2012年12月20日木曜日

大学やめます

ちょっと前から【自己紹介】のところに書いてあった,「近々,重大発表を予定している」について,発表します.

タイトルにあるように,
私,今いる大学を辞めることになりました.

関係ない人にとっては関係ない話であることは当たり前ですが,関係のあった人にとっては関係のある話でして.

そんなわけで,来年4月からは「関西在住の大学教員」ではなくなります.
【自己紹介】の大幅な変更が必要です.


今しがた,学科長に退職願を持ってご挨拶.
そしたら「学長に渡して」ということで,学長に提出.

こういうのの手順て,はっきりあるわけではないので出たこと勝負です.
「あのぉ,退職願を出したい時は,この大学ではどういうふうにすればいいですかぁ?」
なんて聞けないですからね.

「退職願」って封筒に書いた時,けっこうドキドキします.
ところで,中身はどうしよう.と思っていたら,学内提出用書類の書式に「退職願」ってのがあるようで,それに書いて入れときました.

時期が時期だしなぁ.
後任人事が大変なんだろうなぁ.
変な罪悪感もあったりします.


まぁ,これからは一緒に,お酒飲んだり,フットサルやったり,無意味な行為を楽しんだりする方々がだいぶ少なくなりそうですね.

そうは言っても,国内にはいますので,またどこかで同窓会めいた会を開きましょう.

詳細は直接お会いして話しますので,変な話として広めないようにお願いします.

「女子学生に手を出しちゃった」とか「研究費を横領してた」とか,この私に限って,そういうことはありませんので.


この度の私の異動には以下の記事の内容が少なからず関係はしておりまして,こういう背景があったので異動するというのもあったりします.

反・大学改革論
反・大学改革論2(学生からの評価アンケート)
反・大学改革論3(学生はお客様じゃない)
反・大学改革論4(喜んでる教員)
大学について
大学について2

異動を決心し,佳境に入った下半期における一教員の「ぼやき」,否,「叫び」です.

あと,大学教員になるための方法をバージョンアップしようと思います.
今年の転職活動で得たことがいろいろありますので.

ちなみに,とにかくどこかの大学に引っかかりたい,というのであれば,過去の記事である,

大学教員になる方法
大学教員になる方法2
大学教員になる方法3

を,それぞれ参考にしてみてください.

そうは言っても,そこがどんな大学なのか推測しておきたいのであれば,

こんなホームページの大学は危ない
こんな挙動の教員がいる大学は危ない

をご覧ください.

では,
取り急ぎご報告まで.

2012年12月10日月曜日

危ない大学でもちゃんと卒論を書きたいとき

そろそろ卒業論文やゼミ論の提出締切が近づいている頃かと思います.
でも,ぜんぜん書けていないどころか,テーマすら決まっていないという学生もいるのではないでしょうか.
結構焦ってくる時期です.

「“近づいている” とかじゃなくって,もう目の前なんです」 という人は,
【やってはいけない】卒論・ゼミ論を1日で書く方法
に手を出しかねません.
が,タイトルにあるように「やってはいけない」わけで,“バレたら” マズイのでやってはいけませんよ.
私はしっかりと忠告しておきます.


自分の大学が危ない(ブラックな)大学であった場合,まともに論文を書けないまま卒業という悲劇も予測されます.
今回は,そうした卒論にまつわる悲劇を少しマシにする方法をご紹介しましょう.
この記事では,今の時期(12月)からでも間に合う内容に絞っています.
ブラック大学ではない学生にとっても,きっと参考になるはずです.

※ブラック大学とは何か? という点については,
こんなホームページの大学は危ない
こんな挙動の教員がいる大学は危ない
を参照してください.

具体的な取り組みに進む前に,この記事を見つけた学生諸君に知っておいてほしいことがあります.
前回の,ブラックな大学でも少しはマシな大学生活をおくる方法
危ない大学に入学してしまったとき
でも取り上げましたが,こういうことは,まず学生側の心構えが重要な要素になってきます.

卒論をしっかりと書けるようになることは,大学を卒業する上で非常に大切なことです.だから卒業論文というのです.
しかし,ブラックな大学では卒論・ゼミ論をしっかりと指導する教員はいません.
そもそも,「論文」を指導できない教員がいます.結構います.
そういう教員は,本人が学問や研究ができないし,究極的には,論文なんて書いたことがないという場合もあります.
今まで面倒見の良い先生だと思っていたのに,卒論になって急に放任になった.という場合で発覚するパターンです.

自分が書けないものを,人に指導することはできません.
「書けるけど書かない」,ではなく,ホントに書けない教員のことですよ.お間違えないように.

指導できないとかじゃなくって,指導する暇もない教員がブラック大学にはいます.これは可哀想な教員です.結果,学生も可哀想なことになります.

論文の指導って,結構な重労働です.時間もたくさんとられます.
ところがブラック大学の教員は学生募集や就職斡旋に忙しい.
そんなわけで,
「卒論なんて時間の無駄」
という言葉が,なんと教員側から“本音”として語られるのです.
これを聞いて学生が「ラッキー」などと思ってはいけません.

「少なくとも現代の大学教育において,卒論指導は大学教育の根幹に関わっていることですから,やたらと簡略化しない方がいいと思いますが」

私が会議で発言したものです.本当に言っちゃいました.20代最後のクソ生意気な暴言です.
返す刀で,
「大学教育で,唯一まともに大学教育らしいことができるのが卒論指導なのですから...」
と言ってやりたかったのですが,それは飲み込んどきました.
(まぁ,そんでも「簡略化」にはなっちゃったけど)

本当に卒論は大切なんですよ.
だから,卒業論文を適当に“こなそう”とは考えないでください.
本気で取り組めば,きっとそれがあなたの「力」になるはずです.

では,ブラック大学の学生でも卒業論文を本気でやるための手順をみていきましょう.

●指導教員以外で,論文をみてもらえる人を探す
当たり前ですが,自分の指導教員がまともに論文をみれないのですから,みてもらえる人を探すしかありません.
「私の先生,ダメじゃん」と諦めた時点で,学問は終了です.
「諦めたら,そこで試合しゅ・・,」やめときましょう.でも,そういうことです.
「(誰か)さん!卒論が・・・,したいです!」
と依頼できる人を探しましょう.

というか,実は普通の大学でも,指導教員が真っ向から卒論指導をするなんてことは少ないのです.
では誰が指導するのか?というと,院生であったり研究生であったり,助手とか,そんな人たちです.
普通大学の学生にしたって,
「なんだ,助手(院生とか)の人に任せて,先生は指導しないのかよ」
なんて不満が聞こえるくらいですから.
ブラック大学の学生におかれましては,自分からこういう状況を作ってしまえばいいのです.

だから,テーマ決めも含め(今の時期からじゃ遅いけど),こういう人たちに相談すると良いでしょう.
私も過去7年間,院生,助手,若手教員という立場から,そうしたことを4年次生にしてきました.

仮に自分の指導教員がしっかりと論文指導ができる人であったとしても,メチャクチャな文章,稚拙な論理展開をいきなり見せるより,院生や助手(場合によっては若手教員)の人に予め指導を受けておいた方が良いのです.
優秀な先生なんだけど,雑務に追われていて論文をみてもらえる時間がない,という場合に有効です.

指導教員以外の人に卒論指導を受けること自体,普通のことです.
ただし,指導教員には,助手や別の先生から指導を受けていることの了解をとっておく必要があります
諸事情あって指導教員から了解がとれそうにない場合は,絶対にバレてはいけません.
大学教員にはプライドが高い人が多いし,自分とこの学生を囲いたい人も多いことと,ブラック大学ほど複雑な事情があって大問題になることがあります.


●論文の書き方を紹介した本をしっかり読む
一応これも書いておきました.
というのも,ブラック大学の学生ほど,論文の書き方を紹介した書籍があること自体を知らない場合が往々にしてあるからです.この記事を読んでいるあなたも,知ってましたか?
院生や助手がいない大学,まともな教員が見つからない場合,これで我慢するしかありません.
今(12月)からだと時間は少ないですが,がんばって読みましょう.

以下,卒論を書く上でオススメの書籍です.
小笠原喜康『新板 大学生のためのレポート・論文術』
中田亨『理系のための「即効!」卒業論文術』
戸田山和久『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』
木下是雄『理科系の作文技術』
これ以外にも,まだまだたくさんありますよ.

恥ずかしながら,私も学生時代には論文や卒論の書き方を具体的に紹介している書籍が,こんなにたくさんあることを知らなかったんです.
偶然,いつだったか図書館で木下是雄『理科系の作文技術』をみつけ,「文章の書き方を書いた本があるんだ」という驚きとともに読んだ覚えがあります.

図書館で借りようと思わず,買ってください.そんなに高い買い物ではないはずです(そもそも,ブラック大学の図書館には上述の書籍がなかったりする).


●とにかく書く,早めに添削を受ける
論文というのは,最初から最後まで順番に一気に書けるものではありません.
まともなレポートの提出を課されないブラック大学の学生であれば,そもそも「論文」を書くという経験が全くないのですから無理もありません.
どうしても論文に取り掛かれないからと,キーボードを前にして全く動けない学生がたくさんいます.
さしずめ,泳いだ経験がない人に対して「この川を渡れ」と言っているようなものです.

