2016年6月29日水曜日

続・大学の売り

前回の記事では,大学教育における市場原理主義について再考してみました.
大学の売り
今回は,これについて再々考してみようと思います.

「大学の売り」とは何でしょうか.
前回の結論からすれば,
「そんなことを考えること自体が無意味」
というところに行き着くのでしょうけど.

それでも,可哀想なことに「本学の売りはなんだろうか? 我々の強みとは何か?」と必死に考えることを仕事としている人はいるものです.
経営戦略会議とか特別運営者会議などといった名称をつけて,たいてい,嫌々やっています.場合によっては適当に集められた若手教員などが考えにふけっています.ご苦労さまです.
そんな中,たまに自ら喜んでやっている人もいます.これもある種の可哀想な人です.

大学の売りについて考えている人はまだいい.
なかには,大学を売ることを考えている人がいます.
図書館機能を削減しようとか,由緒ある建物や門を「維持管理費が高いから」と売っぱらおうとします.
こういう連中は売国奴ならぬ「売学奴」と言ってもいいでしょう.

それを言い出したら,「日本の売り」を考えている人もいるようですね.
クールジャパン/クリエイティブ産業(経済産業省)
私に言わせれば,これもある種の売国奴です.

今日はそんな話をしたいわけではありません.話を戻します.

「大学の売り」
よくよく考えてみれば,我々としても考えておくべきことの一つなのかもしれません.
古典的な物言いで率直に言えば,「それぞれの教員がやりたいこと」が売りです.
それじゃダメだからと言われて,最近は「もっとクールな売りをアピールしろ」って言われています.
この大学に入学すれば,他とは違うこんな良い事があるぞってアピールしなさいと.

大学にシラバスっていうのがあります.最近の大学はこの「シラバス」を充実させるようにお達しがきています.
その理由ですが,「この大学に入学すれば,こんな良い事がある」ってアピールしたからには,その通りになるように保証しろということです.
十数年前に大学を卒業した人からすると信じられないかもしれませんが,最近のシラバスは,「第1週:◯◯についての概略,第2週:◯◯と◯◯の関係・・・・」といった調子で,毎週の授業内容を逐一書かねばらないのです.
もちろん完璧にその通りに進めなくてもいいのですが,それを逸脱することは憚られます.

そんなんじゃ授業の途中で脱線したり,授業中に思いついたことを展開できないじゃないか,って思うかもしれませんが,そもそもそういうことをしちゃいけないことになっているのです.
大学での学びとは,予定表のように記述することが出来て,それを伝達することが可能である.というのであればそれでも良いかもしれません.
しかし,それなら授業じゃなくても読書や自習で十分ですよね.

過去記事でも繰り返していることですが,大学で学生が学んでいることは「モノの考え方」です.
はっきり言って,授業でやっている内容なんかどうだっていい.
その授業を担当している教員は,その分野のエキスパートということになっています.そのエキスパートから,その授業科目である分野に対する「考え方」を学ぶわけです.
学生は専門的に学ぶ分野・領域を選ぶことになります.しかし,さまざまな授業を通して学生は,モノの考え方・モノを見る力という共通の能力を養っているのです
それは文学であっても,体育であっても,経済学であっても共通です.

それ故,「本学の売りはこれです」という表現はそぐわないことになります.
どの大学であっても,結局は同じことを目指しているからです.
究極的な理想を言えば,「どの大学がいいかなぁ」というのではなく,どの大学であっても同じものが得られることになっているはずなのです.

ところが,それじゃダメだと言われます.
差別化しなきゃいけない.自分たちのオリジナリティ,強みをアピールしなければいけない,と.
素朴な質問としては,「どうして?」というものでしょう.

どうして差別化したり強みをアピールしなければいけないのか?
それは,大学で学んだことが,社会でどれだけ役立っているか定量化しなければいけないからです.
より具体的に言えば,学費・学習時間という支出に対する収入がどれほどあるのか? ということです.
ここでいう収入とは,まさに卒業後の収入と同義です.

そして,この「収入」をたくさん得られるところが「良い大学」ということになっています.収入を得るために大学は存在すると考える人もいます.
この方針で進む限り,確実に大学は社会から葬られますよ.これはどこまで沈んでも底のないヘドロの沼です.
事実,そうした「収入」が分からない「文学系学部」は大学教育に不要,という動きがあるのはご承知のことかと思います.

簡単な話です.A大学とB大学があったとします.どちらに入学すればいいのか分からない人は,いろいろな理由をつけて差別化しようとします.差別化したいのです.
現状,それが「卒業後の収入」なんです.揃いも揃って皆そうです.
その基準でいけば,大学に高い教育レベルは不要です.
結果,大学としての存在意義や使命とは真逆の方向を向いた活動を展開することになります.
その詳細は前回お話ししました.

ようするに,学生の就職活動や大学の外部資金獲得に役立つ領域が「優れた領域」だという認識がはびこっているのです.
支払った費用に対する収益がどれほどあるか,という思考で教育を考えてしまった時,その社会は死に至る病にかかったと言えるでしょう.

2016年6月28日火曜日

大学の売り

もう4年前の記事になるのですね.以前,「学生は大学の『客』ではない」ということを書いたことがあります.
反・大学改革論3(学生はお客様じゃない)
学生のことを「お客様」という発想で取り組む大学の経営陣に辟易していた,或る若手教員の愚痴でした.
そこから一部抜粋してきますと,
私が考える大学にとっての「客」というのは,しいて言えば「社会」です.学生ではありません.
学生という商品を,社会に納入しているという発想です.
(―中略―)
「学生を商品として扱うなんて,あなたは薄情者だ」と言ってくる人がいるかもしれませんが,そんな人こそ私に言わせれば「商品」を金儲けの元として軽んじて捉えているドライな人です.
大量生産のようなシステマティックな商品ではなく,手作り木彫り人形のような商品.手塩にかけて彫り,磨き上げた商品.それが私の考える「卒業生という商品」です.材料の木によって,彫り方や表情が変わってくるわけですし,それだけに作り手も商品に愛着があり,良いお客さんの手に渡って欲しいと願うものです.
あまりに良い出来だと,知り合いに譲ったり,自分の店に飾っておきたくなる.それが「コネ入社」であり「研究室や大学に残す」ということだと思うんですよ.
知り合いの大学の先生とお話したことがあるのですが,大学をサービス業の一つだと見做し,学生を「客」だと捉えるとどうなるのか.
相手は客なので,売り込むものがあることになります.
大学の売りってなんでしょう?
過去に
こんなホームページの大学は危ない
とか,
「教職員用」危ない大学とはこういうところだ
という記事を書いているのにカマトトぶってるのもなんなので結論から言います.
一言で言えば,
「コストパフォーマンスの良い学生生活」
です.

いろいろと手を変え品を変え誤魔化そうとしますが,ようするに「うちに来れば大変な思いをしなくても楽に就職できますよ」ということに収斂されます.
それが今の大学経営陣の主たる運営動機です.
本当です.終わってるんですよ.

「とは言え,そうじゃない先生も少しはいるんでしょ? お酒飲みがらゼミしたり,授業に出席しなくても全員に『優』を出したり,科目名とは全然関係ない話で授業の大半を過ごしたり.そういう人がちょっといれば大丈夫でしょ」
などと牧歌的な雰囲気が大学にまだ残っていることを期待する人もいます.

残念ながらそういう先生はほぼ駆逐されてきました.
ある一定量を過ぎると,その閾値を過ぎると一気に物事は一方向へと傾くものです.

まだ残っていますよ.たしかにまだそういう先生はいるんです.
ですが,絶滅危惧種と呼ぶほどの望みはありません.絶滅することが決まっている種です.
今どき,学生の事をまじめに相手にする教員は生き残っていけません.そんな余裕ないんです.

「コストパフォーマンスの良い大学生活」を売るのですから,当然のことながら何を「コスト」と捉え,何を「パフォーマンス」と呼ぶのかが問題になります.
言い換えれば,大学におけるコストとパフォーマンスが予め分かっているということになるのです.

変な話です.
大学での勉強や研究とは,こうした「コスト」や「パフォーマンス」が何なのかを模索するところなのに.

こういう状況を前に,
「やっぱり大学が多過ぎるんだよ.レベルの低い大学は淘汰すればいい」
などとトンチンカンなことを言い出す人がいます.
これは1割正解ですが,9割間違っています.

大学が多過ぎることはたしかですが,それと教育レベルとは関係ありません.大学経営が市場原理主義になってしまっているから,今は教育レベルを下げて対応しているのです.
市場原理ですから,コストパフォーマンスが良いことを売れば学生募集につながります.
よって,レベルの低い大学は淘汰すればいいというのは間違いだということが分かるでしょう.まずは教育レベルを上げても淘汰されないような状況にすることが求められるのです.

すると,「国が音頭をとって,大学を強制的に減らせばいい」と感情的になる人もいます.
そんなことしたら人類史上の笑いものです.大学教育をなんだと思っているのか.あっ,そうだった,「コストパフォーマンス」で測れると思っていたのですよね・・.
そんなわけで,もう十分に笑いものの民族かもしれませんけど.

だいたい,大学を増やして市場原理に曝せば,既存の有名大学も殿様商売できなくなって大学教育の質が上がるのではないか? という趣旨でやってきた経緯があります.
つまり,「大学を増やして既存の大学を困らせてやれ」ってのが国民や社会からの要望だったのです.
だから今更「大学を強制的に減らせ」というのは人道的・倫理的にも不可能なんですよ.

それに,そもそも大学が多過ぎるというのも考えてみれば意味不明です.
「多過ぎる」というのは何を基準にしているのでしょうか.
昔と比べて? 国際比較して?
で,そういう比較になんの意味があるのか,そこが問題です.
「大学全入時代」などとネガティブな意味で評されることもありますが,日本人の多くが大学教育を受けられるようになったことが悪いことなのでしょうか?
「大学の増加が止まらないのは利権構造があるからだ」と言われることがあります.ググればいっぱい出てきます.
でも,私に言わせれば,大学が増えてもらっては困る人たちがいるのではないか.まともな大学教育をさせないことに既得権益を得ている人々がいるのではないか.そんなふうに考えてしまうものです.

こうした大学にまつわる問題の根幹にあるのは,やっぱり「コストパフォーマンスの良い大学生活」を提供しなければならない状況にあると思えてなりません.

最後に,これも過去記事からですが,そこから引用します.
彼女に言ってやりたかったのは
でも,私が彼女に言ってやりたかったのは,自分が求めているものの価値が今はまだ分からない若さと,結局は分からないままで終わることが多い人間の性についてです.大学で自分にとって必要なものを得たいと彼女は言いました.でも,本当に必要なものというのは,えてしてその時には分からないものですし,求めるものが満たされるということもないわけで.逆に,大学で得られるものの中で必要無いものというのは何なのでしょうか.さらにもう一つ.自分にとって必要なものが何か本当に認識できるのであれば,大学という場所で学ぶ必要もないでしょう.
大学で何を学んでいるのか.
基本的なことですが,それを問うことが少なくなってきた今日に思えます.

2016年6月27日月曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(8)矢野絢子

アメーバブログより
http://profile.ameba.jp/junko-yano/
歴史上の人物ではない人も入れておきます.
矢野絢子さんです.
矢野絢子(wikipedia)

前回の「坂本龍馬」でもお話したように,四国や高知には「有名人」という存在が少ないのですけど,有名かどうかなんて気にせず我が道を行くのが真の四国人たるものです.

そんな四国人を代表する人物,まさに「鳥無き島の蝙蝠」らしい人です.

この人は歌手です.
私は歌を聞きませんし音楽に造詣が無いのですが,何かの拍子に「高知の伊野町出身の歌手がいるらしい」ということでこの人を知り,youtubeでその歌声を聞いて感銘を受けました.

ちなみに伊野町ってのはこういうところです↓
伊野町のどこか「車窓より」 撮影者:私
矢野さんの歌はyoutubeで聞けます↓
矢野絢子 てろてろ(youtube)

この歌を聞いて思ったのは,「高知の道の歌だなぁ」ってことです.
地元の川沿いの道を自転車で走る情景が鮮やかに広がります.たぶん今頃の季節.ちょうど上の写真のような感じ.
この他にもyoutubeで聞ける曲はありますが,私はどれも好きですよ.

もっと大々的に宣伝すれば売れる歌手になれる気もするのですが,拠点を高知市内にしてインディーズ活動している人です.
今時インターネットがあるし,通信販売すれば済む話だから「音楽活動」をするぶんには構わないのでしょうけど.

定期的に高知市内でライブをやっているとのこと.いつか行ってみたいと思います.

この人の歌詞には「カタカナ語」が出てきません.
わざわざカタカナ語を使おうとする人
そういうところも硬派ですね.

『てろてろ』の歌詞にこんなのがあります.
知らない所に行きたいな 嘘だよ本当はね
ここに居たい ここに居たいんだ 
まさに四国人の心を謳った歌です.

今後もますますのご活躍を祈念しております.

大学院進学を考える人へ「実写版・パトレイバー」

Huluという動画サイトで,アニメ作品である「機動警察パトレイバー」が配信されています.
機動警察パトレイバー(wikipedia)

1989年の作品ですが,高知県出身の私はもちろん見たことがありません.こういうアニメは高知ではテレビでやっていないからです.
つい最近まで存在も知りませんでした.

もともと漫画とアニメで有名になったロボット系のSF作品なのだそうですが,それを実写にするっていうことで話題になったようで.
それもこのHuluという動画サイトで取り扱われているということで,「どれどれどんなものか」と見てみたわけです.
それが『THE NEXT GENERATION パトレイバー』
THE NEXT GENERATION パトレイバー(wikipedia)

2014年4月から2015年の5月までの1年がかりで7回に分けて劇場公開したとのこと(これもリアルタイムではその存在を知りませんでしたけど).
今回,Huluでその完結編である『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』が配信されるとのことで,せっかくなので全話通して見てみたんですよ.

結論から言って,めちゃくちゃ面白い.
マニアックな面白さが散りばめられていて,逆に言うと,見る人を選ぶんじゃないかと思います.
実際,各所で語られている映画レビューの評判はすこぶる悪い.
でも,見る人を選べばかなりハマるはずなんです.

誰にオススメできるかと言われれば,間違いなく「大学院生」です.
この物語の舞台となっている「特車2課 第二小隊」というところ,完全に「大学院の研究室」なんですよ.

大学院進学を検討している学部生から,よくこんな質問があります.
「大学院ってどんなところですか? 院生ってどんな感じですか?」
これについて以前もご紹介したのが,小説である森博嗣 著『喜嶋先生の静かな世界』.かなり大学院の雰囲気を味わえる作品としてオススメしています.そのものずばり大学院生を扱った作品ですし.

ですが今回ご紹介する『パトレイバー』は,一見すると大学院とは関係なさそうです.
でも,ここに流れている雰囲気は大学院の研究室のそれと完全に一致しています.

主演女優の真野恵里菜さんっていうんですか.彼女の演技が上手いのかどうか知りませんけど,絶妙な「院生っぷり」を見せています.相方である福士誠治さんとの掛け合いがたまりません.

筧利夫扮する後藤田隊長は,研究室の指導教員か助手みたいな感じ.雰囲気はゼミ指導中の私とそっくりです.
切迫した場面で彼がよく言う「冗談だ」にはものすごい既視感を覚えます.

