2013年9月17日火曜日

スポーツ現場の体罰問題,無くせるものなのか?

農業問題の次は体罰問題を扱おうとしていた矢先に飛び込んできたニュースです.
今日は先にこの問題の方を扱います.

浜松日体高校男子バレーボール部の顧問が,部員に体罰

以前,大阪桜宮高校においてスポーツ(バスケットボール)指導中の体罰が原因とされる生徒の自殺がニュースとなり,大きな話題となりました.

これをうけ,体育・スポーツ系の我々が所属する学会でも,「スポーツ現場での暴力」が重要テーマとして位置づけられ,シンポジウムが開かれていたところであります.
以下のサイトを参考にしてください.
日本体育学会第64回大会「緊急シンポジウム」

そのすぐあとの出来事でもありますから驚いているところです.
(というか,この手の体罰は全国で日常的に発生していると思われる・・)

上記のシンポジウムに参加した感想も含めて述べさせていただきます.

まず,シンポジストは当然ながら「スポーツと暴力は相容れないもの」「体罰反対・暴力反対」を繰り返す発表と発言に終始します.
まぁ,しょうがないよね.
「暴力にも価値がある」なんてドライな発言をしたら,どんな扱いをうけるか知れませんから.
というのも,会場にはマスコミが入っていたのと,そのシンポジウムをDVDとして記録していたからです.
不用意な発言はマズイわけで・・.

ただそんな中で,急遽,演者としてお越しいただいた元ソフトボール女子日本代表監督の宇津木妙子氏は,
「私は体罰をしていました.暴言を吐いたこともあります」
と述べ,
「選手としっかり向き合っているか.それが大事です.失敗したこともあります.選手に深い傷を負わせたこともあります.でも,しっかりと向き合うこと,それが大事なんです」
と,けっこう勇気のいる発言をなさっていたのが印象的です.
体罰擁護とも違う,指導者論のようなものを私は汲み取りました.

さて,このスポーツ現場(に限らないが)の体罰や暴力ですが,今の日本のスポーツ環境のままでは絶対に無くなることはありません.
どんなに体罰・暴力反対の声を大きく上げても,です.

件のシンポジウムですが,シンポジストよりも来場席からのコメントのほうが鋭いものが多く(気が楽だから当然か),私と意見を同じにする発言もありました.

その一つが,
「暴力的な指導を無くそうにも,“暴力を使った指導によるメリット” が指導者側に存在する限り,根絶は難しいのではないか」
というものです.
同感であります.

例えば,「何が何でも勝たなければいけない」というプレッシャーを学校,特に保護者から感じている指導者は,生徒や選手をできる限り思いのままに操れるようにしたいと願うのは当然であります.
ベテランなら周りからの目やプライドがあるでしょうし,若手なら戦績次第によってクビを切られる場合もありますし.

ちなみに,「プライド?クビ?そんなことのために子供に暴力をふるうのか!?」と思われる方は,どうか「世の中は貴方のような良い人ばかりではないんです」ということを言葉を聞いて,落ち着いてください.
スポーツの指導者だって,皆が皆,暴力をふるう人たちではありませんから.むしろ極めて少数派だと思われます(調査がないから分からないが).
暴力をふるう指導者が有名校・強豪校に多いので余計に目立つわけで.
というか,暴力をふるうくらい気合の入った指導を求められることもあるので,いかんともしがたいわけで,はい.

そういった指導者にとって,クラブの指導は「たかがスポーツ」では無いのです.
その指導者を取り巻く状況たるや,凄まじいものがあります.
もう一度言います.
そりゃもう凄まじいですよ,マジで.
私はとてもじゃないけど強豪校の指導はしたくないですね(私からすれば,アレはスポーツ活動じゃない).

我が子のスポーツ活動に熱心な保護者というのは,本当に狂ってんじゃないかと思うくらいで,しかもそれが全国に数人なら「おもろいオッチャン」で済まされますが,強豪校ならウジャウジャいます.
「そんなクラブは見たことがない」という方,あなたは幸せですよ.

そうした環境というのは,熱狂的な盛り上がりを見せる学校スポーツ(高校野球は最たる例)の凄さでもありますが,同時に,私としては怖いと思うところでもあります.

体罰や暴力を利用する指導者というのは,こうした周りの環境の影響が多分にあるものです.
考えてもみてください.「なんとしてでも勝たなければ,私はバカにされる!笑いものだ!無能だと思われる!」という環境下と,「え?負けたの?いやぁ,残念だったね.来年また頑張ろうね」という環境下では,指導者の行動は違ってきます.

この「学校スポーツを見る目」を先にどうにかしないと,体罰問題は永遠に繰り返されるものです.
むしろ,例のニュースの教師が言うような「気合を入れる」というメリットが得られるものとして利用され続けるでしょう.

「ぶん殴ってでも分からせてやる!」という熱血ドラマ,
「なによ!バカぁ!」という恋愛ドラマ,
どちらも堂々と体罰・暴力を使っているのに,心惹かれる人間の奥深さでしょ.
時と場合によっては,暴力も許容される側面があるのですから,そこんとこ考慮した議論が必要です.

そうは言っても,暴力的な指導はネガティブな部分が大きいのですから,横行しないように何かしら手を打たなければいけないとは思います.
私自身,「手をあげたら負けだと思っている」という指導者の一人ですし.体罰をしたくてもできません.よくもまぁ引っ叩けるな,と感心するくらいです.いえ,これは皮肉ではありません.本当にそう思います.

「暴力的な指導」にしたって,そもそも「暴力」というものを,どこからどこまでの事として認識するかで違います.「指導」も突き詰めて考えなくてはなりません.
けっこう根が深い話なので,また機会を改めて書きますね.

まぁ,これは指導というものに対する主義・思想のようなものです.
全面的に何かが正しいというものではありませんから.

当面は,
『暴力(とここでは呼んでおく)』以外の教授法を適切に使用できない指導者は無能
というキャンペーンをするくらいでしょうか.

2013年9月16日月曜日

ほんのちょっと本気で農業のこと(農協:JAは悪の組織なのか?)

現在,農業協同組合(通称:農協,JA)が弱体化しています.
かつての力強さはありません.

このJAですが,「農業問題の一つとして農協,つまりJAがありますよね」などとよく聞くのに,
実は私,JAのことをあまり知らないけど,皆が『JAは悪の組織だ』というので,そういうもんだろうと思っていた
という人は多いのではないでしょうか.
もともと農業問題は国民の関心が低く,高くなる時というのは食料物価が高騰した時くらいです.
一番身近な問題のはずなのですが,「どうせ誰かがなんとかするから大丈夫」という気持ちが大きいのでしょうか?
JAについて,農家以外の方々は知る機会が少ないでしょうから,この機会にどうぞ.

JAがどうして叩かれるのか?JAは何をする組織なのか?
それを整理すると,実は農業問題の一翼が見えてくるのです.
これまでの記事を整理するためにも,ぜひお読みください.

JAがどういう組織なのか?は,Wikipediaや農協のサイトを見てもらえれば一目瞭然ですので,そっちに譲ります.
簡単に言うと,農家による共同組合です.まんまですが.
ゆえに,農林水産省との直接的な関係はありません.でも実際は農林水産省の意向を農家に伝える係として機能しています.

小難しい話ばかりでもなんなんで,JAをヒーローものとして書いてみましょう.話を分かりやすくする手段としては効果的ですから.

第一話 JAマン誕生
JAマンは,農家の生活を守るために生まれた正義の味方である.
自然を相手にする農家は,努力だけではどうにもならない部分が多々あり,生活が安定しないため,それを助ける(相互扶助)ために誕生したのだ.
その昔,富国強兵に向けて経済力が高められるなか,儲けるすべがない農家は取り残されていった.それを助ける(所得再分配)ためにもJAマンは立ち上がったのだ.

第二話 サイガイマンとの戦い
農民「うわー.オラの畑をサイガイマンが荒らしてるー!」
サイガイ「ざまぁみろ.これでお前の畑は使い物にならなくなったぞ!」
???「まてーい!」
サイガイ「誰だ!?」
JAマン「サイガイマン.貴様の農家への攻撃も,これで終わりだ!」
農家「あ!JAマン!」
JAマン「いくぞ!『JAマネー!』

⇒JAマネーとは,相互扶助を目的とした災害時の農家への補助金のことである.

JAマン「 さぁ,このお金でとりあえずこの1年は食いつなぐんだ」
サイガイ「そんなことをしても,どうせまた来年も来てやるぞ!弱い農家は淘汰されるべきなんだぁ!」
JAマン「そうはいくか!『JAコンクリート!』

⇒JAコンクリートとは,農地を守るための公共事業を推奨する活動のことである.

サイガイ「くそー,なんて強力な農地なんだ!覚えてろよ!」
ありがとうJAマン,戦えJAマン,農家の生活を守るため.

第三話 クニウロとの戦い
農民「きゃー!私の畑の隣に大型店舗が作られようとしてる〜!」
クニウロ「ゲッヘッヘ.これからの時代は効率的に金を稼ぐことが大事なのだ.農業なんて非効率的な仕事よりも,グローバルに活躍する時代なのだぁ」
農民「そんなところに建物を立てられたら,日当たりも風通しも悪くなっちゃうし,夜に街灯を照らされたら作物が弱っちゃうよぉ」
???「まてーい!」
クニウロ「誰だ!?」
農民「あ!JAマン」
JAマン「これでもくらえ!『JAロビー!』」

⇒JAロビーとは,農協関係者による政治的圧力を誘発するためのロビー活動のことである.

