2013年4月30日火曜日

学生とのやり取り その3

昨日,前任校の学生よりメールをいただきました.
がんばって勉強しているようです.飽きずに続けてください.
で,そのメールで「敬語」についてお尋ねがありましたので,私なりの「敬語に対するうんちく話」としてお返事しました.
えらく長文になりましたので,せっかくですから今回もブログに焼き直して載せちゃいます.
「敬語」が無い英語などの文化では,発言が積極的ではないだろうか?
日本も敬語の文化が弱くなれば,発言が積極的になるのではないか?自分の意見をしっかりと表明できるようになるのではないか?
と汲み取れるようなご質問でした.


この手の話を考える上で大事なのは,「敬語」がなぜ存在するのか?という点だと思います.
「敬語がある文化だから〜〜」というように,現状の文化を観察して考察することも大事なことですが,そもそもなぜそのような文化が出来上がっているのか,という視点も大事だと思うのです.

私の理解では,「敬語」という文化は日本語だけではなく,世界中にあるものです.※返信後,ウィキペディアとかで調べときました.
例えば,英語にしても目上の人相手や丁寧にお願いする際は「Please〜」を入れます.
朝鮮語やフランス語,ドイツ語では,目上の人用の単語が敬語としてあります.
ただ,日本語が世界的に特殊なのは,その構造や使用方法が極端に複雑なところです.

ではなぜ日本語は「敬語」がこんなにも複雑なのか?という点が不思議なんですよね.
一説には,意外に思えるかもしれませんが「日本は“上下関係の垣根が低い” から敬語が発達した」というものがあります.

コレ,どこで仕入れた情報なのかと思い出していたんですけど,やっと本棚の奥で見つけました.
浅田秀子 著『敬語で解く日本の平等・不平等』

浅田氏いわく,
日本では言いたいことを立場を越えて議論する文化が歴史的にも受け継がれてきている.
そのため,目上の人に言いにくいことでも物申す場合がある.
物申すと言えど,目上の人であることに違いはないのだから,失礼にならないように言い回す言葉が必要になった.
それが日本で複雑多様な発展をとげた敬語である.
ということです.

一方の欧米や中国大陸の文化は,上下関係(支配階級・奴隷階級)が明確な歴史であり,実は,その階級同士での対話しかない文化なのです.
つまり,敬語はあるものの,あまり使用しないし機能しない文化なのです.
話し合う相手は同じ階級だけであり,下の者が上の者に言葉をかける状況が非常に少ないわけです.

件の学生が言うように,欧米人は言いたいことを積極的に言う,ということをよく聞きます.
しかし,その一方で欧米人(と,一緒くたにするのも良くないけど)は,自分の立場を悪くする事柄や相手には絶対に何も言わない,ということも聞きますよね.

例えば,欧米には貴族・セレブ・平民・労働者などといった厳然たる身分・文化があり(特にイギリスやアメリカで顕著と言われる),自分が所属する階級同士での交流しかないというのは(住む地域とかパーティーとか),これまた知る人ぞ知るところです.

日本みたいに社長やセレブが「たまには赤ちょうちんの居酒屋で一杯やりたいよね」なんていう文化はありません.
もちろん,部長が平社員を相手にビール飲みながら,「俺が若かったときはなぁ・・」というのもありせん.
部長は部長同士で,部長らしいレストランやバーに行くものなのだそうです.だって,平社員を相手にいつも飲んでたら,部長としての威厳がなくなるからです.

こういう日本らしい文化は,時として面倒くさい文化として捉えられることもありますが,実はよくよく考えてみれば上下・身分の垣根が低いとも言えるのです.
貴族や上司,目上の人が身近に存在する,生活している,という状況のただ中にあって,「敬語」が洗練されたわけです.

以前の記事「■・・・その2」でも取り上げましたが,「和をもって尊しとなす」という独特の精神性が,敬語をこれほど複雑多様なものとしたと言えなくはないでしょうか.
和をもつためには,立場を越えた議論が必要なのであり,そういう文化が日本の根底に流れているわけです.

