貧乏じゃなくなりましたから,不思議なフリーソフトを使って危ない作業に手を出さなくても済むようになりました.
ちゃんと研究費を使って正規ルートでいろいろ購入できます.
(そんでも,この違法感がたまらなかったんですけど.まぁ,立場が立場になってきただけに足を洗うことにします)

支給されているPCもお払い箱にしてMacに乗り換えられないかなぁ...と夢見ています.


魅力ある製品を生み出してきたAppleとジョブス氏.
Appleにはジョブス氏なきあともより良い製品を出してほしいものです.

と同時に,これからは日本純正ハード&ソフトのPCが出てくることを期待しています.
いつまでもAppleの製品を有り難がるのもどうかと思っていますので.
私がAppleの商品に浸りきれないのも,そういう気持ちがどこかに挟まっているからかもしれません.

とは言え,あまりにも偉大な人をなくしました.
それだけに,

がんばれ国産.

そういう想いを再確認させてくれたニュースでした.

2011年10月6日木曜日

福島原発事故について考えたこと

前回は原発事故について “思ったこと” を書いたので,今回は “考えたこと” を書きます.

前回は過激な内容で訴えたいことを羅列させてもらいましたが,今回も十分過激に提案したいことを羅列します.

以下に誤解を生む記述が出てきますが,今回もどうか落ち着いて一つの考え方として読んでもらえればと思います.


前回も取り上げましたが,逃げたほうがいいのに逃げない地域住民がいます.
私には到底理解できない心理なのですけど,逃げないんだから仕方ありません.いろいろな事情があるのでしょうし,そういう生き方も認めることが必要です.

さて,
今回発生した原発事故は人類の誰もが経験したことがないことです.
当然,人体にどのような影響があるのか,予想はできても実際のところ本当に予想通りになるのか解らないのです.

ですから,地域住民をしっかりモニターして追跡調査をしましょう.
汚染レベルもしっかり測定しましょう.
どれくらいの汚染レベルで人体にどれくらい影響があるのか,しっかりと実験できる格好の条件です.
またとないチャンスなので,逃げない住民の皆さんに感謝して隅から隅まで調査します.研究班は,長期間になるでしょうが総力をあげて観察するべきです.
被爆することについて同意は得られたものとして扱えますよね.逃げてないんだから.

不謹慎だ,と言ってきた人がいます.
でも,「不謹慎」 ということで状況を見過ごしていたら次に同じような災害があった時に,さらなる被害を虚しく見るだけになってしまいます.
私は「不謹慎」という言葉ほど後ろ向きで非生産的な言葉はないと思っています.
救えるはずの命を救えないようにしてしまう,人類にとって悪の言葉です(ちょっと言い過ぎた…).

倫理に欠けるのではないか?,住民を利用するのか?,と私に言ってきた学生がいます.
後者はその通りだけど,前者は違います.

例えば今回の件もそうですが,日本は地震の多い国です.この国で地震研究をすることは倫理に欠けることでしょうか?
地震によってどれくらいの被害があるのか?どれくらいの建物だったら大丈夫なのか?被災者の行動パターンや思考はどんなものか?
そういったことを地震が多い日本で調査することは悪いこととは思えません.
むしろ発生数が多いのでやりやすいでしょう.

ところが一方で,日本は地震が多いことがわかっており,それによって多くの日本人が被災することがわかっていながら,なぜ日本人を日本から強制移住させないのか?
と考えられなくもないですよね.

地震がしょっちゅう起きて何十年かに1回は何千人何万人という規模で大量死することが確実だとわかっていても,日本という地域を捨てる対策はしません.諸事情があって実行されていないだけです.

私が仮に地震がほとんど発生しない地域に住んでいる人間であれば,
「なんで日本人は逃げないのかなぁ.地震がない地域に住めば生き残れる可能性が高くなるのに.それでも国民を住まわせ続ける日本という国は倫理に欠けるのではないか?」
と考えてしまうかもしれません.
でも,当事者である日本人の私にはそうしない理由がやっぱりあるわけで.

今回の原発事故の件も同じです.
外の人からすれば逃げたほうがいいのに,と思うことであっても,やっぱり逃げない人がいる.
なので,言葉は悪いですが,そういった人達をしっかり測定調査することで,次に似たような状況があった時の参考資料にすることができます.

まったく健康被害がないのかもしれません.
逆に,目も当てられないほどの悲惨な状況になるのかもしれない.
どれくらいの汚染レベルで,どういった条件であれば,どれくらいの被害が発生するのか?それを調査することは人類にとって重要です.

