2017年10月8日日曜日

体育学的映画論「鬼龍院花子の生涯」

ちょっと前の話ですが,本学の野球部の数名が不祥事を起こしました.
当事者間での示談で済んだので表沙汰にはならなかったのですが,週刊誌あたりが嗅ぎ付けるとそれなりに危ない事件ではあったんです.

最近の大学では,初年次教育で担当しているクラス(主に「基礎演習」などと呼称される)を,学校で言うところの「ホームルーム担任」のように扱っているところが少なくありません.
学生生活の相談事や,今回のような学生の不祥事があったら,その担任の教員が対応するという次第です.
うちの大学もそうでして,私もその担任をやっています.

不祥事を起こした野球部の一人が私が担任をしていたクラスの学生でしたので,担任である私も呼ばれて「面談指導」をやることになりました.
知らない人は驚かれるのですが,今の大学はこういうことをやるんです.「学生課」とか「教務課」あたりが処理するわけじゃありません.

学科長と,当該学生たちの担任である私ともう一人の先生が面談を担当しました.
事の次第を聞き取り,彼らの反省の弁を聞くということだったのですが,私にはそのうちの一人がどうも反省しているように見えなかったんですね.
「はいはい,反省してるって言えばいいんでしょ」みたいな態度でふんぞり返って,薄ら笑いを浮かべる場面もあったりで.

さすがの私も,それにキレてしまったようなんです.
私と面識のある人は知っているかと思いますが,私はとても優しく心穏やかな人物です.私が怒るところはもちろんのこと,機嫌が悪いところも見たこと無いはずです.パワフルプロ野球なら「安定感」と「ピンチ◯」が必ずついているでしょう.

だから「キレた」と言っても,結構穏やかにキレたはずなんです.怒鳴り散らすようなことはしていません.
「君たちがやったことは,とても大変なことなんだよ.そんな態度でいると,今に取り返しのつかないことになってしまうよ.なめてかかってはいけませんよ」という趣旨のことを言ったと思います.

あんなに優しく朗らかな私がブチ切れたのですから,これが学生(だけでなく他の先生も)には衝撃的だったらしく,泣き出しそうな奴もいました.
以後,彼らは反省したようで,授業でも大人しくなったようですし,野球部内での素行の悪さもおさまったと聞いています.
中高生とは違い,さすがに大学生になったら聞き分けがありますね.

面談が終わって,同席していた学科長が言うんです.
「先生が高知出身だということを,あらためて知った気がします」って.
どういうことですか?って聞いたら,
「昔の映画にありましたよね.夏目雅子の『なめたらいかんぜよ!』っていうの.あれを間近でネイティブから聞けて嬉しかったです.やっぱり土佐弁は迫力がありますね」なんて言うんですよ.
どうやら上述した学生に諭した言葉を,私は高ぶる感情のなか「土佐弁(厳密には幡多弁)」でしゃべっていたんです.
東京の人たちには刺激が強かったかもしれません.

かつて,「なめたらいかんぜよ」というセリフが流行したらしいんですね.実際,私が高知出身だというと,これを話題にする人がたまにいます.
でも,それがどういう映画の誰のセリフなのか知らないままでいたんですが,この度,動画配信サイトで『鬼龍院花子の生涯』(1982年)を見たので「あぁ〜,これかぁ!」ってなりました.
「なめたらいかんぜよ」は,以下のユーチューブ動画で見ることができます.
夏目雅子「なめたらいかんぜよ」(youtube)
ちなみに,それまではなんとなく「スケバン刑事」あたりのセリフかなって思ってました.スケバン刑事も見たことないですけど.

「鬼龍院・・」なんてところから察せられるように,これはヤクザ映画,任侠映画です.
実は1984年にテレビドラマ化され,また最近になって観月ありさ主演(2010年)でテレビドラマにもなったらしいんですね.全部知りませんけど.

ヤクザ映画の面白さがずっと分からなかったのですが,ここ数年見るようになりました.
決して誉められた生き方ではないけれど,それだけに,だからこそ「自分の人生」として納得できるものにするため,必死に藻掻く人間の姿を描いているものが多いですね.

「鬼龍院花子の生涯」はその典型で,主人公の松恵の境遇がヤクザ映画の本質を見せているように思うのです.
主人公・松恵は鬼龍院家の実娘ではなく,望んでヤクザの家の娘になったわけでもないし,大人になってからも小学校の先生として生きようとしています.
とにかくヤクザの世界から逃げ出そうとしているのですが,それでも運命は彼女に味方せず,本人も結局は鬼龍院の娘であることを受け入れる.
例の「なめたらいかんぜよ」というセリフは,それを象徴するシーンで発せられます.

そんな松恵の視点から見ることによって,鬼龍院の実娘である花子への哀れみは格別のものとなります.
小説や映画のタイトルが『鬼龍院花子の生涯』となっていますが,一見,鬼龍院花子のエピソードやシーンは少なく,主人公であり語り部である人物も,その姉である松恵です.
でも,そんな境遇の松恵の視点から見るからこそ,ヤクザ者の世界の虚しさと,その中で必死に「良い生き方」を模索する人々の,なかでも「極道の女」である花子の生涯が際立つのでしょう.

ちなみに「極道のオンナ」と言えば,主人公・松恵の義理母であり鬼龍院政五郎の妻である歌役をした岩下志麻さんは,この映画で初めて極道の妻を演じたそうです.それまで岩下志麻さんは清楚で可憐な役柄で売っていたそうなので,そこから180度方向転換した体当り出演ということなります.
しかしこれが「岩下志麻=極道の妻」誕生の瞬間となりました.
私達の世代にとっては,岩下志麻さんと言えば,高そうな着物着てマシンガン撃ってるイメージしかありませんからね.