ちなみに,「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉がありますが,この言葉が日本の上下関係を端的に示していると思います.

この言葉が持つ物騒な雰囲気と気合いの入りようから,安直に解釈されて,特に大東亜戦争では特攻精神を喚起させるために使われたというところがあります.
しかし,この言葉が収められている『葉隠』全体を読んだら,そんなに簡単なものではありません.
この言葉の意味するところを私なりに解釈すれば,
武士は,世のため人のため,主君のために仕えているのである.そのためには常に “死ぬ気” で取り組まねばならない.もし,世のため人のためにならないことを主君がやろうとしていれば,それこそ “必死” で止め,言うべきことは言う.たとえ反逆者として死罪になろうと,それが主君への真の忠義であり,“武士道” なのである.
というものです.
「和をもって尊しとなす」からは縁遠い感じがするかもしれませんが,国家運営や組織運営のための「精神」は同じなのではないかと.
つまり,天下の安寧を任されている “公務員” である武士としての心構え,みたいのものではないか.

また,『武士道』を著した新渡戸稲造は, “武士道とは何か” と問われたら,それは「“義を見てせざるは勇なきなり” に収斂される」ということを述べております.
下町風に言えば “男気” っていうものでしょうかね.

垣根の低い上限関係と,「恐れながら申し上げます」という精神性によって,敬語は磨かれていったのかもしれません.

話すとどこまでも続くので,以上.

まぁそんなわけで,たまには敬語について難しく考えることもいいのではないでしょうか.
正しい敬語を使って目上の人とも円滑なコミュニケーションをとれるといいですね.

        

2013年4月26日金曜日

崖っぷちの大学が生きる茨の道

教授会でこんな話が出ました.
文科省が提示する「大学のグローバル化」に対応するため,「◯◯大学グローバル対策委員会」みたいな部署からの今後の計画について.

上の先生方の意見,
「面白くないね」「ずっと何年もこんなこと言ってるよね」「もう何度も聞いてるんだけどさぁ,大学のグローバル化って何を意味してるの?」
仕舞いには,
「「アジアに◯◯大学あり」を目指すんでしょ?こんな安っぽいことしてていいわけ?」
「文科の大臣だって靖国参拝するっつってグローバル化を阻んでるじゃない.言ってることとやってることが違うじゃないか」
「うちらしい大学教育のあり方はどうなるの?ここは私立大だよ.だいたい,なんで恥ずかしげもなく文科省の言う通りにしてるの?」
「こんなのW大とかT大とか,他がやるでしょ.うちはやらなくていい」
と野次りまくりで,議案担当者もあたふた.

やっぱり力のある大学は違います.
口出しできない末席(本当に末席,立場も年齢も)で小さくなっていた私は,猛烈に感動していました.

そう...,
大学がグローバル化に備えるべきは,ちゃんとした「学問」をするために,ふんどしを締め直すことです.
間違ってもブリーフやらトランクスに履き替えることではありません.
我らが大先輩,福沢諭吉の言葉を思い出しましょう.先日記事にした,
「学問のす丶め」を素直に読んでみる
を参照ください.

ところが,生き残りに必死な大学はというと,ブリーフどころか,Tバックを履いちゃおうとします.
内心,自覚している自分たち自身をごまかすために,
「むしろブリーフよりも,ふんどしに似てるよね.魅力的で良いのではないか」
などと言い出します.
まぁ,それは仕方がないことなのかもしれません.
大学とて,人によって構成されているものです.生き残りに必死になれば,なんでもするのが人というものです.

今回は,これから生き残りに必死な大学がやるであろう方略をご紹介しましょう.瀕死の大学における延命処置(救命ではない)をご紹介します.
むしろ,生き残りに必死な大学は,以下のことをやらねばなりません.
というか,既に一部はいくつかの大学で実施されているものもあります.そのうち,全国的に見られる光景になることでしょう.
ただし,誤解しないでください.「これからの大学」は,以下のことをしなければ「乗り遅れる」というわけではないのです.
むしろ逆で,以下のことをすればするほど「大学」が持っている機能や使命からは遠のいていき,緩やかな死を迎えるというわけです.
だから“延命”処置なのです.