それ以外にも出てくるキャラクタはどれも大学院に進学したら出会える人たちばかりです.大学院に行った人ならきっと頷けるはず.
気の強い美人の帰国子女.大酒飲み.性格の悪いギャンブラー.研究室の全てを知る生き字引的存在.などなど.
それらに相当する人たちが盛り沢山です.

彼らは時間を持て余しているのに時間に追われています.これも大学院.
コンビニに生活の全てをかけていて,そこで事件が起きます.これも大学院.
カップラーメンの食べ方に妙なこだわりを持っています.これも大学院.
たまに皆でソーメンとかバーベキューとかやると大盛り上がり.これも大学院.
出張先で艶っぽい出来事が発生します.これも大学院.

世間の人々から「役に立っているのか?」と問われることはしばしばあるも,実際のところ役に立ってなんかいやしないし,かなり大規模なお金を湯水の如く使っている側面もあるんだけど,対価に見合ったことをしているかと問われると答えは「否」.
じゃあ自分たちの存在は不要なのかと言われれば,そうではないんだという直感めいた抵抗感が芽生えるところも,大学院のそれと一緒です.

不思議な連帯感があるんですよ.研究室仲間や大学院生には.
気怠い毎日のなかに,何か大切なものがあるような.

そう言えば,途中で小説家の森博嗣を取り上げましたが,「パトレイバー」の監督は押井守です.
実は以前,この二人の作品を記事にしたこともありました.
「スカイ・クロラ」小説と映画を比較してみた
こんなところにも類似性があるのでしょう.

2016年6月24日金曜日

やっぱり東京を諦める

もう一ヶ月以上前の記事になるのですが,
東京を諦める
というのを書いておりまして,そこでは舛添要一氏を都知事に選んだ東京人を茶化していました.

その記事の最後に,東京人に対する評価を,なんとなくの思いつきによる喩え話として入れていたのです.それは以下のとおりです.
ホクホクと塩焼きにされた鯛を見せられ,「これを今から活け造りに変えてくれ」と言われても困ります.炊き込みご飯にするくらいならなんとかなりますが,活け造りは無理です.それと一緒.ただ一番困るのは,塩焼きでもそれを美味しく食べればいいものを,炊き込みご飯に作り変えたボソボソの鯛を「うまい,うまい」と言いながら食べちゃうのが東京人でもあることです.
まさか本当にそんな事態になるとは.
「あぁ,やっぱり・・・」 と思いつつも,呆れております.

今更かもしれませんけど,舛添都知事が辞任するんですって
まさか辞任にまで発展するとは.でもどうやら本当のようです.
一応ニュースは耳に入っていたのですが,あんまり興味なかったので詳細を知りませんでした.

こう言っちゃなんですけど,辞任しなくてもいいんじゃないかと思っていました.
やったことは悪いことですが,謝罪して「これからはしません」ということで決着すれば済むことだとも思うのです.
あんまよく知らないけど,グレーなことを含めても何億円か無駄使いしてたってだけの話でしょ?

そして新しい都知事を選ぶ選挙をやるんですよね.
そっちの方がよっぽどお金の無駄使いだと思うんですけど.
より良い都知事が選べる保証もないのに.さすが,東京人は中国人とよく似ていますね.
東京人と中国人はよく似ている

鯛の活け造りが食べたかった東京人は,塩焼きを見せられ「活け造りにしてほしい」と頼みました.
でも,現在の東京という場所で活け造りを食べることは無理です.絶対無理なんです.
だったら塩焼きであってもそれを美味しく食べればいいものを,
活け造りがダメなら何が出来るんだ? と聞いてくるので,
「まぁ,炊き込みご飯くらいですかねぇ」っていうことになったから,
「塩焼きは嫌だから,炊き込みご飯に変更だ」というわけで,
塩焼きから作り変えたボソボソの残飯みたいな炊き込みご飯が出されたとしても,
きっとそれを「うまい,うまい」と言いながら食べちゃうんですよ.
けど,その炊き込みご飯にしても「もっとうまい炊き込みご飯があるそうだ」ということになったら,
「これは本物の炊き込みご飯じゃない」などと文句を言い出して,
なにがどう “本物” なのか分かんないんけど,とりあえず「本物の炊き込みご飯」を注文しだす.
地方出身者からすれば「結局,活け造りはどうなったの?」って思うんですけど,それは忘却の彼方です.
で,こういうのをずっと続けていって,そのうち「豆腐の刺身をショウガ醤油で食べよう」というところまで行き着きます.
それって冷奴ちゃいますの? ってツッコミが全国から来るものの,
「分かってないなぁ.これだから地方は困るんだよ」って言うはずです.

例の喩え話を詳しく言えばそういうこと.
そういうのが東京人だから,気をつけなさいということです.
ウヨクもそんなところがあります.両者ともに気をつけるべきです.

「いや,私はしっかり塩焼きにした鯛を使った炊き込みご飯の方が好きだよ」
などという議論をしているのではありません.
君らは活け造りが食べたかったんじゃないのか? という点が問題なのです.

似た者同士ですから,中国の故事にも違った観点から似たような話があります.
中国春秋時代,宋の国に狙公という老人がいたそうな.
狙公はたくさんの猿を飼っていて,この猿達に餌として朝に4つ,暮れに4つのトチの実を与えていました.
ところが,生活が貧しくなってきたので与えるトチの実を減らさなければいけなくなりました.
狙公は猿達に言います.「これからは,朝に3つ,暮れに4つやる」
すると猿が餌の量が少ないと怒ったため,「では朝に4つ,暮れに3つやる」と言うと,猿達はたいそう喜んだそうです.
「朝三暮四」.人間と猿の違いを表している有名な話です.
つまり,全体が見えているかどうか.自分の「不満」をしっかり把握できているかどうか.

猿の不満はトチの実の量が減ったことにあります.全体として貰える量が減っている.それが問題のはずなのです.
ところが,目先の量が減ることに不満を抱いた猿は,同じく目先の量さえ一緒であれば,全体として貰える餌の量が減っても喜んだわけです.
この猿達は騙されたり,誤魔化されたりしたんじゃないんです.
「喜んだ」というのがこの話の重要なところです.

得られる全体量は減っているのに,とりあえず「今できることはこれだけだ」と言っている人たちっていますよね.ひとまず「朝に4つ」であれば,「以前と同じだ」「日本を守っている」と喜んでいる人たち.
もしかすると猿なのかもしれません.

2016年6月23日木曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(7)坂本龍馬

このシリーズは当初(と言っても7年前だけど),土佐・高知にまつわる人だけで作ろうとしていました.
なので,高知の人が多くなってしまい,その他3県が手薄になることをお許しください.
でも,もともと土佐・高知はかなり特徴的な人が多いんですよ.

今回は坂本龍馬です.
坂本龍馬(wikipedia)
見方とスタンスによって評価が大きく変わる人.
ヒーローとして見ればこれほど面白い人はなく,斜に構えて見ればただのビジネスマン,もっと言えば死の商人.

いずれにしても,激動の時代を駆け抜けた興味深い青年であることは評価に値すると思いますし,生き方が「劇的」であったこともたしかでしょう.
実際,旧暦にすると生年と没年が同じ日の人としても有名です.
(天保6年11月15日生まれ,慶応3年11月15日没)

坂本龍馬に対するエピソードは各方面に山のようにあるので,この記事でどのように取り上げるか悩みましたが,高知生まれの私ならではの話ができればと思います.

実は,県内でも彼への評価はかなり分かれていて,ちなみに我家の評価もさほど高くありません.
というのも,私にとって高祖父にあたる人が坂本龍馬と知り合いだったそうで,この高祖父が坂本龍馬のことを良く言わなかったとのこと(悪く言ったわけではない).

この人が有名になったのは,「土陽新聞(のちに高知新聞となる)」で明治維新における郷土の偉人として紹介されたからなのですが(坂崎紫瀾の小説「汗血千里の駒」として世に出る),その時高祖父は,
「騒がれるほどの何かをした人ではない.計算高い目立ちたがり屋だった」
という趣旨のことを言ったそうです.

高知には「目立つ有名人」が少ないんです.
だから高知県人としては坂本龍馬一人の威光に頼ろうとするところがあります.
高知に出張観光その他で来たことがある人は気づいたと思いますが,あちらこちらに「龍馬」の字が確認できます.
龍馬が好き過ぎる県人は,しまいには高知空港を「高知龍馬空港」などと愛称をつけました.
こういう状況に呆れ返って声も出ない高知県人も少なくないんです.

龍馬よりも武市瑞山や後藤象二郎の方がよっぽど偉人だろ.
龍馬一人に頼るメンタリティが,今じゃ広末涼子一人に頼るメンタリティへと続いている.
なんて声があるのも忘れないでください.

高祖父の言う「騒がれるほどの何かをした人ではない」というのはちょっと考察が足らない話かもしれませんが,落ち着いて坂本龍馬に関する歴史を多方面から眺めてみると,あながちそうとも言えません.
彼は歴史的な場面,歴史的な人物に絡んだ人ではありますが,そこで何かを成し得たとは言えないかもしれないのです.とにかく彼は全国各地を歩きまわった人です.これは皮肉ではありません,龍馬としては,きっとそういう活動が楽しかったのだと思うんですよ.

ゆえに彼は「目立った」.きっとあざとく立ち回ったところもあるのでしょう.
いろんなところに顔を出して絡んでいるから,後世の者はそこに坂本龍馬が主体的に関わっていると読むことも出来る.それを統合すると,壮大なストーリーが出来上がるという寸法です.

私も坂本龍馬のことを悪く言うつもりはありません.
「居るべき時に 居るべき所に居て 成すべきこと成す」
それが出来たのが坂本龍馬だとも言えます.
これは才能であり,天命です.

無理やり世の中を変えてやろうとする「龍馬きどり」の連中よりも,龍馬の方が健全だと思います.
彼は目立ったし,いろんなところに関わった.しかし,そこでは彼なりに抑制を利かせていました.目の前にした事態における最適解は何かを探し当てる才があったのだと思います.

海軍操練所,薩長同盟,大政奉還などなど,小説やドラマでは坂本龍馬が主体的に前へ前へと出てきますが,実際のところは成り行き,同席,助言といった形での関与に留まるとされています.
とは言え,それらの状況下で最も自分が活きる道は何か?,最も活躍する人物は誰か?,といったことを導き出す力があったわけです.

そういう意味で,坂本龍馬と関わった多くの歴史的人物が,彼を悪く言わないのは頷けます.彼らにしてみれば,坂本龍馬は自分の「仕事」を有意義に進めてくれる人だったからです.とにかく龍馬は面白い人だった.

時々思うんです.彼は一体何をしたかった人なんだろうか? と.
実は,その優先順位はなかったんじゃないか,大義なんかなかったんじゃないか,そんなふうに思えてなりません.

とにかく世の中がどんどん変わっていく様を面白そうに眺めていた人,そこに合いの手を入れて楽しんでいた人,それが坂本龍馬ではないか.
そして,私はそういう態度が最も良心的な革新派の姿じゃないかとも思うのです.


2016年6月22日水曜日

井戸端スポーツ会議 part 33「野球のコリジョンルール」

今年から日本プロ野球でも導入した「コリジョンルール(衝突ルール)」.
かなり問題視されているようですね.
ご存知ないという方は以下のニュース記事やウィキペディア情報をご確認ください.
誰も得しない? コリジョンルール 審判とプレーヤーの溝も深刻(スポニチ)
コリジョンルールで何が変わった?(スポーツナビ)
衝突ルール(wikipedia)

コリジョンルールとはなにか.
ウィキペディアから引用すると,
(1)走者が捕手に強引に体当たりをすることを禁じる
(2)捕手のブロックと走者の走路を妨害することを禁じる
(3)送球がそれるなど止むを得ない理由で捕手が走路内に入る時も衝突をなるべく避けること

(1)の場合,これらのプレーが悪質な場合は,審判団の解釈により選手に警告や退場を宣告できます.
(2)の場合はランナーがセーフ(ホームイン)になります.

そして,プロ野球でたびたび問題視されているのは,どこからどこまでが「キャッチャーがランナーの走路を妨害したといえるのか」という判断基準です.
つまり(2)と(3)のところで「走塁妨害だ」「いや妨害していない」ってことでもめているんですね.

でもこれって簡単な話です.
「ホーム・クロスプレー」は危険な衝突事故を発生させるのでやめてください.ということです.
ホームベースに向かうランナーに対し,キャッチャーが体を入れて妨害したらセーフになる.それだけのこと.意図的な身体接触が発生する場面を回避するルールなので,「ホーム・クロスプレーは野球の華」と考えている人にとっては「判断基準が不明瞭」などと不平を言うことになります.
けれど,そもそも「身体接触を起こすな」というルールなのですから,これまでの認識を改めてもらう以外に道はない.ルールに慣れるしかないのです.

キャッチャーってプロテクター(防具)をつけているでしょ? あれはランナーとの衝突に対応するためではありません.
本塁の審判(球審,アンパイア)もプロテクターをつけているのと同様,ピッチャーから投じられるボールや,ファールチップ(打ちそこない)のボールから身を守るためのものです.

そもそも,コリジョンルールが登場するより以前から,高校野球のルールでは「キャッチャーがホームベースでランナーの進塁を妨害する」ことは禁止されていました.ちょうど私が現役だった頃から適用されています.
以来,高校野球ではホーム・クロスプレーはほとんど見られません.古くからのファンの皆様はお気づきになられていましたか?
最近(10年くらい)野球を見なくなった私は,ようやくプロ野球でも採用されるようになったんだと,そんな感じで受け止めています.

知ってる人は知ってる話です.このルールが徹底され始めたのは,私が高校球児だった頃からです.2000年頃ですね.
なので今のプロ選手のほとんども知ってて当然の常識でして,混乱しているのはちょっと年配の選手だけのはず.

特段難しく考える必要はなく,私はすんなり受け入れられました.ようするに,
「ボールを持っていないキャッチャーは,ランナーが走ってくる塁線上にいてはいけない」
というルールです.

その新ルールの徹底のために催された講習会を受けた覚えもあります.
講習会を受ける面々の一部にも混乱がありましたが,そこで審判団が言っていたのは,「キャッチャーも普通の野手と同じ扱いになると思ってもらえればいい」というものでした.
一塁ベースをファーストがブロックしてたらおかしいでしょ? それと一緒です.
興味のある方は,
をご覧ください.そこにコリジョンルールのようなものが認められます.

ニュースにもなっている「西武―広島戦」のこのプレーですけど,
2016.6.14 広島対西武 コリジョンルール適用で判定が覆りサヨナラ勝ち!(youtube)これは明らかにセーフです.
ランナーが回り込まなければぶつかるのですから,キャッチャーが走塁妨害していることになります.
たぶんですけど,審判の人もそれまでの癖で「アウト」って判定したんだと思います.判定してからすぐ「あっ,これセーフだ」って思ったことでしょう.
審判も慣れてくれば,即座に「セーフ」と判定するようになるはずです.