森博嗣 著 『喜嶋先生の静かな世界』でも,そういった学生(主人公)を描写したシーンがありますが,そこでも,助手の人に「とにかく書け.僕がみるから」と指示されています.

戸田山氏は,『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』で「論文は育てるもの」ということを紹介しています.その通りです.
あとづけを繰り返して,自分の論文を磨きあげていくものなのです.

指導してくれる人の存在に甘えて,とにかく書いてみましょう.書かなきゃ進みません.
そして,提出締切のできるだけ前から添削を受けることです.

普通大学の学生にもいるのですが,締切間際になって「書いてみたんスけどぉ,みてくれますかぁ?」というバカ野郎がいます.
こういう学生の論文は,良くしようにも,時間がないから育てられません.

ブラック大学の学生であっても,とにかく早め早めに指導を受けている人に読んでもらい,議論することです.
ここはどういう意味なの?こことここは矛盾している.これには先行研究がある.この理論は怪しい.君はどう考えているの?
といった議論を通して,論文は少しずつ成長していきます.

何を隠そう,これが高等教育たる大学での学び,学問ではありませんか!
卒業論文は,ブラック大学に残された最後の「大学教育」というのは,そういうことなのです.

これまた恥ずかしながら,私も指導教員に「途中でいいから早く出せ!」と怒られていました.
言い訳すると(言い訳にならないけど),全部きっちり書き切ってからじゃないと,先生に見せちゃいけないものだと思っていたのです.どうせきっちり書けないくせに,おこがましいものです.

卒論指導というものを分かっている人なら,書いてる途中であろうがメチャクチャな文章であろうが,そんなことを気にはしません.
それを添削し,議論する中で論文が出来上がっていくことを知っています.


とりあえず,この時期から実行に移せそうなのは,以上のようなものでしょうか.

後日,具体的な文章の書き方を記事にしました.
【やったほうがいい】卒論・ゼミ論をまずまずの日数で書く方法 その1

          

2012年11月30日金曜日

危ない大学に入学してしまったとき

これまで,危ない(ブラックな)大学がどのような特徴を有しているのか述べてきました.
こんなホームページの大学は危ない
こんな挙動の教員がいる大学は危ない

巷にも「危ない大学論」があります.
しかし,この手の理屈が不親切なのは,では,そういった危ない大学に入学しちゃっていた場合,どうすればいいのか?が述べられていないことです.

そういうわけで,このブログでは「危ない大学に入学してしまったとき」にどうすればいいのか,どのような対策があるのかを紹介します.

まず,最も効果的な対処としては「転学」です.
しかし,「それができるんなら苦労はしない」「今更じゃないですか?」というところでしょうから,そういった人達に向けた提案です.

コンセプトとしては,
ブラック大学とはいえ,それでも大学らしい学びを得てやろう
といったところです.

腐っても大学.
カラカラに乾いた雑巾に見えても,思いっきり絞れば水滴の一つや二つが落ちてくるものです.
その貴重な水滴を拾うための方法を以下に示しましょう.

まずは,学生である,あなた自身の心構えから.
1.先生に教えてもらおうと思うな
2.積極的に質問する
3.とにかく本を読め
4.まずは自分一人で考える習慣を持て

特に2〜4については,事あるごとに私も学生に向けて説くことです.
「問う,読む,考える」が大学での学びの基本です.
さすがに1を堂々と説くことはありませんでしたが,ついに先日,多くの学生を前に封切りしてしまいました.
※というのも,私のところの大学も若干のブラックが入っている大学ですので,学生の将来を考えると我慢できず...

どんな大学であっても通じることですが,ことブラック大学ですと,上記の4項目が徹底されていませんし,徹底どころか排除しようとすらされています.
なぜなら,この4項目の逆のことをすればアホは(..,オッと失礼),知的水準の低い学生は喜びますので,それに騙された人達が入学してくれるという寸法です.
つまり,
1.教えてもらえる
2.答えを先取り
3.読まなくてもいい
4.簡単にわかる
そんな大学,ありえないでしょう?

ゆえに,まっとうな大学教育を得たい学生は,まずは自分自身に先に紹介した4項目を擦り込んでください.話はそれからです.


というわけで,その話の続きです.
次は,「教員探し」です.
どんなにブラック大学であっても,まっとうな大学教員はいるものです.
そういう大学教員らしい教員に師事できてしまえれば,普通の大学での学生生活と大差なくなると言っても過言ではありません.

学部や学科が違っていたり,内部の条件などで,ゼミや専門演習(卒論担当など)の教員として配属できなかったとしても,気にせずガッつくことが重要です.

このブログでも繰り返し述べていることですが,大学は学問をするところです.
学問とは「問う」て「学ぶ」ことです.
問う相手がどのような師であるか,それは決定的な問題なのです.
対話の中で,その教員の「考え方」を学ぶわけです.

何度も言いますが,教えてもらおうとしてはいけません.
ましてや「分かりやすさ」を第一に求めるのは笑止千万です.
結果的に「分かりやすかった」というのであれば良いのですが,分かりやすいことと「正しい」ことは同義ではありません.
どうしてもブラック大学の学生の傾向として「分かりやすい=正しい」という図式が強いように感じます.
「分かりやすく伝えることができる人は,正しいことを言っている」というのは,何を隠そう,この日本を大衆世論社会に堕落させた図式に他ならないではありませんか.


話を戻しましょう.
では,ブラック大学における「絶滅危惧教員」を高確率で見つける方法を説明します.

まずは比較的ビンゴしやすい「若手教員」です.
ブラック大学であっても,20代〜30代で大学教員をしている人というのは,いわゆる「大学教員らしい教員」である確率が高いのです.
さらに,30代なのに学科長とかコース主任をやってる人は,かなり匂います.
別の大学に異動する前に(そういう若手教員は,その大学に居続ける可能性は低い),いろいろと「問答」しておくべきです.

年配の教員であれば,ウェブで検索してみましょう.
ブラック大学であっても,基盤となる教員が必要という理由で,高名な先生を呼んでいることがあります.
Amazonとかに著書が出ていたりしたら,その可能性があります.

そんな人を学内で見つけたら,すかさず以下のような質問をしてみましょう.
あなたと馬が合えば,大学らしい教育を受けられるかもしれません.

第一問,
「先生が研究していることは,どんなことに役に立つのですか?」とか,そんな内容です.もちろん,その教員の研究課題を事前に調べてから聞きましょう.
すると,水を得たように猛烈に持論をまくしたてるか,反対に,冷めたように「“役に立つ”の定義によります」とか,とにかく,あなたにとって意味不明・解読不能な回答が返ってきたら脈ありです.

数日が経ったら,第二問,
「先日のお話,実はあまりよく分からなかったのですが,勉強の参考になるものなど紹介してくれませんか?」みたいなことを聞きます.
学生との対話をうっとうしく思わない教員であれば,適当な資料をもらえたり,図書を紹介してくれます.もらった資料や図書も,あなたがほとんど読めない代物であれば,ビンゴです.
こういう教員であれば,ブラック大学でも師事するに値するでしょう.

そもそも,ブラック大学では学生が教員と対話しようとすることが少ないですから,学生から積極的に議論をふれば,まともな大学教員であれば喜んで対応してくれるはずです(もちろん,学術,思想,哲学的な議論です.飲み会とかテスト問題の話ではありません).

最初は先生が何を言っているのか分からないでしょう.
というか,これを言ったら身も蓋もないですが,あなたがブラック大学に入学している時点で「何を言っているのか分からない」のは仕方ありません.

とにかく,自分の頭で考え抜くためのトレーニングをするのです.
大学教育というのは,それに尽きます.
大変苦労しますから,意志が強くなければなりません.
「議論するテーマに興味がないから」などという不満を口にするバカ学生もいますが,そんなことは関係ありません.
テーマは何でもいいわけで,要はとことん考え抜くための題材なのです.

ブラック大学では,こういう教育をする教員の学生ウケは必ずしも良くありません.
逆に,ブラック大学の危ない教員というのは,クレープやたこ焼きを焼いて学生の気を引こうとします.
就職先を頻繁に紹介したりします.
これまた,そういう教員は「学生目線」だの「面白い」とかいって人気が出ちゃうんでやりきれません.

さて,
おわかりでしょうか.
大学教育というのは,大学教員の資質の部分もありますが,学生の学ぶ姿勢というのも多分にあるわけです.
むしろ,学問するためには,学生の「問う」姿勢が最低条件と言えます.

まぁ,言うのは簡単ですが,
「がんばってください」
      

2012年11月26日月曜日

こんな挙動の教員がいる大学は危ない

前回の記事では,ホームページから大学の危険度を判別する方法を紹介しました.
こんなホームページの大学は危ない

今回は,そういった大学を「教員」を通して判別できないか思案したものです.
当然,普通(むしろ優秀)な教員にも関わらず,以下にあてはまる場合もありますが,それはそれ.
あくまで参考程度にお願いします.

「こんな挙動の教員・・・」ということですが,いわゆる「挙動不審」という意味ではありません.あくまで「振る舞い」「行動」としての挙動であります.
大学教員なのに,こんなことをしている教員が “多数いる” 大学は先が無いと考えてよいでしょう.