●ホームページを派手にする
これは過去記事である■こんなホームページの大学は危ないで詳しく紹介しています.
大学ホームページの機能を「報告・案内」として捉えず,「広告」として役立てようとしてしまった帰結です.
某掲示板で上記の私の記事が取り上げられていたのですが,そこで議論され紹介されている多くの大学は,筆者である私からすればどこも危なくない大学です.
みなさん.危ない大学というのは本当に必死でHPを作っていますので,ちゃんと調べてみましょう.

●オープンキャンパスで入学金(学費)の割引クーポンを渡す
さすがに「クーポン券」として発行はしなくとも,オープンキャンパスに来た人を控えて(登録して)おいて,その後,入学してくれたら入学金などを割引くサービスです.
これは,(1)オープンキャンパスに来てくれる.(2)入学意思を高められる.と,いい事だらけの妙案です.
ちなみに,オープンキャンパスに来てくれた人に交通費を出す,なんてことは一部の大学で既にやられています.きっと次の段階はこれになるでしょう.

●ホームページ(またはパンフレット)にクーポンを載せる
上記の発展版です.
おいおい,「ぐる◯び」じゃないんだから.と思うでしょうが,これは結構効果的だと考えております.
そのクーポンをオープンキャンパスなどでやりとりし,学費割引だけじゃなく,入学後の学食が1ヶ月間無料とか,そんなんです.
これにより,口コミ効果とホームページ閲覧数を確保できます.

●2人目割引セール
洋服の◯山のごとき販売戦略を打ち出します.
「兄や姉が入学しているなら,弟や妹は学費は半額(むしろ免除)」などと言い出します.
デフレと少子化時代に則した,非常に効果的な戦略です.

●バリューセット
これは高校の先生を相手にした戦略です.
同じ高校から複数名の生徒を送り込んでくれたら,その高校の学生たちは学費が割り引かれる,というシステムです.
スポーツ系や音楽・芸術系の入試など,高校と大学の先生同士の間でムニャムニャっと取り交わされている事を,制度化してやろうという目論みです.
最初は受験料割引による受験者増加計画から始まって,徐々に学費割引(入学者増加)へと悪化することが予想されます.

●浪人狩り
今後の日本の経済状態を読んだ作戦です.
アベノミクスによりデフレが解消されて所得が増えることで,「とりあえず受かった大学に入学しよう」という高校生(家庭)が減り,第一希望の大学にチャレンジする浪人生が再び増加することが予想されます.
その一方で,少子化がさらに加速する2020年ごろ,どうしても学生を確保しなければならない瀕死の大学による「浪人狩り」が横行するでしょう.
「頑張る浪人生は努力家であると考えられ,それを評価する」などと理由をつけ,面接だけで良いことにしたり,「作文」だけでいい,などという入試が出ます.
※なお,デフレ不況だった現時点で,既に「3月下旬ギリギリ入試」というものが一部大学で横行しております.
全ての希望大学に滑った人が,「とりあえず今年度中に入れるなら大学はどこでもいい」と考えることを見越した浪人予備軍掃討作戦です.


●自分とこ受験してちょうだい講座
地域の高校生相手に「受験対策講座」っぽいものを開催し,表向きは難関大を目指した講座とみせつつも,その実,恩を着せることで自分とこの大学に入学させようという企画を計画します.
「大学の地域貢献」という看板で行政をごまかし,地域・近所の高校生に「大学で必要とされる知識(あと受験対策)」なんていう講座(もっと“ぼかす”だろうけど)を開くんです.
講座の後半には「有名大学であろうと,そうでなかろうと,つまりは学ぶ姿勢が大事ですよ」などと結構な正論を述べ,しれーっと自分とこの大学を受験するよう誘導します.
そんな罠にひっかかる奴はいない,と思われるかもしれませんが,オレオレ詐欺や振り込め詐欺に引っかかる人が後を絶たないのと同様,若干名は必ずいるはずです.
大学としては,若干名でも御の字なのです.
1人確保すれば,1年で100万円,4年で500万円くらいはゲットできるのですから.