JAマン「クニウロ!貴様が大事にしている◯国の利権,どうなってもいいのか?」
クニウロ「な,な!何!くそー...,へへへ,そうは言っても,この土地はお前ら農民自身が売ってくれると約束したのだぁ」
JAマン「いでよ,『JAボード!』」

⇒JAボードとは,農地を売りたい農家を集約し,農地を買いたい農家に斡旋することである.

JAマン「店にするくらいなら,別の農家に使ってもらうのだ!」
クニウロ「くそー,土地売買がうまくいくところだったのにー!覚えてろよ!」
ありがとうJAマン,戦えJAマン,農家の生活を守るため.

第四話 カッテマンとの戦い
農民「おいおい,そんなに好き勝手に農作物を作られたら,食料価格が安定しないよ.オラたちのためだけじゃなく,国民みんなが迷惑するんだよ」
???「そんなこと知るか!オレは儲かるものを作る.この作物は今のトレンドだ.外国にも売りに行くのだ!」
農民「しかも,そんなところに大きな工場を勝手に建てたり,そっちの畑は廃棄物置き場になってるし,これじゃ他の人も・・,ま,まさか,お前はカッテマン!?」
カッテ「農業のイメージを変えるため,オレは誕生したのだ!お前ら組織の歯車となって動く者にはわかるまい!」
???「まてーい!」
カッテ「やはり現れたな,JAマン!」
JAマン「そんな勝手は許さないぞ」
カッテ「貴様は農家のために存在し,戦っているのだろう?なぜオレたちを守らないんだ!矛盾している!」
JAマン「農業は食料の安定供給,農家全体の所得安定があってこそなのだ.市場競争やビジネスモデルで語るものではない!『JAゲイズ!』」

⇒JAゲイズとは,農作物の市場価格を安定させるため,栽培する農作物を指示したり,その地域に合った農法を維持するように調整する(圧力をかける)ことである.
また,農地を適切に使用しているか監視することでもある.

カッテ「ぐぁーっ!ちくしょう!オレは革新的なんだ!未来はオレが作るんだ!覚えてろよ!」
ありがとうJAマン,戦えJAマン,農家の生活を守るため.

第五話 ゾックギーンを救え
大衆「地方にお金を使い過ぎだ.プライマリーバランスをとるべきだ.費用対効果でみるべきだ.1.5%のために残りの98.5%が犠牲になってはいけない.もうこれ以上道路もダムも必要ない.地震で農地が壊滅したのなら,その上にメガソーラー発電所を作ればいい」
農民「そんなこと言われても・・・,農業は儲けるためにあるものではないし,道路ができないと農地も開拓できないし,ダムが必要だと言ってたのはもともと川下の都会の人たちでしょう.おまけにメガソーラーとか,都合良すぎるよ」
???「よし,私がそれを中央で訴えてきましょう!」
農民「は!貴方はもしや,ゾックギーン!?」
ゾック「だがしかし,農業のことを政治的に語っても,誰も聞く耳を持たない.大衆にとっては別世界のことだと思われてるからね.中央に行くためのエネルギーが不足してるんだ」
農民「あぁ,なんとかできないものか・・・」
JAマン「ならば,私がなんとかしよう!」
一同「あ!JAマン!」
JAマン「みんな!私の声を聞いてくれ!私に力を集めてくれ!『JAパワー!』」

⇒JAパワーとは,農家の組織票です.

ゾック「おぉ!エネルギーがみなぎってくる!よし,これで中央に飛び立てる!農家のみんな,農業がいかに大事な分野なのか,都会の人にも訴えてくるよ」
ありがとうJAマン,戦えJAマン,農家の生活を守るため.

エピローグ
JAマン「よし!『JAマネー』の威力を高めるぞ.とぉ!」
ズドーン!
JAマン「ぐあ!なんだ,JAマネーが暴発だと.自分の体が燃えていく!」
一同「おい!JAマンは大丈夫なのか?危険じゃないのか?そのうち俺たちにも被害が・・・」
報道「強大な力を持つJAマン!しかし,その力は果たして国民のためになるのでしょうか?」

クニウロ「JAマンがヘマしやがった.これはチャンスだ.農業も自由な競争で自由にビジネスをすればいい,ってことにすれば,俺様にとって都合のいい世界になる.今は自由がブームだからな.「自由」,なんと便利な言葉だろうか」
JAマン「そうはいくか!『JAパワー』でゾックギーンを・・・」
クニウロ「おーい,JAマンとゾックギーンはつるんでるぞぉ!農家を太らせるために存在してるぞぉ!自由なマーケットを阻害しているぞぉ!自由の敵だぞぉ!」
JAマン「いやいや,「農家を太らせる」って,そりゃそうだろ.私の存在意義だし,しかも「自由」にしない部分を話し合うのが政治だし,議会制民主主義というのはそういう・・・」
ズドドドドッ!
報道「おー!!なんとぉ!JAマンは “国民” のためにならない,なんか悪いことを言ってるようです.大変なことになってきました.難しい事を言っててよく分かりませんが,なんか悪いことのようです!」

カッテマン「これだからJAマンはダメなんだ.やはりオレはオレの道を行く」
JAマン「まてーい!『JAゲイズ!』」
カッテマン「ゾックギーンが弱体化し,クニウロが力をつけた今,『JAゲイズ』は私には通用しない!こちらには「TPPバズーカ」があるんだ.これでJAマンも終わりだな」

サイガイマン「『JAコンクリート』に縛られるのも,あともう少しだ.そのうち地方も農地も壊滅だ.ついでに都市部も一緒に壊滅できるぞ.堅固な農地があるから都市部は災害から守られているクセに,今は「コンクリートから人へ」が合言葉だからな」

農家「はぁ...,JAマンも杖をついて歩いてるよ.大丈夫かなぁ・・・」


私は別にJAのことを全面的に支持しているわけではありません.
今はJAが強力に音頭を取らなくても,多くの農家がやっていけるようになっています.
JAの役割というのも,少しずつ変わっていかねばならない部分もあるのでしょう.
でも,「いっそJAを解体してはどうか?」なんてのは,どうかしています.

JAが弱体化したのは,金融業でJAが自爆して信頼を失ったという側面と,族議員との癒着が必要以上にネガティブ・キャンペーンされたというところがあります.
加速がかかったのは小泉政権の時です.
いわゆる「JAに支持されて農家の票を得た族議員」というやつですね.

ですが,そもそもJAは農家の意向を中央に届けるための「ハブ」として機能するところに本来の価値があります.
農家の意向を中央政治に届ける活動として,選挙で特定の議員を支持するものなのです.JAは農業協同組合なのですから.
もちろん,最近は農業のあり方が多用になってきていますので,JAが何か一つの方略で統率することは難しくなっています.

もっと言うと,このご時世に,あまりにも凝り固まった見方で農家に指示を出すこともしばしばです.
実際,我が家にもタイミングの悪い注文(出荷量の制限)をつけてきたこともあります.せっかく作ったのに廃棄しなきゃいけないわけで.しかも追い打ちをかけるように,新しい品種を出そうとしていて,それを止められた時とも重なり,父はカンカンでした.
頭にきた父は,その時はJAを通さず,スーパーと直接取引してました.
というわけで,これがJAが弱体化していることを示す例です.JAを通さず市場に出すなんて,怖くて(村八分にされるというニュアンスです)昔はありえなかったんですよ.

とは言え,そうした調整をする組織が必要なのも事実です.
販売店だけに任せると,強い農家だけが残るようになってしまいます.
かと言って,自然を相手にしているのですから,その「強い農家」がいつ災害や事故に遭遇して「弱い農家」になるやもしれない.

じゃあどうしようか,というわけで,やっぱりJAは必要なのです.
事実,JAが弱体化した現在,違法な土地利用や勝手な農地利用,杜撰な流通が横行するようになり,皮肉なことに,より良い商品が国民の手に渡らなくなっています.

JAが問題を抱えていることは事実です.身内同士のくせに手広くやりすぎているという点は指摘されて然りでしょう.
だけど,何から何まで面白がって叩けばいいというものではありません.
みなさん,個別具体的な話になると,とたんに面倒臭がって黙るでしょ.

教育問題を語るところと似ている,というのはこのためです.
叩けば叩くほど,カタルシスを味わうためのバッシングを続けるほどに,実は自分たちの首を締めていることになる.そういう問題を扱っているのだという認識が必要です.

次回は,農業を軽く見ていると日本の文化がメチャクチャになりますよ.という点を取り上げていきます.

参考記事
参考になる書籍を,以下に示します.

ちなみに最近,生源寺眞一 著『農業がわかると、社会のしくみが見えてくる』を読みまして,これも農業問題を考える上でオススメの本です.
生源寺眞一 著『日本農業の真実』も良書なので,こちらも合わせてご覧ください.

                

2013年9月15日日曜日

もうちょっと本気で農業のこと(農家が農業をしないわけ)

マスコミや識者(もっと言うと,日本)が農家をバカにしていることは,これまたマスコミや識者の多くが指摘する補助金や権益に見て取ることができます.