誤解してほしくないのは,教員本人は至って良心的な場合もありますが,大学としての状況が “そのような挙動” を生んでいることが多々あります.
嫌々ながらにも,やらねばならぬ状況というものがある.これまでにも,そういう大学の先生をいろいろ見てきました.

以下のような教員は,どの大学にも極少数は生息しているものですが,その数が多い場合は危険な大学です.
だいたい10名当たりに1名くらいは,以下のような教員がいても良いのかもしれません.
ところが,5名当たりに1名くらいになってくると,だいぶ黄色信号です.
場合によっては,過半数を以下のような教員が占める大学もあります.
そうなるとブラック大学を通り過ぎて,もはや大学ではありません.

今回は,大学生に向けて書いております.
自分とこの大学については,内部にいたら分からないものです.
これから大学を目指している高校生が,先輩の大学生に聞いてみるのもいいかもしれません.ブラック大学を判別できるかもしれませんね.
自分とこの大学の先生,以下のような人が多くないですか?

では,
チェックリストは以下のようなものです.
(1) 就職斡旋が積極的
(2) やたら「実践!」「現場!」と叫んでる
(3) 「コミュニケーション能力」をつけさせようとしている
(4) オープンキャンパスによく出る
(5) 高校訪問(営業)によく行く
(6) バスを運転している
(7) 学生寮の巡回に出ている
(8) 1〜2年生の学生にウケが良い


(1) 就職斡旋が積極的
前回の記事でも紹介しましたが,弱い危ない大学ほど就職率を気にします.
そんなわけで,就職率を高めるために教員も介入して来ることになるのですが,それが行き過ぎて「仕事を紹介してやるから」と口走っていたらアウトです.
場合によっては,「ゼミ選び(専門演習選び)」の際にも「オレのところに来たら就職に有利だよ」なんて言い出す教員もいたりします.
これは,ゼミの人気(配属学生の人数)が「教員評価」につながっている大学であるパターンが考えられます.
ゼミの人気度で教員が評価されているような大学は終わっています.

(2) やたら「実践!」「現場!」と叫んでる
上記の続きとして,就職させたいもんだから,「実践が大事」というパターン.
もしくは,そもそも学術的な教育ができないからってんで,仕方なく自分の取り柄である「実践」を叫んでいたり,「現場ではこんなんじゃ通用しないぞ」と言うしか能がない教員のパターンです.
なら大学教員をやらなきゃいいのですが,そういう大味で声がデカイ教員を雇ってなきゃいけない大学である,という意味で危険なのです.

(3) 「コミュニケーション能力」をつけさせようとしている
これも就職につながっていますね.
以前の記事でも紹介しておりますが,「コミュニケーション能力」などという,「教えられないもの」を教えようとする教員です.
最近は学生の側からもこの「コミュニケーション能力」を教えてくれという雰囲気も出てきているから世も末です.この国はどうしちゃったんでしょうか?
オルテガも言う
与えることも,要求することもできないものを,与えるふりをし,要求するふりをするがごとき制度は,虚偽の道徳を乱す制度である.
という,大学がやってはいけないことの一つだと私は考えています.
教員としても教えられないわけですから,「言うだけ」です.
あとは勝手に学生が成長してくれるのですが,それをもって「教えた」ってことにするからタチの悪い教員です.

(4) オープンキャンパスによく出る
これは高校生でも判別できるチャンスがあるかと思います.
普通,オープンキャンパスに教員はあまり出ません.出たがりません.
世間の人が思うほど大学教員という仕事は暇じゃないので,本来なら,そんなところに出て営業活動している時間はないのです.ところが “いる”.
オープンキャンパスの様子を眺めてみましょう.
もし,ゾロゾロとたくさんの教員が「出陣」しているとしたら,その大学はオープンキャンパスに “懸けています”.
きっと入試課や学長あたりから,各教員に向けて「大学の興廃,この一戦にあり」との入電がある大学です.もしくは,「大学は各員がその義務を尽くすことを期待する」とか.
開場前には,一堂に会して「挨拶」と称する「結束式」をやっているかもしれません.よく見るとZ旗を揚げているかもしれませんよ.
オープンキャンパスで教員らしき人を10人以上見かけたら,結構な力の入れ具合ですので,目安にしてください.

(5) 高校訪問(営業)によく行く
オープンキャンパスと似ていますが,最近の危ない大学はよく「営業」に行きます.
特に,直接高校に出向いて大学を売り込みます.
通常であれば,入試課や広報などの職員が担当する仕事なのですが,最近は人海戦術ということで,教員も駆出して営業する大学も増えてきました.
「教員も力を入れております」というアピールも含んでいるつもりですが,逆に言えば危ない大学であることを示しているわけです.
ところによっては,学長がまわっている大学もあります.
年に1回行くっていうのであれば,外回り体験程度なのかもしれません.
ところが,自分とこの先生が年に何回も高校訪問にまわっているとしたら,少し疑いましょう.

(6) バスを運転している
内部の学生からすると,高校の延長の気分だからってんで,こういう状態であっても気にしないのかもしれませんね.
でも,大学教員が行事やクラブ活動等でバスを運転しているとすれば,そこは大いにブラックな大学です.
普通ありえませんから.
明日から,その先生を労ってあげましょう.きっと喜ばれます.

(7) 学生寮の巡回に出ている
これもバスの運転と似たようなものです.
「教育だから」とか理由をつけて,教員が学生寮の管理や巡回もやっている大学は危険極まりない状態にあります.
内部の学生からしたら普通のことになっているのでしょうが,そこで行なわれている教育は大学の教育,すなわち「高等教育」ではないかもしれませんよ.
すっかり大学に来たつもりになっているのであれば,一念発起して “なにか” した方が良いと思います.

(8) 1〜2年生の学生にウケが良い
要は,上記で紹介した教員の総合版といったところでしょうか.
やたらと調子の良い事をいったり,分かりやすく授業をやったり,大学生活のアドバイスをしてくれたり.
学園祭にも積極的に介入してくるというパターンもあります.
つまり,教員本人は至ってコミュニケーション能力があり,アクティブで学生目線なわけですね.
学生生活に不安をかかえる1年生や,まだ学生生活とはなんたるかを感じ取れていない2年生からはウケが良いわけです.
ところが,こういう教員は幼稚園や小学校ならまだしも,大学にはたくさん必要ありません.
各大学に1〜2名でいい.名物教員として転がっといてもらうだけで良いんです.害は少なくて済みます.
ところが,こういう教員がたくさんいる大学が増えてきました.
なぜかと言うと,そういう「学生ウケが良い教員」を求める大学が増えてきたからです.
反・大学改革論
とそのシリーズでも書きましたが,高等教育とか学問の探求よりも,学生の評判で大学経営をするようになってしまったからです.
「学生からの評判が良い」というのは,かなり強力な武器になります.
「教育」ですからね.世間では “これこそが大事” だとも思われている評価対象です.
しかしながら,こういう学生ウケの良い教員ですが,特に注意してみて頂きたいのは,「1〜2年生の学生に」というところです.全学年(プラス院生にも)に人気なのであれば,それはそれで優れた教員ですのでご注意を.
この教員は3〜4年生と,年を追うごとに評判が下がって来るのが特徴であります.
なぜなら,さすがにその年次になってくると,「学問」に目覚めてくる学生が多くなってくるからです.
その時になっても,「現場!」「コミュニケーション!」「就職!」と叫ぶしかない教員は,徐々に学生からは見放されていきます.
※もちろん,そういうところが大事だと考えている学生は付いてきますが.
こういうのは,3・4年生の話を聞いていると分かってくることです.
先輩の話はしっかり聞くものです.


そんなわけで,上記のような教員を学内で探してみましょう.
私の感覚でつくった勝手な目安ですが,だいたい教員5名当たりに1名くらい存在していると,その大学からは危険な香りがしております.
過半数を占めてくると,あなたの思っている以上に,その大学では大学教育がされていない可能性もあります.

そんな時は,他大学に通っている友達と勉強の話をしてみましょう.
至って勉強は頑張っているつもりだった.
面白い授業をしてくれる教員がいて幸運だった.
将来の希望を指し示してくれる教員が側にいてくれる.
そんなこれまでの学生生活の印象が,一気に変わるかもしれません.

愕然とした場合はどうすればいいのか?
諦めるしかないのか?
それについてはまた後日記事にします.

ということで,記事にしました.
危ない大学に入学してしまったとき

※さらに後日,
こんなパンフレットの大学は危ない
というのを書きました.

※そのあと,奉職した大学が「危ない大学」だった場合の対策も書きました.
危ない大学に奉職してしまったとき「スパイ対策法」
危ない大学に奉職してしまったとき「イベント企画対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「高校訪問対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「教員評価制度対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「新学部・学科名の候補を出せと言われたとき対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「授業評価アンケート対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「本気の高校訪問対策」

    

2012年11月24日土曜日

こんなホームページの大学は危ない

いろいろと大学のことについて記事にしてきたのですが,もっと具体的に「目で見てわかる」大学論をしてみようと思います.

ホームページについてです.

心当たりのある大学のホームページを参照しながら楽しんでもらえたらと思います.