コリジョンルールに否定的な意見に一通り目を通してみましたが,どの意見にも100%同意できません.いずれも,賢いとは言えないクレームの類です.
野球の面白さを削ってしまうのでは? という意見にしたって,キャッチャーとランナーがぶつからないだけで,ホームベース上でのボールとランナーの交錯はエキサイティングなことに違いはありません.
サッカーやラグビーのタックルの基準を上げたからって,エキサイティングになるわけではありません.バスケットボールをチャージOKにしたからって面白くなるわけでもない.そんなこと,ちょっと考えれば分かりそうなものでしょう.

本来なら,わざわざルールなんかにせず「キャッチャーも普通の野手と同じように走塁妨害の対象とする」ということで済むことなんです.
ところが,野球をやっている人にもバカや人間性に難のある奴が多いし,なにより「得点が入るか否かの切迫した場面」ですから,そうした警告を聞き入れない人もいます.
おまけに「クロスプレーこそ野球の華」とか言い出す人もいたりすので,だからルール化しなければいけなかった.そう解してもらえればOKかと.

極端なことを言えば,ホームベースに向かってランナーがスライディングするような時代はなくなることと思います.一塁のように駆け抜けるのが普通になるはずです.
キャッチャーにしても,ランナーと交錯する可能性があるボールを無理に塁線上でキャッチしようとしなくなることでしょう.他の内野手がそうしているように.それが健全な姿だと思いますし.

「そう言えば昔,ホームでキャッチャーとランナーが豪快にぶつかってたよなぁ」
っていう話を懐かしく語る時代がくるんですよ.

2016年6月21日火曜日

ゴジラと巨神兵

せっかくなので,ゴジラの話をもう1つ.
実は,ある意味我々スポーツ研究者にも「ゴジラ」は身近です.
「スポーツゴジラ」っていう無料雑誌があるんです.知ってました?
スポーツゴジラ(スポーツネットワークジャパン)
「知ってた」という人は極めて稀でしょう.かなり知名度は低いと思われます.
でも,無料だけど硬派な記事が載っています.私は嫌いじゃない雑誌です.
よかったらどうぞ.

今回ゴジラの話をしたのも,この雑誌が手元にあったことがきっかけです.
「へぇー,スポーツ “ゴジラ” ねぇ」って.
どうして「ゴジラ」の名前を雑誌名につけているのか気になるじゃないですか.なのでネットを調べてみたら,
「おや? ゴジラの新作が出るんだ」っていうニュースにたどり着いたんです.
(主目的だった雑誌名の由来にはたどり着きませんでしたが)

さて今回の『シン・ゴジラ』.
この予告編を見て思ったのが,『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の冒頭にある『巨神兵東京に現わる』との類似性でした.

しかもどうやら新作ゴジラの監督は,『巨神兵東京に現わる』を作った2人,庵野秀明氏と樋口真嗣氏とのこと.あぁやっぱり,って思います.
で,根拠ゼロの直感的な妄想ですけど,この2人は「巨神兵東京に現わる」を「ゴジラ」でやりたいんじゃないか.そう感じました.

せっかくなので比べてみてください.
巨神兵東京に現わる(の編集版)(youtube)
シン・ゴジラ予告(youtube)

「巨神兵東京に現わる」は本編がyoutubeには落ちてなかったのですが,気になるようでしたら「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」あたりを借りて見てください.

前回記事の最後で,私は「もうそろそろゴジラは日本全土を焦土にしたらどうか」ということを述べましたが,「巨神兵東京に現わる」は文字通り「世界を焦土に」しています.
新作ゴジラがどんな展開と結末になるのか予想するのは野暮ですけど,この2人の監督ならやりかねないな,って思います.

それに,「巨神兵東京に現わる」から伝わるメッセージも,「ゴジラという存在」と妙に共通性があるように私は感じるのです.

ヒトの力ではどうにもならない存在.
破壊神.
巨神兵 ≒ ゴジラ.

「巨神兵東京に現わる」にこんな台詞があります.
創造主ばかりが神ではない.自分の願いや祈りを聞き届け,叶えてくれる存在だけが神というわけでもない.
大きな災厄が人間と似た形で降りてきて,私たちには分かる.
畏れこそが神の本質なのだ.
だから人間たちは,自分たちに危害を加え,命を奪おうとするものにも手を合わせ,膝を折り,拝み,祈る.
世界には寿命がある.
なのに,僕たちに任せても,世界がダラダラと延命するだけなので,世界は強引にあいつらを召喚する.
その時僕たちは,全てが終わるべくして終るんだと知る.
でも,僕たちはひたすら生き続けたかったのだ.
世界を終わらせたくなかったのだ.
新作ゴジラも,そんな物語になるんじゃないか,なんて期待しています.
え? なんだか中二病っぽいって?
いいじゃないですか,ゴジラって中学2年生以下の子供が視聴対象でしょ?そこにメッセージが届けば十分.
これだったら「モスラ」で心折れ,「メカゴジラ」で絶望した少年も納得できます.
それでこそ「子供向け映画」です.

こんなことを書いておりましたら,前回は「映画館にはいかない」と言ってたけど,せっかくなので行ってみようかと思うようになりました.

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ゴジラの新作が出るらしい

2016年6月20日月曜日

ゴジラの新作が出るらしい

今夏,ゴジラの新作が出るらしいんです.「シン・ゴジラ」っていうそうです.
シン・ゴジラ(公式HP)
懐かしいですけど,映画館では見ないな.
(いろんな意味で)ネット配信されるようになったら覗いてみたいと思います.

ゴジラを見たのは小学生の時まででしたね.
私の町(いや,集落)の役場の広間で,子供相手に映写会をする企画がありまして,それで見てたくらいかな.
小学校に入って間もない頃の作品が『ゴジラvsビオランテ』.最後の記憶は『ゴジラvsメカゴジラ』です.
実際,スクリーンに映る映像を見たのはこれが人生で初めてでした.めちゃくちゃ感動したのを覚えています.今じゃ自作のパワポや動画をスクリーンに映して講釈を垂れる仕事をしています.人生は分からんですな.

いつも来ていたあのオジサン,どういう人だったんだろう?
映画を見る機会がない田舎の子供のために活動してたんでしょうかね.閉会の挨拶で「次は伊与喜(私達の隣の集落)に行きます」なんてことを言っていたので,そういう感じだと思います.
現代版・紙芝居のオジサンみたいな存在でした.

ところで,ちょっと前の記事に,
鳥無き島の蝙蝠たち(1)古代四国人
っていうのを書いたのですが,見事に神武天皇は四国に上陸せずに近畿・橿原を目指して進軍していました(神武東征伝説).
なぜ四国に上陸しなかったのか.考えられる最も自然で妥当な理由は,古代四国人の戦闘能力が高すぎて,神武軍は北九州・中国地方を迂回しなければいけなかったから,というのを紹介したのですけど.

四国に上陸できなかったのは神武軍だけではありません.実はゴジラもそうです.
ゴジラも四国に上陸できていません
さすがに現代四国人はゴジラに対抗できません.ではなぜゴジラは四国に上陸できないのか?
一説には,四国には強力な結界が張られているからだそうです.
四国八十八ヶ所がそれだとされています.
四国八十八箇所の結界に秘められた真実(個人ブログ)
また別の説では,仮面ライダーBLACK RXが守っているともされています.
四国安全都市宣言(ニコニコ大百科)

それはさておき,このゴジラシリーズ,いつまで続けるんでしょうかね.
「vsビオランテ」「vsキングギドラ」「vsモスラ」「vsメカゴジラ」しか本編は見ていないので迂闊なことは言えないんですけど,予告動画なんかを見ている限りではかなりシンドい映画ではないかと思わざるをえないんです.

というのも,実はさっきHuluという動画配信サイトで「ゴジラシリーズの予告集」というのを見てきました(なお,7月1日からゴジラ作品を配信するらしい).
日本の特撮映画を代表する作品ですから,勉強の一つだと思って見てみたんです.

第一作はいいです.面白そう.
でも,それ以降がいただけません.見ててツラくなってきます.

なんて言うのかなぁ.すんごいチープ.
これって子供向け映画ですよね.にしては大人が本気出し過ぎているようなところがシュール.まるで「子供向けじゃないよ」ってことにしたい空気が漂っています.
その一方で,メカゴジラなんかが典型なんですけど,あの馬鹿デカい(設定の)おもちゃみたいな奴,一体あれって何?
なんか凄い兵器,おもちゃに見えるけど超兵器ということにしよう.でも,超兵器を作ってゴジラと戦うっていう設定が私には受け付けません.
小学生だった頃の私もそうでした.見終わったあとのあの微妙な気持ち.これが「面白くない映画」というやつか.
子供の私が,子供向け映画を見て初めてそう思った瞬間です.
いえ,前年の「モスラ」と「バトラ」で既に少年の心は折れていました.とどめを刺したのがメカゴジラです.

そうだ,忘れていました.
実はハリウッド版ゴジラは見ています.昔のも見たけど,最近のやつのことです.
あれは良かった.「ゴジラ」とは何か? を丁寧に描いていた作品でした.
悲しいんですけど,私が子供の頃から考えていた「ゴジラという存在」をハリウッド映画が具現化しちゃったのです.よりにもよってアメリカが.やってられません.
それだけに,これまでの日本のゴジラは何してたんだとガッカリします(呑気に巨大な虫とかマシンと戦っていました.誠に残念であります).

動画配信サイトで今回の「シン・ゴジラ」の予告も見ました.
これまでのシリーズとは明らかに毛色が違います.
「予告」を見る限りですが,第一作に近い雰囲気が漂っています.
ようやく真面目なゴジラが見れるのでしょうか.
なんだか期待しちゃうじゃないですか(映画館では見ないけどね).

最後に,私なりのゴジラ作品への願望.
いろんな意味を含め,もうそろそろ日本全土を焦土にしてもらいたいところです.
無慈悲な破壊の象徴.それが私にとっての「ゴジラという存在」ですので.
それでも四国だけ残ってたら面白いですが.

2016年6月19日日曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(6)島村速雄

こうしてシリーズにしている四国の偉人話ですが,たまに授業でも脱線話としてすることがあります.長宗我部元親はもとより,やなせたかしとか空海とか.

勘の良い学生は気づくんです.私がこの手の話で伝えたい事,実は授業とは “脱線していない” のだと.
リアクションペーパーにそんなことを書いてくる学生がいます.こういう学生はその後一切授業をサボったとしても「優」にします.
そもそもテストをやらせても高得点を取ってくる.

一昔前までの大学では,教員が一見授業とは関係のなさそうな脱線話をすることが常習的でした.
普通の授業よりもそうした脱線話の方を面白がる学生の方が多かったと思います.
そして,この脱線話のなかに重要な考えるヒントが隠されている.私の恩師の授業を思い出してみても,そういうものが散見されます.

今,少なくない大学の学生はこうした脱線話をうっとうしがります.
「話していることのどれが重要なことなのか,判別しやすくしてほしい」
などと冷たい要望を小レポート用紙に書いている者までいる.
こういう学生はたいてい成績も良くありません.色眼鏡で見ているわけではありません.自然とそうなるんです.

物事を抽象的に捉え,普遍性をもたせて考えることができる能力.
学生が大学で鍛えていることの一つです.
もしこれを読んでいる貴方が学生でしたら,ぜひ先生の脱線話を注意深く聞くことをオススメします.授業の内容よりも,ノートテイクの価値はこっちにあるかもしれません.

今回は,前回の秋山真之に関連して,彼の上司である「島村速雄」を取り上げてみたいと思います.
島村速雄(wikipedia)

高知県出身の海軍人.最終的には大将にまで出世します(死後,元帥となる)

先般のNHK長編ドラマ『坂の上の雲』では,舘ひろしが演じていました.ちょっとカッコ良過ぎた人です.

ウィキペディアの人物評にはこうあります.
「非常な秀才で智謀は底が知れない、軍人には珍しいほど功名主義的な所が無い、生涯はつねに他者に功を譲ることを貫いた、天性のひろやかな度量のある人物」

毎年,芸能人とか架空のキャラクタなどを対象として「上司にしたい人ランキング」なるものが企画されますが,この島村速雄こそ「上司にしたい人ナンバーワン」かもしれません.

彼の写真をじっくりと御覧ください.舘ひろしほどハンサムではありません.
しかし,自らのポテンシャルを隠し,飄々と振る舞う漢の顔.撮影するにあたり,周りから威厳のある顔を強要され,渋々そんな顔をしたことが推察できます.

私は島村速雄のような人物を鑑としています.
彼と,あとは「酒井忠次」が私の人生の目標です.
酒井忠次(wikipedia)

島村速雄とはどんな人物だったのか.
まず,「秋山真之の業績」とされているものの多くが,実はそのオリジナルは島村速雄だったという話です.
まさに,「つねに他者に功を譲ることを貫いた、天性のひろやかな度量のある人物」です.
彼は新聞などの取材があるたび,「あんな天才的な作戦は,天才である秋山君だから思いついたのだ」と触れ回っていたそうです.そうした資料を真に受けたのが司馬遼太郎でした.

その一方で,組織の失態を前にすると,自らにその咎がなくとも,進んでその責任をとるのが島村速雄です.
旅順港閉塞作戦が失敗したことの全責任を,メディアで評判の良かった自分が負えば海軍他に波及しなくなるだろう判断して自ら被り,参謀長を辞任しています.
「僕が参謀長を辞めれば丸く収まるよ」って,そんなこと簡単にできることではありません.

他にも彼の性格をよく表しているのがこれ.日本海海戦の戦闘終了後,妻に宛てた手紙の内容は,
「拙者儀はこのたびは別して閑にて何の御用もなく,ただ空前の大海戦の光景と大勝利を拝見いたし候のみにて,生来これくらい愉快を覚え候事はこれなく候」
なんだか楽しいオヤジじゃないか.あんたが暇だったわけなかろうに.

そして,海戦勝利を祝う艦内パーティーでの一コマ.
激しい戦闘でシャンパングラスが割れて無くなり,仕方なく別の入れ物(ワイン用,ゼリー用など)も代用したそうですが,なけなしのシャンパングラスを司令官である自分ではなく,艦長に渡してこう言います.
「僕は今日の戦は見物していただけだから,よく働いた君がこれを飲めばいい」
妻への手紙とネタがかぶっています.お気に入りのギャグだったのでしょう.可愛らしいオヤジです.

無論,このオヤジはギャグを飛ばしていただけではありません.
彼は,まさに決定的な「一言」で日本国存亡の危機を救っているのです.
バルチック艦隊を迎撃するための作戦会議.艦隊は太平洋ルートで来るだろうから,宗谷海峡に網を張ることに賭けようという意見が大勢を占めていた会議に遅刻してきた島村速雄は,発言を求められてこう言います.

「敵に海戦というものを知っている提督が一人でもいるのならば,必ず対馬を通る」

それを聞いた東郷平八郎は,対馬海峡でバルチック艦隊を迎撃することにします.
「日本海海戦」は島村速雄が導いたものでした.

島村速雄は土佐の国の男です.酒の席でのエピソードがやっぱりあるのです.
彼は客人が来ると,全力でもてなします.
「オ・モ・テ・ナ・シ,おもてなし」
などという軽薄なものではありません.
あまりに全力でもてなすため,彼は海軍大将だったのに貧困生活をしていました.
生粋の土佐の男ですね.
こういう気概は東京者にはありません.その代表が,彼らが選んだ都知事です.