前回の記事は,「農業は安全保障は当然のこととして,日本国の象徴であり,日本文化の根幹であるにもかかわらず,国民が農家のことを斜陽のビジネスモデルであると勘違いしていることが,農業問題の本質である」とういうことを,少々感情的にお話しました.
今回は,それが農家を取り巻く政策にも見て取れるというお話です.
この話については,神門善久 著『日本農業への正しい絶望法』が詳しいです.神門先生は,農家の事情が非常によくわかっていると思いますし,「あぁ,やっぱりね」と納得させられることが多い本でした.

農家にまつわる既得権益や悪事をまとめてみました.
・農地売却による大儲け
・補助金目当ての農業
・戸別所得補償制度
・跡取り優遇
「農家が農業をしなくなった」と指摘されるニュースです.
農家に対しても「根性がない,節操がない」という精神論・道徳論がぶつけられて然りなのかもしれません.
しかしここでは敢えて,農家の関係者である私から反論させていただきたいと思います.

まず1つ目の問題点.農地売却についてですが,これは
「農業をするよりも,農地を売却した方がはるかに収益がある」という点です.

例1)
1ヘクタール(100m×100m)の農地を持っている農家がいたとしましょう.0.5ヘクタールでも十分大きな土地です.
そんな土地が都市の近郊にあり,道路も整備されているとしましょう.水はけもよく,日当たりも良い.というか,えてして農地というのはそういうところにあります.それが農業をする上で必要だからです.つまり,良い農地というのは,良い宅地,良い商業地なのです.

とっても魅力的な土地ではありませんか.そのうちどっかの企業や不動産会社が買い取りたいと狙ってくるでしょう.
というわけで,その農家はその農地で一生懸命農業をしません.いつ売れるとも知れませんが,いざ売却するとなったら,手入れしてたら苦労が水の泡ですから.何もしない方が濡れ手に粟です.場合によっては放置状態です.そういう農地,ちゃんと観察したらよく見かけますよね.

まさに私が今住んでいるようなところ(埼玉県)は,ジョギングしてたらよく見ます.
先日,床屋のおばちゃんともそんな話になりました.「みんな,畑仕事するより売ったほうが儲かるからねぇ.仕方ないねぇ,ってお客さんとも話してるんですよ」とおっしゃっていました.やっぱりなぁ.
実際,ここに引っ越す前にGoogle マップ(ストリートビュー)で見たら大きな畑だった場所は,来てみたらユニクロでした.
この現象は,猛烈な勢いで進行しています.微妙に都会の人ほど,これを実感しているのではないでしょうか.都市計画法の「市街化区域」に指定されているところでは,農地を簡単に転売することができますので(もともと農地売却には制限が多い.理由は後述します).

例2)
役所には「畑」として登録されているのに,実際に肉眼で確認したら,どうみても駐車場だった,家だった,お店だった,スタジアムだった,というのは枚挙に暇がありません.これってつまりは違法行為です.脱税です.
でも,これが結構見過ごされています.なんででしょう.最大の理由の一つは,役所の人が確認するのが面倒臭いことです.いちいち見回りをしてられないからです.

なぜ農地を別のものとして利用するのか?なんで違法行為なのか?理由を知らない人のために簡単にお話しておきます.
田や畑といった農地は,宅地や駐車場といった土地よりも税金が安いのです.
登録の際には役所の人も立ち会って確認しますから,その時は農地なのです.しかし,その後に宅地やら駐車場として利用するわけです.でもこれは脱税です.
物理的に農業できない状態にするわけですから,そりゃ農業できませんわな.

そう言えば,この農地転用問題は民主党の輿石東氏がやらかしていたのがバレた事件としても有名です.以下の産経新聞の記事を参考にしてください.
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130517/crm13051702010000-n1.htm


上記の2例のようなことが,なんで横行するのか?
農家の所得が低いからです.
「おいおい,前回は“農家の所得は平均的だ”と言ってたじゃないか」というご指摘,ごもっともでございます.
では「所得が低いから」ではなく「売上が低いから」と言い直しましょう.同じことですが.

苦労に見合った所得を得ていないこと,農業なんてやってらるかと思わせる状況であること,そして制度がボロボロで簡単にくぐり抜けることができることが要因です.
農業よりも,土地売買に精を出したほうが良い.そう思わせるシステムにしてしまっていることが問題なのです.

前回の繰り返しになりますが,農業は金儲けとビジネスモデルの発想で語ることができません.農家に必要なのは癒やしでもお金でもなく,誇りです.

もちろん,これは農家が悪いことに違いはありません.でも,ここで言いたいのは「3K(汚い,きつい,危険)の農家の人,かわいそう..」という偽善の政策により,不必要な利権をつけたところに問題の根があります.
当然,そうした政策を推す政治家を農家が選んだというところも問題でしょう.
でも,ちょっと考えたら悪習が蔓延することが予想されるような政策を,「まぁいいんじゃね?」と適当にあしらったわけです.
農家に金を握らせ,「これで満足だろ?どうせ跡継ぎも担い手もいないんだ.あんたに金が転がり込むような制度を用意しといたから,そのまま静かに眠れや」という政策を進めたのです.
戸別所得補償制度はこの典型ですし,跡継ぎ優遇なども,どうせ機能しないし時間の問題です.
今更のように新規参入の規制緩和をしていますが,遅きに失するとはこのことです.
つまり,日本人の多くが農業のことを国難を招く問題だと認識していなかったからです.

「農地売却や農地の違法利用は,誰かが取り締まればいいじゃないか」
はい,昔はそれを取り締まっていた組織がありました.JAと言います.皆さんが叩きまくって弱体化させた,あのJAです.

「それとこれとは別だ.法に則り,粛々と取り締まれば・・・」
いえ,それは難しいのです.もともと,農地を適切に利用しているかどうかなんて,主観によります.荒んだ畑を指して「自然農法だ」と言われれば,それ以上文句は言えません.
ですから,そうした言い逃れを,常識の範疇で取り締まっていたのは,近隣の農地の主であり,その最後の砦がJAでした.昔は「JAから睨まれたくない」ということで,農地を荒廃させたり,宅地や商店を建てるなんてしてませんでした.でも弱体化した今のJAでは難しいのです.

悪の組織として語られることの多い「JA」ですが,かつては農家にとって正義の組織でもあったのです.
(正義の組織「JA」については,また別の記事で扱います)
農地売却についても,以前はJAが目を光らせていたことでカオスな農地売却が抑えられていた側面があります.農地を売却しなければやっていけない農家を支援するのもJAでした.
「農地を売却するのは,その農家の勝手ではないか?立ち行かなくなった農家をJAが救っていただと?甘やかしてはいけない.自己責任だ.これだから農家はぬるま湯に浸かっていると言われるのだ.農家にも競争原理を導入するべきだ」
とトーシローは言うのでしょうが,バカも休み休み言えというところです.

売却された農地が,そのまま農地として使われるのであればいいのですが,例にも挙げたように,そうならない事も多いものです.宅地や駐車場,商店といったものになります.

するとどうでしょう.近隣の畑が枯れていくではありませんか.農地というのは,その場所だけ良ければいいものではありません.周りの土地に影響されるのです.
給水路の使い方や農薬の使用,雑草の駆除,倉庫を建てていいかどうか等々,農家同士で連携しなければならないことが多々あります.ここんとこを農家以外の方々は結構知らない.
「革新的なアイデアを持った野心的な農家が,日本の農業を救う」そういう側面も否定はしませんが,そうした「野心的な農家」は近隣の農家にとって迷惑な場合もあります
「競争させて,成功する農家と淘汰される農家が出るのも市場原理だ」なんてのは残念ながら妄想でしかありません.

いつ頃だったか,一時期はしきりに「農家は土地を簡単に売ってくれない.しかも法律に守られている.排他的だ.新しいビジネスを受け入れない」などと言ってました.
農家が土地を簡単に売らない.そして売れないように法律(農地法)があるのは理由があります.既得権益や排他的だからではありません.

でも,そうした規制は「農地取得の規制緩和」によって無秩序な農地売買に加速がかかりました.農地制度がどのようになったのか?は,農林水産省のHPに詳細が載っています.
農林水産省:農地制度
農地制度を規制緩和したけど,肝心の行政による農地の土地利用監視はザルのまま.なんということでしょう~.
ここんとこの事情は以下のサイトに詳しく書かれています.
http://blog.goo.ne.jp/psyche-box/e/3830051e5583f0c58baf6ac958912c7c

さらにやっかいなのは,買い取ってそこに建った店から「農作業の音がうるさい.農薬が舞い込む」などとクレームが出てきます.
そうです.そういった問題が出るのは分かりきっているから,JAが「てめぇ,絶対売るなよ.ぜってぇ売るなよ!」と睨みをきかせていたのです.
一方で,「売らなやっていかれへんのか?いくらあればやっていけんのや?ダメなんか?ほな,畑を買うてくれる人を探したるわ」と農地転売の斡旋をしてくれていたのです.

そうした体制が,JA弱体化によって崩れました.

今は農家が売りたい放題です.
悪影響を受けた隣の畑の人も,農業に嫌気がさして手放します.負の連鎖です.

「よし!ならば,そうした農地問題を抜本的に改革だ!腐った農家の悪行を正してくれる!」
いいですよ.勝手にすればいい.スペードのエースをきったつもりでしょうが.でも,そんなことすると農家の人からジョーカーを突きつけられますが,いいですか?
「よし..,ならば..,貴方がた都会の人の土地利用も一緒に抜本的に改革してくださいね」
土地利用の監視が難しいのは,なにも農地だけではありません.
ビルの上に倉庫を建てる奴,登録後に増改築する住民....,こっちの方が根が深いのですよ.

