2016年7月3日日曜日

スーパーグローバル大学と国際テロリズム

バングラデシュで発生したテロで日本人が犠牲になったので,ネットではかなり大々的にニュースになっています.
バングラデシュ人質事件、安否不明の日本人7人全員の死亡確認(ハンフィントンポスト2016.7.2)
今回の事件で犠牲になった方々にお悔やみ申し上げます.

我々大学人としてもかなり注視している出来事です.
スーパーグローバル大学と銘打ってはじめたグローバリズム推進,もしくは国際化推進にとって留意しなければならないことだからです.

こういうテロが起こるたび,留学斡旋企画を議論する場において,
「もし留学先でテロが起こったら,どういう対処をしなければいけないか事前に決めておかなければならないですよね」
という議題が持ち上がり,でも結局は大学ができることなんて何もないから,
「留学先で何か起こっても本学は責任とれませんよ」
という趣旨のことをやんわりと学生や保護者に示す書類作成に注力することになります.

グローバリズム推進や国際化推進を掲げなければいけない手前,あの手この手で留学先を探しまわっているのですが,日本人の留学最大の敵は「費用」です
1ヶ月くらいの短期であっても,安くとも50万円はみなければいけません
実際,そんなところに行ける学生は裕福層か成績優秀層(奨学金対象者)に限られます.

でも,文科省や世間からの要望は,より多くの学生に海外体験や留学経験を積ませ,たくさんのグローバル人材を輩出することです.
文科省も素直に留学助成金を渡してくれればいいものを,意地悪なので「海外に目を向ける学生を育てる.すなわち,留学投資にお金を惜しまない学生を育てることを大学に望む」という態度でお金をケチってくるので,我々としては絶対に不可能なミッションに向けて最低の士気のなか頑張っている次第です.

となると,人気が少ない国を開拓して安上がりな留学先として計上し,「本学では◯件の留学事業をやっていますよ」という規定事実づくりに精を出すことになります.どうしてもそうなるんです.

そしてそんなところは案の定,テロや災害,暴力・強姦事件などが多発するので,留学先を斡旋している手前,大学として留学生を送り出す「態度」をどのようにするか悩むという繰り返し.
なんともやるせない.

バカバカしいというのが本音ですが,これは口が裂けても言えません.

グローバリズムの行き着く先をその身で学ぶためには,その一命を犠牲にして学んでくる覚悟がいるはずなのですが,そこんところはグローバルスタンダードにはならないのが日本です.
だったら最初から「グローバル」なんてチャラチャラした態度をとらなきゃいいのに.
怒りを通り越して虚無感に苛まれているのが少なくない大学教員の実情です.

不謹慎を承知で言いますが,そんなに「グローバル」したいなら,いっその事,いろんな国に破格の値段で留学生を放り出してやろうかと思います.
日本人は人柱ができないと物事を思い止まることができません.
海外に行っても良いことなんかないんだということを思い知ってもらうには,多大な犠牲を払う必要があるのかもしれませんね.

ですが,ここで問題なのは「だから海外はダメなんだ」「外国に行く必要なんかない」と無条件に言い出す連中が増えてしまうことです.
これはこれでアホ臭い話.

行きたい人が行きたいだけ行く.
行かせたい人を目的に応じて行かせる.
それでいいと思うのですが,どうしてもそうさせてくれません.


関連記事