私も様々な大学の先生方とお話をする機会が増え,その内部情報なども知るようになりました.
いろいろな大学を渡り歩いている先生からは,それぞれの大学でどのような事が行われているのか?どのような教育が為されているのか?とても興味深いお話をお聞きすることができます.
特に “ブラックな大学” のお話は刺激的です.

そんなわけで今回は,
大学の内部状況をホームページから推察できないか?
という,ある意味実践的な調査をお届けします.

これを論じるにあたって,【大学サイトランキング】なるものがあることを知りました.
そういうサイトがあるようですので見てみましたが,結局,有名大学が上位にランクされているだけで,面白味に欠けます.

ここで論じたいのは,有名大学ではなく中・小規模の大学でして,その中でも,
一見,普通そうな大学なんだけど,実は内部はドロドロでダーク...
という,受験者,採用者にとって可能な限り避けたい大学を炙り出すことを目的としています.

つまり,これまでの記事で紹介したような,「大学らしい教育」,「学問の探求」といったものを放棄,乃至,手を抜いている大学を推察?予測?推測?するものです.

かなり主観的なものですが,判別率といいますか,感度には自信がありますので参考にしてみてください.
以下の項目に該当するものが多いホームページの大学は,ブラック大学とみてよいでしょう.
※当然,判別率と感度には個人差がありますので,ご了承ください.
特に「大学」というものを詳しく把握しようがない高校生やその保護者,高校教員の方々に向けて書いております.
※あと,同業者(大学人)であれば,「あー,それあるある!」ということで楽しめます.

では,先に項目一覧です.
◆構成
(1) やたら派手
(2) 非常に見やすい
(3) 入試情報がたくさんある
(4) 教員紹介がない(非常に簡略)

◆使用写真
(1) 写真が多い
(2) 学生がジャンプしている写真がある
(3) 学生の顔をアップで写した写真がある
(4) 写真がやたらと(フラッシュなどで)動く

◆アピールポイント
(1) 夢を叶える
(2) 面倒見の良さ
(3) 社会で役立つ知識
(4) 大学へのアクセス
(5) オープンキャンパス情報満載
(6) 学内イベント(公開講座や発表会)の「事後報告」が多い
(7) ローカルな行事開催や受賞について取り上げている
(8) 就職率の高さ
(9) 就職先について具体的な企業名をあげている

◆その他
(1) 「採用情報」の内容が不可解
(2) 大学名を変更する(変更している)

いろいろなカテゴリに分けることができるのでしょうが,まぁ,とりあえず上記のようにしてみました.
それぞれどのような理由によるか,解説していきましょう.
※★の数は,判別のための重要度を表しています.

まずはHPの構成について
(1) やたら派手★★
(2) 非常に見やすい
これを言ったら身も蓋もないのですが,そもそも中・小規模の大学なのにホームページに力を入れている時点で問題なのです.
ホームページで引っ掛かる学生を取りたい.そんな想いがあるからです.
だいたい,ホームページなんかを見て 「この大学いいかも」 と考えるような受験生をターゲットにしなきゃいけないことの証左ですから,そんな大学は危ないのです.
ためしに東京大学や京都大学のホームページを覗いてみてください.その適当っぷりには清々しさがあります.小さい文字がズラズラ並んでおり,お年寄りには厳しいホームページです.
実際にグーグルかなんかで「京都大学」と打ってみましょう.検索結果に,
【 ホーム ― 京都大学 】
と表示されます.ホームページを作成したことがある人なら分かってくれると思いますが,このように表示されるのはホームページに手を抜いている証拠です.

(3) 入試情報がたくさんある★★★
これはもちろん,受験者数を増やすための目論見です.
中には,張り切りすぎて入試情報によってトップページが埋め尽くされる大学もあります.
こういうのを見ると,いたたまれない気持ちになります.

(4) 教員紹介がない(非常に簡略)★★★
そういう大学は,ブラック過ぎて教員がすぐ辞めるからです.よって,そもそも教員紹介のページを作っていないことがあります.
もしくは,氏名の一覧を出すだけで,どんな略歴なのか書いていない場合もあります.
ちなみに,教員紹介のとこに教員の「趣味」なんてものを紹介しているのも「アットホームさ」を狙っているので怪しいです.

次はHPに使用している写真について
(1) 写真が多い
「やたら派手」とも関連しますし,下で紹介することとも通じますが,特に自分とこの学生を被写体として使いまくっている場合は要注意ですね.

(2) 学生がジャンプしている写真がある★★★
“絵になる写真” が無いもんだから,思わずやっちゃった.そんなところです.
ブラック大学ほど学生がジャンプしている写真は多いものです.
そんな大学の広報担当は落ち着いていられないんです.だから「躍動感」に突破口を見出そうとしてしまう.その結果です.
バリエーションとして「意味もなく学生がバンザイしてる」とか「どこかに向かって走ってる」というのもあります.

(3) 学生の顔をアップで写した写真がある★★
その顔が満面の笑みだったり,フォーカス効果をかけてたりすると,なお危険です.
アップの写真には「幸せそうな学生でしょ」ということを訴えたい思いが詰まっています.
ということは,そんなに幸せな学生は多くないということの証左でもあります.

(4) 写真がやたらと動く
要は「やたら派手」ということと一緒です.ただ,有名大学にもホームページに凝るところがありますので,そこんとこ気をつけといてください.あくまで中・小規模の大学で,という意味です.

アピールポイントの判定は重要です.

(1) 夢を叶える★★
(2) 面倒見の良さ★★
(3) 社会で役立つ知識★★
この手の「学生中心主義」なアピールは危険だと思って間違いないでしょう.
変種として,「資格取得のためのバックアップ体制」などという,入学した学生なら誰でも思い知る「結局それって自分の頑張り次第じゃん」というアピールを全面に押し出す大学は危険ですね.

(4) 大学へのアクセス★★
「◯◯駅から何分で通える」とか,「県外からのアクセスも良好」といったことを威風堂々とアピールしているものです.
ついでに学生寮の素晴らしさについて紹介していることも多いです.
とにかく入学者を増やしたい,そんな想いの結晶です.

(5) オープンキャンパス情報満載★★
これは「大学に一度足を運んでもらったらこっちのもの」,そんな想いの結晶です.
年間,やたらとオープンキャンパスを開催しています.そんなにオープンにしたいのなら,普段から来学OKってことにしたらいいのに,でもそれは諸事情あって困るんです.

(6) 学内イベント(公開講座や発表会)の「事後報告」が多い★★★
トップページによくある「お知らせ」とか「ニュース」みたいなところに掲載されることが多い内容です.
学内イベントをやたらと掲載しますが,ここで特に注目して頂きたいのは,それが「事後報告」であることです.
「こんなに大盛況でした」「学生たちのためになりました」といったことをアピールしたいことによります.
こういうのは,学内イベントを “実は営業活動です” と白状しているようなものなのです.
普通の大学なら「仕事だ」「使命だ」 と思ってやっていますから,「事後報告」なんてする必要ないわけで,「事前案内」としてのお知らせしかしません.

(7) ローカルな行事開催や受賞について取り上げている★★★
上記と同様,「お知らせ」とか「ニュース」みたいなところに掲載されています.
全国的で学術的なものではなく,よく言えば地域密着,悪く言えばどうでもいい行事や受賞について取り上げているものです.
普通の大学の感性なら,とてもじゃないけど恥ずかしくて載せないのですが,「とりあえずアピールになるんじゃないか」という思惑が働いて載せちゃったのです.

(8) 就職率の高さ
強い大学なら気にしていません.

(9) 就職先について具体的な企業名をあげている★★
「本学は就職に弱いと思ってるでしょ?でもね,こんな有名企業に就職した学生もいるんですよ」ということです.
その時点ですでに自分でゲロってるわけで.
「ほら,◯◯銀行,◯◯研究所,◯◯学校,ねッ!どうですか?」って言っても,実はパートだったり非常勤だったり.

その他,ちょっと捻った内容を紹介しておきます.
(1) 「採用情報」の内容が不可解★★★
大学のホームページには教員や職員の採用情報が載っています.一般のホームページ利用者は全くといっていいほど見ないところですが,そこにヒントが隠されていることもあります.
教員採用条件で笑わせてもらったのが,学位について「修士が望ましい」と堂々と載せているもの.
これの何が面白いかというと,普通,大学教員の採用条件は「修士以上が望ましい」とか,「博士の学位を有すること.またはそれに準ずる研究業績を有する」とするものです.
つまりその大学は,「博士を持っていたり,研究業績が多い人が来てもらっては困る」ということなのです.すなわち,その大学の「教員」は「大学教員」ではなく,営業マンであることを意味します.
あとは,担当科目が幅広く,脈略がない場合です.一体何の専門家を呼びたいのか分からない.とりあえず動ける奴を確保したい.そんな大学は学問をする気がありません.
でもこれは一般の人には判別しづらいですかね.

(2) 大学名を変更する(変更している)★★
ホームページの内容とはズレるかもしれませんが,これは業界では結構有名です.
「大学の歴史」みたいなページで調べてみてください.
名前を変えている大学,これから変える大学というのは,逆に「変えることができる」というわけですから,そんなに大学名に影響力がないということの証左です.
そして,その大学名の変更に乗じ,学内の様々なシステムも変更していることの表顕でもあります.
内部のシステムをコロコロ変えるというのは,危ない組織の典型です.そこらへんは企業の方々も分かってくれるかと思いますが.