自分の上司が,ボロ着て安アパートに住んでいるのに,お邪魔するたび響21年をグラスになみなみと注ぎ,極上カラスミの茶漬けを出して「遠慮なく食べたまえ」なんて言ってきたらどう思いますか.
 
そんなバカなと思うかもしませんが,これは史実です.

私も,酒の席では後輩・学生に大盤振る舞いを心がけています(って,端金だけど).
それもこれも,少しでも島村速雄に近づくためです.
もちろん実力が伴わなければいけませんが,形から入ることも大切だと思うのです.

人間は何を拠り所として生きていくべきなのか.
そんなシリアスな命題を,アッケラカンと体現しているのが島村速雄ではないでしょうか.

2016年6月18日土曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(5)秋山真之

これで4人目.とりあえず四国を一周しておきました.
今回は愛媛の秋山真之です.
秋山真之(wikipedia)

かなりメジャーな人ではないかと思います.
バルチック艦隊を打ち破った日本海海戦.東郷平八郎に「智謀如湧(ちぼうわくがごとし)」と言わしめた日本海軍きっての作戦参謀.
「本日天気明朗ナレドモ波高シ」
「皇国ノ興廃此一戦ニ在リ.客員一層奮励努力セヨ」
と言われれば,あぁこの人かと思い出す人も多いでしょう.

兄・好古も含め,四国人としては「坂本龍馬」並に歴史的厚遇を受けた人物です.
それもこれも司馬遼太郎の影響ですね.
最近もNHKにて『坂の上の雲』が長編ドラマとして作成され,世間を賑わせていました.
坂本龍馬も秋山兄弟も,もともとは歴史に隠れていた存在でした.それを司馬遼太郎が掘り出してくれたとも言えます.

それだけに阿波国の「三好長慶」の冷遇っぷりが際立ちます.
この鳥無き島の蝙蝠たちシリーズの閲覧数をみましても,三好長慶への無関心さが悲惨です.
鳥無き島の蝙蝠たち(3)三好長慶
世の皆様,とても正直なようで.
恐るべし司馬遼太郎.

さて,秋山真之ですが,彼は前述のように「印象に残るフレーズ」を作る才に秀でており,東郷元帥が読んだ『聯合艦隊解散之辞』の草稿を担当したのも秋山真之だとされています.
原文はこちら↓
聯合艦隊解散之辞(wikisource)
見事なまでの簡潔さで「軍人」の存在意義と心構えが述べられています.

ところで,この解散之辞ですが,原文と現代語訳を読み比べた時に気になる点がいくつか.
特にこの部分.
而シテ武力ナル物ハ艦船兵器等ノミニアラズシテ、之ヲ活用スル無形ノ實力ニアリ、百發百中ノ一砲能ク百發一中ノ敵砲百門ニ對抗シ得ルヲ覺ラバ、我等軍人ハ主トシテ武力ヲ形而上ニ求メザルベカラズ。
武力とは兵器の性能だけではなく,それを活用する者の能力にある.百発百中の砲は,百発一中の砲100門に匹敵するのだということが分かれば,我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない.
という意味なんですけど.
後世,これが拡大・暴走解釈されて「武器が貧しくても根性でなんとかなる」という,帝国軍人の心意気に結びついていったのではないかと邪推したくなるものです.
ハードよりもソフトを重視.日本の悪い癖です.
最後にある,
古人曰ク勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト。
という言葉が哀しく聞こえます.
その後の日本は,兜がグラグラで前が見えていなかった.

「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」
この言葉の意味するところが,秋山真之や東郷平八郎が考えていたことと,後世の帝国軍人や一般人が受け取ったこととに相違があったように思えてなりません.

事実,この現代語訳としてネットに出回っているものの多くがこのパターン↓
連合艦隊解散の辞(名言格言集)
戦力なるものはただ艦船兵器等有形の物や数によってだけ、定まるのではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも実在する。百発百中の砲は、一門よく百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当らないような砲なら百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実、即ち訓練に主点を置かなければならない。
装備が貧弱でも,訓練を積んで扱いが上手になれば渡り合えるようになる.
そんなふうに捉えることもできます.むしろ,そう捉えた節があります.

私はこの部分について,「それって統計学的には負けますよ」などと野暮なことを言いたいわけではありません.
秋山真之が言いたかったことは別にあるのではないか.それは,
「より有利な状況を作ることが大事」
ということです.

日々の訓練が大事なのは承知の上,それは相手も同じなのだから,より有利な状況を作ることが軍人たる者の「無形の実力」であろう,と.
考えてみれば,訓練されているかどうか,優秀かどうかは別としても「兵士」とて無形の実力ではありません.有形の実力です.

では,彼の言う「無形の実力」とは何か.
それは兵器を活かす戦術や兵器の開発研究.戦局を有利に展開する戦略眼のことを言っているのではないでしょうか.
たとえ物質的には劣勢であっても,こちらを相手よりも有利な状況に置けば勝機はある.そうなることを我々はこの戦争で学んだはずだ.
それが彼の言う「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」であり,「我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない」という軍人としての姿勢です.

秋山はアメリカに留学し,海外の軍隊がどんなものなのか肌で感じてきたはずです.どれだけ西洋の軍隊の練度や兵器性能が高いかも知っています.

そんな彼の眼前で奇跡的に勝てた日露戦争.
だから彼は上記の文章に続けてこう述べる.
近ク我ガ海軍ノ勝利ヲ得タル所以モ、至尊ノ靈徳ニ頼ル所多シト雖モ、抑亦平素ノ錬磨其ノ因ヲ成シ、果ヲ戰役ニ結ビタルモノニシテ、若シ既往ヲ以ツテ將來ヲ推ストキハ、征戰息ムト雖モ安ンジテ休憩ス可カラザルモノアルヲ覺ユ。
先般,我が海軍が勝利出来たことは,天皇陛下の霊徳に頼る所が多かったと言えども,兵達の日々の訓練により得られた終戦であった.もしこの事例をもって将来を考えた時,たとえ戦争が終わったとはいえ,安閑としてはおれないような気がする.
という意味です.
これはこう言い換えてもいいでしょう.
「たしかに日露戦争には勝てた.だが,その勝利は天皇陛下の祈りのおかげであり,兵隊の訓練の賜物だった.だが,もしそうだとしたら,これでは将来が危ぶまれる」

秋山真之は「兵士の訓練が大事」などと言っているわけではないのです.

以下,その後にある文章を現代語訳だけ載せます.
昔,神功皇后が三韓を征服して後,韓国は四百余年間日本の支配の下にあったが,ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い,また近世では徳川幕府が太平になり兵備を怠ると数隻のアメリカ艦に国中が苦しみ,またロシア艦が千島樺太に来ても対応できなかった.翻って西洋史を見れば,十九世紀初めにナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は,祖国を安泰なものとしただけでなく,以後もその武力を維持し世界の進歩に遅れず,今に至るまで永く国益を守って国権を伸張している.
彼は戦略的な軍備と兵器開発の重要性を説いているのです.
作戦参謀であった秋山真之であれば尚の事,そう考えたに違いありません.
前回の空海と通じるところがありますね.
鳥無き島の蝙蝠たち(4)空海

兵器の性能も大事だが,それを活用する能力が問われる.
たしかにそう書いているし,そう捉えやすい.
ですが,この「活用する能力」のことを,後世の者は素直に「兵器を活用する能力」と読んでしまった.「無形の実力」のことを,「兵の練度」のことと思ってしまったのではないか.

「百発百中の砲は百発一中の砲100門に匹敵する」
「我々は主として武力を実体の無いところにも求めないわけにはいかない」

なんとも印象的な言葉です.それだけに秋山真之の,もしかすると東郷平八郎の真意が誤って広まってしまったのかもしれません.
そしてそれが,第二次世界大戦へ,さらには現代にまで尾を引きずっているのではないか,そんなふうに思うのです.

2016年6月17日金曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(4)空海

鳥無き島の蝙蝠.四国・香川県代表の筆頭と言える一人です.
空海(wikipedia)
「弘法大師」や「遍照金剛」の名でも知られている,四国・讃岐国(香川)出身の僧侶.

空海が開いた仏教の宗派が「真言宗」です.
また,中国からうどんの作り方を伝えた人ともされ,讃岐うどんを愛する人々の間では「讃岐うどんの開祖」としても著名です.

ちなみに,讃岐うどん好きの私は真言宗です.
幼少の頃,この空海にまつわる霊場・四国八十八ヶ所の寺の一つに住んでいたこともあります.叔父がその寺の住職なんです.

小さい頃に,お遍路さん(八十八ヶ所巡りをしている人のこと)に境内で遊び相手をしてもらっていた覚えがあります.あと,賽銭も入れずに鐘を突きまくって遊んでいたことも.よく住職から怒られていました.
小学生のころ,四国八十八ヶ所を全て回ったこともあります.なので空海に対しては思い入れが強いわけで.

私にとっては身近だった空海ですが,実はその存在を知らない人が圧倒的に多いんです.
前回の「三好長慶」もそうですね.戦国最強武将の筆頭なのに,「地味」ってだけで天下人ですらなかったことにされています.やっぱり四国は歴史の闇です.

さて,そんな空海は無類の天才でした.もう既に伝説的存在となっているので誇張や歪曲が入っているでしょうが,それを差し引いても圧倒的な才能の持ち主であったことは間違いないでしょう.
こういう人は千年に一人誕生します.その一人が空海です.

何が凄いって,抜群のネーミングセンスです.
「空海」
なんと抑制の効いた,それでいて雄大な名前でしょう.これだけで格の違いが分かります.
「革新的イノベーション」とか「スーパーグローバル大学」,「生活の党と山本太郎となかまたち」などとネーミングする人たちに爪の垢を煎じて飲ませたいものです.

804年の遣唐使・留学僧の一人に空海が選ばれます.この時,空海は一般学生でしたが,その他の留学僧は皆,エリート中のエリート達でした.
なぜこの留学計画に空海が選ばれたのかは謎だとされています.

いずれにせよ,中国に渡った空海は,20年計画だった仏教留学を2年で終わらせます
ホームシックで帰ってきたわけではありません.中国の先生たちが「空海君,君はもう免許皆伝じゃぁ」と言って帰した恐るべき留学生なのです.

20年かけるところを2年で帰るのはもったいないということで,空海は中国で土木建築や薬学,気象学,うどんの作り方など様々な知識や教養を身につけて帰国します.
そんな空海は,この留学を自己評価して「虚しく往きて実ちて帰る」と言います.
何も無いところからスタートして一転,実り豊かに帰国したという意味です.

空海がどのような人物だったのか考える上で,非常に参考になるが河原宏 著『空海 民衆と共に』です.
河原氏は,空海の業績の一つが「都市型住民」を宗教によって統一させたことだと考えます.国際的な大都市だった唐・長安での留学体験が,空海にそれをさせたのではないかというのです.

もったいぶってないでダイレクトに言いましょう.「都市型住民」とは「大衆」のことです.
都市は大衆を生みます.
東京を諦める
都市に住む人々は独特の病理にかかっています.
ホセ・オルテガいわく「バカ」,福田恆存いわく「悪性の俗物」です.
この病理を緩和しなければいけない,そう考えたのが空海です.

おそらく,空海は唐の都・長安にはびこる大衆を見てきた.これから大都市になるであろう日本にも,このバカと悪性の俗物が蔓延するに違いない.
だから空海は「バカにつける薬」として,「綜芸種智院」を開設しました.いわゆる大学です.
綜芸種智院(wikipedia)

当時の学芸研究の実態は,それぞれの専門の枠に閉じこもってしまい,僧侶は経典を,大学では世俗学芸のみを追求していました.これでは世を救い人を利する学問の根本目的が忘れ去られていると空海は嘆きます.
なんだかデジャヴな状況だったんですね.

空海は言います.
「九流六芸は世を済ふの舟梁,十蔵五明は人を利するの惟れ宝なり」
九流と六芸とは世俗の技芸で,実学的・テクノロジカルなものを指します.十蔵五明とは仏教の教えのことです.
空海が大学教育を通して伝えたかったこととは,
「実学だけではダメ.仏教だけでもダメ.あまねくテクノロジーを活かすには,その科学技術をどのように用いるべきかという思想哲学を学ぶ必要がある」
ということです.
涙が出そうなくらい感動する『開学の理念』ですね.

何度も言いますが,空海は千年に一度の天才でした.
四国山中での修行と中国留学によって,ありとあらゆる領域の真髄をマスターした人です.
そんな人が大都市・平安京に必要性を感じたのが,大衆対策でした.
人はテクノロジーに依存しようとします.特定のイデオロギーに寄ろうとします.讃岐うどんよりもタピオカ澱粉入りのうどんの方が白くてプリプリで美味しいと言い出す.都市型住民はそれが顕著です.これではダメだと説いたのが空海なのです.

事実,綜芸種智院では仏教や学問の宗派派閥に関係なく教師を招いて授業をさせています.宗派だ派閥だ関係ぇねぇ,っていうのが空海です.現代日本のウヨクに聞かせてやりたいですね.

綜芸種智院が「大衆対策」だったことは,この大学が「給食・給費制」だということからも窺えます.飯を食わせながら勉強させていました.
運営費は天皇や貴族,高僧といった人からの協力で賄われていたのです.
国をあげて大衆対策をしなければいけない,そんな空海の気迫が伝わります.

この綜芸種智院ですが,空海が没してから10年で廃校になります.
理由は経営難だったからとのこと.
「今後も運営を続けたければ自立経営できるようにしろ」などと言われたのでしょうか.
さもありなん.

さてさて,歴史は繰り返されています・・・.


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2016年6月16日木曜日

井戸端スポーツ会議 part 32「イチロー」

いつこの話題ができるかと楽しみにしていたのですが,こんなに早くできるとは嬉しい限りです.
今日は野球選手である「イチロー」こと鈴木一朗です.
イチロー(wikipedia)

「近代スポーツ」および「野球」の発展からしても,そして日米関係について総合的に鑑みましても,この選手が伝説的存在になるであろうことは間違いありません.

私を含め,多くの野球少年に強烈な印象を与えた1994年の200本安打達成から22年間.生きながらにして日本スポーツ界の至宝となっています.

とにかく「美しい」バッティングフォーム.60分間ずっとそれを見続けろと言われても苦にはなりません.むしろ,そんな編集動画がニコニコ動画とかで作られないか期待したいところです.

ところで,図書分類法に日本十進分類法(NDC)というのがあります.
日本十進分類法(wikipedia)
森清(もり・きよし)がデューイ十進分類法 (DDC) の体系を元に作成したもので、1928年(昭和3年)に発表し、翌1929年(昭和4年)に間宮商店から刊行された。(―中略―)日本の図書館における事実上の「標準分類法」であり、2008年の調査では公共図書館の99%、大学図書館の92%がこれを使用している(新規受入の和書の場合)。
図書の内容に応じて,0番〜9番までの10区分をしているものなのですが,実は「スポーツ」もこの分類のなかに入っているんです.
私も大学生になってから気にし始めたのですが(体育・スポーツが専門なので),てっきりスポーツは各分野において語られる話題・コンテンツの一つであり,些末な扱いをされているものとばかり思っていたのです.

ではスポーツはというと,7番の「芸術」のなかの8番目に入っていて,いわゆる図書館の分類ラベルでは「780番代」となっています.
もちろん,1876年に出来たデューイ十進分類法でも700番代にスポーツがあって,つまり書籍業界の扱いでは,「スポーツ」とは「芸術」なのです.