次は別の国の原発で事故が発生するかもしれませんし,放射性物質が漂うところに住まなければならない事情が今後あるかもしれません.
そのためにも,福島県住民の調査は非常に大きな意味を持っています.


こんなことをここまで書いていて,ふと私の中に禍々しい疑念が頭をもたげてきました.
実は,国はその「実験」がしたくて,福島県の人達を強制移住処置にしないのではないかと.
日本国政府にそんな肝っ玉はないでしょうから,アメリカあたりから間接的圧力があって,内閣が操られているんじゃないこと.
これをいい機会に,今後の原発事故対策や放射線による住民への影響の度合を知りたいでしょうし.

ソ連のチェルノブイリでは,対処を完全にソ連が主導しちゃったから,重要なデータが公表されていない可能性があります.
ここ日本なら適当に隠蔽しながら,その実験ができるのではないかと考えられているのかもしれません.

意図的に逃していないのであれば,それはさすがに倫理に欠けると思います.
私が言うのは,あくまで本人の意志として逃げない住民を被験者にするだけですので.

ま,妄想ですけど.

2011年10月5日水曜日

福島原発事故について思うこと

この話題を取り上げることは意識的に避けていたのですが,やっぱり触れておくことにしました.

誤解を生む表現が以下に出てくるかと思いますが,どうか落ち着いて一つの意見として聞いてください.

福島原発事故について,私がおおいに疑問を感じている点をいくつか.

(1)なぜ原発周辺住民はパニックを起こさないのか?
パニックを起こさないからエラいね.というのではありません.
エッ!?何考えてんの?バカなの?死ぬの?という意味です.
原発事故が起きてんのに,そこに住み続ける根性が凄いです.
私ならすぐ遠方に逃げますが.
だって原発事故ですよ.半径数十キロ圏内が無事で済むわけないでしょ.
逃げたいのに逃がしてくれないんでしょうか?
だとすれば黒いスーツにサングラスをかけた男たちが住民を見張っているのでしょうかね.
サングラスをかけているので,きっと夕方あたりから見えにくくなるはずです.監視の目を盗んで早く逃げてください.

(2)なぜ汚染地域を立入禁止区域にしないのか?
住民がかたくなに住み続けたがっているなら仕方がないのですが,どうやら政府ものんびりしているので手に負えません.
国民・住民の命がかかっているのですよ.
危険だと考えられるところからは強制移住させるべきです.
「まだ安全な汚染レベルだから」などとふざけている場合ではないでしょ.
汚染が進んでいるところは,これから先どんどん汚染レベルが高まる可能性がある(ていうか間違いなく高まる)地域なのです.
今は安全なレベルでも,まだ原発から放射性物質が出続けている以上,いつかは限界を超えるんですから,そういった地域は問答無用で立入禁止にするのが真っ当な判断だと思うのですが.

(3)風評被害?
いやいや,汚染レベルが高まった地域で生産された農産物を流通させんなよ.
風評被害なんて言ってる場合じゃないでしょ.
いや,だいたいが風評被害が発生しないわけがないのです.
むしろ,風評被害を小さくするためにも,一切流通させないようにするべきだと思うのですが.
東北の生産者がぁ〜,とか言ってる場合ではありません.
全国の子どもがぁ〜,とか言う事態になってからでは遅いんです.
諦めることも肝心です.
国は東北地方の農家を手厚く慰めてあげてください.


8月には東北被災地ボランティアの引率をやったりと,被災の現場を間近で見てきた私としましても,被災者の方々がツライ思いをしていることは分からんでもないです.
でも,被災者の気持ちに配慮することを優先して,被害を日本全体に広げることがあってはいけません.

実際,この事故によって発生している様々な状況・現象が,“結果的にどうなるのか” ということとしては誰にもわかりません.
誰も経験したことがない事故だし,被爆量についても原発のテクニカルな部分も先が読めないのです.

つまり,今の状況が安全か危険なのか解んないわけです.
だけど,安全か危険かわからないんだから,安全だという方に賭けてみよう.というのでは笑えない冗談です.
私の感覚では,安全か危険かわからないのであれば,危険だという方で考えて手を打つのですけど,東日本の人々はなんか麻痺しちゃってるんですかね.

今回の事故を通して私が感じるのは,もう少し自分の感覚を信じて動くことも大事だということです.
原発事故が発生して,放射性物質がまき散らされ,現実として汚染レベルが高まっているのです.
なぜその地に留まるのですか?なぜ逃げないのですか?

なんだかんだで国が安全だと言っている.
きっとどこかの誰かがなんとかしてくれる.
そんなこと言ってても大変な事態は回避されるはず.
という気持ちがどっかにあるでしょ?