※後日,危ない大学による「ヤケクソ戦術」の展望を解説した記事を書きました.
崖っぷちの大学が生きる茨の道
合わせてご覧ください.

というわけで,上記のことを参考に,いろいろな大学のホームページをご覧になってみて下さい.
各大学の頑張り具合が手に取るように分かる..,かもしれません.

※すべての大学のホームページが,上記で述べた内容と符合するわけではありません.どんな大学のホームページも,いずれかの項目は当てはまるものです.
問題なのは,その適合具合と範囲です.
あくまで個人的に楽しむ程度にしておいてください.

※後日,続編として
こんなパンフレットの大学は危ない
を書きました.

※さらに,もし奉職した大学が「危ない大学」だった場合の対策を書いています.
危ない大学に奉職してしまったとき「スパイ対策法」
危ない大学に奉職してしまったとき「イベント企画対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「高校訪問対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「教員評価制度対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「新学部・学科名の候補を出せと言われたとき対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「授業評価アンケート対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「本気の高校訪問対策」

    

2012年11月21日水曜日

大学について2

前回はカール・ヤスパースが説いた大学論を取り上げました.
大学について

今回は,ホセ・オルテガ・イ・ガセットによる大学論です.

オルテガ 著『大学の使命』

ヤスパースと同様,著者は『大衆の反逆』で有名な保守論者で,その件についてはまた別の機会にしたいと思います.

両者の大学論は比較されることも多いようですが(実際,『大学の使命』の付録として井上先生が論じている),今回は私なりに2人の大学論を解釈してみたいと思います.
なかでも,大学教育がどのように為されるべきか?といったことに焦点をあててみましょう.

オルテガとヤスパースの大学論で,よく比較されるのは以下のことです.

オルテガ = 教養教育,平均人の教育
ヤスパース = 研究教育,エリート教育

実際,本文中にこのような記述があります.
オルテガは,
与えることも,要求することもできないものを,与えるふりをし,要求するふりをするがごとき制度は,虚偽の道徳を乱す制度である.
それゆえに,
われわれは平均学生から出発しなければならない.
というのです.

一方のヤスパースは,
学生がおいそれとはついてこれないながら,しかしそこで向上しようとする労作を通じて追いかけてみようとする刺激を獲得するということは,教授学的に簡易化された万人に理解されやすいということよりも意味の有ることなのです.
真っ向から対立しているように見えますね.
2人が討論したら,喧嘩になるんじゃないかと思われますが,実際にヤスパースの大学観を受け継ぐドイツの大学人からは,オルテガの大学論について反論があったようです.

ただ,ヤスパースも 「平均的な学生は切り捨てるべし」 「ついてこれる学生だけ教育すべし」 という主張をしているわけではないのです.
ヤスパースは,上記の主張にこう続けます.
最優良の人々の標準が授業の進み具合を決定する時,平均人も,その力に従ってついてくるのです.全ての人が,誰も完全には充足させることのできない要求の下に活動することになるのです.精神的な地位に対する尊敬が,全ての人を向上させる推進力とならなくてはいけないのです.
大学教員をやっている者からすると,この考え方にはうなずけるんですけどね.
学生や一般の人からすれば,オルテガの主張の方が納得できるのかもしれませんが.

つまりこういうことです.
一部のエリート層(そう呼んでおく)を鍛える教育をすれば,残りの平均的な学生も,それに吊られて学習するようになる.それは,結果的に平均的な学生を育てる上でも有益なことなのだ.
ということです.

私はよくこれを,
「学部,学科,専攻・コース,ゼミなど,それぞれの集団・グループにおいてフラッグシップとなる学生を育てるべき」
というふうに論じています.

モデル,手本となる学生を育てるということです.
そうすれば,
「ヤバい.あいつ,いつの間にかめっちゃ賢くなってるやん.俺もウカウカしてられへん!」
という感じで,切磋琢磨していくようになるのです.

私の学生時代の経験でもあるのですが,やはり「天才的なやつ」とか「粉骨砕身するやつ」を身近にみると,ダラダラとした学生生活を送る気持ちは鈍りますよ.

それとは逆に,
反・大学改革論3(学生はお客様じゃない)
でも述べましたが,学生が求めるものを重視した大学教育に舵を切ると,実は社会のためにも,ひいては学生のためにもならないのです.

学生の学問へのモチベーションとでもいいましょうか.
そういったものが,「平均人の教育」にしてしまうと,最初は良くても,ズルズルと時間をかけて凋落してゆくのです.

むしろ私は,「なぜオルテガが「平均人の教育」にこだわるのか?」に着目します.
平均人を何よりもまず,教養ある人間にすること,すなわち,その時代の高さへと導くことが必要である.
オルテガはその主著『大衆の反逆』で,伝統の価値や教養を見失った者,自分自身への疑いを持たない者たちを「大衆」と呼び,
邪悪な人間はときどき邪悪でなくなるが,愚か者は死ぬまで治らない.
と手厳しく批判しています.
そして,こうした大衆が権力を持っていく現代を諦観するかのごとく眺めているのです.

日本においてもこの「大衆」は権力をふるっています.
それが顕著に現れた最近の出来事として,あの大津いじめ問題を語る日本の「大衆」が代表的です.
大津いじめ問題で大衆の愚かさに絶望しています

オルテガは説きます.
まえもって一つの意見を作りあげようという努力をしないで,その問題に関して意見をもつ権利があると考えるのは,私が《反逆する大衆》と呼んだ人間のばかげた生き方で,その人が生きていることを明らかに示している.(中略)愚か者は,自分を疑ってみない.自分が極めて分別があるように思う.ばかが自分の愚かさのなかであぐらをかくあの羨むべき平静さは,ここから生まれるのである.
こうした大衆を「どげんかせんといかん」と考え,オルテガは大学教育にその解決(緩和)を求めたのでしょう.
それゆえ,オルテガは大学教育を「平均学生から出発しなければならない」とし,教養教育に重きをおいたのではないでしょうか.

しかし,今日の日本の大学がおかれている立場からすれば,オルテガに何の文句もないとは言え,そうした「伝統の価値」や「教養」を学ばせるための大学教育では,まさに「大衆受け」しないという残念な状況が広がっているのです.

「大衆受け」しなければならない中で,そうは言っても大学らしさを取り戻さなければ,日本の大学に未来はない.
そういう思いで書いた記事が,
大学設置不認可について,大学教員として言いたいこと
です.

オルテガは「大衆」の切削を「大学の使命」とします.
しかし,大衆を切削させるための実際的な方法としては,ヤスパースが説く研究教育を重視する大学教育の方が,“まずは” 効果的なのではないでしょうか.
前回の記事でも紹介した,ヤスパースの言葉です.
最高の訓練とは,完結した知識を習得することではなく,むしろ学問的な思考へと諸器官を発展させることであり,また教育することなのです.そうすることによって,生涯を通して,更なる精神的・学問的訓練が可能となるのです.
このヤスパースが育てたい学生像とは,まさにオルテガが求めるそれとも一致します.

今の日本人,もっと具体的に言うと,今の高校生と保護者,そして文部科学省の顔色をうかがう大学改革では,大学としての機能を果たし得なくなる.
大学が持っている本来の機能を,大学人が,そして社会が再確認すべきなのです.

あれこれ改革論を振り回す前に,もう一度,大学の使命や理念を考えてみる必要があるのではないでしょうか?
  

2012年11月15日木曜日

大学について

前回の記事でも取り上げましたが,もう少し大学の本質について考えてみようと思います.

自身,大学教員になったということもあり,「そもそも大学とは何か」と自分の中で問う日が多くなりました.
学生のころから考えていたことではありますが,この “そもそも論” を蔑ろににして「新しい大学教育の展望」みたいな話がされるのは由々しき事態です.

「そもそも大学とは何をするところか?」
をしっかり論じていないで,あれこれ改革しても,学生や社会のためにはなりません.

反・大学改革論
で私の見解の断片は述べていますから,その繰り返しになってしまうのもアレなので,今回は私の大学観の基になっている書籍を紹介したいと思います.
私の思いつきをダラダラと垂れ流しているブログではダメだと思いますし.
大学という教育機関を考えてもらう上で,参考になれば幸いです.


今日は,
ヤスパース 著『大学の理念』

まさに1手詰の詰み将棋.
ドイツの哲学者カール・ヤスパースが,大学のあり方について論じた本であります.
古典ですが,非常に明快かつ説得力のある文章で(訳者の福井先生の力でしょうけど),他を圧倒しております.

大学改革を声高に唱える人に読ませたい本No1.
ダラダラと学生生活を送る学生に読ませたい本No1.
自信を持って授業ができない大学教員に読ませたい本No1.
そんなところです.

ヤスパースの言葉を,いくつか引用してみましょう.
大学は,移ろいゆくことのない理念,つまり教会のそれと同じような,国家を超越した,世界に広汎に通用する性格の理念に基づいて自ら固有の生命をもつのです.
なぜなら,大学は「学問」をするところだからです.
そして,
学問は,欺瞞を暴くものです.(中略)学問は,無批判的な思惟を生み出し,これを無限の探求可能性の代わりにしてしまおうとする固定化を解消するのです.
これだけでも市場原理的な大学改革をしてはいけない理由が汲み取れます.
私が過去の記事でも述べた,「大学とは “王様は裸だ” と叫ぶ場所」というのに通じています.