大学1年生の頃には不思議に思っていたのですが,勉強を続けるに従い,「そうか,だからスポーツは700番代(芸術)に入っているのだな」と思うようになり,今に至ります.

楽器や絵筆を動かす手腕の巧みさと同様,身体を用いた芸術がスポーツなのです.
現在のスポーツは「記録」や「スコア」などが重要視されるようになっていますが,スポーツ本来の魅力とは記録やスコアではないはずです.
記録やスコアといった「数字」を気にした芸術は,もはや芸術ではありません.

CDの売り上げ枚数で音楽の良し悪しが決まるわけではないし,キャンバスの大きさで絵画の偉大さが決まるわけではない.

スポーツという芸術にあるのは,洗練された身体技能にある美しさです.ちなみに,身体“技術”ではありません.
勝敗や記録,スコアといったものは,そうした身体技能が発揮された結果であり,その数字の優劣はあくまで「遊び」でしかない.
プレーヤーが目指すのは,より高い身体技能の表出.それがスポーツです.

そう言えば,イチローはかねてより打率や安打数などの成績を目標としてプレーしていないという発言が多いですね.
記録や成績よりも,自身の身体技能を洗練させることに注力しているのではないかと思うのです.これは芸術と言って良いのではないか.私はそう思います.

福田恆存が『芸術とは何か』で,スポーツを論じています.
スポーツとはカタルシスと無縁あります.そこに現代の選民の芸術,弁償の芸術,意匠の芸術が直面している危機とまったくおなじ危機が認められるのです.
(中略)
なるほど見ておもしろく,見て美しい.が,その快感も美感も,カタルシスとはなんのかかわりもありません.このカタルシスの作用を失ったとき,体育がスポーツに転落,あるいは進歩したのではなかったでしょうか.
一言にしていえば,舞踊は演戯するが,スポーツは演戯しないということであります.(芸術とは何か)
おそらく福田氏は「体育」を「前近代ポーツ」,「スポーツ」を「近現代スポーツ」として扱っていることと思われます.「記録なくしてスポーツはなりたたない」とも言っていますので(一般論として,記録なしでも「スポーツ」は成り立ちますから).
ともあれ,おっしゃることは,なるほどその通り.私が現在の体育・スポーツに感じている危機感と非常に親和します.詳細なことは別記事として論じたいと思います.

福田氏はこうも言います.
さらに,現代のスポーツは記録を目指しているがゆえに,進歩の概念と同様,往きがあって復りがない運動であります.動があって反動がない.このことが,舞踊とスポーツとを区別する―あるいは芸術とその他の人間活動,たとえば科学とか日常生活とかいうものをわける―根本的な要因ではないかとおもいます.(芸術とは何か)
現代のスポーツは,芸術から遠くはなれてしまった.
これは,ヨハン・ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』で述べていることと類似します.
スポーツは遊びの領域から去っていく――この見解は,スポーツを現代文化における最高の遊びの要素であると認める世間一般の輿論とはまさに真向から対立する.しかし,断じてスポーツはそういうものではない.むしろ反対に,それは遊びの内容のなかの最高の部分,最善の部分を失っているのである.(ホモ・ルーデンス)
イチローの安打記録は大変喜ばしいものですし,その記録の価値の是非を問うのもよいでしょう.
しかし,ほどほどにしておくのが「スポーツ」です.あまり騒ぎ立てるのはみっともない.


彼に憧れ,もともと右バッターだった私も左打席に挑戦し,高校の頃からは左バッターになっています.もちろんやや振り子を意識した,ちょうど現在のイチローのようなフォームでやっていました.
実際のところはスイッチヒッターとして試合にも出れたのですが,左バッターとしてやっていきたいという思いが強く,左ピッチャー相手でも左打席に立つことの方が多かったです.

運動能力とは不思議なもので,これまでずーっと右バッターでやっていたのに,左バッターになってからの方が成績が良くなるのです.
それに,バッターボックスに入って「しっくりくる」のは右打席なのですよ.左打席だと体が思うように動いていない感じ.とても奇妙でした.
こうした心身の不一致や違和感も含め,スポーツは芸術なのかもしれません.


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2016年6月13日月曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(3)三好長慶

長宗我部元親に続き,四国の戦国武将をもう一人.
三好長慶(wikipedia)

阿波国(徳島)の三好郡に本拠地を持つ三好氏の中でも有能な武将の一人で,
「事実上の最初の天下人」とされています.
詳細はウィキペディアをご覧ください.

このシリーズ第1回でもご紹介したように,四国・徳島は近畿・大阪京都に攻め入る上で好都合な場所です.

海を隔てているので攻撃しにくい反面,防御も容易です.
じっくり腰を据えて大阪湾を眺めるのが阿波徳島方式.機を見て攻め入り,危なくなたら四国に戻ればいいのです.

それを戦国時代にやってのけたのが阿波国の三好一族で,その最盛期を演じたのが長慶でした.
室町幕府管領の主君である細川氏を操り,足利将軍家をおさえることで三好政権を作り上げ,事実上,日本の天下をとっていたわけです.
保有していた領地も四国東部,淡路島,近畿と広大だった.
三好長慶は明らかに天下人でした.

ですが,三好一族に対する後世の扱いが非常に悪く,戦国最初の覇者は「織田信長」もしくは「豊臣秀吉」だとされるようになってしまいます.

どうやら,イノベーティブな政治や戦略を展開した信長や秀吉,独自に徳川幕府をつくった家康といった戦国の「三英傑」などと比べて,長慶は保守的で寛大過ぎたからではないかと言われています.

保守的で寛大過ぎたとはどういうことか,気になりますよね.

1549年,なんだかんだあって京の都を制圧し,主君・細川晴元と将軍・足利義晴を追い出して天下人となった長慶ですが,彼らの息の根を止めることはありませんでした.近江(滋賀県あたり)に逃がしたのです.
いつの日かまた会えるその時まで.

で,すぐ会えました.
1550年,打倒長慶に燃える細川晴元と足利義輝は,京都奪還に向けて「中尾城の戦い」を始めます.
長慶はこれを撃退.
したのにも関わらず,なんと長慶は彼らに和談を申し入れます.
勝ったのに和談.長慶の法則です.
何がどう和談なのか分からない不気味な申し入れは,もちろん交渉決裂.

翌年1551年,こりもせず晴元と義輝は京都奪還に動きます.「相国寺の戦い」です.
が,強大な兵力をもつ長慶に敵うわけもなく,あえなく敗退.
そしてここでもまた長慶の法則が発動.
攻め入ってきたはずの敵将・義輝を将軍として迎え入れ,しかも長慶が義輝の家臣になれることを条件に和睦
意味不明です.

二度あることは三度ある.
1553年,晴元と将軍・義輝は,性懲りもなく打倒長慶のため戦を始めます.そして敗走.
彼らはズタボロになって近江に逃げますが,これを長慶は追いもせず,トドメもさしませんでした.
長慶の半分は優しさでできています.

三度あったら四度あります.
晴元と義輝が再び京都に攻め込んだのは1558年,「北白川の戦い」です.もちろん敗退.
で,また長慶の法則がフル稼働.
彼らとやっぱり和睦した長慶は,帰京してきた将軍・義輝を手厚く出迎えおもてなし

1561年,長慶はかつての主君であり長年敵対していた晴元と再開すると,そこで人質にしていた晴元の長男・昭元と引き合わせます.
何度も反乱を起こしているのだから,殺されていて当然だと思っていた人質の息子が立派に育っていた姿に晴元は感動し,長慶は涙します.
え? 長慶が涙した?
はい.長慶はこうして晴元と和睦できたことが嬉しかったようです.
ここまでくると,「おかしいですよ長慶さん!」って言いたくなります.

いろいろありましたが,つまり,現存している権力構造はそのままに,その中で天下を得ようとしたのが三好氏であり長慶なのです.
たしかに地味.
っていうか,なんだかストーカーみたいですね.
「君のために僕は君と戦うんだ!」って.倒錯した愛です.

殴ってはナデナデ,殴ってはナデナデ.
実際のところ,ボコられてる晴元と義輝も「コイツちょっと頭おかしいんじゃないの?」と思ってたんじゃないですか.

ところで,三好長慶に対する評価ついて,ウィキペディアの文章を引けば,
現在では、松永久秀の壟断、横暴を許し、下剋上されてしまった凡庸な君主としての評価が、「一般的な評価として」定着してしまっている。 そして、織田信長の「革新的」なイメージと比較され、旧主・保守的・文弱・柔弱というレッテルを張られてしまっている。
とあります.
ちなみにその「一般的な評価」を作り上げることに多大な貢献をしているのが,あの「司馬遼太郎」とのこと.

司馬遼太郎は三好長慶みたいな人を低評価する向きがあります.
彼の代表作といえば,「国盗り物語」「竜馬がゆく」「燃えよ剣」,そして「坂の上の雲」.
いずれも “革新的イノベーション(笑)” を感じる人たちを題材としていますよね.

司馬氏の物語に通底するものとは,つまりこういうこと.
「日本のそれぞれの時代を作ってきたのは革新的イノベーション(笑)を持った人物であり,そうではない者が淘汰されてきた」

この考え方で歴史を眺めていくと,戦国時代と幕末以外は「面白くない」ということになってしまうのですが,良いか悪いか,それがしっかりと根付いているのが現在の日本ではないでしょうか.

三好長慶,いいと思いますよ私は.
戦国保守本流.
ソフトランディングの鬼.
彼にはそんな名前を贈りたいと思います.

2016年6月12日日曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(2)長宗我部元親

この人が本家「鳥無き島の蝙蝠(コウモリ)」です.
記念すべき第1回では「古代四国人」をご紹介しましたので,続く今回は素直に長宗我部元親を取り上げます.

前回記事の冒頭でもお話したように,このシリーズはブログ開設当初の7年前から計画していました.
だから2009年にこんな記事も書いていたのです.
大河ドラマと高知県
記事の方向性が定まっておらず,ただ長宗我部元親を紹介するだけの記事.

今回はもう少し私なりの趣向を加えてお話ししたいと思います.
なお,長宗我部元親の詳細はウィキペディアあたりを読んで下さい.
長宗我部元親(wikipedia)

7年前の記事でも書きましたが,もうそろそろ長宗我部元親をNHK大河ドラマあたりで取り上げてもいいのではないかと思うのです.
ただ,元親をドラマにすると彼の晩年の荒みっぷりをどうするかが課題となります.
後継者として期待していた信親が戦死した後、英雄としての覇気を一気に失い、家督相続では末子の盛親の後継を強行し、反対する家臣は一族だろうと皆殺しにするなど信親没後の元親は久武親直の讒言があったとしても片意地になりそれまでの度量を失っていた。(wikipediaより)
でも,それをきちんと描くのも良いかと思います.
人間の弱さを堂々と示す.その哀しみを丁寧に見せる大河ドラマも一考かと.
華々しく登場し,儚く死ぬのが英雄です.

今回はこれについて一考してみます.
元親を「鳥無き島の蝙蝠」と称して見下した織田信長,実はこの両者はよく似ている.

「嫌いな人は,実は自分自身とよく似ている」というものがあります.
同族嫌悪.ユング心理学の「シャドウ(影)」で言えば,普段自分が隠している自分のダメな部分を相手に投影してしまうというもの.

信長と元親は長く同盟関係にありましたので,両者の行動は互いに詳しく知れた間柄でもありました.
信長が元親を評価しなかったのも,もしかすると元親に自分とよく似たところを感じたからかもしれません.

幼少から青年に至るまで,信長はその粗暴の悪さから「大うつけ」と呼ばれ,一方の元親はひ弱な性格から「姫若子」と呼ばれていました.

ところが政治と戦の場に出ると,両者はそれまでのマイナス評価を一変させます.
信長は家督を継ぐやいなや瞬く間に尾張を平定し,「桶狭間の戦い」でその名を轟かせました.
元親は初陣である「長浜の戦い」での戦国無双っぷりから「鬼若子」と呼ばれ,こちらも瞬く間に周辺国を制圧します.
それこそ映画や2時間ドラマくらいなら,両者ともこのエピソードだけで見応えあるものになります.

しかし,いくら二人が天才的であっても,未知なる自身の能力に不安を抱えていたはずです.周りからの嘲笑も,全く気にならないわけがない.
ところが,実際にやってみたら「できてしまった」.周囲の自分を見る目も大きく変わった.
この体験はこの二人のその後の思想信条や行動パターンに類似した影響をもたらしていると考えられなくもないでしょう.

その後の二人の活躍は歴史を紐解けば知れるところです.
一方は天下統一に最も近い者と称され,一方は土佐の出来人と呼ばれるまでになります.
信長の業績として名高いのが「経済政策」とされています.流通に気を配ったのは有名です.
実は元親もそうです.険しい山々に分断されている四国の流通路を確保するため,様々な整備をし,その往来も当時としては自由度が高いものでした.
この二人の発想はよく似ているわけですが,両者は同盟関係にあったのですから影響し合った可能性も考えられますね.

そんな二人は1580年に対立します.
中国攻めを考えていた信長は,元親の四国制覇(厳密には,瀬戸内海側である香川と愛媛の地域の征服)を快く思わず,高知と徳島の地域だけ領有しろと迫りますが,元親がこれを断ったのです.
ここにきて信長は四国征伐に着手,元親がこれを迎え討つ形になります.

さあいよいよ信長軍が渡海しようかという前日(6月21日)に起きたのが「本能寺の変」です.
なんとまぁ「元親にとってタイミングの良い事件」ですね.
実はこの本能寺の変の原因の有力候補として,最近注目されるようになったのが「四国征伐回避説」です.
本能寺の変:四国征伐回避説(wikipedia)
そこにはこうあります.
この説が俄かに注目を集めたのは、平成26年(2014年)、石谷家(いしがいけ)文書(林原美術館蔵)の中から元親から利三に宛てた書状が発見されたからである。
斎藤利三は光秀の家臣で,彼の妹が元親の妻という間柄です.
利三としては,妹が嫁いだ長宗我部を助けたいはずですし,
元親としても,取次役である光秀の家臣であり,妻の兄である利三を頼って書いたもの.
非常に重要な意味を持つ手紙なのです.
内容は、元親が土佐国・阿波2郡のみの領有と上洛に応じる旨を記しており、ここから四国攻めが実施されると政治的に秀吉=三好笑岩(三好康長)ラインの完全勝利となり、光秀は織田政権下はもちろん長宗我部氏に対しても面目を失い、いずれ失脚することになると思った可能性があることから、それで本能寺の変を起こしたとも読み取れると論評された
どうしてそうなるのか,補足が必要です.
元親と信長は同盟関係にあったということを上述しましたよね.光秀は,その信長と元親との取次役(外交官)をやっていたのです.
近畿を攻めていた時期の信長としては,四国の元親の力を借りるべく友好にしていました.光秀も元親と親身になって外交していたでしょう.

ところが,中国攻めの計画をはじめた信長は「元親が四国制覇すると,海を渡って中国に攻めてくるのではないか? だとすると危険だ」ということで「土佐1国と阿波の半分以外は領有するな.でなければ四国征伐する」と言い出します.
元親も徹底抗戦の構えを崩さないため,「光秀は取次役として無能」という烙印を押されます.光秀にとっては面目を潰される事態なのです.