「国や東電は隠蔽せずに真実を出せ!」
などと責め立てる人がいますが,あれ,非建設的で無意味な要求ですよね.
だって隠蔽しているデータというのは,隠蔽したほうがいいから隠蔽されているのであって.
どれくらいヤバいデータだったら隠蔽してない「真実」として信じてくれるのでしょう.
「日本が終わります」というデータだったら,真実として受け入れてくれるのでしょうか.

別に隠蔽していないデータからして危険過ぎるのですから,素直にヤバい事態であることを汲み取ってほしいものです.

2011年10月1日土曜日

大学教員になってから

昨日は授業1コマ以外の時間をひたすら学生との会話に費やしました.
朝から晩までしゃべりっぱなし.ひっきりなしにドアをノックしてきます.
過去最大の研究室訪問数だと思います.

ある者は卒論のテーマ探し,ある者はテーマ決め,ある者は作業の仕方,ある者は文章の書き方.ぜんぶ私の学科の学生じゃないんですけどね.
アルバイト先の課題とかボランティア先の斡旋だとか,今後の大学生活への不安,なんてのもありました.


今年やる海外研修の詳細を聞きにきたのかと思ったら,そのうち雑談になって,来月が誕生日である私の誕生日会を皆でやってあげるなんて言い出して,「だからその時は先生おごってね」とかいって,祝ってくれるのかタカリにきたのか意図不明な奴もいます.

その時にちょっと話題になったのが,「学生との距離」というやつで,教員は学生とどこまで “仲良く” すればいいのか?というテーマです.
それを卒論のテーマにすればいいのに,とも思いましたが,これはまた別の学生にけしかけてみましょう.

例えば,こうやって研究室におしかけてお菓子食ってお茶を飲んでいく学生いわく,「mixiとかTwitterとかで先生と仲良くするのってマズいんちゃいますか?」 とのこと.
知り合いに教員とmixiしてる学生がいるそうで,別に問題が発生してるわけでもないんですけど,なんか “一線越えてる感” があるようです.

なら研究室に来てお茶飲んだり,誕生日会と称して教員と食事したりするのはOKなの?というところですが.
しかも私の研究室は故あってドアを開きっぱなしにできないので,女子学生との密閉空間になっちゃいます.そして,この話をしている目の前の学生は女子です.
「実際に直接顔を合わせてるから」とか「信頼感が違う」とかいうのですが.

私はmixiやTwitterなどのSNSも,使い方次第で学生との良いコミュニケーション・ツールになると考えています.
問題はやはり使い方で,ネットであろうと顔を合わせたコミュニケーションであろうと,同じような “態度” で臨むことが大事です.

例えばmixiにせよブログにせよ,過去の記事が記録され続けるというのは,ある意味でその教員の特性を知ることができ,信頼を得ることができるのではないでしょうか.

文章によるコミュニケーションならではの信頼性というものがあります.
文章は繰り返し読むことができます.リピート再生不可能な情報ではありません.これは口頭でのコミュニケーションを補完する部分もあるはずです.

どういう考え方の教員なのか?どういう行動をとっている教員なのか?
学生は教員のSNSでの発信内容と大学内での言動とを見比べることができます.

もちろん,見比べた上で見抜けない学生がいて「こんな先生だとは思わなかった」という事態になるかもしれませんが,それはSNSがなくても同じことだと思います.

あと,特定の学生とではなく,複数の学生を巻き込んでのSNS利用であることも大事かもしれません.
やりとりは複数の目がある前で行なわれ,実際に顔を合わせたコミュニケーションとの抱き合わせで進めていくことが理想的でしょうか.


ちなみに,東京の高校には自らを偽ってmixiで自分とこの生徒のコミュニティに潜り込み,そこで交わされる様々な危険な情報を得て生徒指導に役立てているサイバーな教師がおります.
例の伝説の教師です
「いやー,あいつらバカだからmixiでベラベラ秘密をしゃべってるんすよ」
なんて言ってましたが,
そもそも,そういうことにならないよう普段から不断の生徒指導をしてほしいと一国民として願うばかりです.


というわけで,朝にとりあえずパソコン立ち上げたけど,ほとんどいじらずに夜にはシャットダウンという状況.


でもまぁ,こういうのが大学教員らしくていいのではないかとも思っています.



少しずつ涼しくなってきまたした.
なぜか私はこの季節になると無性に焦燥感を覚えてしまいます.
誕生日が近づき,また歳を重ねることになるからでしょうか.