ヤスパースは学生の様子についても考察しています.
彼は,試験のために学び,全てを試験のために意味があるということによってのみ判断してしまうのです.勉学の期間を就職までの辛い移行期間と感じ,今から実務に救いを求めようとしてしまうのです.
いやぁ,結局,昔も今も変わらないんですね(この本は1945年に書かれた).
さらには,
彼は,いくつかの好みの書物を読むことが学問的な仕事であると思い,果ては学問に代わって教義を求め,講義を祭壇と思うようにして,努力を転倒させてしまうのです.
まさに,就職予備校と化している日本の大学の姿ではないですか.
ヤスパースは,学生はこういう態度で大学に入ってくるから,“そうではない” ということを学生に伝えなければいけないと説きます.
いくつかの日本の大学は手遅れですが.

ではヤスパースの大学教育のあり方とは,
研究と授業の統合は,大学の高い,捨て去ってはならない原則なのです.
ということで,これがこの本でヤスパースが打ち出した,最も印象深いテーマです.
つまり,研究現場こそが,最も有意義な教育現場
なぜヤスパースが研究を通した教育にこだわるのかというと,
自ら研究する人だけが,本質的に教えることが出来るのです.そうでない人は,固定したものを伝えるに過ぎず,教授法的に並べ立てるに過ぎません.大学は,単なる学校というものではなく,高等教育機関なのです.
耳が痛い.
たしかにその通りです.
だから私なんかが意味不明な専門外の授業をやってはいけないのです(コマ数を減らして楽をしたいからではありません!).
最高の訓練とは,完結した知識を習得することではなく,むしろ学問的な思考へと諸器官を発展させることであり,また教育することなのです.そうすることによって,生涯を通して,更なる精神的・学問的訓練が可能となるのです.
ですよねー.
これを学生に伝えたいのですが...,なかなか難しいのです.
やっぱり,就職に有利な事柄に目がいっちゃうよね.
威厳のない私みたいな教員では説得力が足りないです.

さて,最後はこの言葉で締めます.
大学は,民族の表現なのです.しかし,大学は,真理を追求し,人類に奉仕することを願い,人間性を端的に表出しようとするものです.(中略)それ故,なるほどそれぞれの大学は,一つの民族に属しているのではあるのですが,しかし民族を越えるものを把握し,実現しようと努めるのです.
後日,ヤスパースとオルテガの大学論を比較してみました.
大学について2
ご参照ください.

--------
本日,政治評論家の三宅久之さんがお亡くなりになられたそうです.
この方には私も強く影響されたということもあり,今回のニュースは非常に残念であります.
お悔やみ申し上げます.
    

2012年11月12日月曜日

大学設置不認可について,大学教員として言いたいこと

タイトルにあるようなことを記事にするべく,本件のバカバカしさを語ってやろうと意気込んでいたら,内田樹先生のブログに先をこされていました.
全くと言っていいほど同様の見解なだけに,誠に残念であります.
田中大臣の不認可問題の影にあるもの(内田先生のブログ記事)
大学を減らすために何ができるのか?(これも内田先生の記事)
一歩遅かった.

今日の朝,Yahooニュースを見ていたら,『政治クローズアップ 大学設置不認可 問題の本質は』とかいう記事があって,その中で見つけてしまいました.

チクショウ.悔しい.
こんなことなら先週は仕事を適当にやってブログ書いとけばよかった.と不埒な考えも出たり.
ちょうどこういうのって,実験をやろうと企画している途中で,実は先行研究に全く同じ実験デザインの研究があるのを見つけちゃった,というのに似ています.


まぁそれでも,私なりの記事も書いておこうということで,一筆したためましょう.

9月の記事では,『反・大学改革論』を展開しておりますので,その続きということにもしときます.
以下の4つは私の記事です.
暇でしょうがなかったら,合わせて読んどいてください.
反・大学改革論
反・大学改革論2(学生からの評価アンケート)
反・大学改革論3(学生はお客様じゃない)
反・大学改革論4(喜んでる教員)


大学設置不認可については,適当にググったら出てくるので,ご自身で詳細は調べといてください.

本件を語る上で重要なくせにニュースとして取り上げられない課題があります.
(1) 本当に大学生の学力は下がっているのか?
(2) そもそも大学は多いのか?
(3) 大学を減らせば「良く」なるのか?
(4) 認可手続きは本当に「不自然」なのか?
(5) 本当に大学の質は下がっているのか?
(6) 淘汰されるべき大学とは,どんな大学か?

この問題の本質を本当に問いたいのであれば,上記の課題に答えなければならないはずですが,「なんか多分そんな感じだから」ということで語られているので始末に終えないのです.

(1)については,かなり以前に記事にしたことがあります.
学力低下
大学の数が増えて,大学生の数が増えているのであれば,当然ながら「大学生」という身分の人間の平均的な学力は下がります.
でも,これは「日本人の学力が低下している」ということにはなりません.
今まで大学に入学できるような学力ではなかった高校生も大学に入学できるようになった.
それだけのことなわけですから,これは単純な統計的な問題です.

内田先生もブログで述べているように,たくさんの若者が大学教育を受けるようになったのだから,“誠に幸いなことに”,日本人の若者が高等教育を受ける機会が増えていることを意味しているわけです.

(2)と(3)については,考えようでしょう.
上で述べたように,日本人の学力(と言うよりも,高等教育,正確に言えば “学術力”)を高めたいのであれば,大学は多いほうがいいわけですから.
そのぶん,教育予算を増やさなければならないのですが,それは次代を担う日本人を育てる気概の問題のような気がします.
それでもなぜ世論が 「なんとなく大学を減らしたい」 という方向に向かっているのか?,については内田先生が述べているところです.

教育問題には首を突っ込みたい.
「だから最近の◯◯はダメなんだ」と言いたい.
でも,本当に日本の若者の学力・学術力が高まってもらったら,自身の立場が危うくなるから困る.
そういうことです.
まぁ,皮肉を言えば,日本人の多くが教育問題を適当に考えていることを汲み取れるわけですね.


さて,内田先生のブログには載っていないことに突入していきます.
(4)の認可手続きについてですが,これは一般に流れている(Yahooニュースでも池田信夫氏などが述べている)「不自然」な手続きではないことを主張しておきたいと思います.

たしかに,一般の感覚では認可途中で
「建物が出来上がっている」や,
「教職員の採用が決まっている」,そして
「学生募集が済んでいる」
といったことを「不自然」と捉える向きもわからんでもないのですが.

これこそ,「知らないんなら口出すな」と言いたくなることでして(少なくとも,ちゃんとメディアは認可手続きの意味を国民に広く正確に伝えるべき).

では,「不自然だ」と主張する人に聞きますが,
建物も教職員も学生の集まり具合も全く分からないままに,書類だけで認可するのか?
ということに同意するのでしょうか.

会社を立ち上げることとはわけが違うんですよ.
例えば,書類だけで認可させることを考えるんなら,申請時に以下のような文言を放り込んどけばいいんですよ.
「東京駅前に200万平方mの敷地を用意する予定」
「ノーベル賞受賞者を中心として,各界で活躍する教員を採用予定」
「そんなスゲぇ大学ですから,定員を大幅に上回る受験生を見込んでいる」
そして認可後に,
「あれは予定だったから,結局こんな大学になっちゃいました」
で構わないことになってしまうんです.

それでいいと思います?
ダメでしょ.

だから新設大学は,コツコツと文科省と進捗状況を協議しながら認可の内定をもらい,最後のこの時期に大臣からの最終認可を“儀式として”受けるようなシステムになっているのです.


さて,次は(5)の問題ですが,これは私も「大学改革」の余地ありと考えているところです.
9月の一連の「反・大学改革論」シリーズでも少し述べていますが,私なりの大学改革.

それはつまり,「やっぱり本来の大学に戻ろう」です.

大学改革というのは以下の2点を担保しなければいけないと考えています.
(1) 大学の研究レベル
(2) 卒業生の学術レベル

最低でも,どちらか1点は担保すべきです.
ところが,これまでの大学改革は上記の2点とも無視したビジネスライクな改革になっていました.

「いや,だからそれを担保するために市場原理を持込み,グローバル時代に対応する“教育力”を大学に求めて・・・」
と反論してくるのかもしれませんが,結果としてダメだったのだし,現在進行形でダメになっていっているわけですから,考えなおさなければなりません.

現状,大学の数が多いことを認めるとしましょう.
では,その「数が多すぎる大学」という現状から,大学改革するには何をすればいいのか?
しかも,上記で示した2点を担保しながら.
かつ,抜本的でハードランディングな改革にならないもの.

今のところ,私にはこれしか思いつきません.