しかし,元親が利三にあてた手紙には,信長の要求を飲むことが記されている.
この手紙が書かれたのは四国征伐の予定6月22日より一月前の5月21日.当然,手紙を受け取った利三は光秀に元親の意志を伝えたはずです.

元親が,信長や光秀ではなく利三を介して伝えた理由はさまざま考えられるでしょうが,そのあたりは彼らの関係がどのようなものだったのかによります.
いずれにせよ,おそらく光秀(もしくは利三)は信長に「元親は要求を飲むようです」と伝えたはずです.それが光秀にとって(利三にとっても)利のあることですから.

ところが信長は四国征伐を中止しませんでした.
つまり,信長はもともと四国征伐をするつもりだった可能性が高い.例の要求にしても,はなから元親が蹴ってくることを想定して出したものと推察されます.
第二次世界大戦でアメリカが日本につきつけたハル・ノートのようなものですね.

実は,信長が元親に土佐1国と「阿波半分」の領有を迫ったのには理由があります.
阿波の美馬と三好を本領とする三好康長が,元親に奪われた自分の領地を取り戻すため羽柴秀吉に接近しており,この秀吉を介して信長の四国征伐が進んだ可能性があるのです.
信長が元親に要求した「阿波の残り半分」は,その三好康長の領地です.

ちなみに,信長は四国征伐の暁には,三好康長に阿波1国を与え,しかも信長の三男であり四国征伐総大将であった信孝を康長の養子にすることになっていました.

だとすると,どうして信長は最初から元親に「土佐1国だけ領有しろ」って要求しなかったのでしょうか?
それは信長なりの思惑があったからだと思うのです.
もしこの要求に元親がすぐOKを出してきたら,それで今回の一件は落着します.戦争をしなくて済むからです.土佐1国よりは,阿波半分が付いていたほうが交渉が進む可能性がある.そう考えたのでしょう.

でも,四国征伐の準備が進むうちに「どうやら間違いなく勝てそうだ」ということになると,元親が当初の要求を飲んできても無視をした.
政治的な駆け引きですね.

こうした一連の事態を最も苦々しく眺めていた者,それが明智光秀です.
目の前で繰り広げられる政治劇.主君信長への不信.そしてライバル秀吉の暗躍.
光秀にとっては我慢ならない展開だった.自身の立場を危うくする状況でもあった.
そんな時に現れた絶好の機会.
と,かつてはこうした理由から光秀自身の怨恨説・野望説などが考えられていたのですが,いくらなんでもそれだけの理由でクーデターを起こすのは非現実的だとされていました.
ですが,ここに例の「手紙」が現れたことにより「元親―光秀ライン」がくっきりと見えてきたわけです.

もしかすると,元親は光秀に対し,信長暗殺後に合流しようと持ちかけていたのかもしれません.
「だから信長を討って,四国征伐を止めてくれ」と.

「本能寺の変」は無謀過ぎる暗殺計画だと言われていましたが,もし光秀が元親を頼っていたとすると,一連の事態と行動は一気に合理的に解釈できるようになります.
もし信長暗殺後の混乱に乗じて元親が海を渡って合流してくれたら,光秀はなんの不安もなく近畿をおさえられるからです.

しかし,元親は海を渡ってきませんでした.
裏切りですね.光秀と利三の心中を考えると悲しいですが.

でも,考えてみれば合点がいくことです.
混乱する近畿・中国を対岸の海から眺め,自分の都合に合わせて立ち回ればいいのですから.海は自然の水堀です.
そもそも,元親は四国を出るつもりはなかった可能性が高いのです.
詳細は■四国攻めをお読みください

話を二人に戻しましょう.
焼け落ちる本能寺のなかで凄絶な最後を遂げた信長に対し,元親の最後は冷たく静かで,厭世的なものでした.
有能な息子の死を嘆いて失意のなか老後を過ごし,家中を混乱させたのちに病に倒れた.晩節を汚したと言われることもあります.

しかし,私はこう思うのです.
この両雄は,戦国武将たる己の野望が儚く消えゆく様を眺めながら,それでも最後まで生き抜いて果てた.一人は僅かな時の中で,一人は13年をかけて.

四国制覇の夢が消え,嫡男が戦死したことで,元親は晩年荒んだ時を過ごしたとされています.
しかし,その後も小田原征伐や朝鮮出兵など各地を転戦して活躍し,四男・盛親に家督を継がせる話にしても,事情を知れば不自然なことではなく,むしろ盛親がその後苦労しないために万策を尽くしたとも言えます.■長宗我部盛親
ここにあるのは,野望が潰えてなお,それを捨てず寡黙に生きる男の姿です.

これは信長が燃え盛る本能寺の中で発した,「是非に及ばず」という言葉に込めた想いと通じるのではか,そんなふうに思うのです.

対照的でありながら,対照的だからこそ両者の死は戦国の世を象徴してもいます.
そうした意味において,やはり二人は似た者同士だったと思われます.

2016年6月11日土曜日

鳥無き島の蝙蝠たち(1)古代四国人

「統計」「教育&大学改革」「危ない大学」「スポーツ」に続くシリーズ物として位置づけようと思います.
四国の偉人をご紹介するシリーズ,今回はその第1回.

このシリーズはブログ開設当初から考えていたもので,どのような話の展開にするか迷いながら,結局7年が経過してしまいました.
考えるのも面倒になってきたので,見切り発車しようと思います.
ボチボチ読んでいってください.

もともとは私の地元である「高知」だけでシリーズ化しようと思っていたのですが,歴史的人物も扱うことになるので,高知に限らず「四国」という島単位で考えたほうがしっくりくるかなと.

ちなみに,「鳥無き島の蝙蝠(コウモリ)」というのは,戦国時代の四国の覇者である長宗我部元親に対する織田信長の皮肉です.
有力大名(鳥)がいない島・四国を制したところで,それは「鳥(有力大名)」ではなくて「コウモリ」だ.という意味.

「鳥無き島の蝙蝠」
私はこの言葉が好きです.実は四国の人々のことをよく表しているからです.
この言葉を違った見方をすれば,世間の評判よりも独自の価値基準で生きている人が多い,そんなふうに捉えることもできます.
あともう一つ.四国は日本の歴史の闇に隠れることが多い.そんな歴史の闇で音もなく羽ばたく姿は,蝙蝠と称されてもよいかと思うのです.

そんな四国人列伝の第1回を飾るのは,
「古代四国人」
です.
歴史の闇を羽ばたく四国人を扱うこのシリーズの第1回にふさわしいかと思います.

時は古代日本.3〜4世紀頃.古事記,日本書紀で語られるお話です.
学校の授業で「神武東征」を習った時,四国の者であればみんな疑問に思うのが,
「なぜカムヤマトイワレビコ(以降,「神武軍」)は四国を通って東征しなかったのか?」
ということです.
下図のように,豊後水道や瀬戸内海を渡っていつでも四国に入れそうなものを,一切触れずに橿原まで向かっているのです.


そんな質問・回答がYahoo!知恵袋にあります.
神武東征は、なぜ四国をスルーしているのですか
それへの回答は1件だけ,
人間が殆ど住んでいない【未開の地】だからねw(runa_1_jpさん)
というものですが,これはおそらく間違いです.

当時,もし四国が未開の地だったとすれば,なおさら四国をスルーする理由がありません.
神武東征の趣旨が,一般に知られている,
「大和(近畿)を征服して大きな王国を作った物語」
だとすると,わざわざ中国地方を転戦して苦労する必要が無いのです.

もし神武東征が一世代ないし数世代という短期間での領土拡大を狙った戦争なのであれば,宿敵・大和を制圧するためには,“未開の地” 四国を通るのが常識的判断です.
にもかかわらず,神武軍は頑として四国に上陸しなかった.

さらに,wikipediaの神武東征とか,このHP「神武東征伝説」でも取り上げられているように,当時の船の航行能力では非常に危険な「関門海峡」をわざわざ選んで進んでいることは不自然です.日向・宮崎出発ならなおのこと,普通なら豊後水道を通るはずです(下図).


その後は,松山→今治と進んで広島に上陸するか,新居浜を経由して丸亀か高松あたりで岡山へ向かうか,そのまま東進して淡路島を経由するか.
これが当時の渡航技術での一般的な侵攻ルートだと想像されます(下図).


ではなぜこのルートを通らなかったのか?
そして,なぜ神武軍は四国に一切上陸しなかったのか?

考えられることは一つしかありません.通らなかったのではなく,通れなかったのです.
それはつまり,四国は「未開の地」ではなかったからです.

豊後水道を通って四国上陸をしてみたが,この地域(愛媛)の部族が思いのほか強くて返り討ちにあった.だから危険を承知で関門海峡まで北上してここを渡り,四国を避けるように中国地方を転戦しながら大和まで進んだ.と考えられなくもない.

実際,考古学的にも古代四国には強力な軍団がいた可能性があるのです.
四国からも鉄器や青銅器,それらの武器が出土しています.
土佐の青銅器(高知県文化財団埋蔵文化財センター)
平成12年時点での弥生時代鉄器出土状況
弥生・古墳時代の鉄器文化
「いやいや,九州・中国地方と比べると少ないじゃないか」と思われるかもしれませんが,それを言い出したら四国と近畿は同レベルです.

逆説的に言えば,鉄器・鉄剣が「出土する」ということは,その都市集落が何らかの理由で凋落したということを意味します.反対に,その都市集落における生活の連続性が保たれれば,そこから「弥生時代」の遺跡や遺物は出ません.
つまり,弥生時代以降も社会が安定した地域ほど,人々のその土地での生活が続くわけですから遺跡・遺物が出にくくなると考えられます.

例えば,廃村になったところの家屋からは「白黒テレビ」や「二槽式洗濯機」がゴロゴロ出てきますが,私達が生活している環境からこれらは出てきません.これをもって今私達が住んでいる場所に「かつて白黒テレビや二槽式洗濯機がなかった」ということにはならないことは理解していただけるかと思います.

弥生時代,鉄器は自前で製造することができず,朝鮮半島から輸入していたとされています.そんな貴重な輸入品をポイっと捨てたり埋めたりすることはないでしょう.

神武東征を,弥生時代に起きた一世代ないし数世代での遠征物語ではなく,何百年にもわたった九州勢と近畿勢の抗争を下敷きにした物語だと考えることもできますが,それだとなおさら四国が登場しないことがおかしい.

やはり「神武軍は四国を攻略できなかった」と考えることが妥当です.
自国の偉大な歴史です.そこに「四国を攻略できなかった」と格好悪い内容として伝承するのは避けられたのかもしれません.

もっと言うと,巷ではさらにぶっ飛んだ神武東征伝説があるのだそうです.
その名も,「四国拠点説」.
実は神武東征とは,
「四国にいる部族が,西は九州・日向から東は近畿・大和までを順番に攻略していった戦争が下敷きになっている物語ではないか?」
というものです.

「いくらなんでも無茶苦茶じゃないか」と思われるでしょう.私もそう思っていますが,なんせ浪漫がある話だし,しかもその話をよくよく聞いてみるとまんざらでもない

例えばこんなサイトで紹介されています.
東征の嘘(個人サイト)
神話の中の四国(ビジネス香川)
つまりはこういうこと↓


もはや遠征ではありません.和製ヴァイキングですね.
この説に乗れば,神武東征とは四国を拠点とした軍団が豊後水道から侵略を始め,宮崎・日向,九州北部を攻略,今治あたりから広島・安芸を攻め,丸亀あたりから岡山・吉備を陥落させ,最後に徳島あたりから近畿の大和を制圧した,という伝説です.

四国が神武東征ルートから完全に無視されているのは,ようするに戦争の主役となる軍団の本拠地が四国だったから.
その後,なんらかの政治的理由によって四国を歴史の表舞台には出せなくなり,代わりに「神武東征」という歴史で伝承することにした.と考えられています.

この時代については遺跡発掘以外に検証するすべがないため,これらは想像の世界となってしまいます.
それだけにこの説の強みは,上述してきた話やその他の日本の伝承などを鑑みた上で,当時の戦争計画としても現実味があることです.

話の発端としては,おそらく四国には瀬戸内海沿岸部から徳島を中心として大きな国,連合国があったことが考えられます.
このサイト→■四国が伊予之二名島と呼ばれる理由とは?でも紹介されているように,四国の各地域は豊穣で国力の高い意味を持つ名前がつけられています.

一例として,高知県あたりは「建依別(たけよりわけ)」と呼ばれており,ここから考えられるのは,この地域には伝統的に強力な兵士集団がいた可能性があるのです.
もしかすると,ここには傭兵を生業とした人々が住んでいたのかもしれませんね(その後この地では,長宗我部元親が運用した「一領具足」と呼ばれる用兵法が誕生するのですが,その下地がここにあった可能性もあります).

そして,この四国連合は近畿の大和と対立関係にあった.
大和を攻めたいのだけれど,その一方で周辺国からもきな臭いものが感じられる.そこで四国連合は,大和と対決する前に西日本の有力国を制圧しておこうと考えたわけです.

特に注意すべきは九州.
邪馬台国九州説があったり,先に話したように九州北部から鉄器が多数出土していることから想像できるように,当時から九州は油断ならない地域だった.
場合によっては大和・九州両大国との挟み撃ちになる危険性を避けたい四国連合は,豊後水道を渡って九州攻めをしたのです.

広島・安芸と岡山・吉備には手こずったようです.古事記によれば,安芸に7年,吉備に8年かかったと考えられます.
遠征中の軍団を長期間駐留させることは容易ではありません.土地勘のある現地部族に奇襲をかけられて壊滅するのがオチです.このように長期間の戦争ができたのも,軍団の本拠地が四国であったことの証左ではないでしょうか.

背後の心配をしなくてもよくなった四国連合は,いよいよ近畿を攻めます.
古事記にあるように,最初は正面突破を試みるものの失敗したのでしょう.そこで次は熊野から山中を北上させる別働隊を加えて挟撃したのではないでしょうか.
そうして橿原を制圧したものと考えられます.

地図を見てもわかるように,四国は西日本を制覇する上で絶好の地理的条件です.
現代においてはその平地の少なさや,本州とは微妙に遠く海を隔てていることから開発スピードは遅いものの,古代においては他の地域と遜色ない条件です.
大きな河川が多数存在するので水源確保も容易.しかも気候も温暖で山河に入れば一年中何かしらの食料が手に入るこの地域は,都市の初期成長には大きなアドバンテージがあります.

それに,四国は日本神話において重要な位置づけになっています.
伊邪那美命と伊邪那美命による国産み神話はご存知でしょう.
国産み(wikipedia)では二神によって産み出された島はどのような順番だったか?
1.淡路島(あはぢのほのさわけのしま)
2.四国(いよのふたなのしま)
3.隠岐島(おきのみつごのしま)
4.九州(つくしのしま)
5.壱岐島(いきのしま)
6.対馬(つしま)
7.佐渡島(さどのしま)
8.本州(おほやまととよあきつしま)
実は,四国は淡路島に続く2番目に誕生した島なのです.

さらにこれに続けて,四国周辺の島々が生まれます.
1.児島(きびのこじま)※現在の岡山・児島半島
2.小豆島(あづきじま)※瀬戸内海の小豆島
3.周防大島(おほしま)※瀬戸内海の周防大島
4.姫島(ひめじま)※豊後水道の姫島
5.五島列島(ちかのしま)
6.男女群島(ふたごのしま)

それを地図上に示してみます.