●編入生優遇
どうにかして編入生でも取っていこう,ということで,他大学や専門学校から編入しやすい状況(学費割引とか)を作り出します.
これは多くの大学が数年後にはやることが予想されますが,私はオススメしません.
なぜかというと,一部の大学がそんなことを始めたら,瞬く間にたくさんの大学が同じ事を始めます.
すると,大学同士で編入生の喰い合いが始まるのです.
しばらくして,ちょっと強めの大学まで参入し始める流れになったら万事休す.死にかけの大学はたまったもんじゃありません.
だって,少しでもブランドのある大学に学生は流れちゃうでしょ.
生き残りたい大学の皆さんは,互いに示し合わせて,これだけはやってはいけませんよ(でも,結局は抜け駆けようとする大学が出るんだろうけど).

●留学生優遇
これは今でも普通に「学生数の水増し」としてやられていることでして,ご存知の方も多いかと思います.
留学生といっても,アメリカやらフランス,ドイツといった国からの留学生ではありません.発展途上国から学生を引っ張ってくるのです.向こうにしたって,「日本の大学で学べるなら」ということで喜ばれます.
「大学のグローバル化」と言えなくもないのですが,その意味するところは違います.
あと,途上国の素性のわからない大学と提携・協定を結ぶという戦略もとります.
これまた「大学のグローバル化」という言い訳をしながら.
自分とこの大学としては,提携先の大学に学生を行かせることで,「海外に留学する学生がいる」という広告にできるし,提携先の大学の学生を引っ張ってきて学生数の確保もできるという,一石二鳥の戦略です.

●資格試験・採用試験・就職活動専門の大学
教授会などでタイミングよく気合が入った大学は,これをやり始めるでしょう.
「学生のためです!皆さん!学生たちや親御さんが喜ぶ教育に,力を注いでいこうではありませんか!」
などと知ったようなスピーチを,学長とか理事長とか大学改革委員長あたりがします.有効な反論ができない教授陣でしたら,そのまま突き進んじゃうでしょう.
新設大学なんかは,これこそを売りにするはずです.
まぁ,学生のためにならないわけではないので,別に好きにすればいいのでしょうが.安直ですね.まさに「延命」にしかならないわけで.
なぜこれがダメか,詳細は私の過去記事を.
反・大学改革論シリーズと,
大学について と 続編の「大学について2」 あたりでしょうか.

上記のような方略を,少なくない大学がとりはじめるのも時間の問題です.
それまでに,大学という機関の価値を,本当の意味で再確認することが大事です.
      

2013年4月21日日曜日

「学問のすゝめ」を素直に読んでみる

「福沢諭吉が “天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず” と述べているように,人間は平等に扱われるべきであり・・・」
とレポートに書いてきた学生がいます.
「名言引用ランキング」などがあれば,かなり上位にくい込む(むしろトップ?)有名なフレーズです.

が,件の学生には悪いのですけど,残念ながら福沢諭吉はそんなことは言っていません.

このフレーズは福沢の主著である『学問のすゝめ』の冒頭に登場する有名なものです.
しかし,この有名なフレーズの孫引きが横行した結果,福沢が本当に言いたかったことも曲解されているのではないかと思うのです.

『学問のすゝめ』の原文をそのまま載せると,こうなります.
天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずと言えり

最後の「〜と言えり」というのは,「〜と言われています」という意味でして,つまり,福沢自身がこのフレーズを引用しているのです.
※「アメリカ独立宣言」からの引用だと言われている.福沢自身がアメリカ独立宣言の和訳をしているため.

で,問題なのは「〜と言われています」のあとでして,そこが福沢の言いたいことです.
福沢は冒頭で,人は「生まれながら貴賤上下の差別なく..」と述べているように,人の能力差は誕生した瞬間にはないことは認めつつも,
されども今広くこの人間世界を見渡すに,賢き人あり,おろかなる人あり,貧しきもあり,富めるもあり,下人もありて,その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや.
そして,これについて
その次第 甚だ明らかなり.
と述べ,
その本を尋ぬれば ただその人に学問の力あるとなきとに由ってその相違も出来たるのみにて,天より定めたる約束にあらず.
というわけで “学問のすすめ” なのです.

