2013年10月11日金曜日

農家が出荷しているのはお金になるからであって,国民の飢えを防ぐためではない

農業問題という視点から少しずつ離れて,食料問題を取り上げていこうと思います.
ある意味,最初の■食料自給率と食料安全保障に戻ったということも言えます.

この記事のタイトルがかなり長いですが,要はそういう趣旨です.
今回は,ときおりネットでも目にすることのある「食料自給についての問題は現代日本においては無関係である」という説に釘を指す内容になっています.

とは言え,私自身,世界同時飢饉によって食料難になったとしても,日本中が飢餓に苦しむような事態になる危険性は非常に小さいとは思います.
絶対の保証はないものの,飢饉は突如として降りかかるものではなく,少しずつ現れてくるものだからです.よって,少しずつ対応策を打っていくことになるわけですから,ある時期から突然,地獄絵図になるというものではありません.

では実際にその危険というのは,巨大隕石が衝突するとか,ヨーロッパや北アメリカなどで大規模自然災害が発生するとか.あと,小規模ではあっても核を使った紛争が勃発するといったことで,国際関係に極度の緊張感と混乱が生じた場合です.そうした時,各国(特に先進国)は食料輸出に慎重になりますから,食料を輸入に頼っている日本のような国は,
\(^o^)/
にはならなくとも
/(^o^)\になります.
可能性としてはかなり低いですが,最悪のシナリオではないにしても,類似した事態にはなり得ます.

少しずつ困窮する中にあって,日本ほどの軍事力がある国であれば,どこかの国を脅したり制圧すれば済むかもしれません.でも,それって「歴史は繰り返す」ではないでしょうか?

「そうした事態はありえない」のであり,「お金と輸入で解決できる」という態度でふんぞり返るのは問題です.
これについて,平和的かつファンタジックに解決する手段を考えたのが,■ハイテク農業を考えるです.

ところで,特にこの「日本にはお金があるから大丈夫」というのは,非常に強い説得力を持つ理論なのですが,かつての人間社会は「食料=お金」の時代だったことを思い出してほしいのです.
Wikipedia:「食料自給率」なんかでも紹介されていますけど,古来,飢饉に陥った際に最も困窮するのはむしろ自給生活をしている農村であり,都市部はお金があるから食料調達が可能であるため,実はそんなに困らない,という説もあるようですが.

そんなことにはなりません.
昔ならいざしらず,現代の農家は都市部に食料を渡しません.もとい,「奪われなくて済む」のです.
なぜなら,現代日本は君主制でも専制政治でもないからです.
というか,「御國のために」だったと揶揄される第二次大戦中の日本ですら,そうだったではないですか.
詳細は後日の記事に回しますが,厚生労働省で手に入るデータからみても,終戦直後(1946年)の日本国民の1日当たりのカロリー摂取量は,
都市部:1721kcal 農村:2082kcal
(なお,この当時の農村の値は,現代日本人のカロリー摂取量:1840kcalより高い)
ということですから,ひもじかった戦中はさらに差があった可能性が高いですね.

この日本の例で言えば,かつて武士(公務員)の給料は「石高」でしたよね.石高というのは田んぼの数のことです.つまり食料供給能力の高さが有力者の給料や財だったわけです.
したがって,各々の領主は食料を都市部に集め,それを流通させるというかたちで管理運営します.
そうした中において飢饉が発生すれば,食料備蓄をしているのは都市部ですから,裕福な者は飢えず,供給側の農村が飢える,という構図になります.

ところが今は(上で確認したように,遅くとも戦前くらいからは),自分の家族が飢えるのを横目に,都市部に食料を召し上げられるような時代ではないのです.
現代において農家は,食料を日本に(そして都市部に)貢いでいる人たちではないからです.そこを勘違いしてもらっては困りますし,過去記事ではこうした「農業を甘く見ている都市部と,ふてくされた農家」という現状こそが問題だということを訴えているわけです.
それを少々荒っぽく訴えたのが■問題の本質は農家をバカにしていること

仮に「食料危機だ」というニュースが出ようもんなら,あっという間に市場に出回る食料は減ります.農家や農家同士で備蓄が始まるからです.
当然,「政府は何をやっている!」という都市部の不満も出ましょうから,少しは行政指導はされるでしょうが,「農家は都市部へ食料を安定的に供給しなければならない」なんていう義務もポリシーも気にせず来たのですから,すべて後の祭りです.

今,ビジネスとして成り立つ農家として持て囃されているのは「野菜農家」です.稲作ではありません.ところが,野菜農家では飢饉に対処できません.野菜には十分なカロリーがないからです.
そんな時,かつて日本の救世主とされたジャガイモが再び脚光を浴びるかもしれません.ジャガイモはカロリーが高いですし,作ろうと思った時に作れちゃうという奇跡の即効性を持っています.私も親からは遺言のように「困ったときにはジャガイモを植えなさい.どんな土地でも,気候が悪くても育つ」と言われてきました.
ところがジャガイモには連作障害(同じ畑で何度も作れない)という致命的弱点があります.緊急対策にはなっても,あとはジリ貧になっていきます.

一方で,農家以外の人は知らない人が多いのですが,米,つまり水田は思いつきで作れるわけではありません.土作りや,その土地での栽培ノウハウの蓄積など,数年は要します.農薬や品種改良などで,だいぶ安定して育てられるようになっていますが,それでも簡単なものではないのです.