そう・・・,
こうしたことが農業問題が進まない理由の一つであります.
実は農家やJAを本気で叩いたり改善しようとすると,自分たちの利益が減り,自分たちの悪行まで引っぱり出さなければならなくなる.それが農業問題が複雑なままの理由でもあります.
バッシングして爽快感を味わいたいけど,その爽快感は自分の体を傷つけることで得ているものなわけです.自分が大怪我するほどのバッシングはできないわけですな.
この50年間,農家の犠牲の上に得てきた富ですから.

まとめましょう.
・農家が農地でしっかり農業されると,自分が土地を安く買い取れなくなる
⇒だから農家が農業をしなくなることを問題視できない

・農家の土地利用を指摘すると,自分の違法土地利用も取り締まられる
⇒だから農家の違法土地利用は黙っとく

前回までの話も追加すると,
・食料安全保障や高コスト体質を問題視すると,自分の食習慣に起因することに行き着く
⇒だから「競争力がない」とだけ言って逃げる.

・日本の農家に本気出されると,自分の輸入業や卸業があがったりになる
⇒だから「TPPに入って自由貿易だ」と言い出す

そんなわけで,一応バッシングはする,でも,本気でバッシングはしない.恐る恐るやる.そういうことです.

次回は,正義の味方JAマンの活躍をお伝えします.



参考記事
参考になる書籍を,以下に示します.

                

2013年9月13日金曜日

もうちょっと本気で農業のこと(問題の本質は農家をバカにしていること)


農業問題の何が問題なのか見えてこない.
それが農業問題の問題であります.
ですから今回は,その問題が多くの日本国民・自身にあることをご説明します.

過去の2つの記事をまとめると,「食料安全保障は言うほど切迫していない.でも危険性はゼロじゃないから,世界大飢饉を想定してハイテク農業の研究を進めましょう」 ということです.

農林水産省より(2010)
ですから,ここから先は「安全保障」などと肩肘張らず,もう少し落ち着いて考えることにします.

ここで,あらためて農業問題と呼ばれていることを整理してみます.
(1)食料安全保障と自給率
(2)高齢化と担い手不足
(3)農地の売却
(4)農協の悪事
そんなところでしょうか.
ボチボチとやっていきますが,とりあえず前回と前々回では,(1)についてでした.
そして今回は(2)についてです.

高齢化と担い手不足.これを端的に言えば, 
なぜ日本人は農業をしなくなったのか?
ということですよね.
データをみましょう.上図にあるように,1960年に約600万戸あった農家は,2010年には約250万戸まで減っています.時々ニュースなどで見るかと思いますが,これは恐ろしい数字です.

なぜでしょうか.
先に結論を言ってしまえば,そして,あえて刺激的なことを言えば,
日本人が農家をバカにしているから
です.漁業や林業も同様です.全ての元凶はそこに辿り尽きます.

「何を過激なことを.たんに奇抜なことを言いたいだけだろ」と仰りたいのでしょうが,私はいたって本気です. 

農家ではない皆さん,自身の胸に手を当てて考えてみてください.
これは合理的な話ではありません.情緒的な話です.イメージです.
どうしてもというなら,そんな調査結果がありましたのでご参考ください.
http://enq-maker.com/result/fWIQfMp
農家に生まれているわけではないから,やりたくってもできない.と心の底から言えますか?

マスコミや識者にしても農業問題について色々と取り上げますがが,ハッキリ言って,まったくと言っていいほど農業や漁業のことを国の根幹に関わる大事な分野だという認識はありません.

数ある産業のうちの一つとして,弱者,過酷な労働環境,貧困,劣ったライフスタイル,そんな目で見ているわけです.
時には蔑む目で,時には憐れむ目で.
簡単に言うと,費用対効果が低い産業,非効率でクールじゃない仕事,それが農家や漁師を語る際のイメージなのです. 

ネガティブな産業として報道するのですから,担い手が不足します.もちろん嫁も不足します.
弱者として報道するのですから,でたらめな補助金が許されます.必要以上の,そして意味不明な利権があります.むしろ迷惑な,機能していない既得権益があります.

それでもネガティブな産業として報道され続けるわけですから,担い手は不足し続けます.もちろん嫁も順調に不足し続けます.
この繰り返し.

国家における農業の価値に沿った議論をしないもんだから,つまり,食料生産と食文化を担っている分野だという議論をしないもんだから,本当に困っている農家のための政策は行われません.
どこまで行っても「数多ある産業のうちの一つ」という認識です.

したがって,「自然淘汰」のもとに消えていく農家があります.
補助金があろうと,権益があろうと,そんなことは関係ありません.補助金も権益も機能しないのですから当然です.

ちなみに所得は日本の中でも平均的なんだそうです.普通のサラリーマンより高い農家もあります.
しかし,「だったら良いじゃないか」という話ではないのです.

自分たちがどれほど努力しようと,どれほど手を抜こうと,平均的な所得を得られる.
しかし,誇りを持って仕事はできない.日本人の多くが「農家なんて・・」と見下しているから.

効率性がないと言われて効率をあげたら減反しろと言われ,減反したら食料価格が上がって無責任だと罵られ,価格を下げたら輸入したほうが安い,だから競争力がないんだと嘲笑われる.

農業は自然と土を相手にしているのです.他の産業と違って,ある日思いついたように改良できるわけではありません.
何か新しいことを実らせるには,2~5年,それ以上をかけて取り組むものです.

こんな条件で誰が農業を進んでやるのでしょう.やるわけがないでしょう.
同じように仕事に就くなら,「農業以外をやろう」「農家は継がせないようしよう」そう思うのは当然です.

よく言われるのが,「市場競争していない農家を甘やかすな」というものでして,TPPにしたって,そんな農家に外圧を与えるためなんだそうです.

なんで国民の生命と食文化を守るために競争しなくちゃいけないのかは謎ですが,そのような人たちの目には,農家は既得権益に守られ,楽して平均的な所得を得られるチョロい商売なんだそうです.
だったらなんで国内生産量は下がり,農業従事者は減るのか?変ですね.

ではここでその理由をもう一度,
「日本人が農家をバカにしているから」です.

農家には既得権益があり,所得が安定しているというのであれば,なぜ担い手不足になるのか?
既得権益があって所得が安定している職業は他にもたくさんあります.医師,教員,公務員などなど.そんな職に就くためには競争率も高いですよね.ではなぜ農家はそうではないのか?

「過酷な労働環境だからでは?」と優しい言葉をかける人がいますが,ではなぜ農業従事者の多くが高齢者でまかなわれているのか?本当に労働が過酷なら高齢者では就労できないのではないですか? 

農家は労働が過酷なわけでも,貧乏なわけでもありません.
日本人がバカにしているから担い手が減っていくのです.
農家だけではありません,漁業や土木の方々に対してもそうです.

こういう人々を指して,口では「日本のために働いている偉い人」と学校なんかでは教育するけれど,実際には見下しているのです.最近は「日本のために働いている」と教育しているかどうかも怪しいものです.

農業問題をクールに語りたい.政治として語りたい.費用対効果で語りたい.ビジネスモデルで語りたい.安全保障で語りたい.
つまりは農業問題をスマートに語りたい.でも私に言わせれば,そんなことだから複雑怪奇なままなのです.

その仕事に対する誇りがあるか.人々の役に立っている,社会に貢献できているという誇りがあるか.
つまり,農業問題の根底にあるのは,「農業に誇りを持てるか」です.
誇りを持って取り組める仕事として位置づけられる哲学に則った政策をたてることが,農業問題を解決する方向性だと私は考えています.

ビジネスモデルだとか,競争力だとか,労働環境というのは,考えるべき課題の一つではありますが,優先的なことではないと思います.

農家に誇りをもってもらうためには?
そうですねぇ,いろいろありますが,抽象的に言えば,
「まずは日本の農家が作ったものから順に食え」
という政策です. 

なんで輸入なんかしてるんですか?
米も食わず,輸入しておいて,なんで今さら「日本の農業問題を考える」のですか?
安い土地,安い労働力,安い余剰食料品を出してくる相手に対して,もっと競争力をつけろと?
日本近代化・富国強兵の胃袋を支えてきた百姓へ向かって,「俺たちはお金が手に入ったから,食べ物は海外から買えちゃうもんね.悔しかったらお前も海外で儲けてみろ」ですか.えらく肝が据わった物言いですね.

えぇ,わかりますよ.これには十分過ぎる言い訳があります.
アメリカから麦やらトウモロコシやら肉やらと,輸入を“押しつけられた”時代がありました.1950年代です.
アメリカが「PL480(いわゆる,余剰農産物処理法)」,つまりは残飯処理を日本に押しつける法律を思いついちゃったので,敗戦国日本は仕方なく受け入れます. 
アメリカの残飯処理のため,日本は食事を洋食化させました.

この「余剰農産物処理法」を巡る経緯というのは,全国で農家の息子に伝えられてきた復讐への叙事詩でして,一説によると「コードネーム: ネメシス・アマテラス」とも呼ばれます.
そのうち港に入ってきた小麦がタンカーごと燃やされるかもしれません.乞うご期待ください.
ここらへんの詳細は日本の農業問題を考える上で重要ですから,また別の記事で.今回は飛ばします.