『学問のすゝめ』全体から伝わってくるメッセージを端的に言えば,
「あなたが,あなた自身の現状に不満を持っているとしても,それはあなたが無能だから仕方がないわけで.そんな不満を打破したいのなら,学問をして有能な人間になることをオススメしますよ」
ということです.

あと,件のフレーズから福沢諭吉のことを「人間平等論者」と捉える節があり,「脱亜入欧」を主張したことに代表されるように,西洋派の文明論者として語られる向きがあります.
ややもすると,福沢諭吉のことを「古い日本の文明から,新しい西洋式の文明へと進歩させた」などと紹介されることもあるのではないでしょうか.

しかし,『学問のすゝめ』を素直に読めば,それも間違いです.

福沢が “学問をすすめる” 理由が大事なのです.
福沢は,学問することで,しいたげられている平民を煽動したり,自己啓発セミナーのごとく「これであなたの潜在能力が発揮される!」などといった安っぽいことを目的としていません.

『学問のすゝめ』で,もう一つ有名なフレーズがあります.
「天は人の上に・・・」と比べると聞いた事がない人もいるかもしれませんが.
“一身独立して 一国独立する”
言われたらピンときた人もいるかもしれませんが,福沢は,人々に学問をすすめる理由をここに求めます.

つまり,日本が一国としての独立を保つことで,日本人は活き活きとできるのであり,そのためには日本人が「お上」に付き従う態度から解き放たれ,「国民」として一身独立することが必要だと説くのです.

おや?そう言えば,■大学について2で紹介したオルテガも同じことを言ってましたね.
福沢はと言うと,自身で学び舎(のちの慶応義塾大学)を作りもしています.
「大学で学ぶべきこと」も,ここから導けるのではないでしょうか.

話を戻しましょう.
福沢は,
日本にはただ政府ありて未だ国民あらずと言うも可なり.
と憂い,政府に頼り切っている日本人を,当事者意識を持った「国民」へとレベルアップさせんとします.そして,
我日本国人も今より学問に志し,気力を確かにして先ず一身の独立を謀り,随って一国の富強を致すことあらば,何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん.
と述べますが,これはその時代,中国大陸が欧米に蹂躙されたことを目にし,日本も欧米からの外圧を受けているという背景があるからでしょう.
そして上の文に続いて,
道理あるものはこれに交わり,道理なきものはこれを打ち払わんのみ.一身独立して一国独立するとはこの事なり.
と言いい,
英人は英国をもって我本国と思い,日本人は日本国をもって我本国と思い,その本国の土地が他人の土地に非ず我本国の土地なれば,本国のためを思うこと我家を思うが如くし,国のためには財を失うのみならず,一命をも抛て惜しむに足らず.これ即ち報国の大義なり.
とも言います.

これで福沢が西洋かぶれのチャラ男ではないことがわかります.
同時に,これが福沢諭吉の言葉なのです.意外だと思われた方も多いのではないでしょうか?
私も『学問のすゝめ』を読んだ時には,前評判(予想)とは異なる内容に,ポカーン状態でした.

福沢は尊王攘夷派から命を狙われていた,とされていますが(福沢自身も尊王攘夷派を批判していた),それは彼らにとって福沢が西洋かぶれに見えたからでしょう.
福沢が西洋の知識や技術を受け入れることに積極的だったのは,それによって日本の経済や独立を守ろうとしたためです.
現在の日本の意識や体制,軍事力では独立を保てないから,日本人に当事者意識,つまり「国民意識」を持たせ,西洋の技術力と軍事力を取り入れて防衛力を高めようということです.

そのためには,世の中のことを曇り無く見るための力を養うことが必要であり,「学問」こそが必要だと福沢諭吉は訴えているのです.
  