(1) 卒業基準を各大学で呼応して厳しくする
(2) 卒業基準に各大学の “らしさ” を求める
(3) 卒業基準の甘い大学への行政指導
(4) その代わり,改革移行期に発生するであろう「卒業しにくい大学を敬遠」という現象を文科省はフォローする

「大学は質の高い学生を世に出すべき」
というなら,これが必要です.
改革には混乱がつきものです.
ゆえに,(4)のような,大学をフォローする仕組みも用意しなければ,ただの大学いじめにしかなりません.
だって,卒業生の学術レベルを高めようと頑張れば頑張るほど,おそらく今の高校生・保護者の感覚では,その大学への入学者数が減ることになるのですから.
つまり,何を学ぶか?ではなく,卒業することに価値を置いている今の価値観で上記の改革をすると,きっとそんな動きになるはずです.

だいたい20年ほどのスパンでやる必要があると思います.
20回くらい卒業生を出せば,どの大学が良い卒業生を出しているのか,その社会的な評価も出るでしょう.

とは言え,大学の評価に,そんなに大きな変化があるとは考えていません.
なぜなら,私の感覚的なものですけど,現在でも「良い」とされている大学は,そのまま「大学の研究レベル」と「卒業生の学術レベル」の高さを保有しているからです.

ただし,この私の改革論だと,どうしても拭えない危惧があります.
それは,「教育のマニュアル化」です.
楽して数値を示したい大学が,学問ではなく勉強を,学術力ではなく学力を高めることを是とする動きが予想されます.
そこをどうするのか?考えものですが.

最後に(6)についてですが,内田先生もおっしゃられるように,ビジネスライクな大学が消えていくのではないですか.
結局,社会に役立つ知識だとか,教育力(学術的な意味ではない)だとかを謳う大学っていうのは,淘汰されてしまうんだと思います.

2012年11月8日木曜日

秋の思想

今日は書籍の紹介です.
河原宏 著『秋の思想』

著者の河原宏先生は本書を執筆中に亡くなられており,その遺稿をまとめる形で出版されたものです.
その遺稿をまとめた一人である中野剛志氏が,とあるインターネットの動画で紹介していたので購入してみました.

販売直後に購入したのですけど,急ぎ読むタイプの本ではないようで,ゆっくりと今日までかけて読み進めてきました.

10人の歴史的人物を取り上げ,河原先生なりの視点で人物像を解説するというもの.
特に参考になったのは「三島由紀夫」の章です.
他の人物をあまり知らないから,というところもありますが.

以前に読んでいた小説,三島由紀夫『豊饒の海』シリーズの完結編である『天人五衰』の解釈について,本書が大変参考になったのです.

普通に読んだだけでしたら,そのストーリーとクライマックスにただ衝撃を受けてポカーンとなっていただけでしたが.
三島由紀夫が「天人五衰」に込めた想い,というところが垣間見えたような気がします.

この「天人五衰」を書き終わったあと,三島由紀夫は有名な「三島事件」を起こし,自殺します.
それだけに,この「天人五衰」で表現していることは,三島由紀夫が自殺に至るまでの「考え」を汲み取るヒントがあるとされています.


「豊饒の海:天人五衰」のネタバレ部分もあるので,以下,注意して読んでください.

「天人五衰」の舞台となったのは戦後日本(1970年~1975年),高度経済成長に向かうまっただ中.
ちょうど,三島由紀夫が自殺した時代です.

河原先生は述べます.

第四巻「天人五衰」は表題もそうだが,中身も偽物の孤児安永透と,財力にまかせて彼を養子とし,なんとか転生した本物の主人公に仕立てようとする本多繁邦の目をそむけるような情態に,腐食した現実を表意している.金の力で,どこまでも偽を真に,ホンネをタテマエに作り変えようとするのがその現実だった.

ただ何も考えず小説を読んでいた時には気づかなかったのですが.
つまり,戦後日本の正体を,三島由紀夫はこのように表現したのですね.

第一巻から第三巻までを読んでいれば,登場人物と出来事やテーマの連続性に気づかされ,小説それ自体にある連続性以上の衝撃を受けます.

戦後,日本は「本物」や「当然あるべき姿」を見失っている.
戦後復興を遂げ,世界をリードする経済力はつけたかもしれない.
しかし,「国としてのあるべき姿」を金の力で無理やり取り繕っているのが,戦後日本.
それは「本当のあるべき日本の姿」ではない.

そういうヒントを得た時,物語のラストで綾倉聡子が松枝清顕について,
「その松枝清顕さんという方は,どういうお人やした?」
と主人公(本多繁邦)と読者の両方を混乱させるところの意味が,なんとなくですが伝わってきました.

つまり,こういうことではないでしょうか.

あの時代(明治~大正)のことを,日本人はすでに忘れている.
あれだけ正統で,皆が愛してやまなかった戦前の日本について,日本人は無視を決めこんでいる.
それは私(三島由紀夫,そして分かっている人)にしてみれば,
「何をトボけているんだ,知ってるはずじゃないか!あの日本のことだ!」
と言いたくなるようなこと.
でも,どうやら多くの日本人は本当に知らないようだ(もしくは,知らないふりしかできないのか).

そんな戦後日本の姿に,三島由紀夫が選んだのは,市ヶ谷駐屯地における憲法改正とクーデターを促す演説.
そして割腹自殺だったのでしょう.

2012年11月2日金曜日

フリードマンの検定をエクセルでなんとかする

前回に続けて,3群以上のデータをエクセルを使ってノンパラメトリック検定する方法です.
少し前に紹介した,対応のある2群間の検定である,
ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す)
のような検定方法です.

フリードマンFriedmanの検定.
対応のある一元配置分散分析のノンパラメトリック版として利用されています.

以下のようなデータを使ってみます.
あとで利用しますので,各群のN数である「5」,群数である「3」も表記しておきます.

まずはノンパラメトリック検定ではおなじみの順位付けです.
フリードマンの検定では,以下のように
各被験者内で順位づけします.
図のように,
条件ごとに順位付けです.
オートフィルで一気にやってしまいましょう.

これまたノンパラメトリックではおなじみですが,同順位値(タイ値)が出たら,それ用の処理をしてください.

Steel-Dwass法をExcelで計算する方法について,もう少し詳細に
ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す)

を参照してもらえるとOKかと思います.

そして,以下のように
それぞれの順位を合計していきます.

次に,ウィルコクソンの符号付き順位和検定でもやりましたが,
このように順位を2乗していきます.
これもオートフィルで一気にやってしまいましょう.
そして合計します.

では,いよいよ統計量の計算です.
一気に計算式を書いてもいいのですが,かなり長いので分けて示します.

まずは「T1」ということで,

=((E7^2+F7^2+G7^2)-B8^2*B9*(B9+1)^2/4)

という計算をしておきます.

次に,「T2」ということにして,

=(H7+I7+J7)-B8*B9*(B9+1)^2/4

という計算です.

それぞれの計算をさらに,

=(B9-1)*B11/B12

ということで,統計量の計算終了です.

あとはこれを,「CHIDIST」関数を使ってp値の算出を行ないます.
自由度は「群数-1」ということで,今回であれば「2」です.
そんなわけで,このデータの群間には有意性が認められました.

ちなみに,SPSSの算出結果は,
ということになっています.
同じ値ですね.

あとの多重比較については,
ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す)
をやってもらった後,

ノンパラメトリック検定で多重比較したいとき
Excelで多重比較まとめ
を参考にしてもらえるとOKです.



参考文献:
池田央 著『統計ガイドブック』


※こんな怪しいブログよりも信頼性が高いものに触れてもらうよう,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
という記事を書いています.参照してください.
    

2012年11月1日木曜日

クラスカル・ウォリスの検定をエクセルでやる

ノンパラメトリック検定の多重比較をするということであれば,パラメトリック検定の多重比較の際に行う「分散分析」に相当するものを紹介しておかないといけないなということで,今回はクラスカル・ウォリスKruskal Wallisの検定を取り上げます.

以前,
ノンパラメトリック版Tukey法による多重比較「Steel-Dwass法
Steel-Dwass法をExcelで計算する方法について,もう少し詳細に
という記事を書いていますが.
こちらではなく,どうしてもマン・ホイットニーのU検定での多重比較をエクセルでやりたい場合に利用してもらえると良いかと思います.

クラスカル・ウォリスKruskal Wallis(クラスカル・ワリスとも表記される)の検定.
対応のない3群以上のデータ間に有意性があるかどうか検定するものです.
パラメトリック検定である「一元配置分散分析」のノンパラメトリック版といったところです.

では,使用するデータの紹介です.
マン・ホイットニーのU検定(エクセルでp値を出す
でも紹介したように,群を立てに並べておくと,少しだけ作業が楽です.

上から順に,A群(赤セル),B群(青セル),C群(緑セル)です.
あと,A列のところにある数字は,各群のN数と「A14」に全N数を表示させています.
後ほど使用しますので.

次に,このデータの順位付け作業です.
RANK関数を使用し,昇順で
一気に順位付けします.
※同順位値(タイ値)がある場合の処理については,
Steel-Dwass法をExcelで計算する方法について,もう少し詳細に
ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す)
を参考にしてください.

で,
今度は,図のようにそれぞれの群の「順位の値」を平均させます.
そして,全部のデータの順位の平均値も算出します.
これで準備完了です.

これを基に,クラスカル・ウォリスの統計量を計算します.
かなり長いので,参照しているところを図で確認してもらって,間違えないように入力してください.