PL480,これは逆立ちして見ても日本の農家を壊滅させる政策です.当時もみんな分かってたはずです.
そうは言っても,敗戦国日本は仕方なく「食の欧米化」を受け入れ,当たり前ですが日本で生産される食料が必要とされなくなったのです.
よって,減反政策をしなければならなくなりました.ようするに日本の主食であるはずの米が必要とされなくなったからです.
そのまま今日まで至ります.

ですから,先ほどの「なんで輸入なんかしてるんですか?」は,正しくは「なんで“まだ”輸入なんかしてるんですか?」です.

そうかと言って,国民も「やっぱり日本食じゃないと」とはなりませんでした.
安くて売れるものを求め,食料を輸入することが「危険」だという認識は小さいままです.
挙句の果てには,「売れる物を作らなければいけない」「世界に打って出よう」「競争力をつけよう」などと言うようになりました. 
私には警視庁が「ニューヨーク市警よりもパトロール回数を多くしよう」などと競争してるようにしか聞こえません.
世も末です.

そうそう,ついでに言うと,このたび私が農業問題を取り上げ続けているのは,教育と農業に対する論じられ方が,非常に似ているからです.
マスコミや識者の多くが,どちらのことも金儲けやビジネスとして捉えています.競争させれば改善すると勘違いしています.

農業と教育,そのどちらも国の歴史と伝統,文化を伝え残すためのものです.
文化(culture)は耕作(culture)が語源とされています.さらにその源を辿れば,「面倒をみる」になります.
つまり農業の本質とは,その国の文化を育み,その国の面倒をみる役割を持っているわけです. 
「面倒をみる」というのは,まさに面倒ですよ.さしずめ,公務みたいなものですよね.

そうだ.
日本のドラマや映画,アニメで第一次産業の生活に焦点を当てたものを見てください.
そのほぼ100%が,「マイペース」「人間らしさ」「自然との調和」を描きます.
つまりこれは,日本人の多くが第一次産業を生き方・ライフスタイルとして捉えていることの証左ではないでしょうか.特に酷いのがジブリ映画ですよ.えぇ.
第一次産業は,国の礎,人々の生命,文化の根幹を担っているのだというところは描かれません.

ちょっと前にあった「農業ブーム」とか,あと,アウトドア崩れの自然のなんかそのログハウス生活みたなの,わかります?よく覚えてないけど,「生き方」みたいなのがあったじゃないですか.
あれと同次元で第一次産業をみてるんじゃないかと,残念な気分になります.

農家が本当に求めているのは,お金でもライフスタイルでもありません.誇りです.
「誇りだけで飯が食えるか!」とドラマチックなセリフを投げつけても,農家なので飯は自前で用意できます. 

農家のおかげで日本が成り立っている.農業は日本国の象徴.そういう観点から政策を考える必要があるのではないでしょうか. 

「いや,無いよ」
という人のために,どれだけ農業が日本の象徴であるか,近いうちに記事にします.

でもその前に,次回は今回の続きとして「農家が農業をしない理由」を政策や仕組みの観点から見ていきたいと思います.


参考記事
参考になる書籍を,以下に示します.

                

2013年9月11日水曜日

ちょっと本気で農業のこと(ハイテク農業を考える)

前回の記事を一言で言うと,「日本の食料安全保障は食料自給率100%を目指さなければいけないほど切迫しているわけではない」とういことです.
これについて早とちりする人は「日本の農業が衰退する」とか「TPPに入るのか?」とか「輸入に頼っていては危ない」と言い出します.

日本の農業が衰退するかどうか,TPPに入るかどうか,輸入に頼るかどうか,これらはそれぞれ「農業問題」としてオーバーラップした課題ですし,各者の主張はそれぞれ良いことを言っているのです.
しかし,ドカッーン!と何か一つの政策をブチ上げることで全部解決できるようなことではありません.
目の前のことを叩けば,別のところが飛び出してくる.それを叩くとまた別のところが飛び出してくる.永遠にイタチごっこです.
(これについて今私が言えるのは,「叩くでない.押すのじゃ」です)

それだけ農業問題は複雑極まりないものです.だからマスコミも詳しく扱うのを嫌っているのでしょう.面白いテーマじゃないし.ほとんど核心に迫るニュースはありませんから.
ゆえにTPPで農家を脅迫すれば「何か面白いことが起きるのでは」と期待しているのではないですか.こういうのを無責任といいます.

どれか一つの問題点を掘り下げたところで,農業問題は見えてきません.このブログでも,特定の記事だけではなく我慢して以下の記事を読んでください.
食料自給率と食料安全保障
■ハイテク農業を考える(この記事)
農家が農業をしないわけ
■食文化と生産物(未)


さて今回は,食料自給率を100%にできない日本が,万が一世界が大飢饉もしくは流通網壊滅という状態になったときのことを考えて,今のうちに注力しなければならないことです.

その前にまず,非常に現実的かつ当然やらなければならない食料安全保障政策としては,安定して輸入し続けるための「平和的外交」と「途上国への食料生産方法の指導支援」ということになります.これに越したことはありませんから.

そうは言っても,輸入に頼りきりはマズイだろうということで,2020年を目処に食料自給率50%を目指していますが,それでも50%なわけですから,
「世界中が飢饉に陥ったらどうするんだ?日本国民の50%を餓死させるのか?」
ということになりますが.まぁ,そうです.間違いじゃありません.

でも,飢餓を前にしたら,皆さんは平時のままの行動にはならないはずです.不味いものでも,形が不揃いなものでも廃棄せずに食べるでしょう.自分や家族の食料確保のため,ほっといても農家になる人は増えます.第二次大戦時の日本もそうでした.

ただ,そうであっても現代の日本人の多くが土地も技術もないままに農業ができるわけはなく.
しかも,SFじみた戦争や災害,天候悪化などによる食糧問題は突然やってくるわけですから,備蓄でまかなえるであろう1年以内になんとかしなければなりません.ではどうするか.

そんな緊急事態のためにも,ハイテク農業(植物工場)の研究を怠ってはいけないと私は考えています.
3年前の記事である■農業のことでも取り上げましたが,「ハイテク農業」は狭い国土と低い自給率という条件の日本において,重要な意味を持っています.
ビジネスライクに物事を見る人や,伝統的な農業を推奨する人からは「採算が取れない」「農業を愚弄するな」と嫌われますが,それは「今」だから言える言葉です.

例えば養殖漁業の研究をみてみましょう.養殖研究をしている人に対しても,当初は「採算が取れない」という言葉が浴びせられました.また,伝統的な漁業を推奨する人からは「味が悪い」「漁業を愚弄している」などと言われました.
でも,今はどうですか.漁業の一翼を担っているではありませんか.魚介類を安定して供給できる産業になっているではありませんか.

沿岸部の環境に左右されたり,まだ安定して養殖ができない魚介類があったり,環境汚染などなど,養殖漁業に全く問題点が無いわけではありませんが,ハイテク農業においても同様で,食料安全保障の観点から研究をみる必要もあるでしょう.

上記の過去記事では,ハイテク農業が未来においては労働条件が過酷ではなくなり,採算のとれる儲かる職業として期待するものでしたが,現時点では「ビジネスとして成り立たない」という評価をされています.
しかし,こうした研究や活動こそ「費用対効果」だけで評価してはいけません

世界的な気候変動や致命的な食料流通問題が発生した時にも,日本人の胃袋を満たす最低限の食料確保ができる方法を研究しておく必要があります.
飢饉の時に,値段が高いだの,これは本来の農業とは違うだのとは言ってられません.

買わなきゃ飢える,作りたくても作れない,という状態になるかもしれない.
そんな時,ビルや工場で人工的に農業環境をつくり,季節や気候に関係なくエネルギーさえあれば工業製品のように食料を安定的に生産するノウハウは,食料安全保障上も重要な研究となります.

世界中が大飢饉に陥った時,外国から食料供給を楯に法外な外交要求をされるかもしれない.自給率100%は無理であっても,そうした事態を少しでも和らげるために,余裕のある今のうちに研究しておくことが大切なのです.
それがハイテク農業が持つ意味だと考えています.
 
いまのところは農業における緊急手段として期待できるものでしょう.できるだけエネルギーを使わず,大量に生産できる技術を磨いておく必要があります.
もちろん,採算がとれて,味も良いなら申し分ありません.将来的にはビジネスとして成り立つようにするべきではあります.ですが,この点だけでハイテク農業のことを評価してはいけません.

さてさて,そんなハイテク農業ですが,この考えを進めていく上でおさえておかなければならないことが何点かあります.
重要な順に書き出してみました.
(1)流通網が壊滅してもまかなえるエネルギー資源の確保
(2)緊急に植物工場を建設する能力の確保
(3)コストの改善
(4)不要になった時点での後始末

(1)については言わずもがな.植物工場はエネルギー(電力)を食います.エネルギーがなければただの小屋です.
しかも,日本において食料安全保障が問われる事態というのは,食料流通網が破壊されている状況が想定されるわけですから,当然,世界の情勢が不安定であることを考えられます.ということは,食料流通網が危ない時というのは,エネルギー資源の流通網も危ないということを意味します.

よって,最悪,何年間かエネルギー資源が輸入できないことになっても,安定的に電力を供給できる状態を日本は維持しなければならないという結論に至ります.
そして今,現実的なものは原子力発電と自前のエネルギー資源の採掘です.


