2018年10月5日金曜日

体育学的映画論「イコライザー2」

デンゼル・ワシントンは私が好きな俳優の一人です.
彼の作品にハズレはありません.

前作『イコライザー』の続編である今作.
なんか嫌な予感がするけど,デンゼル・ワシントンが出る作品だから大丈夫だろうと期待して観てきました.

さて,その感想ですが,ハズレではないけど「“2”は期待を裏切ってくる」の法則が成り立っていたことはたしかです.
ちょっぴり残念.

【以下,映画の内容を類推することができるものになっているので,ご注意ください】

前作の「イコライザー」は,さしずめアメリカ版「必殺仕事人」.
アクションあり,人情ありの,スタイリッシュな勧善懲悪を気分良く見れる映画になっていました.
男たるもの,マッコールさんのように生きるべき.そう思わせてくれたものです.

極々普通に見えるホームセンターの店員が,実は凄腕の元CIAエージェント.
彼はそのスキルを活用して,一般人がやろうと思っても出来ない暴力的な人助けをする,というものでした.
今作も基本的にはこれを踏襲しています.

世の中は悪党がいっぱいのさばっている.
けど,それに対するカウンターも存在する.
ロバート・マッコールは,その悪党に対する「イコライザー(平衡装置)」なのです.

前作「イコライザー」では,そのイコライザーっぷりを存分に発揮したロバート・マッコールでしたが,今作ではイコライザーを通り過ぎて「アベンジャー」になっていました.
そういえば,アベンジャーって名前の集団が既に別の映画にいますよね.
つまり,この映画の魅力であるコンセプトや設定から外れてしまったパターンです.

これと同じパターンのシリーズ映画に,ブルース・ウィリス主演の『ダイ・ハード』があります.
「ダイ・ハード」は,決して凄腕ではないオッサン刑事が,たまたま居合わせたテロ事件に巻き込まれ,多勢に無勢の中で勝機を探るという状況を楽しむものです.
ところが,「2」以降になるとシュワちゃんやランボーに勝るとも劣らない派手な戦闘を展開してくれます.普通のオッサンがあんなことできんだろ.
「3」では,共演したサミュエル・L・ジャクソンがその「居合わせた普通のオッサンがテロ事件に巻き込まれる」という役回りを演じてくれましたが,「4」とか「5(ラスト・デイ)」ではダイ・ハードの名前を冠したワンマンアーミー映画になってしまいました.
こうなると,もはやダイ・ハード(なかなか死なない奴)ではありません.

「必殺仕事人」もそうなのですけど,「イコライザー」の魅力は,マッコールに対峙する “敵” が彼の正体を知らないところにあります.
夜な夜なダイナーで『老人と海』を読んでいるような普通のオッサンが,裏ではマフィアや暗殺者を葬っている,そういう男がこの街にいる,という設定が面白いんです.

今回の「イコライザー2」では,マッコールのことをよく知る人間が敵にまわっていました.
これじゃない感はここから来ているものと思われます.

あと,マッコールが取り扱う「トラブル」も,日常的に見聞きするものの方が絵になると思うんですよ.
前作では,一連の事件のきっかけは少女の「売春」でした.
それに対するマッコールの過剰とも思える暴力的解決が,悪徳組織からの暗殺者派遣を招き,その暗殺者を返り討ちにした返す刀で組織のボスまで抹殺する流れが気持ちいいんです.
私たちのすぐそばに存在しているリアルで小さな事件を,根こそぎ徹底的に叩き潰すスタイルと言えるでしょう.

その点,今回は私たちの身の回りに存在する事件ではありませんでした.
マッコールにとってかなり個人的な事件であると同時に,国際的な政治事件だったんです.
なので,ロバート・マッコールがどれだけ凄い人物なのか知ることはできても,街の片隅でイコライザーしてる人間には見えない.

前作があんな感じだったので,「2」はこうなるのは仕方がないのかもしれません.
いわゆる「主人公の過去」というやつ.
だからこそ,続編として「3」が出るのであれば,もう一度原点に戻って楽しませてもらいたいです.
悪党に「お前は何者なんだ!」と断末魔の叫びをあげさせるのがお約束になるシリーズになってほしいですね.