=12/(A14*(A14+1))*((A3*((D6-C14)^2))+(A8*((D10-C14)^2))+(A12*((D13-C14)^2)))

この式の最初の「12」っていうのは,どんなデータであっても「12」です.どこかの参照値ではありません.

例では,統計量は「6.3949」になっています.

そして,p値を出すのですが,今回はエクセルのχ二乗検定の関数を利用します.
=CHIDIST(B16,2)

ということで,自由度を「2」にしてT(統計量)を参照します.
今回のデータ例であれば,0.0409という値が出ましたので,この3群間には有意性が認められました.

ちなみに,同データでのSPSSの算出結果は以下の通り.

このように,このデータについて群間に有意性が認められたということになりましたが,ではどことどこの群間に差があるのか?という点については,2群間のノンパラメトリック検定を行なわなければなりません.
今回のような対応のない2群間の検定としては,マン・ホイットニーのU検定などを使います.
マン・ホイットニーのU検定(エクセルでp値を出す

その後の多重比較には,
ノンパラメトリック検定で多重比較したいとき
Excelで多重比較まとめ
を参考にしてもらえるとOKです.

Steel-Dwass法を紹介していますので,あまり利用することは少ないかもしれませんが,何かの時に使ってください.

この記事の参考文献:
石村貞夫 著『すぐわかる統計処理』
池田央 著『統計ガイドブック』


※その他,こんな怪しいブログよりも信頼性が高いものに触れてもらうよう,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
という記事を書いています.参照してください.
    

2012年10月20日土曜日

ウィルコクソンの符号付順位和検定(エクセルでp値を出す)

前回はマン・ホイットニーのU検定でしたので,今度は対応のある2群間の検定ということで,ウィルコクソン(Wilcoxon)の符号付き順位和検定をやります.

ウィルコクソンの符号付き順位和検定ですが,私にとっては思い入れのある検定方法でして.
卒業論文の統計処理に採用した,私の論文初の検定方法です.

パラメトリック検定では有意性が認められないから 「どーしよー・・・」 と悩んでおり,指導教員の言われるがままにノンパラメトリック検定に鞍替えすることに.
マッキントッシュのスタットビュー(Stat view)を「あーでもない,こーでもない」とメチャクチャに操作して,肩がコリながらやった覚えがあります.

t検定などは平均値の差を検定するものですが,このウィルコクソンの符号付き順位和検定は「中央値」に差があるかを検定するもの,ということを聞きました.
当時は「何言ってんのか意味不明・・・」だったのですが,こうして手計算(エクセルだけど)したら意味もわかるというものです.

では早速,
使うデータは以下のようなものです.
対応のあるt検定も同様ですが,並べる順番に気をつけてください.
対応のある検定データの検定ですから,各行で隣合うデータは「対応がある」状態にしておきます.

まず,このデータの差を算出します.
大したことではありません.引き算をするだけです.
次に,それぞれの「差」を絶対値にします.
「ABS」関数を使えば一気にできます.
この絶対値にした数列のところで,マン・ホイットニーのU検定の時のように,順位をつけます.
「RANK」関数を使うとよいでしょう.昇順にして順位付けです.
ノンパラメトリック検定で注意しないといけないのは,同順位値が出た時ですね.
この場合,「4」が2ヶ所でみられます.
よって,4位と5位にあたる部分ですから,この2ヶ所の「4」を「4.5」にしておきます.
(こればっかりは手作業)
ウィルコクソンの “符号付き” 順位和検定ですから,「符号付け」作業をします.
上記のように,IF関数を使うのが便利です.

 次は,その順位を2乗させます.

【順位】か【符号付】の列の数値に「^2」とすれば,一気に計算できます.

そして,【符号付】と【^2】の列を合計します.
それぞれ,以下のような感じに.
上図は符号付の列,
下図は^2の列.
 さて,
この例題では【符号付】の列の合計がマイナスになっているので,本来不要なのですが,この数値はマイナスにしとかなきゃいけないので,「マイナスにする」作業を入れときます.
 あとで元データ(Xi,Yiの部分)をいじったとしても安心なように,これも「IF」関数を使って自動化しておきます.
さて,いよいよ統計量「Z」を算出です.

=(G14)/SQRT(H13)

このように,「マイナスにする」の数値と,「^2」の合計値をそれぞれ使用します.

最後に,の「Z」を使ってp値を算出です.
 マン・ホイットニーのU検定でも使った,「NORMSDIST」関数を使います.
この関数の(z)のところに,さっき出した「Z」の値を参照します.

=NORMSDIST(E16)*2

例のごとく,値を2倍しときます.
 というわけで,この対応のある2群のデータには有意な差が認められました.

SPSSの計算結果も,
 というように,同じになりました.

ウィルコクソンの符号付順位和検定で気をつけなければならない点をもう一つ.
以下の例でいうところの,D列12行目のように差がない(つまり差が0になる)データは順位付け作業に採用してはいけません.

ちなみに,以下の例では,【符号付】の合計値がプラスになっていますが,それをマイナスにしていることも確認しといてください.

これで対応のある2群のノンパラメトリック検定もエクセルでできるようになました.

多重比較検定をしたい場合は,
まずデータ間に有意性があるかどうかをフリードマンの検定で確認して,
フリードマンの検定をエクセルでなんとかする
その後,
Excelで多重比較まとめ
ノンパラメトリック検定で多重比較したいとき
を参照して検定してください.


※こんな怪しいブログよりも信頼性が高いものに触れてもらうよう,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
という記事を書いています.参照してください.
    

2012年10月18日木曜日

マン・ホイットニーのU検定(エクセルでp値を出す)

以前,3群以上のデータ間の差をノンパラメトリック検定し,それを多重比較する方法を紹介しました.
ノンパラメトリック検定で多重比較したいとき

その記事で私は,面倒くさがりなのでマン・ホイットニー(Mann-Whitney)のU検定による多重比較をSPSSのデータを元に紹介しています.
ですが,SPSSを持っていないとかエクセル統計もインストールしていないという人.あと,単純にエクセルでマン・ホイットニーのU検定のp値を出したいというマニアックな人がいるかと思いましたので,ここにそれを紹介しようと思います.


※後日,マン・ホイットニーのU検定で多重比較するためにも
クラスカル・ウォリスの検定をエクセルでやる
を記事にしました.


これで,「スチューデント化された範囲の表」とかを使わずとも,エクセルだけの機能を使ってノンパラメトリック検定の多重比較ができるようになります.
ぜんぜん嬉しくないことですが,これが人間のやることです.

マン・ホイットニーのU検定.
ウィルコクソンの順位和検定とも呼ばれる方法と同様のものです.

使うデータは以下のようなものです.
N数はA群:6,B群:5となっています.
そしてこれから「ノンパラメトリック検定」ですから,順位付けをしなければならないので,いつもと違い,群を縦に並べています.

では,順位付けです.
=RANK(B2,$B$2:$B$12,1)
という関数を使い,オートフィルでランク付けです.
上記のようになりました.
ちなみに,同順位値(タイ値)がある場合はどうすればいいかというと,以前,
Steel-Dwass法をExcelで計算する方法について,もう少し詳細に
で紹介したように処理してください.

そして,この順位値を群ごとに合計します.
ではいよいよ,マン・ホイットニーのU検定らしい作業に入っていきます.
統計量「U」を算出するため,以下のような式をセルに入れます.
=(A5*A11)+(A11*(A11+1)/2)-D12
A群,B群のどちらのN数や合計値を使ってもいいというわけではなく,N数が小さい方を1,大きい方を2とすると,

= (n数1 × n数2) + (n数1 × (n数1 + 1) / 2) -合計値1

ということにしておきましょう.


次は,p値を出すための算出です.
「平均」を出します.
=(A5*A11)/2

次に「分散」を出します.
=((A5*A11)*(A5+A11+1))/12

そんな感じで,最後に「Z」を出します.
 =(B14-B15)/SQRT(B16)

ということで,この算出した「Z」を使ってp値が出せるようになります.

以下の「NORMSDIST」という関数で出せるみたいです.
=NORMSDIST(B17)*2

数値を見てみると,
ということで,このデータは群間に有意な差が認められました.
ちなみに,SPSS11.0で算出した検定結果と比べてみましょう.
ん?ちょっと違う?
ということで,エクセルに貼り付けたデータにしてみました.
よかったです.同じ結果になっています.

たまにあるんですよね,SPSSの表示が算出値と少し違うこと.
焦ります.

でも「正確有意確率」の結果の方が優先されるということを聞きます.
であれば,0.052ですので,有意性はないことになっちゃいます.

今回紹介したのはSPSSの表示にある,「Z」を元に「漸近有意確率」というところを算出していることになります.
「正確有意確率」の算出ではありません.
正確有意確率の方を算出したほうがいいようなんですけど,まぁ,大外れするわけじゃないんだし,とりあえず正規分布に近似させた場合の確率なんで,という言い訳でいきましょう.

また追加情報があれば記事にします.

※統計的有意にこだわらないのであれば,
効果量(SE:effect size)をエクセルで算出する
がオススメです.

※こんな怪しいブログよりも信頼性が高いものに触れてもらうよう,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
という記事を書いています.参照してください.