今の日本に,原子力発電は必要です.その他の経済のためでもありますが,今後の食料安全保障のために重要なのです.
もう一つの「自前のエネルギー資源の採掘」ですが,目下,メタンハイドレート(という天然ガス)に期待されています.
原発再稼働に反対される方は,きっと原発再稼働を訴える方々から「無責任!」と罵られているでしょうから,こう言ってください.
「メタンハイドレートでまかなえばいいじゃないか.早く採掘作業に取り組め」と.

ところで,「悲しみの王子・ロボライダー」である私の弟は,メタンハイドレートに関する某委員をやっておるのですが,全くと言っていいほど進展しない委員会に悲しんでいるそうです.
何か」がメタンハイドレートの採掘を阻んでいます.強大な政治的「何か」が.
反原発運動に熱心な方は尚のこと,どうかメタンハイドレート採掘を押してください.

次に(2)の建設能力の確保についてですが.つまりは土建国家を復活させることです.
同様のことを,東日本大震災で学んだはずです.土建屋がいないと速やかな復興はできないのです.もう二度と同じ轍は踏まないことです.

オリンピックも招致できたし,国土強靭化計画も進んでいるし,今のところ順調ですが,いまだに地震大国日本,食料自給率40%の日本という現実を前にしても「土建の利権が~」とバカの一つ覚えのように語る人がいます.というか,きっとバカなんでしょう.
これについては,私も専門であるスポーツの観点から■スポーツで土建国家を復活できるで詳細に書いていますのでご参考ください. 
ようは,震災だけはでなく,食料安全保障のためにも,全国に土建屋を一定数確保し続けることが重要ということです.

(3)のコストの改善は,その道の研究者にがんばってもらうしかありません.現在のハイテク農業はコストがかかるのでしょう.でも,繰り返しますが,ハイテク農業はビジネスとしての価値だけで評価できるものではありませんから,長い目で見てあげてください.

未知である上に,実は最大の問題は(4)でして,飢饉が去ったり,流通網が回復したりして,建てた植物工場が不要になった時です.

どれくらい植物工場が機能するかにもよりますが,究極のハッピーエンドとしては,食料自給率100%を達成しちゃっているので,まさに「雨降って地固まる」という状況です.
きっと採算度外視の公営で始めていたであろう植物工場は,徐々に民間へと移行していくことが推察されます.
あとは露地栽培(普通の農地での農業)の “こだわり農家” や “ブランド農家”と切磋琢磨してゆくことで,日本の農業は幸せになりましたとさ.というシナリオです.
そんなに上手くはいかないでしょうから,きっと割高なハイテク農業の工場群をどのようにするのか,その後片付けは大変ですね.

一方,「大変」とかじゃなくて「危険」なのは,大した食糧危機でもないのにハイテク農業が予想以上に発展する時です.捕らぬ狸の皮算用ですが,ここがハイテク農業の最大の問題点です.

なぜかというと,植物工場によるハイテク農業は,露地栽培と違って「海外に打って出る」ことができるからです.
つまり,安い電気料金と労働費という条件がそろった国がその時代にあれば,日本で農業をする必要がなく,「農業は海外でやればいい」となる危険性があります.

私の妄想によれば,メタンハイドレートを採掘し,原発を稼働させたエネルギー大国・日本だからこそ可能であるはずのハイテク農業でしょうが,「もしも」のことを考えておかなければなりません.
本気出し過ぎてコストダウンが上手くいき過ぎ,エネルギーをさほど必要としない植物工場群ができてしまうと,ユートピアなSF気分ではいられなくなります.

大規模なハイテク農場により安定的に人々へ食料を供給する未来
こういう響きは危険です.きな臭さ満載です.
ハリウッドSF映画であれば,オープニングで上記のようなナレーションが入ったあと,開始20分くらいで何かが起こります.悪い奴が悪さをします.悪い奴なので良い事はしません.最初の犠牲者は現地にいる黒人です.主人公はトム・クルーズあたりが演じるのでしょうか. きっと最後は激しい銃撃戦の末に,殴り合いで決着がつきます.

すみません,話がそれましたが,とにかく危険な香りがします.
SF的な話ですから,理由はありません.たんに私は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という,日本の原風景が好きなだけです.それが壊れそうな気がします.
ともあれ,これ以上はSFが過ぎるので,ここまでにしましょう.

次回は,農業問題における農家が抱える課題を取り上げます.
マスコミや識者が,もっとも取り上げない課題です.
きっと,農家ではない一般の方々にとっては,興味をもって聞いてくれない課題です.しかし,それこそが「農業問題は複雑極まりない」と思わせる元凶であり,対策が講じられない原因でもあると考えています.
農家の息子のぶっちゃけ話をお聞きください.

参考記事

参考になる書籍を,以下に示します.
どれ一つとして納得できないものはなく,かつ,全面的に賛成できるものもありません

しいてあげると,私と最も考えが近いのは,
神門善久 著『日本農業への正しい絶望法』でしょうか.
神門善久先生が,もっとも農家の事情を把握しておられるように思います.農家の息子である私が太鼓判を押します.

               

2013年9月10日火曜日

ちょっと本気で農業のこと(食料自給率と食料安全保障)

これまで私のブログでは,農業について簡単にしか触れてきませんでした.
農業のこと
続・農業のこと

農業ブームへの冷や水とハイテク農業の可能性,TPP問題や食料自給率の一側面だけをなぞるだけ,しかも農業問題の源流をたどることをしていない,薄い記事でした.
そこで今回は,少しコクのある農業の記事にしてみます.

この農業問題についての,世間のニュースや論議を聞いていると,「皆さんそれぞれ言いたいことは分かるんですが,ちょっと農業のことを簡単に考えすぎてやしませんか?」という感想を持つことが多いのです.

農業問題は簡単なことではないので,記事一本だけで説明しきれることではありません.ですので今回だけでなく,連載してみようと思います.

「教員をやっているお前は,農業の何を知っているんだ?」というところでしょうが,私は農家の生まれです.
実家を含めた私の出身地域は,他県の大規模ハイテク農家と中国からの輸入という価格低下競争についていけず,採算が取れないということで軒並み潰れていったところです.

深い理由もなく嫌われている悪の組織「農協(通称,JA)」の戦闘員の皆さんが「イー!イー!」など頑張ってくれているのですが全然良くなくて,「世間ライダー」の前に力及ばず,荒廃の一途を歩んでおります.

そんなわけで親からは「ここ(の地域)で農業はもう無理だから,それぞれ別の仕事を探しなさい」と言われ,兄弟二人,運動生理学とロボット工学という,まさに「農業」の「の」の字も無い仕事へと就いています.
しかも,農協からお金をいただいて進学した(農家への学費補助という既得権益)わけですから,さしずめ農協の力を借りて二人は,バイオ・ライダーとロボ・ライダーへと改造されたのです.
(元ネタが古過ぎ・マニアック過ぎてわからない人には申し訳ございません)

ですが,「農業」にはせる想いというのは兄弟二人まだありまして,盆正月に会った時なんかには,「これからの農業」を議論しています.


前置きが長くなってしまいました.話を戻しましょう.

まず今回の記事では,日本における食料自給率と食料安全保障の関係について取り上げます.
よくあるのが,
「実は日本は農業大国だ.日本の農業は世界に打って出れば勝てる.悪しき農協を打倒するためにも,TPPをつかって農業改革だ」
に対する,
「農業は食料安全保障の問題だ.食料自給率を確保するために保護するべきだ.現在の自給率40%では危ない.100%を目指すべきだ」
ということについて.ここから考察を始めましょう.

まず前提として,平時において日本で食料自給率を100%にすることはできません.政府や農家がどんなに頑張っても無理です.人口が減れば可能ですが,現状,土地がありません.おまけに経済大国として君臨している以上,食料の輸入が可能なので余計に無理です.

あと,最重要なクセに識者やマスコミも “その関連業界” に配慮したりビビってしまって言わないのですが,
穀物における米の消費比率を高めなければ自給率は絶対に上がりません
これは国内における生産と消費の簡単な算数の問題です. 

そして,この米の消費比率を高めることができなければ,稲作に特化した日本の農業において,食料自給率は低下することはあれど,永遠に100%を目指すことはできません.

御存知でしょうが,米の自給率は100%です.これ以上つくっても米の価格が下落するため,農家は当然つくりません.というか,その対策が減反政策です.
なので,これ以上の自給率を望むのであれば,輸入した食品が主食・主菜となっている状態では無理です.

よって,実は,農業問題に関する私の究極的な主張は「パンの駆逐(でも“うどん”はどうする)」になります.

だからこそ「日本の稲作・農耕文化を守る」が日本の農業のあり方を決めるキーワードになるのです.が,やっぱりこれはまた別の記事で.
予習しときたい方は,実はちゃんと農林水産省が検討会をしていますので,以下の
農林水産省の食料自給率対策
をご覧ください.
今回は食料安全保障についてですので,この件は飛ばします.

食料自給率と食料安全保障の関係,これは結構鋭い指摘なのですが,実際のところ,世界には「食料輸出国」が多いので現実的な議論ではありません.
食料を買ってほしい国,買ってくれないと成り立たない国が多いのです.日本はそういう国から食料を買ってあげることが国際貢献になっています.
多くの途上国は,食料やエネルギー資源を売るしか貿易の手段がありません.工業製品やソフト製品を売ることができる国というのは少ないのです.

