2018年8月8日水曜日

体育学的映画論「夢」

前回は現在上映中の『カメラを止めるな!』の感想を少しだけ述べましたが,詳しく論評するのはネタバレを含むことになるので,もっと後になってからとします.
ひとまず,「カメラを止めるな!」は,私は好きな映画です.三谷幸喜の「大空港2013」とか,「ラヂオの時間」みたいな作品は嫌いではありません.
漂う空気も,実写版パトレイバーである「THE NEXT GENERATION パトレイバー」と類似性があったりするので,こっちも好き.
いずれも追って論評したいと思います.

で,全然作風が違う映画ですが,さっき,黒澤明『夢』を見たんです.
私は今,猛烈に感動しています.
(wikipedia)

ネットのレビューでは,結構賛否両論なんですね.
たしかに,そんな感じの映画ではある.
つまらないっちゃ,つまらないもん.

映画って,ある程度のクオリティを超えてくると,あとは好みの問題になってくるように思います.
万人受けする作品,映画通に受ける作品,熱狂的ファンに受ける作品などなど.そこからさらに細分化した後は,個人的嗜好になっていくものです.

今,物凄い人気を博している「カメラを止めるな!」にしたって,たぶん映画通にしてみれば「過去にもこういう作品はあった」とか言うんだろうけど,その時代との融和っていう要素もあると思うんです.いろいろ書きたいことはありますが,これについては,また別の機会に.

さて,「夢」ですが,これはその時代の空気との融和とは無関係な作品です.
黒澤明の映画は概ねそういう作品が多いとは思いますけど,これは特にそう.

黒澤明本人が見たとされる夢を映画化したものとされていますが,その映像は鳥肌が立つほど綺麗で,まさに「夢の中の出来事を映像化したらこうなりました」というもの.
8つのエピソードから成るオムニバス形式の映画です.

特に少年時代のエピソードとして出てくる映像は,「小さい子供にとっての自然や伝統慣習の見え方」が見事に現れています.
たしかに,私も子供の頃にはこういう夢を見ていた覚えがあります.
例えば「日照り雨」のラストシーンである「花畑と山にかかる虹」の映像は,田舎育ちの私にとっては背筋が凍るような既視感.それは懐かしさと怖ろしさが同時に込み上げてくる複雑な感情.
雨上がりの土と花と緑の匂いも同時に想起され,思わず唸ってしまった.

次のエピソード「桃畑」も映像が凄くきれい.
桃の段々畑を雛壇に見立てて演舞するシーンは圧巻の一言.
望遠レンズの圧縮効果を使って,段々畑をシームレスな「1枚」の舞台として撮影したものですが,こういう見せ方もまさに「夢」のような映像です.
ちなみに,私にとっても段々畑は幼少期の琴線に触れるものなので,これにも猛烈に感動しました.
難しいこと考えなくても,色使いがヤバいのでそれを堪能するだけで十分です.

あと,印象に残ったエピソードは「鴉」と「トンネル」.
「鴉」はゴッホの絵の中に迷い込んだ夢です.
この夢の中ではゴッホとも出会うのですが,そこでゴッホは名言を口にします.
「絵になる風景を探すな.よく見るとどんな自然でも美しい.僕はその中で自分を意識しなくなる.すると自然は夢のように絵になってゆく.いや,僕は自然をむさぼり食べ,待っている.すると,絵は出来上がって現れてくる.それを捉えておくのが難しい」
黒澤監督も,この言葉にシンパシーを感じていたのでしょうか.
というか,このエピソードの映像自体がそれを体現しています.
実際,このエピソードはゴッホの絵の中が舞台となっているんですけど,特に最初の「アルルの跳ね橋」のシーンに驚きました.
ゴッホの絵のタッチと色使いを,現実世界に再現するという離れ業をやってるんです.
文章じゃ伝わらないので実際に映画を見てもらうしかないんですけど,黒澤明は絵になる風景を探さない代わりに,「絵を風景にした」んですね.
CGも使わず,さすが黒澤明,ここまでやるんだ.

「トンネル」のエピソードは,戦争で失った部下たちの亡霊と対峙するもの.
第二次大戦で徴兵されていない黒澤明が「戦地での部下の夢をみる」というのも変な話ですが,このエピソードは「出兵しなかった自分への負い目」と捉える向きがあるようです.
亡霊たちに「いつまでも彷徨っていないで,静かに眠ってくれ」と訴え,暗闇(トンネル)に向かって「前進」の号令をかけたのは,「戦争に出兵しなかった」ことがどれだけ黒澤自身にとって深い傷になっているかを告白したものと考えられます.
あと,このエピソードで登場する「吠えかかってくる犬」の解釈ですが,ネットでもいろいろな意見が飛び交っているようです.
私が直感したのは,これは当時の(もしかするとずっと最後まで)黒澤が「『戦争の犠牲』というコンプレックスを振り払ったものの,まだ私(黒澤)が知らないだけで,忘れられている『戦争の犠牲』があるのではないか」という不安感を象徴していると受け取りました.

この「吠えかかってくる犬」は,軍用犬です.
そして,犬の体に巻き付けられている物は手榴弾であることが分かります.
つまり,この犬は爆弾を抱いて相手に飛び込み,自爆攻撃をさせられていた犬なんですよ.
黒澤としては,先の大戦で犠牲となった者は,個人的に名前を知っているものを含めて「共に出兵したかもしれない『軍人』」のことには頭が回ります.しかし,共に従軍したかもしれない「その他」への想像がは働かない.
例えばそれは何かとなった時,映像化できるものとして「自爆攻撃犬」を登場させたのかもしれません.
もっと言えば,寺尾聰演じる黒澤は,亡霊たちに「君たちは犬死だった!」と嘆くのですが,この「犬死」と,吠えかかってくる「犬」とが関連していると考えてしまうのは私だけでしょうか.

他にも,原発やテクノロジー過多に警鐘を鳴らすエピソードが入っていますが,どれも映像がすこぶる良くて飽きません.
これを面白い映画と捉える人は少ないかもしれませんが,私にとっては定期的に見ておきたい映画の一つに加わりました.