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沖縄の米軍基地問題について2018

台風すごいですね.
台風と一緒にこのニュースが本土に届きました.

沖縄知事に玉城氏初当選 政権支援の候補破る(朝日新聞 2018.9.30)
沖縄県知事選が30日投開票され、前自由党衆院議員の玉城(たまき)デニー氏(58)が、前宜野湾市長の佐喜真(さきま)淳(あつし)氏(54)=自民、公明、維新、希望推薦=ら3氏を破り、初当選した。最大の争点だった米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画に、玉城氏は「反対」を主張してきた。県民は翁長雄志(たけし)知事が当選した前回知事選に続いて、辺野古移設にノーを突きつけた形となった。
過去記事でも米軍基地問題について取り上げたことがありますけど,なんか最近の一部の日本人には,
「沖縄は米軍基地のおかげで成り立っているのに,そんな立場で基地反対とは生意気な!」
といった雰囲気があるんですよね.

案の定,このニュースに対するネットの反応には「沖縄は終わった」「中国に侵略される」「沖縄県民は愚かな選択をした」といったものが見られます.
■ニコニコニュース:沖縄知事選:玉城デニー氏が初当選 辺野古反対派に追い風(2018.9.30)

ところがこういう意見,なぜか政治的に保守・右派の立場を標榜する人に多いし,しかも,それが結構大きな声になっていて.
さらには,この趣旨の意見が沖縄県民の中にも散見されるもんですから,余計に勢いづいてたりします.

いやね,以前にも書きましたが,「沖縄は米軍基地があるから経済発展している」っていう意見があってもいいんですけど,それをリベラル・左派とか反国家主義的な人が言うんだったら分かるんですよ.
他国の軍隊を自分とこの土地に闊歩させて,そこで犯罪が発生しても地位協定で警察が介入できなくても,それで安全が保たれてるならいいじゃないか,経済発展してるならいいじゃなかという主張.
これって完全に家畜・奴隷の発想じゃないですか.
ところが,自主独立とか民族自決を大事にしているであろうはずの,保守・右派を自称する人たちがこれを言ってるんですよ.
不思議ですね.

まあ,我々ホモ・サピエンスはそもそも「穀物の家畜」だという話を,前回までシリーズで書いていたので,それもありなのかもしれません.
けど,それは人類学的な話で,こういう政治的な話では別問題だと思います.

「経済発展している」という話にしても,結構な勢いでデタラメだったりします.
ご存知の方も多いでしょうが,沖縄県民の所得は全国最下位です.
その理由について「沖縄県民には向上心がない」「お金を欲しがらない」など様々な考察がありますが,そんなことはどうでもいいんです.
それだと「沖縄は米軍基地のおかけで経済発展している」という理屈が成り立たないじゃないかという話をしているんです.

「絶対的な所得の大きさが幸福に結びつくわけでない」という思想をとっている私ではありますが,相対的な所得の大きさが幸福の一要素であることは認めます.
そして,その所得の大きさで沖縄の米軍基地問題を論じようとしている人たちに多いのが,「沖縄は米軍基地があるから国から補助金をもらっている」.だから「沖縄は全国的にもお金に恵まれた地方だ」.故に「それでも不平不満を言ってくる沖縄にはタカリ根性がある」というロジックです.
で,そういうの,やっぱり保守系の人たちが好む評論家が言ってたりしますよね.
基地を利用した補助金「おねだり」は沖縄の地場産業:池田信夫(Newsweek 2015.4.2)

それも事実を確認すれば誤解であることが分かります.
沖縄が受け取っているお金は,全国的にも高額ではありません.
これについては私も,かなり以前に記事にしたことがあります.

こういうブログ記事を書いている人もいたので,リンクさせてもらいます.
沖縄振興予算は多いのか? むしろ沖縄県が貰うお金は少なすぎかも

きちんと整理して考察している学者の記事もありました.
「沖縄振興予算」という呼称が、誤解を招いている(Meiji-net 2017.3.15)

でもね,ここまでくると誤解というよりも確信犯,もしくは,いじめ根性があるからではないかと思ったりします.
「沖縄」という弱小集団を用意して,「俺たち偉大な日本国に逆らう田舎者」っていうメンタル.まさに,勝ち馬に乗るイジメっ子の心理です.

過去記事でも掲載した「沖縄県が受け取っている予算」の図を以下に示します.

小さいので見えにくいかもしれませんが,図の左側が「地方交付税(オレンジ色)」と「国庫支出金(青色)」の一人あたり予算の比較図で,沖縄県は全国第5位(平成26年度時点)であることが示されています.

上記のリンク先にも「沖縄復興予算という呼称が,誤解を招いている」というものがありましたが,まさにその通りで,この比較図を見てお気づきの方もいると思いますが,沖縄は「国庫支出金」が多く,その反対に地方交付税がとても少なく設定されています.
そして,実はこの国庫支出金が,「沖縄の米軍基地負担を軽減する」という名目で当てられている「沖縄復興予算」なんですよ.