上述した四国連合が各地方を侵略する地図を再度ご覧ください.この「西日本統一戦争」に関連する島々だと考えるのが妥当です.
ですから,こう考えられなくはないでしょうか?
四国人が九州・近畿を制圧して日本を作ったとすると,その足がかりとなった重要な場所から順番に「国産み神話」にしたのです.

四国を最初にもってくるのはあからさま過ぎて憚られたため,最終決戦である近畿攻めの際に重要だった淡路島が最初に産まれます.
で,次に四国ということ.

八島を産み終わったあとの6島のうちの最初の4島(児島,小豆島,周防大島,姫島)は,もしかすると各地方を制圧する際に役立った島々かもしれませんね.

あと,豊後水道へと四国から長く伸びた佐多岬半島(佐多岬)も上図に載せましたが.
実は,佐多岬の名前の由来は「猿田彦命(サルタヒコ)」です.
サルタヒコは「天孫降臨の際に、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を道案内した国津神。 (wikipedia)」です.
ウィキペディアのニニギノミコトの天孫降臨の説明にはこうあります.
「この降臨の経路の解釈ついては、日向国の高千穂峰に降り吾田国(現在の鹿児島県南さつま市)の長屋の笠狭碕に到達したとする説のほか諸説ある。」

高千穂峰というのはあの坂本龍馬の新婚旅行でも知られる天逆鉾が刺さってる山ですが,ここが神武東征の出発点だとする説があります
「天孫降臨」の焼き直しが「神武東征」だと考えられる節もあることから,両者の関係性は強いと思われます.

つまりこういうこと.
「ニニギノミコト(四国連合軍)はサルタヒコに導かれて(佐多岬を通って)日向の高千穂峰に降り立ち(日向を制圧し),ここから葦原中国の統治を始めた(西日本統一を開始した)」

もっと言えば,佐多岬の先,豊後水道を渡ったその地(九州東部)も「豊日別(とよひわけ)」と呼ばれており,そしてこの豊日別はサルタヒコと同一神とされているのです.
豊日別(wikipedia)

以上,このように考えると神武東征が,実は「四国を本拠地とした軍団による西日本沿岸部の制圧物語だった」というのも有り得なくもないのでは?

最後に,なぜ四国が歴史の表舞台に出なくなってしまったのか? という疑問が残ります.
これについては全く不明ですが,いろいろと政治的な力学が働いたのかもしれませんね.

日本のルーツが四国にあると考えるだけでも,四国人としては浪漫があるのではないでしょうか.


続きはこちら↓
鳥無き島の蝙蝠たち(11)邇邇芸命(ニニギノミコト)
鳥無き島の蝙蝠たち(14)古代四国人2
鳥無き島の蝙蝠たち(15)月読尊(ツクヨミ)

2016年6月10日金曜日

エクセルの散布図のオプションの「グラフに数式を表示する」の活用法

ご多分に漏れず,本学でもエクセルを使ったデータ処理の実習をしています.
「相関関係」と「回帰分析」では,グラフとなる散布図に近似曲線を入れて,そのオプションのなかの「数式」や「R-2乗値(もしくはr値)」を表示させることがあります.
例えば以下のように.
で,学生からこんな質問を受けることがあるのです.
「なんで『グラフに数式を表示する』にチェックを入れなきゃいけないんですか? てか,この数式は何を意味しているんですか? どうしてグラフに数式を入れなきゃいけないんですか?」

まったく同じ質問を私も学生の時にしたことがあります.
先生に怒られました.「お前はバカなのか?」って.

今になって思うと・・・,そうですね.

これは,
y=ax+b
という基本中の基本の中学数学ですが,この数式が何を意味し,どのように活用できるのか解説されることは意外と少ないものですから,数学に弱い文系学生なんかは,それを知らないまま放ったらかしの人って結構多いんですよ.
それに,あらためて統計学の授業を受けていない学生にとっては,なかばルーティーンの如く表示させるこの「数式」の意味が分からないのは当たり前かと思います.

本来なら相関関係と回帰分析を丁寧に教えるべきところですが,なかなか伝えきれないまま終わることが多いものです.
上記のような課題ですと,「相関関係」に関する説明が主だったものになり(学生も解釈しやすいから),回帰分析の詳細な説明までいかないことがあります.

そこで今回の記事はそれを補完するためにも,
エクセルの散布図の「近似曲線の書式設定」のオプションにある「グラフに数式を表示する」の活用法
について取り上げます.
実はこの「数式」,チェックボックスをクリックするだけで簡単に算出されるわけですが,非常に利用価値の高いものなんです.

例題とした上記画像の数式をここに示します.

y = -33.337x + 158.24

これは,
「y(ジャンプ力)は,x(疾走タイム)に-33.337をかけて,それに158.24を足した値である」
ということを意味します.
ということは,「y」「x」のいずれかの値が分かれば,もう片方の値を推定することができるということなのです.

例えば「私」が疾走タイムを測定したとします.
ここでは仮に,「2.9秒」だったとしましょう.
この疾走タイムの値(x)が分かれば,ジャンプ力が推定できます.
以下の図のように,

=-33.337*B15+158.24

を計算してみましょう.

その結果,ジャンプ力は約「61.6cm」と推定されるわけです.
以下に算出結果の図を示します.


このことは,
疾走タイムを「x」にしたい場合,ジャンプ力「y」はどれくらい必要なのか?
という推定ができることを意味します.
一般的に,ジャンプ力が高い人は走る速度も速いとされています.ですから,速く走るためのトレーニングとしてジャンプ動作を用いることは多いものです.

例えば,疾走タイムを「2.5秒」にしたいのであれば,

=-33.337*2.5+158.24

を計算します.
その結果,約「75cm」のジャンプ力が必要だという分析ができるわけです.


もちろん,これは推定ですし人間の運動能力が直線回帰することは極めて稀ですので,理論上の話ということになりますが.

もう一つ,別の観点からの活用法もご紹介します.
2000年頃から,文部科学省は学校等で行なっている体力テストの内容を改定しています.
現在,「垂直とび」は行われておらず,代わりに「立ち幅とび」を行なっています.
ですから,「子供の頃,垂直とびはどれくらい跳んでた?」っていう話題を今の若者にしても「え? 垂直とびってなんですか?」という反応が返ってくることが多いので注意しましょう.
「おまえ何言ってるんだよ.手にチョークの粉を付けて壁際で跳ぶやつだよ」って言っても理解されません.
同様のものに,「立位体前屈(旧テスト)」と「長座体前屈(新テスト)」があります.
それでだいたいの年齢がバレますので,女性は特に気をつけてください.

さてさて,そうはいっても今の若者から「垂直とび」がどれくらい跳んでいたのか何が何でも聞きたいという場合,例の数式で推定することができます.
例えば以下のようなデータ.
【注意】以下のデータは本ブログ記事の例題用として作成したものです.学術的なデータではありません.


仮に相手が「そうですねぇ,215cmくらいだったと思います」って答えたら,以下のように計算しましょう.
以下の図では,

=0.4725*A13-46.72

を計算しています.


その答えは約「55cm」となります.
つまり,立ち幅とびで215cm跳んでいた人は,垂直とびなら55cmくらい跳ぶだろうということです.

今回は「体力テスト」のデータを使いましたが,これを別のデータで応用すれば,いろいろな分析ができるようになります.


2016年6月9日木曜日

井戸端スポーツ会議 part 31『バレー,変じゃね? いや変だよ』

こんなニュースが出ています.
バレーの熱狂的応援、変じゃね? アイドルが踊り、DJが絶叫 ストレート負けでも「やばい超最高」
大盛り上がりで終わったバレーボール、リオ五輪世界最終予選。日本チームを応援してはいた。けれど、おそろいの赤いTシャツを着たアイドルやアナウンサーの熱狂的な姿がテレビに映るたびにモヤモヤしてしまった私。この感じ、何だろう。日本戦の直後、タイ女子チームのコーチはこう言ったそうだ。「これはスポーツではない。日本のショーだ」(withnews6月9日)
日本のバレーボールが気色悪い事態になっていることは以前から問題視されていました.
以前と言ってもそれはそれはかなり以前からで,私が学生だった15年くらい前(2000年頃)からです.ゼミでも話題にしていたし,食堂での学生同士の世間話のテーマにもなっていました.

「バレーを盛り上げるためには必要なところもあるのではないか」という意見もありましたが,当時のスポーツ系専攻学生の大方の見方としては,
「これはおかしい」「スポーツじゃない」「死ねばいいのに」
というものでした.

ややエコノミックな思考をしたがる “意識高い系” 学生なんかは,
「これからのスポーツは,こうやってエンターテイメント性をもたせる必要があるんだよ」
とか言っていましたし,近鉄バファローズの身売り問題に端を発する「プロ野球再編問題」とも重なっていたので,ファンサービス重視とかスポーツビジネスの工夫といったことが取り沙汰されるようになった時でもあり,こうしたバレーボール界の取り組みを肯定的に捉えていた学生もいたことは確かです.ただ,それでも彼らは少数派でした.

私がテレビを見なくなったのは,ちょうどその頃からです.だからその後のテレビの中のバレーボールは知りません.
上記のニュースと関連記事を読んでみたのですが,当時よりも「気色悪い状況」はさらに加速しているようですね.

これはプロ野球やJリーグが取り組むファンサービスやエンターテイメント性の強調とはわけが違います.
国際試合です.やっていいことと悪いことがあります.

バランス感覚の欠如.不誠実なスポーツへの態度.
東京を諦めるでもお話したように,日本の社会がここに現れています.
スポーツを見れば,その社会が分かるのです.

これについて,もっとちゃんとした批判をした人がいます.
ヨハン・ホイジンガです.
一般への認知度は低く,ちょっと地味な歴史家・思想家ですが,我々体育・スポーツ関係では知らぬ者はいない重要な位置づけとなる人物です.

バレーボールの件,あれこれ私が語るよりも,ホイジンガの主著『朝の影のなかに』と『ホモ・ルーデンス』からいくつか引用しましょう.そこに全てが書かれています.

ホイジンガは近現代社会のなかにある特徴を見出します.それが,
ピュエリリズム(ピュアリリズム):小児病
です.
子供を大人にひきあげようとはせず,逆に子供の行動に合わせてふるまう社会,このような社会の精神態度をピュアリリズムと名付けようと思う.(朝の影のなかに)
では,子供のように振る舞う社会とはどのようなものか?
ピュアリリズムは二様にあらわれる.ひとつは,まじめで重要な活動と目されながら,そのじつ,それが,まったく内容空虚なあそびとしての性格を帯びているばあいであり,ひとつは,たしかにあそびと目されてはいるのだが,しかし,その行動の態様からして,真のあそびとしての性格を失っているばあいである.(朝の影のなかに)
今の日本社会でありスポーツ界,そして件のバレーボール界のことです.
それらの大部分は,現代の精神的コミュニケーションの技術によって惹き起こされたり,または押し進められたりした習慣である.これに属するものには,たとえば,たやすく満足は得られても,けっしてそれで飽和してしまうということのない,つまらぬ気晴らしを求めたがる欲望,粗野なセンセーションの追求,巨大な見せ物に対する喜び,などがある.(中略)さかんなクラブ精神とそれに伴う記章,きまった型の手の動かし方,合言葉(定型化した喊声,喝采,挨拶の言葉など),スローガン,それから歩調を合わせた行列行進,その他がある.(ホモ・ルーデンス)
おいおい,それじゃスポーツイベントの全否定じゃないか,と思うでしょう.「遊び」と「スポーツ」に肯定的文化因子を見出したホイジンガが,その主張とは矛盾したことを言っているようにも聞こえます.しかし,そうではありません
現代社会のなかでさかんにはびこっている小児病は,遊びの機能の一つであるとしてよいだろうか,それともそうではないのか,という疑問がここに起こってくる.(中略)しかし私は今,遊びの概念の境界はもっときびしく引くべきであると考えており,そういう理由から,小児病に対しては遊びの形式としての性質を認めることを拒否しなければならないと思う. 遊んでいる子供はけっして子供っぽくない.子供っぽくなるのは,遊びが子供を退屈させたときか,どうやって遊んだらよいかわからなくなったときに,初めてそうなるのだ.(ホモ・ルーデンス)
では,このピュエリリズム(ピュアリリズム:小児病)の本質とはなんなのでしょうか?
判断力と批判意欲の衰弱がその基礎にある.このなかばみずからえらびとった昏迷の状態に,大衆はひじょうな居心地のよさを感じている.ひとたび倫理的確信のブレーキがゆるむや,いついかなる瞬間にも危険極まりないものとなりうる状況がここにある.(朝の影のなかに)
バレーボール界とそれにまとわりつくメディアの「遊び」と思うなかれ.
これは「遊び」ではなく,「悪ふざけ」であり,ピュエリリズムなのです.
そしてこれはバレーボール界やスポーツ界に特有の現象ではなく,その社会の有り様がここに現れているのです.


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2016年6月8日水曜日

井戸端スポーツ会議 part 30「ドラゴンボールZ 復活のF」

昨年に公開された劇場版アニメ『ドラゴンボールZ復活のF』を,ひょんなことから昨日見ることができました.

え? 見た感想ですか?
エンターテイメントとしては「面白くなかった」ですよ.
ドラゴンボールファンとしては,ちょっと物足りないところがあるかもしれません.少なくとも私はそう思いました.

でも,これを「ドラゴンボールとして評価する」のであれば,私は非常に高評価します.
その理由がかなり込み入ったものですので,以下にそれをご説明します.

以前,
井戸端スポーツ会議 part6「スポーツとニーチェとドラゴンボール」
というのを書いたことがあります.
今回の話の前提となることを詳細に書いていますので,先にこちらを読んでもらったほうがいいかもしれません.

そうは言ってもかなり端折ってまとめると,
劇中のキャラクター,なかでも孫悟空やベジータといった「サイヤ人」に投影されているのは,ただひたすら強くなりたいという人間の本質を描いたものであり,それはニーチェが唱えた超人思想と類似し,この思想は「スポーツ」を尊ぶ人間の精神から惹起されているのではないか? というものでした.
つまり,ドラゴンボールは「超人思想」を語るものであり,「アスリートの魂」を語っているのです.
それに対し,ハリウッド版『ドラゴンボール』は上記の要素が皆無でした.
だからあれは明確に「ドラゴンボールではない」
というのが以前の記事の趣旨です.

さて,そういう観点からして今回の「復活のF」はどうだったか? というと,やっぱり鳥山明氏が脚本をしているため,本来のドラゴンボールでした.
それは前作である2013年の『ドラゴンボールZ 神と神』も同様です.

ドラゴンボールになければならない要素.
それは「ただ純粋に「強さ」を求める過酷な “トレーニング”」です.
アスリートと一緒です.
それがなければドラゴンボールではありません.

以前の記事■スポーツとニーチェとドラゴンボールを書いていた手前,昨年に「復活のF」が公開されるということで私なりに予想していた展開があります.
後出しジャンケンみたいで気分はよくありませんが,
「復活したフリーザは “トレーニング” をするはず」
というものです.
そうでなければ鳥山明のドラゴンボールではない,そう思います.

