2011年12月30日金曜日

卒論が終わったので紀要を書いてみた

「データがあれば,卒論は1日で書ける」
と豪語(豪語とは思えないが)している私.
卒論学生からは「なら書いてみてくださいよ.無理っすよ」と言われますが,本当にそうなんだから仕方がない.

これは大学院生くらいになったらわかってくれると思います.
学部の卒論って,そんなもんですよね.

でも実際.それに近いことを年に1回はやっておかないと感覚が鈍ってしまいます.
年に何回か全力ダッシュしておかないと,全力ダッシュの仕方を忘れてしまうでしょ.
アレに近いものです.

ということで今日は, “データがあったので”,論文を一つ書いておきました.

論文といっても大学内で発行される “紀要” という大学教員のレポートみたいなやつです.
事実上,学術的価値の高い論文とは言えない代物.

このブログをまとめて出した方が価値があるんではないかと思うくらい.

ならなんで書いてるのか,って?
それは紀要の一つか二つ,書いといてあげないといけない政治的理由があるからです.
できれば一般的な学術雑誌への投稿だけに絞りたいのですが,書ける余裕があるのであれば書きなさい,という雰囲気と言いましょうか.
まぁ,これは大学によって区々だと思います.

どーでもいいデータでもありますし,一日がんばれば書けることは事実ですし.
これで今年の仕事は最後と思い,いっちょ気合いを入れて書いたろっ,と.
これで上の方々も御喜びになられるでしょう.

大きく分野分けすれば私,生理・医学系なんでしょうけど,この分野の論文はデータを分析して結論(紀要論文的に言えば「落としどころ」とか,時間と相談して妥協した結論に近い「何か」)を決めてしまえば,それに沿って書いていくことになるので,けっこう早く書けちゃうものです.

本格的に書こうと思ったら,結論をきっちり吟味しなければいけないので,ここに時間がかかります.解釈に間違いがないかいろいろな視点からまさしく考察しますし,先行研究などの文献にしっかりあたるなど,慎重になります.

そのへん紀要は,大学の宣伝めいたことや気の利いたジョークを交えつつ,ざっくばらんに「Ⅴ.結論..カクカクシカジカ」と書くことができます.
自分で書いてて「うわー,テーキトー...」
と笑いが込み上げてくるものです.

大学教員によっては,この「紀要」が主戦場という人もいますが,なかなか...うん,ナイスですね.
なかには一切論文も書籍も書かない人がいますしね.
人生いろいろ,教員もいろいろ,でいいんではないでしょうか.

実際,論文を書いているからといって「良い大学教員」というわけではないでしょうし.
でも,論文を “書けない” のは大学教員としてはどうかと思いますから,「書けるけど書かない」という設定ではいてほしいものですね.

「大きな論文をドーンと出すからな!」
と言い続けている教員がいますが,そろそろ痛い感じになってきています.
「紀要で100ページくらいにするゾ!」
と言ってるんですが,規定には「50ページ以内」と書かれているんですけどね.読んでないでしょ.
それにその “大きな論文” とやらが紀要て...

「凄いですねっ.期待してます!」
と返し続けるのも虚しくなってきました.


さて,
明日から故郷に帰ってきます.
あの世界遺産よりも素朴で懐かしい,味のある場所です.

2011年12月29日木曜日

卒論が終わったので遊んでみた

なんか長く感じた大学後半でしたが(と言っても,まだ終わっていませんが),やっと年末を迎えて一段落しています.

というわけで,この一週間ほどは卒論をみた学生や大学の職員さんと遊びに出かけておりました.


まずは学生との日帰り旅行.
淡路と香川へカメラ片手に気の向くままに.

淡路では,以前私が記事にした事もある「おのころ島神社」に行ってパシャパシャと撮影.
この神社がどれだけ日本神話にとって重要な意味を持っているのか語りましたが,そんなに聞いてもらえず.
「さしずめエルサレムみたいなところだよ」と言っても,「エルサレムってなに?」と言うことで.

次は「香川にうどんを食べに行こう」ということになって,うどんを食べたら,「次どうしよう」ということで悩み,迷った挙げ句に「とりあえず」ということで行ったのが「四国村」なる意味不明な場所.

ところがこの「四国村」,カメラ好きな学生にはことのほか気に入ってもらえました.


四国にある昔の建造物(重要文化財が多数)を集めて野外展示してるんですね.
四国の歴史,日本の建物の歴史が一堂に会している,という感じ.

しかも,ただ集めて展示しているだけでなく,その展示(というか魅せ方)のクオリティが高い!
こういう博物館的な展示って,日本は下手だと思っていましたが,この四国村は見事でした.
わびさびの利いた和風ディズニーランドみたいな.

「また別の季節に来たいですね!」と大好評.
私も地元四国にこんなクオリティの高いところがあるとは知りませんでした.

外国人の方なんか大喜びするんじゃないでしょうか.


で,実際に外国人もたくさん訪れていて,世界遺産クオリティな和のディズニーランドが白川郷.
昨日まで大学職員さんと白川郷旅行に行っていたのです.

雪が強く降っていたので,宿までたどり着けるか心配だったのですが,なんとか無事に到着.
あんまり下調べをせずに行っていたので,そのあまりの “白川郷っぷり” に感動しました(チープな表現だけど).

