2016年12月20日火曜日

体育学的映画論「ポチの告白」

“警察官の実態”
この手の話が広く世間に知られるようになった今日.
「ポチの告白」は,このテーマを基にして警察のような組織の闇について,さらに深くえぐり出した映画です.

ポチの告白(wikipedia)
3時間超えの作品ですが,あっという間に時間が過ぎました.

公共の福祉にまつわる仕事に就いている人が本作を見れば,ここで描かれている事の水面下の流れがよく感じとることができるものと思われます.

警察組織犯罪,職務怠慢,非合法捜査といった警察官の悪事にスポットを当ててはいますが,この映画は「その職業ならではの必然的な悪習」について考えることができる作品です.
本作を見て「警察官は,その気になればこんなに悪いことができるんだ.今の警察は腐ってる.抜本的な改革が必要だ」と思う人は,まだまだ子供です.早く大人になりましょう.
逆に,「警察は悪事を働いているばかりではない.ここには警察の正の側面が描かれていない」と言い出す人は,もっと冷静に映画を見たほうがいい.

この作品で描いているのは「警察の闇」そのものではありません.
システムと環境に曝された人間は,そのシステムと環境に適応した思考と行動を採るようになる.ということを描いています.
警察という組織が存在することで,必然的に現れる適応現象とは何か.について考察された作品です.

私は警察を擁護しているわけでもなければ,本作をけなしているわけでもない.
「ポチの告白」は,警察という使命と役割を担った組織を運営することの難しさを垣間見る上で,非常に有益な映画です.

私の先輩,同級生,後輩には警察官がたくさんいます.そういう卒業生が多い大学だったので.
あと,身内にも警察官はいます.何年か前に退職した叔父は,警視庁で働いていた人です.

彼らの話を聞いていれば,本作で描かれていることは過剰演出なところはあれど,嘘ではないと言えるでしょう.

警察官は聖人君子ではありません.

私の先輩は一見「人間のクズ」のような人ですが,警察官です.
ヤクザみたいな風貌で,ヤクザみたいな態度で暴力的に私たちに接していた人でした.学生の頃,胸ぐら掴まれて壁に叩きつけられ,脅されたこともあります.でも今は警察官です.
仕事以外の時は,スピード違反で捕まっているそうです.乗ってる車もファンキーです.
免停にならないのは不思議ですね.

後輩の一人は極度のロリコンですが,警察官です.
幼稚園の前に来ると興奮するのだそうです.もちろん幼稚園の先生に対して欲情しているわけではありません.
私は幼稚園の先生のほうがいいなぁと思うのですが,まあ,人の価値観はそれぞれです.

いや,そんな話がしたいわけではない.
つまり,どのような仕事であれ,そこで扱っているモノを自由にできるのが「仕事」だということです.

警察なら,犯罪や取り締まりを自由にできます.
飲食店なら,客に何を食べさせるのかを自由にできます.
自動車整備なら,車をどのように整備するのかを自由にできます.
大学や学校の教員なら,学生をどのように指導するのかを自由にできます.

もちろん,そこには倫理・道徳という歯止めがあり,バレたり行き過ぎるとマズいことになるという抑制は効きます.でも,今そこでそれを起こせるという「実行可能性」は消えません.

信頼とは何か.

警察組織に蔓延る悪事をこれでもかと見せつけた後,それでも警察を信じることが我々に課せられている課題です.
もちろん,警察の自浄努力は当然のこと.悪いことは悪いんです.
しかし我々自身が警察官になることは出来ません.警察という仕事を彼らに担わせているのは我々です.
そうした状況を改めて見つめ直すことが「ポチの告白」にあるテーマだと思えます.