そのようなわけで,農家としては飢餓によって都市部の人口が減っていくのを罪悪感に苛まれながら待つだけになります.

とは言え,そりゃあ命に代えられませんから,裕福な方々はお金をはたいて食料を手に入れるので大丈夫でしょう.
ところで,「お金がある都市部の方が飢饉に強い」という理論が説明するような「昔(中世や近世)」と同様に,今の日本の都市部の人は,農家よりも所得が大きいのでしょうか?
現代の都市部には裕福な人も多いですが,ギリギリの生活をしている人も多いのではないですか?

それこそ過去記事でも取り上げましたし,「農家は打って出るべき」と訴える人たちが明らかにしているように,現代日本においては都市部の所得と農家の所得に,大きな格差はありません.
ということは,「都市部にはお金があるから,農家よりも食料調達には困らない」という前提が崩れます.

都市部にいくらお金があろうと,農家としては「まずは自分の必要な分を確保」した後に,「余った分を都市部へ」が当たり前です.
お金で買えると言ったって,流通の仕組みとしてまず食料を買うのは卸・小売の人たちです.
そして,そういう人たちにしたって,「まずは自分の必要な分を確保」した後に,「余った分を販売に」が当たり前です(これにも行政が特別規制をかけるでしょうけど,事態が切迫するほど機能しなくなるでしょう).
食料を売ってしまって自分が飢えた,なんて笑えない冗談ですから.

「海外から買えばいい」
そうです.それしか道がありません.というか,そもそも今の日本は食料自給率が40%,穀物自給率は26%なのですから.平時においても常に「その」状況なのです.

もっと言うと,そもそもの前提として,日本がその時を迎える最悪のシナリオというのは,世界同時飢饉,もしくは国際食料流通網の遮断(混乱)ですよ.
海外からの食料調達が困難になった場合のことを言っているのです.

食料問題,特に米などの主食の流通というのは,トマトやイチゴの流通とはわけが違います.まして,自動車やテレビの流通とは別物です.
生命維持のための行動と判断が働きますから,同じように考えてはいけないのです.


私が食料問題について,ある程度,そしてある意味で楽観的なのは,最悪の事態が訪れたとしても都市部で餓死者が出るくらいで,決して日本人が全滅するわけではないというレベルの話です.
ほとんど多くの一般庶民は死ぬことになるでしょうが,そういう危険性を承諾した上での現在の農業政策だと理解しています.
これは原発や軍事基地の問題と同様,安全性と効率性のトレードオフの関係にある問題だと考えられます.

「そ,そんなこと言ったって,人肉を喰らい合う,地獄のような状況にはならないだろう(笑)」
そうです.そんな事態になる確率は極めて小さいでしょう.
ですが,むしろ私が危惧しているのは「とりあえず◯◯から食い物を輸入できて助かったね.食いつなげれたからいいじゃん!」などという,アホ人間のような感想で終わること,それなのです.

ほどよいショックがかかれば,
「やべぇ,米やカロリーの高い食料を確保するのは国家の基本なんだな」
という意識改革が起こるでしょうが,ジワリジワリと食料難になっていくと,ジワリジワリと日本の食文化や日本文化そのものが壊れていきます.

実際,食料難になっている国というのは,食える物はなんでも食う,調理法や味付け方法なんて後回し,というスタイルになります(当たり前だけど).
皮肉なことに,そうした食料難(と言われることの多い)の発展途上国は「栄養失調」と「肥満問題」を抱えています.

左図は,■WHO(世界保健機関)肥満に関するデータを基にしたグラフです.小さいのでクリックして御覧ください.
肥満ランキング上位国は,決して裕福な国ばかりではないことが分かります.よく目にすることが多いOECDの比較データには,こうした途上国が入っていませんので見落とされがちです.
さらに,中国やタイといった国は平均値でみると下位に位置していますが,一部の人が太っていく「肥満の格差」が広がっています.

こうした途上国の肥満問題というのは,油脂などのカロリーが高い食品を優先的に選択することによる,偏った食事に由来した栄養失調になってしまうためです.
実際に食料難であることはたしかなのですが,反動として,流通する食料が「カロリーを効率よく摂取できる物」になり,これが食料に困っているという現状とも相まって「食える物をとにかく食う」という要求と行動に陥るのです(仕方ないけど).
そうした食料難の国は,食事を「カロリー摂取対象」として見ます.つまり食餌です.

まさに,衣食足りて礼節を知る.というのは途上国に失礼かもしれませんが,つまり,食が足りない状況の中にあって,そして,背に腹は代えられないという判断のもとに輸入される食料が溢れる中にあって,日本の伝統文化は崩壊していきます.

これについて詳しくは■PL480 通称,残飯処理法をご参照ください.

都市部の人々が餓死するのはどうでもいいのですが,私にはそれが耐えられません.
せめて私は高知にもどって,静かに暮らしていこうと思っております.万一の自衛・安全のため,父の猟銃を譲り受けておきます.

そうならないためにはどうするか.
その近道は,
(1)米の消費量と生産量の増加に努める
(2)現在輸入している農作物を,国内で栽培する
のいずれかになります.
この2つを比べ,我が国において一番の近道は(1)であることは明白なはずです.
この点についての詳細も,■PL480 通称,残飯処理法をご参照ください.