まさに白川郷.
なんかで見たことがある合掌造り.

村に着いてから初めて知ったのが,泊まる宿もまさに白川郷の合掌造り.

「えっ?ここで,しかも合掌造りに泊まれるの?」
と,嬉しい誤算(というか,宿泊予約を丸投げ放ったらかしにしてただけ).

宿の中も雰囲気抜群.
「まるで昔の家の部屋って感じですね」
と職員さん.

「そうですね.私の実家と同じ感じです」と私.

畳にコタツ.
それ以外なにも無し.
それが良い.

実は「男1:女2」という,他の男が聞いたら羨ましがるであろうシチュエーションで行ってきたのです.しかも,「だけど..」な女性ではなく,今は死語であろう「きれいどころ」です.
おまけに寝るところも,この写真にある一部屋.

ちょっとドキドキするも,この宿,隣の部屋が板一枚で隔たれてるだけなので,その....
うん.何もなかったですよ.
まぁ,何かあったとしても,いわゆる “不適切な関係” が成立するような前提は誰も持っていなかったので構わないのですが.

当たり前ですが,私が企画したわけではなく.
「この人だったら相部屋だけど連れて行っていいや」と思われてるんでしょうね.それって嬉しいことなのかどうか.


・・・とにかく,
雪がこれほどまで似合う集落はないですよ.
さすが世界遺産になっただけのことはあります.

あと,白川郷にいる観光協会(?)の人たちは,観光客が持参したカメラのシャッターを記念撮影として押してくれるんですけど,その時のかけ声が,「ハイ,チ〜ズ」ではなく,

「シラカワ〜,Go!」

って言うんです.
真顔で何度も言ってくる彼らがあまりにシュールで私,「イカン,これ無理!」ってことで耐えられず撃沈しました.
さすが世界遺産.一生忘れることができないであろう,私の白川郷の思い出です.

仕事も終わったし,いろいろ癒された一週間でした.

2011年12月21日水曜日

卒論の書き方

今更ですが,卒論の書き方を考えさせられたので紹介します.
というのも,11月下旬くらいから卒論を10本くらい面倒をみて(私の学生ではない),いやこりゃ結構たいへんな状態だな,ということでヘトヘトになっています.

無事,提出までこぎつけましたので一安心ですが,来年からはもう少し研究論文を書かせる準備を事前に各ゼミでやっていただきたいと感じました.
提出はしたものの,良い出来だと思える卒論は少ないですからね.

締切まで2ヶ月くらいに迫ってから「研究とは?」みたいなことを始めるのはアフターバーナーが過ぎるというものです.
計画的に航行する必要がありますね.

で,その “計画的に” というところですが,どんなことを計画的に準備しておけば卒論に対して比較的楽に取り掛かれるのでしょうか.
大学生のレベルにもよるんでしょうけど,これをやっておけばかなり違ってくるはず,というのを挙げてみましょう.

まずは何かの「研究論文」と先輩の「卒業論文」を読むことです.
それから始めましょう.

ゼミでは各自が興味のあるテーマを取り扱った研究論文を紹介するような演習をしてください.
私の学生時代は,1本の研究論文をA3・1枚分にまとめて発表・紹介(つまりプレゼン)していました.

あとは,何か具体的な課題(例えば「貧血」とか)に対して,いろいろな文献にあたってまとめ,それをプレゼンするのもアリですね.

パワーポイントにする必要はないと思います.資料をコピッて配布するだけで十分です.

他にもいろいろやっていた覚えがありますが,今になって思えば,“Intelligence”とは程遠い私たちのモチベーションを高めるため,ゼミの先生なりに工夫していたんだな,と申し訳ない想いでいっぱいです.

学術的なレベルが低い大学の学生ほど,こういったゼミのやり方にはブツブツ文句を言うと思いますが,これをやらずに卒論とか大学卒業とかありえないな,と今回身にしみて感じました.


「要約してプレゼン」 これ基本です.
地道なことですが,こうした力を養うことが「大学を卒業した価値」みたいなものにつながる一歩です.
学力がきびしい学生ほど,これだけを延々とやるほうが本人達のためになるのかもしれません.


教える側としても,「卒業する頃にはなんとかなってるんじゃないか」 と考えていたのかもしれませんし,教えられる側も,「卒業する頃にはなんとかなるんじゃないか」 と思っていたのかもしれませんが,なんともならないです.

4年生の末にもなって,
「被験者って何?」
「p<0.05って何?」
「考察と結果って何が違うの?」
「私の論文なんだから,私の気持ちを書かせてよ!」
などと言い出す学生もいます.

とにかく,「論文とは何か?卒論とはどういうものか?」 ということは簡単には伝わらないですから,地道に教えていく必要があります.
ギリギリになって押し込んでも,結局は本人のためになっていないようですし.

文章の書き方がなってない,というのは可愛いものです.
もっと本質的なことと言いますか.そこらへんの下地がない学生に対しての卒論指導ほど大変なものはありません.

2年前まで赴任していた大学の学生は,なんだかんだでその“本質的な何か”を汲み取ってくれる学生が多かったのですが,今回の学生たちにはそれが薄く,非常に苦労しました.

この両者の違いについては,自分なりにきっちり観察して整理しておくべきことのような気がしますので,まとまったらまた記事にするかもしれません.