2013年4月19日金曜日

人体解剖図ソフトを喜ぶ人々

今朝,App Storeを何気なく覗いておりましたら,『Essential Anatomy』なるものを発見.18日付けで販売になっている新商品です.
即購入,良い買い物をしたと喜んでおります.

というのも,昨日,3D人体解剖図として時々使っていた『TEAMLAB BODY』のサイトを開いてみたら,なんと有料ソフトに変わっており,んじゃ代わりに何か他のサイトはないかと調べ,『BioDigital Human』というChromeウェブストアの無料ソフトを探し出していた次第です.

ちなみに,以下が『BioDigital Human』の使用中の写真です.
前鋸筋を示すためのスナップショットのつもりで操作している感じです.
これが無料?!
と思わせる出来に感心した次第です.
有料版だと,もっと凄いらしい.

ちなみに,『Essential Anatomy』でも同様に前鋸筋を示す操作をすると,こんな感じになります.

Essential Anatomyは2200円(2013年4月19日現在)の有料ソフトですが,人体解剖図の書籍を買うよりよっぽど安いわけで.Macユーザーにとっては悪くない買い物だと思いますよ.
Windowsユーザーや無料でなんとかしたい人にとっては,BioDigital Humanでもよいでしょう.

ただ,参考程度に申し述べておくと,やっぱりEssential Anatomyの方が何かと使いやすいことはたしかで.
そこに2200円の価値はあります.

まず,BioDigital Humanはネットからデータをダウンロードしながら見るタイプなので,どうしても動きがノロい.
あと,無料だけに表現が粗い.
という点は否めないです.

けっこう差が出るのが単純な構造の部位や靭帯などの表現です.
比較するために,膝関節の前十字靭帯を示す操作を見てみてください.

まず,以下は『BioDigital Human』.

そして次が『Essential Anatomy』.

表現したい目的にもよるんでしょうけど,Essential Anatomyのほうがきれいなのかな.
しかしですね,教育現場の人ならわかってくれるんでしょうが,配布用にグレースケール(白黒)コピーするとなったら,実はBioDigital Humanの方がフットワークが軽いということもあるんですよね.

しかもBioDigital Humanの真骨頂は,以下のように疾病の様子(上の画像は肺ガン)や臓器の動きを動画で見ることができる点にあります.



まぁ,両者とも甲乙つけがたいところです.

個人的にはEssential Anatomyの「操作性」が気に入っています.
さくさく動きますので.


さきほど,「トレーナーの勉強をしたい」と研究室にきた学生がいました.
というか,しょっちゅうココに来ています.
7年前に出会った,バカボンのパパにそっくりな女子学生を彷彿とさせます.
以前の記事,■そういえば、ファンタジスタの会 で取り上げたことがある人.
彼女は1年生の時に入学して早々,私達の院生室を訪れ「ここでトレーナーの勉強していいですか?」と言うと,いつもちゃっかり居座ってましたっけ.
そんな彼女も今は大学院生か,懐かしい.

そして今回のこの学生です.
話し方,接し方,興味の方向性.
「この感じ..! 同じだ...,まるで◯子の再来だ...!」
というところです.

その学生にEssential Anatomyを見せたら,抱腹絶倒して喜んでいました.

18の女の子が筋肉とか臓器を見て喜んでる...,実に良い光景ですね.
新天地でも,さっそく面白い人材が見つかりました.
この4年間が楽しみです.
(4年で済めばいいけど...)

2013年4月14日日曜日

大学別の学生の特徴

ここで勤める大学は3つ目.
そうしたこともあり,現時点で感じる大学別の学生の特徴に言及しておきましょう.

所属する学部は,その分野では日本トップ3に入るとこです(何をもってか?は曖昧ですが).
大学全体としても,けっこうな知名度をもちます.

そんな大学の学生と,今までの大学の学生とを,無理矢理ですが比較してみます.
※比較する他の2つというのは,体育・スポーツ専門大学と小規模実学系大学です.
いずれも偏差値45〜50くらい.
今勤めてる大学は60前後.参考までに.