そう・・・,ゲスい話なんです.
この日本という国は,「沖縄復興予算」と称して多額の予算を与えていると見せかけて,別の予算枠は削っているんです.
それで「沖縄には潤沢にお金が注がれている」って思わせてるわけでしょ?
これって恐ろしいことだと思うんですけど.

沖縄米軍基地問題の記事を書くたび繰り返し述べていることですが,今の沖縄は負担に見合った補助を受けていないし,地政学的リスクのある地域としての保護も受けていません.
沖縄は極東安全保障の要だ.
だから米軍基地を置いているんだ.
って言うんだったら,しかもそんな破廉恥な言葉を「日本人の口」から言うんだったら,沖縄県民には働かなくても生活していけるくらいの所得補償をして然りだと私は思います.
それはやり過ぎだとしても,もっと補助や保護をするべきです.

ネットのコメントにも「沖縄は独立して,中国の属国にでもなる気なのか?」というのを見ることがありますが,沖縄の人からすれば,お前らアメリカの奴隷に言われたくねぇよ,ってところじゃないですか.
それに,沖縄が独立して困るのは日本じゃないの?
地方が独立したくなるような国・中央政府って,どうなのよ?
なんか,こういう議論を見てると絶望的な気分になりますよね.

多分ですけど,「沖縄は勝手にすればいい」という趣旨の批判的意見を出す人って,無条件に「日本は日本である」と錯覚してるんじゃないですか?
同時に「天皇は日本国家統合の象徴です」とか言ってそう.

日本のやり方に不満があれば,離脱する共同体が出てきても不思議ではありません.
EUからイギリスが離脱するように,そしてイギリスからスコットランドが離脱したがるのと同じように.

先日まで書いていた「Deus ex machinaな未来」のシリーズ,その最後に小説家の森博嗣氏が描く未来社会を紹介しました.
森氏は小説・Wシリーズで,エネルギー問題が解決した人類は,国家や共同体を小さくしていくだろうと推測して,この作品の世界観を作っています.私もこの予想と同じ考えです.
国家は,エネルギー安全保障と食料安全保障が充実すれば,その権威や機能を小さくする方向に力が働くからです.なるべく「自分たち」の意識が強い人,価値観を共有する人同士で共同体を作りたいはずですからね.
軍事的な安全保障は,このエネルギー安全保障と食料安全保障を得るためのものでしかありません.言い換えれば,戦争とはエネルギー安全保障と食料安全保障のためのものですから.

『ホモ・デウス』のユヴァル・ノア・ハラリ氏も述べているように,既に人類は「戦争」では死ななくなりました.
飢餓や疾病や戦争よりも,食べ過ぎや運動不足による生活習慣病で死亡する人の方が多いんです.
日本では,中国が脅威だとか,北朝鮮がミサイル撃ってくるかもと騒いでいますが,そこでの武力衝突なんて極めて小さなもの.その一方で,飢餓も戦争もないし不衛生でもないのに,自殺で年間3万人近くが死んでいます.

ハラリ氏によれば,今後は,大きな国同士での戦争が発生する確率は限りなく小さいのです.
なぜなら,戦争をして奪い取る利益よりも,貿易や協力によって得られる利益の方が遥かに大きい社会になってしまったからです.
事実,科学競争もビジネス競争も,既に国際的にオープンな活動になっていて,その国際的な土俵での競争になっているので,特定の国家が専有できる性質のものではなくなっています.

不確実なことだから無責任に言えないだけで,中国が日本に攻めてきたり,北朝鮮がミサイルを撃ってくる可能性は,ほぼゼロと言っていい世界になっています.
そういう世界において「侵略」しようと考えれば,合法的に金銭トレードするか,「事実上の領土・領海」と認知させるしか手段がありません.
だから中国は尖閣諸島で漁業したり,ロシアは北方領土で経済活動を進めたりするんです.

遠い将来,いっそのこと沖縄は中国にすり寄る戦略をとってもいいと思いますよ.
独立し,中国と経済協力をして,日米に対峙する極東安全保障の要所としての地位を確立すれば,日本国に所属しているよりも幸せかもしれません.
もちろん,日本としてはそんなこと許さない “はず” なので,その時日本は,あらためて沖縄の重要性を再確認することでしょう.
というか,今回の沖縄知事選の結果にしたって,そういう主張の嚆矢だと捉えられるものです.

「地方の反対派が勝ったところで,国の方針が変わるわけではない.粛々と基地移転すればいい」というネットのコメントもありますが,こういうのが典型なように,最近は中央や中央に与する人達の態度が横暴になってきたと感じます.
まだこの時代に国家をやるつもりがあるのであれば,各地の声に耳を傾けて,慎重に配慮を重ねた政策を出していく必要があるはずです.