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体育学的映画論「クリーピー 偽りの隣人」

神奈川県座間市で起きていた事件と似ている.ただそれだけの理由で取り上げてみた映画です.
今回の事件のニュースを見て,きっと他のとろこでも「状況がこの映画と似てる」と言わているかと思います.

神奈川県座間市で起きていた事件というのは,こういうやつです.
座間のアパート、計9遺体発見…住人の男を逮捕(読売新聞2017.10.31)
神奈川県座間市のアパート一室から複数の遺体が見つかった事件で、室内からは計9人の遺体が見つかったことが捜査関係者への取材でわかった。遺体はいずれも切断され、クーラーボックスなどに入っていた。
どうしてこんな事件が出来たのかというと,自殺幇助をほのめかして誘っていたようなんです.
「一緒に死のう、自殺手伝う」書き込みで家誘う(読売新聞2017.11.2)
神奈川県座間市のアパート一室で男女9人の切断遺体が遺棄された事件で、白石隆浩容疑者(27)(死体遺棄容疑で逮捕)は、ツイッターで自殺志願者を探しだしていたことが捜査関係者への取材でわかった。(中略)「一緒に死のう。1人で死ぬのは嫌なので」「自殺を手伝う」などと書き込んで接近し、自宅に誘っていた。遺体で見つかった9人のうち、女性の8人とはツイッターで知り合ったという。
精神的に異常をきたしている人が,精神的に異常な人に吸い寄せられていくのはよくあることです.
でも,意味がわからない事件ですよね.私もそうですが,世の大多数の人々には受け入れ難い話です(受け入れるのもおかしいけど).

黒沢清監督「クリーピー 偽りの隣人」(2016年)は,そんな精神異常者たちが作り出す箱庭を眺めているような気分にさせてくれる映画です.
案の定,こういう映画は世間からのレビュー・評価がとても低い.

たしかに一般人を喜ばせるためのエンターテイメントの構成にはなっておらず,一応はストーリーができているものの,出来事を映し出すだけになっています.だから,分かりやすい物語だと構えて見てしまうと退屈になってしまうのです.

この作品には視聴者に対する大きなフェイクがあります.
それは,劇中に登場する人物のほとんどが精神異常者だということです.
精神異常者の設定である香川照之演じる西野とその娘は,紛うこと無き精神異常者であり,サイコパス殺人鬼なのですが,隣人として引っ越してきた主人公の高倉夫婦も精神異常者です.
西島秀俊演じる高倉は,一見「犯罪心理に詳しい熱血刑事」ですが,要するに犯罪心理マニアで,犯罪そのものが大好きな危ない奴です.
そして,竹内結子演じるその妻は,孤独と寂しさのなかで完全にイッてしまってる女性です.そんな事態に至るまでの描写が弱いからそう捉えにくいのですが,こういう破滅的な人って結構いますよね.

映画のレビューなんぞを見てみますと,
「どうして高倉の妻があんなことするのか分からない」とか,「普通に考えておかしい」といったものがありますが,そもそも,ここに映し出されている人物はみんな普通じゃないんです.普通に考えてはいけません.
サイコパスである西野に基準値が設定されてしまうため,それに対峙する人物は「普通の人」であると考えてしまいますが,実は劇中の人物は誰もが異常者なんですよ.

「どうしてそんなことをするのか分からない」という疑問を,殺人犯である西野に向けることはありませんよね.なぜなら,彼はサイコパスだからです.サイコパスによる殺人に理由を求めることはできないことは,少しずつ世間に浸透してきました.
これと同様のことが,高倉やその妻,その他の登場人物の行動にも言えます.

登場人物たちの行動には理由がない.「それって物語や映画として破綻してるんじゃないのか」と考えられなくもないのですが,そういうもんだと思って見れば,それなりに興味深い作品ではあると思います.判別しにくいだけで,それを示す描写はずっとあるわけですから.

つまり,「サイコパスに翻弄される普通の人」というよくありがちな設定ではなく,「サイコパスの周りにはサイコパスみたいな奴が寄ってくる」というのが,この映画で描かれている重要なテーマです(と私は受け取りました).

一見普通の女性が,「どうしてあんなクズみたいな男と結婚したのか?」という話も枚挙にいとまがありません.
「クリーピー 偽りの隣人」のテーマもこれと一緒.実は身近なお話と言っていいでしょう.