面と向かってやfacebookでは語れないことだけに,匿名ブログならオブラートに包まず言えるかなと.
なんだかんだで,多くの人が気になることでしょう?


まず,「性格」ですが,これは違わないです.
当たり前です.そりゃそうです.
特に違いはありません.

むしろ,今勤めてる大学の学生は「変わった子」「ケバい女子」は多いように思います.
が,それは学生の絶対数によるものかと.
どんな大学にも一定数はいるもんです.
というか,ちょっと変な奴くらいが,伸び代が大きいように思いますけどね.


一方,差を認めるのが「語彙力」.
ここが大きいかなぁ...,と思います.

特に前任校では,かなり注意して簡単な言葉でしゃべらないと,「難しい言葉を使うウザい先生」みたく思われる節がありましたので.
そんな心配をせずしゃべれるのが今の大学かなぁ,と.
ただ,実際これはかなり重要なことでして,前々任校のスポーツ系大学は「知らねぇおまえが悪い」ということで一蹴する文化があるので,学生はなんだかんだで伸びるんですけど.
それが「配慮」されてしまう実学系大学の前任校は,学生にとって本当に幸せなことなんだろうか?


で,もっと重要なのは「積極性」.
今勤めてる大学の学生は,学問や情報収集に積極的な者が多いです.
自分の「興味」をしっかり定めていて,その分野の教員にガッついていきまます.
授業初日から,私の研究室にも早速「◯◯の勉強会を開いてほしい」との要望があったり,「どんな本を読めばいいのか?」という質問をしに訪れます.

グループ学習とかボランティアも,「やれ」って言わなくても勝手にやるし.
で,そういう学生が幾人かいると,その他の学生にも飛び火していくんですよ.好循環です.

前々任校であるスポーツ系大学でも,こういう学生は少ないながらもいました.
マニアック,筋肉(関節)オタク,熱血漢,ノリがわからない奴,そういう学生たちです.

なもんだから,てっきりこれが大学生としては普通だと思っていましたが,残念ながら前任校では全くなかったんでね.そこは前任校の学生さんには見習ってほしいとこです.

自分の専門性を高めようという意識の違いなのかなぁ.
それもあるでしょうけど,やっぱ雰囲気とか空気っていう部分は大きいのかなと.
つまり「気」ですよ.あなどれません.
でも取り上げたことと類似しますが,結局,どの大学に入学したか?よりも,学生の学ぶ姿勢が重要な因子であることを確信しました.

まぁ当然,今勤めてる大学であっても,学問に積極的じゃない学生は波のない並の生活を送るわけでして.
前任校や前々任校の学生と,何ら変わることのない人物として卒業します.

それが悪いとか,能力がどうのと言ってるのではなくて.
う〜ん...,つまり,「もったいない」のかな,と.

それでですね,今勤めてる大学の学長が,昨年私が記事で咆えていたことを,知的に,かつ,スマートに入学式・式辞で仰っていました.
以下に,その言葉を割愛・引用させてもらいます.
しばしば大学で学ぶ知識は実社会では役にたたない、という言い方がされることがあります。
皆さんも大学を出て外の社会で働くようになったときに、大学で学んだ知識が役に立たないと思うことがあるのではないかと思います。
しかし、皆さんが大学で真剣に学び、考えたのであれば、その知識が役に立たないということが、後悔と結びつくことは決して無いでしょう。
そのとき皆さんは、大学で身に付けたものが、個々の知識を超えて、ものの見方、考え方であったことを実感するに違いありません。
この言葉を聞いた時,身震いし,いまにも涙が出そうでした.

こういう物言い,前任校ではできないよなぁ.

2013年4月2日火曜日

2013年度,新天地

また新しい土地での生活が始まりました.
そして,新しい大学での勤務も始まっています.
今日は2日目です.

フェイスブックでは,
「あらためて身の引き締まる想いです」
などと書いていますが,それは顔が見えるところでのコメントであり,実際は,さして心境に変化はないのが実情です.

学生を眺めてみても,前任校の学生たちと違う印象もなく.
若干(いや,ホントは「かなり」)こちらの学生の方が基礎学力が高いのですけど,その違いが表に見えるようなところは,今のところ見当たりません.
ん〜・・・,いや,「図書館での過ごし方」は結構違うかな.