そんなわけで,世界中が食料生産に勤しんでいます.
それを裏付けるように,地球の人口は増え続けています.つまり,食料は有り余るほど足りています.
むしろ途上国では「肥満問題」に苦しめられています.肥満問題というのは,アメリカやイギリスなどの先進国の飽食による問題ではないのです.
これについては■続・農業のことでも取り上げました.

途上国では衛生学や栄養学といった教育が浸透していませんので,食べ過ぎたり,好きな物ばかり食べる傾向にあり,これが肥満問題としてあがっています.
ググったら簡単にニュースが出てきます.
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2135172/1053555
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0712/200712_062.html
医学・体育系の学会では毎度のこと取り上げられており,我々にとっては常識的なことなのですが,まだ世間の人々には浸透していません.
「なら,なんで飢餓で苦しんでいる国々が多いというニュースもあるんだ?食糧が不足しているからじゃないのか?」
これについては,
世界の飢餓と食糧・食料問題のページ
が詳しいので,そちらをご参考ください.

飢餓に苦しんでいるのは食糧が生産されていないからではなく,戦争や紛争による「食糧流通問題」があるからです.ネットワークの遮断が問題なのであり,生産の問題ではありません.
仮に,食料自給率1%である東京のネットワーク(道路や港)を遮断し,援助を何もしないとすると,あっという間に餓死者が続出するようになります.が,日本が平和である以上,そんなことは起きません.それと一緒です.

つまり,ちょっとやそっとの飢饉で経済大国の日本が食糧難になるというシナリオは小さいわけです. 
では,食料自給率はどんなに低くても問題ないのか?TPPに入っても問題ないのか?

それは極端な話です.
「外交で平和を維持することが大事なのだから,我々に軍隊はいならい」と言ってるようなものです.
反対に,この日本で「食料自給率100%」を主張するのも,国民皆兵制を掲げるようなものです.


まとめます.
食料自給率100%とというのは,目指してもいいけど,日本の国土と経済状態からして現実的ではありません.
自給率を上げるにしても,稲作に特化した日本の農業においては,米の消費比率を高めなければ自給率は絶対に上がりません.
今は,パンを食べながら「米をもっと作れ」と訴えているに等しいのです.

その一方で,世界には食料が有り余っており,経済大国である日本が飢える可能性は非常に低いものになります.
だからと言って「食料は輸入すればいい」とか「農業をビジネスに」というのもバカげた話です.
日本の食文化の象徴でもある稲作・農耕を守ることを第一とし,その上で可能な限り健全な政策・方法を模索することです.

よって,食料安全保障と自給率の関係について現段階では,無理に自給率を100%にしようとするのではなく,食料を確保するネットワークをどれほど維持できるか?という広い視点で食料安全保障を考えることが大事になってきます.

農水省も「食料をどのように確保するか,それが問題だ」ということはよく分かっていて,その検討課題を出しています.ご参考までに.
食料自給率目標の課題と検討方向

次回は,食料自給率を100%にすることができない日本が模索しなければならない,食料安全保障のオプションについてです.



参考記事
参考になる書籍を,以下に示します.

                

2013年9月6日金曜日

既得権益の打破を打破

昨日の話にもう一つ付け加えることがあります.

「右」も「左」も関係なく,マスコミとかB層と呼ばれる人に多いフレーズが,「既得権益の打破」です.
しかも,したり顔・ドヤ顔で言うもんだからイラっとします.

たしかに,その権益にどっぷり浸かってモラルの欠片もない状態になっており,その他の国民に多大な悪影響を及ぼしているというのであれば,「既得権益の打破」を考える余地があるでしょう.

しかし,そもそも「既得権益」という言葉は,たんに「権益」を「既得」していることを指す言葉であり,「既得権益という状態」があるわけではありません.
ちょっと言葉遊びをしてしまいましたが,ようは既得権益を打破したとしても,その後,その権益が誰かに渡る,もしくは別の形の権益が生まれるわけで,つまりはそれが次の既得権益になるだけのことです.

あと,大事なくせに考慮されないこととして,
そもそも,その団体や職業組織に,なぜそのような既得権益が存在しているのか?
が放ったらかしのまま,無思慮に打破しようとしていることが危なっかしいったらありゃしません.

当たり前ですが,ある日突然「既得権益」が発生するわけではありません.
必要に応じて権益が用意され,それが今から見たら既得になっているわけで
だから既得権益なのです.

例えば,我々の業界である「教育」にも様々な既得権益があります.
収入が安定している,解雇されにくい,業務チェックが甘い,教材費とか研究費などの取引を内々でなんかやってそう. 天下り先になっているっぽい,などが代表的なものでしょうか.

それでは,なぜそのよう既得権益(と言えるかどうか怪しいが)が存在するのでしょうか.
山のように理由が考えられますが,これはその他,農業・漁業や土木,医療といった代表的なものと同様,そうした既得権益がないと国民の多くが困るからです.

全ての天下りや予算の取引が良いものだとは言いません.しかし,そうした天下りや予算調整をすることが,結果的には学生や国民のためになっている場合は多いものです.
何から何まで否定するのも,それはそれで違うと思います.

雇用の例であれば,教員が簡単に解雇されたり,業務評価によって収入がコロコロ変わるような制度だと,どっしりと腰を据えて生徒や学生と向き合おうとしなくなります.

現に私たち大学の世界では,雇用形態に規制緩和を大幅に取り入れたところ,「それ」が実際に起きています.
聞けば以前と比べて「とりあえず,来年の自分のために働く」という若手の大学教員が多くなっているそうです.
たしかに,年配の先生方と比べると学生を見る余裕はないように感じます.学生への教育というのは趣味や片手間の範疇という人も多いようです.

なぜかというと,熱心に学生を指導したところで,学生が成長していく過程は複雑なため「その教員の努力によるものだという検証や評価ができないもの」ですから,どれだけ力を入れようと手を抜こうと,「その教員の評価には反映されないもの」なのです.

「だったら学生とは向き合わなくてもいいや」という教員が出るのは致し方ないことです.
今,大学の教員は1年,場合によっては半年ごとに業績を評価されるようになっています.
そして,先ほど説明したように「学生指導」というのは評価されにくいものです.

かくして昨今の大学では「水準の低い論文の乱発」が発生しています.
かくいう私もやっちゃってます.簡単な実験や調査をやって文章にするという「ルーティーンワーク」です.そうしないと,任期が終わって次の大学に移動するときに,採用条件に入らなくなるから必死です.
掘り下げたら面白そうな課題が見つかっても,業績として評価されない結果になっては骨折り損なので手を付けません.
皮肉なことに,研究を活発化させんとして始めたこの制度,活発にはなったけど質が落ちるという悲惨な末路をたどっている次第です.デフレ下にあった日本の製造業と似てますね.

この問題点についての詳細は別の機会か,お急ぎの方は別のブログ等をググってください.

そんな状態で “まっとうな” 学術的指導ができるでしょうか?学生と向き合わない教員はモラルがないと言えるでしょうか?
教員であっても生活があります.その人の生活がかかっています.
学生指導に注力したら生活が傾くような制度では,大学らしい教育を求めることはできません.
競争が悪だというわけではありません.必要な部分もありますが,バランスが大事です.

ついでに言うと,私もこれはけっこう典型的なものだと感じていることがあります.ここ最近大学教員になった人達の学生指導の特徴的なものとして,
「どうやったら社会(企業組織や人間関係)から評価されるか?」とか,「就活のコツ」を熱心に説く人が多いというものです.

もちろん,近年の大学に求められるものが「就職」や「ビジネススキル」になっていることも影響していますが,それだけではないように思います.
我々若手教員の多くが「これが重要だ」と認識して指導するものが,学術的なオリジナリティや教育・研究哲学ではなく,「世渡り」なのです.

つまり,自分たちが大学教員として存在している道程が,「深い思索」によるものではなく,「世渡りスキル」によるものだという認識の表れなのではないか?ということです.
こうした志向(嗜好)が学生にもジワジワと伝染していく危惧があります.

そんなこと言いつつ,私はこのブログで
大学教員になる方法シリーズ
を書いていますが,これは大学界の現状への皮肉だと受け取ってください .
かと言って,いい加減なことを書いているわけではありませんのでご安心(?)を.その他にもその手の記事が但書もなく時々散らばっているのでご注意ください.

えーと,あ,そうだ.既得権益の話だった.
そんなわけで,上記のように大学教育にあっても,既得権益がなければ大変なことになるわけで..,というか今大変なことになっているわけです.

まぁ,こういうのってまだ大学だから誤魔化しがききますが,これが学校教育や保育だと思うとゾッとします.
学校教育にある権益をなくすことで,「学校の評判が上がらないと潰れる」とか「評価されない教員が切られやすい」とかを目指すどこかの市長もいるようですが,そんなことが横行するようになるとどうなるか.

生徒の「進学率」っていうのはパイの奪い合い,椅子取りゲームですから,さほど費用対効果が見込めません.したがって,ハイレベルな進学校以外の多くの学校や教員は,それ以外の道を探ることになるでしょう.

例えば勝利至上主義,広告効果満載の課外活動・クラブ活動に拍車がかかります.
皮肉なことに,企業やOB,保護者との癒着に拍車がかかります.

コネ作りに教員が走り回るようになります.報告書づくりもあるし,生徒指導どころではありません.
実際のところ生徒の事なんてどうでもいい.校長や教育委員,世間の目が大事だと思うようになります.皆さんがよく食いつく「いじめ」も,さらに隠蔽するようになります.