実際,フリーザは劇中でトレーニングをしてくれました.
トレーニングしなくても強かった自分.そんな「生まれながらに最強」だった自分を負かした孫悟空を倒すため,フリーザはプライドを捨ててトレーニングをして強くなったのです.

ですが,それでも結局は孫悟空やベジータには勝てない.そんなフリーザがとった行動はというと・・・,彼はスポーツマンではなかった.やっぱりアニメ界屈指の「Mr.悪役」だったのです.
フリーザはそうでなければいけない.

欲張りを言えば,トレーニングしたフリーザは死んでほしくなかったとも思います.
トレーニングをしても勝てなかった自分を省み,宇宙のどこか片隅で,永遠の「悪」としてひっそりと生き続ける.「いつかあなた方を殺しに帰ってきますよ.ホホホホ」などと笑いながら去って欲しかったところです.
古今東西,トレーニングとは自分と向き合う営みです.
トレーニングを経たフリーザは,それまでとは違う,ドラゴンボールらしい悪人になって欲しかったところです.

そして同時に,これがフリーザとベジータとの違いだとも思うのです.
今回,ベジータと戦うシーンが用意されているのは,その対比を象徴しているようにも思えてなりません.

ちなみに,前作である「神と神」では,これが別の形で表現されています.
クライマックスで孫悟空は,他の5人のサイヤ人の力を借りて「超サイヤ人ゴッド」に覚醒します.
それにより破壊神ビルスと互角に渡り合えるようになったのですが,孫悟空はそんな自分の力を「自分一人では来れなかった世界」だとして「不満だ」と言います.
トレーニングではなく,ドーピングのようなもので得た力に納得していない.
ここに描かれているのは真のサイヤ人,真のアスリートです.

「復活のF」は,残念ながらそんなに面白い作品ではありませんでした.
昔からドラゴンボールを見ている者としては,ややネタ切れかなと思うところがあります.
ですが,そこにあったのは紛れも無く「ドラゴンボール」だった.見る価値があった.
私はそのように納得しています.

2016年6月7日火曜日

この国難をなんとかするために大学教育

難儀な教育評論家が世間から叩かれていることに乗っかり,前回は「キッチュ」の話をしました.
現在の日本を覆う病原菌,それがキッチュです.

キッチュについては,評論家の佐藤健志氏のブログで取り上げているのでそちらをどうぞ.
氏いわく,キッチュとは,
『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』で述べたように政治用語としてのキッチュは以下のように規定されます。1)明らかに無理があるタテマエを、2)〈みんなが共有している(はずだ)〉という点を根拠に「崇高にして達成可能な、美しい理想」のごとく絶対化し、3)そのような姿勢を取るうえで都合の悪い一切の事柄を、汚物のごとく見なして排除したがる態度。
これは教育論に限らず,日本社会のあらゆるところに現れています.
左翼・革新勢力が陥っている精神態度であることはもちろんのこと,私がここ最近の記事で名指しするようになった「ウヨク」もキッチュに陥っているのです.

例えば左翼はこんなキッチュに陥っています.
「憲法9条があれば戦争を防げる」という無理のある建前を,
戦争反対こそが美しい理想だと誰しもが共有していると考え,
「憲法9条を守ることが戦争をしない道」だと絶対化し,
「他国から攻めてこられたらどうするの?」といった都合の悪い事柄を排除したがる.
というもの.

逆にウヨクが陥っているキッチュとは,
「改憲・軍備強化すれば普通の国になれる」という無理のある建前を,
日本が普通の国になることが理想だと誰しもが共有していると考え,
「改憲・軍備強化」によって世界的な地位が得られると絶対化し,
「憲法9条を盾にすることで武力介入を回避してきた歴史」という都合の悪い事柄を排除したがる.
ということになります.

ここで問題となるのは,
「誰しもがそれを理想だと共有していること」
と,
「都合の悪い事柄」
に対する考察が非常に弱いということです.

「戦争反対」は絶対的な美しい理想ではありません.同様に,「普通の国になること」が理想なわけがない.
ちょっと想像力を働かせれば分かることですが,いずれも両陣営から「そんなわけねーだろ! これが理想じゃないとしたら,何が理想なんだ!」と文句が出ることです.
勢い,「だったら対案を出せ!」などと言ってくるかもしれません.対案を出しても咀嚼するつもりなんかないくせに.

キッチュは国難です.
今,国民の多くに物事を噛み砕いて飲み込む咀嚼力が低下しています.いや,そもそも多くの人間には咀嚼力はありません.生来,咀嚼力ある者がその責務を負っていたのです.
かつて,民は統治者が噛み砕いてくれたものを食べればよかった.しかし今は違います.自分の力で噛み砕く必要があります.民主主義だから仕方がない.

この咀嚼力をつけるのが大学の使命でもあります.
そんなことを論じているのが,ホセ・オルテガ・イ・ガセット 著『大学の使命』です.
御一読をオススメします.

オルテガは『大衆の反逆』でこんなことを言っています.
まえもって一つの意見を作りあげようという努力をしないで,その問題に関して意見をもつ権利があると考えるのは,私が《反逆する大衆》と呼んだ人間のばかげた生き方で,その人が生きていることを明らかに示している.(中略)愚か者は,自分を疑ってみない.自分が極めて分別があるように思う.ばかが自分の愚かさのなかであぐらをかくあの羨むべき平静さは,ここから生まれるのである.
ここに出てくる「ばか」とは,咀嚼力の無い左翼やウヨク,尾木ママと彼を支持する人たちのことを言います.
そんな「ばか」を克服するため,オルテガは大学教育に期待しています.
大学は,まず第一に,平均人が受けるべき高等教育として存立する.
ここでいう「平均人」とは大衆のことで,さっきの続きで言うなら「ばか」のことです.
この平均人を何よりもまず,教養ある人間にすること,すなわち,その時代の高さへと導くことが必要である.それゆえ,大学の第一の,かつ中心的な課題は,大きな教養学科の教授にある.
大学が使命を果たせなくなった時,この社会は一気に野蛮な世界へと逆戻りします.これは誇張ではありません.
野蛮な人間社会を諌めるため,大学は誕生したのです.
人々はきわめて安易な,気まま勝手な世界を自分のまわりに作り上げて暮らしているのだ.だが彼らは不安を抱いている.今日の平均人は,大言壮語の身振り手振りをしてはいても,心底ではひどくものおじしている.彼らは,非常に多くのことを要求しきたるであろう真実の世界が現れるのを恐れている.だから彼らは,むしろ進んで生をいつわり,最も安易な,虚構の世界の殻の中へ,おのれの生を深く封じ込んでしまうのである.
そこに,大学の使命の歴史的重大性が存している.人間を啓発すること,時代の全文化を伝達すること,生が真正であるためにそこへ生がはまり込まねばならぬところの巨大な現代の世界を,明瞭かつ正確に露呈すること.この中心課題を大学は取り戻さねばならない. 
でも,具体的にどうすればいいの?うちの学生に,そんな高尚なこと言っても通じないよ.
そのように嘆きたい人もいるかもしれません.
だから,レポート課題によってそれを克服する方法を記事にしたこともあります.
危ない大学に奉職してしまったとき:レポートの書かせ方
超便利:授業内レポート(小レポート,リアクションペーパー)作成のコツ
こちらも暇だったら御一読ください.

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2016年6月6日月曜日

例の教育評論家のこと

騒がれている中,さらに乗っかるようで申し訳ないのですが書いておきたいと思います.
北海道不明男児発見で「尾木ママ」ブログ大批判 親の「逮捕」予想も書いてた(yahooニュース,2016.6.3)

このブログを継続して読んでいた方はお察しかと思いますが,私はこの男が嫌いです.
2009年から始めた『Deus ex machinaな日々』というこのブログ.その最大の敵がこの手の教育評論家だったと言っても過言ではありません.
その次に嫌いなのが「ウヨク」です.

いつからか登場したこの教育評論家.たまにネットニュースに出てくる度に失笑しておりました.
もちろん,何から何まで彼の全てを批判したいわけではありません.
極稀に同意できることも言います.人間ですからそんなものです.

問題なのは彼自身ではありません.彼を祀り上げた世間の方が異常なのです.
彼がまともな教育論を語っていないことは,よほどのポンスケでなければすぐに分かります.
感情的で首尾一貫せず,明らかに無理のある理想論を現実の教育現場に当てはめようとする.
彼が厄介なのは,教育問題だけでなくスポーツや事件のニュースにも同じような態度で口を挟んでくることです.

それを喜ぶ人がいるのも分かります.分かりもしないことに口を出したがる人はいるものです.それはある意味仕方がない.
走りだした電車の運転席の窓を叩いて「おいっ! 止めてくれ! 頼むから止めてくれ!」って怒鳴りつけるオッサン.そんな人がいるのと同じように.

電車は走りだしたら止まれません.よほどの理由がない限り,諸事情あって止まれないのは皆知っていることです.が,知らないオッサンは運転席の窓を叩いて止めようとします.
彼もそんなオッサンの一人です.
「タクシーは止まってくれるじゃないですか.電車が止まれないのはおかしい」などという意見を堂々とメディアでぶちあげてるようなもの.
でもそれに対し,「彼が言うのも一理ある.止めてあげればいいのに」と賛同する人もいます.
けれど彼らは間違っています.それだけのことです.

以前,ある教育関係者の方と彼の言動について話をしたことがあります.
彼が日本の教育界をぶち壊している張本人ではないか.そんな話でした.
100%同意します.

ところで,「尾木ママ」という現象の問題点とは何か?
評論家の佐藤健志氏が興味深いものを提言してくれています.
キッチュ」です.氏のブログでそれを取り上げているものがあります.
同義大国とキッチュ大国
氏いわく,キッチュとは,
『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』で述べたように
政治用語としてのキッチュは以下のように規定されます。
1)明らかに無理があるタテマエを、
2)〈みんなが共有している(はずだ)〉という点を根拠に「崇高にして達成可能な、美しい理想」のごとく絶対化し、
3)そのような姿勢を取るうえで都合の悪い一切の事柄を、汚物のごとく見なして排除したがる態度。
ということだそうです.

日本の「教育問題への取り組み態度」は,まさにキッチュに陥っていると言えるでしょう.
冒頭述べましたように,尾木ママに限らず日本の教育論の語られ方は,明らかに無理のある理想論を現実の教育現場に当てはめようとするところにあります.

いじめ問題が典型でしょう.
「いじめは防止・撲滅できる」という,明らかに無理のある建前を,皆が共有しているはずだという根拠を信じて絶対化し,学校現場で繰り広げられている現実を無視して論評を展開した挙句,
「いじめ防止対策推進法」
なる法律まで作ってしまいました.

「地獄への道は善意で舗装されている」のだそうです.
ホント,そう思います.

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いじめ問題を解決する?

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2016年6月3日金曜日

即席対戦車爆弾

これまで母方の祖父の話をしてきましたが,今回は父方の祖父の話をしたいと思います.
母方の祖父は海軍・下士官でしたが,父方の祖父は陸軍の一般兵でした.
戦地は主に南方とされる太平洋の島々で,祖父本人の口からは聞きませんでしたが,父から聞くにはどうやら激戦地とされたところの生き残りだそうです.

母方の祖父は寡黙な感じの方だったので,あまり戦争の話はしなかったのですが,父方の祖父は何かの際には笑いながら戦争中の出来事をよく話してくれました.
けど,よくよく聞けばR16指定の話じゃないかと思うようなエグいものもあります.

祖父によると,ハリウッド映画に「戦地を思い出させる」ものがあるそうで.
それが「ランボー」と「プライベート・ライアン」だそうです.金曜ロードショーとかを見た時にそんなことを言っていました.
ノルマンディー上陸作戦のような浜辺からの強襲や,ジャングルの中を少人数部隊でゲリラ戦とか,そんなことをやっていたのだそうです.

御存知の通り,陸軍の死者は「戦死」よりも「餓死」や「病死」が多かったとされています.
数字は証言する データで見る太平洋戦争(毎日新聞)
祖父が言うには「補給さえしっかりしていれば,もっと良い成果を出せた」とのこと.
とにかく日本は補給線が杜撰だったのですね.いわゆる「戦線を拡大しすぎた」というやつです.

ですが,「敵兵,恐れるに足りず」というのは意気込みだけじゃなくて実際にそうだったようで,人数や武装が劣勢の状況下でも,いろいろと工夫をして善戦できたと言います.
やっぱり補給線が悔やんでも悔やみきれない致命傷だったのです.

例えば,島に上陸してくる大規模な敵兵を少人数で迎え撃つのに,以下のような戦法をとっていたと言います.

●即席対戦車爆弾の作り方と使用方法
もう使わなくなったトラックのタイヤを見つけ,その内側に爆薬を詰めるだけ詰めます.
最後に手榴弾を入れ,その信管のピンに長い紐をつけてトリガーとします(これを引っ張ることで遅延信管を起動させて爆発させることができる).

戦車が通るであろう場所を見つけたら,茂みにタイヤを隠し,そこから進入路を横断するようにロープを隠しつつ渡して自分たちは通路反対側に隠れます.
戦車がやってきたら,タイミングよくロープを引いてタイヤを戦車の下に潜り込ませ,同時に紐を引っ張り手榴弾のピンを引き切ります.

あとは爆発に巻き込まれないように,全力でその場から立ち去るのです.
たいてい,戦車の周りには歩兵がいるので,見つかったら銃弾の雨あられとなりますが,それは上手いこと避けて逃げます.
数秒後には大爆発が起こって西洋人の断末魔の悲鳴が聞こえるので,それを確認して「よし!」と思って帰還します.

これが非常に有効だったそうで,何台もの戦車や装甲車を木っ端微塵にしたと自慢していました.コツは,戦車の通る道を入念に選定すること.逃げやすく隠れやすい場所選びが重要です.

生前,花火を使って似たようなことをやってみせてくれました.激しくフィーバーして面白かったのですが,その時,祖父は祖母にこっぴどく怒られていました.
たしかにあれは危なかったな.広い田んぼの真ん中だからできたことです.都市部の良い子の皆様はマネしないように.

類似する方法に,地面に穴を掘ってその中で隠れて待つタコツボ戦法があったそうですが,祖父はこの戦法は嫌いだったとのこと.
機動性が失われるので逃げることができず,見つかったら目も当てられない悲惨な末路になるそうです.

あと,『プライベート・ライアン』の後半部のシーンで,ドイツ戦車を破壊するためアメリカ軍が靴下の中に爆薬を入れ,それをオイルにひたして「キャタピラ破壊用爆弾」なるものを作っているのですが.
祖父に言わせれば,あんなんじゃダメだそうです.よほどドイツ軍が間抜けじゃないと上手くいきっこないとのこと.
やっぱりタイヤ爆弾最強説です.

ところで,私達が子供の頃の田舎では,モデルガンや爆竹とか火薬を使った遊びが流行っていました.危険だということでそのうち規制がかかったのですが,祖父は子供たちのそんな遊び相手になってくれていましたね.
今思えば,かなりファンキーな爺さんだったと思います.

導火線をどのように通すかとか,効率よく誘爆させるための方法とか.で,いろんなものを木っ端微塵にしていました.きっと昔を思い出しながら楽しんでいたのでしょう.

もちろん,そのたび祖母に怒られていました.