でも,私自身の大学教員としての心構えに,大きな違いはありません.
ここでも,自分の信じた道を歩むだけです.


ところで,こちらに移って一週間ほどが経ちますが.
ここ10年間で,ここまでのんびり過ごした日はありませんでした.
何にもしない一週間.
何もしないことを頑張った一週間.
何かしたくても,敢えて何もしない一週間です.
自分でも怖いくらいゆっくりしてやりました.

と同時に,やっぱり「怖い」んだなと思ったのは,やっぱり「立ち上がり」がニブい私を再確認したこと.

そんなわけで,結論.
私は3日以上のんびりしてはいけない.パフォーマンスが低下する.

生来の「サボリ癖」「無精」「ずぼら」「いい加減」「なまけ」が,ここぞとばかりに噴き出してくるのです.
危ない.
もしあと1日休みが長かったら,新任教員説明会にすら「めんどくせぇ」と難癖付けて出席しなかったことも考えられます.

さて,Nikon V1を購入して以来,写真を無駄に撮っているわけですが,その何枚かをお見せしながら,ここ数日を振り返ります.
※iPhoneで撮ったものもいくつかある.

引っ越したのが一週間前.
ちなみに,自宅の引っ越し会社は「アート」でした.

ただですね,ここで考えさせられる現象がひとつ.
研究室の引っ越しはというと,ダンボールに入れた書籍・書類がほとんどと,「冷蔵庫」だけだったので「クロネコ」で引き取り依頼にしたのですが,

あ,ちなみにこれが最後の研究室の一枚.
で,運搬にかかった費用,
「アート」の引っ越しは13万円.
「クロネコ」の配送は6万5000円.
違い過ぎやしません?

総運搬料・重量ともにクロネコの方が遥かに大きいのに.
※私はほとんどの荷物が研究室にあるので.自宅は衣服が主.家具らしい家具はない(机と本棚).
「引っ越し」についてのサービスによる料金の差でしょうか.
ということは,本気で「単身引っ越し」するなら,クロネコの一般配送を頼んだ方がお得なのですね.
※しかし,引っ越し費用は大学が出すので,いくらかかろうと私への負担は「立て替え」ることだけ.

以前の自宅は家賃が2万8000円.
安さの秘密は以下の通り.
ベランダの目の前を「高速道路」「新幹線」が通っているのです.
日中に自宅にいることが多い人にとっては,2万8000円の価値でしょう.
私には関係ない立地です.

最後に記念にとして,ベランダから見える
「新幹線」の姿と,

「高速道路」の夜景を撮っておきました.

このブログを「何も無い部屋」から書いたこともありましたが,それがこれ.
荷物が引っ越し先まで届くまでの期間,寝袋で過ごした数日間です.

そんなわけで,いよいよ関西を離れます.
幾度も自宅の部屋の前をかすめていた新幹線で,いざ東の地へ.

そして,現在の自宅近くで撮った一枚.

これは自宅・部屋から撮った一枚.
※正確には,知らずにシャッターを切ってしまっていた一枚ですが,結構情緒ある一枚だと思いました.

桜の季節だったのですけど,ずっと曇りや雨が続きました.
花見の季節なのに,この地方では盛り上がりに欠けたかと思います.
これは貴重な雨が降っていない日の一枚.

自宅前の河原では,提灯でライトアップした桜並木も.
でも残念な年でしたね.

さて,引っ越し先で「やってもうた」というのがこれ.
部屋に電灯が無い.夜になってスイッチ入れた時に判明.
別途購入が必要な物件でした.
確認しとけば良かったのですけど...

さぁ,そこで生来の「面倒臭がり」の本領発揮です.

部屋の電灯,買えばいいのに「めんどくせぇ」ということで,結局まだ買っていません.
デスクライトを壁と天井に向け,なんちゃって間接照明.
いや,でもこれが結構いける.

そんなわけで,ボチボチやってる新生活です.