優秀な生徒を囲い込むようになります.生徒から好かれる先生にならなければなりません.問題行動を起こす生徒は切り捨てるようになります.
よって「生徒の将来ためには,今は嫌われたっていい」などと言ってる場合じゃなくなります.生徒から「良い先生だ」と思われるためには靴の裏も舐める,そんな先生が現れるかもしれません.
マジメに生徒指導や授業なんかしても評価されようがないんですから,当然です.

体力の限界,気力も無くなり,おまけに時間もない.こうなりゃ外注だ.どこかに仕事を委託できないものか.
「はい,それならワタ(っと危ない)...,ワタシにおまかせを.文科省から業務委託のお墨付きをもらっていますからね!」

それが「既得権益を打破」した先にある教育業界です.

2013年9月5日木曜日

D層の研究

見渡して(読み漁って)みると,私と同じことを考えている人って結構いるんですね.
専門のことばかりやってたら見落としがちですが,ここ最近は,
「我が意を得たり」
そう思わされることが多いです.

まぁ,専門バカと言われる我々としては,ときどき立ち止まって周りを見渡す時間を作ることが必要です.

前々回の記事でもそんな話でしたが,
実際の学校教育現場:実録高校生事件ファイル
今回は適菜収 著『日本をダメにしたB層の研究』あと,同著『日本を救うC層の研究』を取り上げます.
この書籍も出版されたのは1年前のものです.完全にスルーしておりました.
私よか過激なこと主張しているので,まだまだ私は穏健派です.

適菜収という方の著書を読むのは初めてではないんじゃないかと思い出していたら,やっぱりありました.ニーチェ 著,適菜収 訳『キリスト教は邪教です!』.
続・キリスト教を学ぶ
で取り上げたことがあります.

さて,話を戻しまして,
「B層とかC層ってなんなんだ?」というところですが,左図のようなものだそうで.
元はというと,「2005年,小泉内閣の進める郵政民営化政策に関する宣伝企画の立案を内閣府から受注した広告会社・有限会社スリードが,小泉政権の主な支持基盤として想定した概念である(wikipediaより)」とのこと.

その実際の資料は以下のようなもの.
郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案) 有限会社スリード(←PDFにリンク)
そこにはB層のことをこのように表現しています.「具体的なことはわからないが,小泉総理のキャラクターを支持する層」

つまりですね,「構造改革に積極的で頭が悪い人」という「B層」なるものが日本には結構な人数いるので,そこをターゲットにして政権運営すればOK,というものです.

当時もこれに対する批判がもちろんあって,日本共産党の佐々木氏からは「国民を愚弄しているのではないか?」という批判があったようですが,まぁ,けっこう的を得ているのではないかと興味深いものではあります.

私はというと,たぶん「D層」です.頭は良くないけど,改革とかあんまし興味ないし.
そんなわけで,この記事も「D層の(による)研究」とさせていただきました.
いつの日か「C層」になりたいものです.

科学者やってるくせに,先進的なものに対して消極的なのか?というところでしょうが.
性格についてですから,お仕事とは別です.
魚が嫌いな漁師というのも聞いたことがありますから,そういうものです.

話がそれちゃいますが,例えば関東に移ってからの「飲み屋」も老舗にしか行きません.関東の飲み屋ってあんまり美味しくないんですよね.けど,長く愛されているお店は失敗しないという哲学のもと判断しております.
お気に入りは池袋駅前なのに古くからある料理が美味いところです.店の大将とも仲良くなったので,最近は一人で行くようにもなりました.

話を戻しましょう.
人間をこんなふうに「層」として分けて分析するということで,あまり期待していなかったのですが,ぺらぺらと本屋で立ち読みする限りでもマジメに分析して書いてる本だと感じました.おもわず関連書籍の『C層の研究』と同時購入.
さて,そんなB層ですが,適菜氏の著書によると以下の様な特徴があるとのこと.

資料や図中では「IQが低い」とされていますが,これは単に無知だとか学歴が低いという解釈ではありません.
広い意味において「バカ」で「頭が悪い」ということです.露骨にY軸のところに「頭の悪さ」とか「バカ度」なんて書けませんから,こういう表現なのでしょう.
ここの微妙なニュアンスは大事です.

適菜氏いわく,B層はむしろ丹念に新聞を読み,ニュースに目を通し,日本文化や国家を誇っていますが,残念なことにバカなのです.
B層は改革,維新,革新的といった事に流されます.
既得権益の打破を声高に主張します.
まずは行動が大事だと言い出します.
んで,すぐデモに参加します.
B層は日本を飛び出そう,打って出よう,とします.
そして英会話教室に通います.
B層は民主主義や人権,法の下の平等を熱心に説きます.
それなのに,いじめの加害者を吊るし上げようとします.
B層は伝統文化を守ろうとするくせに,その行動が本質的な意味における伝統的な日本文化と逆行していることに気がつきません.

長々と適菜氏が指摘するところをご紹介しましたが,本当に「我が意を得たり」の心境です.
ようするにB層はよく考えずに「気分」で動くのです.
行動するための判断基準は “ほんのちょっとだけ考えられる範囲で合理的” かどうか.

何から何まで適菜氏の主張に賛同できるわけではないのですが,概ね同意です.
この何年間かブログで主張してきたことと,ほとんど一致しますし.ビックリしているくらいです.

ところで,上で紹介したものは「右」だとか「左」といった “ポジション” とはなんら関係ありません.
てっきり自民党が関わっているから「右の人」についてのことかと思われますが,そうではないのです.
B層であれば,右も左も本質的には同じようなことを言い,同じようなことをしているに過ぎません.

典型的なのが「グローバリズム」です.

左の人は究極的には国境を無くそうとしていますよね.国や民族なんて関係ない.ヒトはグローバルに生きていくんだ,と.つまりグローバリズムを目指しているのです.

一方で,最近は日本の右の人も「世界に打って出る」「今はグローバルな時代だ」と言い出しました.
なもんで,日本の法律や慣習を国際基準に合わせるのだそうです.これってつまりグローバリズムです.

一昔前は「日本を飛び出そう」というスローガンは,香ばしい左の人のファンタジーでした.今や右の人も言い出しています.
「日本は世界に打って出れば,必ず勝てる」んだそうです.
勝ってどうするつもりなのでしょうね.
あ,そうか.「気分」が良くなるのか.

 

2013年9月4日水曜日

基準となる相関係数との差を検定する


以前の記事では,
相関係数の差を検定したいとき
対応のある相関係数の差の検定
を紹介してきました.

今回は,基準となる相関係数との差を検定する方法をご紹介します.

つまり,左図のような検定です.
左図上のように,なにかしら基準となる相関係数があらかじめ調査されており,その相関係数と比較して左図下のような値と差があるかどうかを検定するというもの.

もう少し詳しく左図を使って説明すると,たとえば仮に,一般的な大学生における国語と英語のテスト成績の相関が「0.650」だったとしましょう(左図上).

そして今回調査した対象の大学生80名では,「0.490」だったとします.

「なんか今回調査した大学生はテスト成績の相関係数が,一般的な大学生よりも低いんじゃないかなぁ..」,と思ったので,これを検定したいというものです.

この検定方法は,基準値と比較して今回の測定値がどれほどか?というものですから,ちょうど,
あまり知られていないt検定
で紹介したようなt検定と考え方は一緒です.

この検定の便利なところとしては,基準値となる相関係数の詳細データがなくても,相関係数さえ分かっていればOKというところですかね.

ではさっそくエクセルでの計算方法を説明していきます.
以前の■相関係数の差を検定したいとき では,以下のようなものを紹介しましたが,
今回もこれと似たようなものになります.

先に上述した例を検定した結果を示します.こんな感じです.
N数80名での相関係数0.490は,基準となる相関係数0.650と比べて有意に低いことが分かりました.

前回と同じく,“水色のセルの部分” は,既に分かっている数値を手入力で構わないところです.

基準となるデータの相関係数(冒頭の例で言うと「一般大学生のテスト成績」)と,今回調査したデータのN数と相関係数(冒頭の例で言うと「今回調査した大学生のテスト成績」)を,それぞれ入力しておきます.

では,それ以外のところで計算しているセルを見ていきます.

このzの部分ですが,ここは前回の記事と変わっていません.
基準にしたいデータのzを算出するため,E列3行目のセルに,
=(1/2*LN((1+D3)/(1-D3)))
と入力します.

E列4行目は,今回調査したデータのzの算出です.
=(1/2*LN((1+D4)/(1-D4)))
を計算します.

そして,この両者と今回調査したデータのN数を使って「Z」を出します.
=ABS(SQRT(C4-3)*(E4-E3))

最後に,このZを使って5%で有意か否かを判断するp値を出します.
=2-(NORMSDIST(C6))*2

以上です.
こんな感じで使ってみてください.

ちなみに,検定に利用できるN数の条件ですが,「10以上」とのこと.

今回の統計処理方法の参考文献を以下に示しておきます.
御園生善尚 他 著『統計学大要』

そもそも,相関係数のp値をエクセルで求めたいという場合,
エクセルで相関係数のp値を出す

その他,こういう怪しいブログ記事よりも,ちゃんと勉強になる書籍もご紹介しておきます.
詳しくは,
独学で統計処理作業をスキルアップさせるための本
を御覧ください.