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引っ越しの準備を始めたんだけど・・・

関東から四国への引っ越しが12万円!? 今年で関東から引き払うことにしましたので,引っ越し準備をしています. これで何度目かの引っ越し. 引っ越し会社との相談も慣れたものです. 初めて引っ越し業者を使ったのは2010年でした. この時は3月に入ってから業者を探したので,「30万円」という価格のものを利用. 引越しにかかる料金がこんなに高いのかと驚いたのを覚えています. でも,この時の費用は赴任先の大学が支払ってくれるので問題なかったんです. ですが,今回は大学が引越し費用を出してくれるわけではないので,なるべく安くしたいところです. 3社で相見積をとってみることにしました. いずれの引っ越し会社も今日中に訪問見積りをしてくれたんですけど,なかなか迅速かつ丁寧なご対応. 繁忙期直前ということもあって,各社しのぎを削る時期なのかもしれません. どうやら2月20日〜21日が繁忙期とそうでない時期の境界のようで,ここで2〜3倍ほどの料金の違いが出るようです. A社は20日までであれば20万円,それ以降は30万・40万という価格を提示してきました. S社も似たような価格帯.20日まであれば22万円,それ以降は「頑張らせてもらいます」ということで27万円という提示. やっぱ,この時期は高いですねぇ. ・・・って思っていたら,H社が21日以降は20万円だけど,20日までであれば「トラックの都合がいいので」とか言って 12万円 を提示. おいおい,そんな価格で大丈夫なのか?と心配になるほど. だって,考えてもみてください. 高知からここまでの移動費,人件費を合わせてみても,トラック1台分+作業員2名の運送作業が12万円で元が取れるのかどうか. まあ,特殊な事情があるのかもしれませんし,はたまた,ブラックな感じな職場なのかもしれませんが,今回はそんなH社に甘えることにしました. ちなみに,他の2社と相談(という価格交渉)する時に, 「H社は12万円だそうです」 って言ったら, 「え!,いや〜,その価格ではちょっと競争できないです・・」 ということで,その他のアフターサービスとか補償サービスで勝負できないかと提案してきました. 特にS社の営業マンは,長い時間かけて上司と何度も掛け合って価格引き下げを

インスタ映えと読解力の低下が「学生の質」に影響している

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学生の質は変わったのか? の理由をもうひとつ 先日, ■ この20年間で学生の「質」は変わったのか? その1 と,その理由が「大学」そのものにあるという話をしました. ■ この20年間で学生の「質」は変わったのか? その2 でも,大学の劣化や態度だけで入学してくる学生の質が変わるわけではありません. それ以外にもあるはずです. 今回は,その理由として「読解力」と「インスタ映え」を取り上げます. 読解力低下については,国立教育政策研究所の分析結果に,「今どきの大学生」と共通項が見出されます. それは, 読解力が二極化 していることと, 「 情報を探し出す」「 評価,熟考する」能力が顕著に低下している ことです. インスタ映えについては,学生の振る舞いに影響を与えている可能性があります. インスタ映えに限らず,SNSにおけるコミュニケーションのとり方の変化が,大学における学びと関連しているかもしれません. 読解力の低下から考える 読解力といえば,先日も記事にした「国際学習到達度調査(通称,PISA)」のニュースが記憶に新しいと思います. ■ 【国際学習到達度調査】日本の子供の読解力低下について PISAにおける日本の読解力が大幅に低下したことが話題となりました. ちなみに,PISAは3年に1度,各国の15歳児童を対象に行われている調査ですが,調査年度によって読解力の結果も違っています. 以下が調査結果の図です. 2018 年調査のポイント https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf 黄色の部分が「日本」です. 右端が今回の2018年調査,左端が2000年です. ご覧の通り, そもそもの話をすれば,世界的に見て,日本の児童の読解力は低くありません. むしろ,高いほうです. ところが,問題視されているのは, 得点のバラツキが大きくなっている ことです. 国立教育政策研究所が取りまとめた資料にも,そのことに触れられています. 以下がその図です. 2018 年調査のポイント https://www.nie

さっそく「スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」を見てきましたよ

体育学的映画論『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』 本日(12月20日)公開の本作. なんだ,ただの傑作か. それはちょっと言い過ぎかもしれませんが,「スター・ウォーズ」という有名過ぎる超危険なブランド商品を扱ったわりに,完結編でここまで仕上げてきたJ・Jエイブラムス監督以下,制作陣の皆様に敬意を表するところです. 【今回の記事では,基本,ネタバレせずに書いていきます】 もともと私は,今回の新シリーズであるエピソード7・8の評価は悪くありません. むしろ,過去の作品のほうが性に合わないくらいです. 年代的にも,思い出補正とかがかかっていないからかもしれませんけど. よく,映画などを「5段階評価」で表すことがありますよね. これまでのスター・ウォーズシリーズを,映画.COMとかYahoo映画みたいに★印で評価すると以下のようになります. エピソード順に示しました. ★★:1(ファントム・メナス 1999年) ★:2(クローンの攻撃 2002年) ★★:3(シスの復讐 2005年) ★★:(ハン・ソロ 2018年) ★★★★:(ローグ・ワン 2016年) ★★★:4(新たなる希望 1977年) ★★:5(帝国の逆襲 1980年) ★★★★:6(ジェダイの帰還 1983年) ★★★★:7(フォースの覚醒 2015年) ★★★:8(最後のジェダイ 2017年) ★★★★★:9(スカイウォーカーの夜明け 2019年) ただし,この星印評価はざっくり過ぎるので,実際には自分の頭の中ではこんな判断はしていません. ★1個であっても,魅力のある映画や考えさせられるシーンのある映画はあります. ラストシーンで★5つ これまでの8つのエピソードは,このラストシーン「約10秒」のためにあったと言っても過言ではありません. ラストシーンが印象的な映画はたくさんありますが,今回のエピソード9は,さすがシリーズ最後となるだけのことはあります. (なお,個人的に最高のラストシーンの映画は『ゴッド・ファーザー』です) この記事を書くにあたって,一応Yahoo映画のレビューも見てみたんです. そしたらやっぱりこの 「ラストシーンで泣いてしまった」 というレビュアーが多いんですよ. 特に,1977年

日本の教育が劣化することによって得をする人

なぜ教育レベルは徐々に低下していくのか? 仮に「日本の教育レベルが低下している」ということが本当であった場合,それには筋道立てた理由が考えられます. 子供の教育環境が劣化していくことは,歓迎すべきことではないにしても, これによって得をする人が多い からです. 教育に携わる者として,結構思い切った発言をするつもりです. しかし,皆様もご自分の胸に手をおき,散らばった記憶や感情の断片を集めながら以下を読んでもらえれば,心当たりのある話ではないかと思います. 教育レベルが下がって損をする人はいない そもそも,日本の教育レベルは世界的に見ても高いほうです. 国際的な子供の学力調査(PISAなど)や,成人の学力調査(PIAAC)が,日本は世界トップレベルであることからも窺えます. ■ PISA (国立教育政策研究所) ■ PIAAC (文部科学省) 必要十分とされる知識の伝達や,課題解決能力の育成は実現できていると言えるでしょう. しかし,一般的に問題視されている教育に関する懸念とは, 「過去の日本の教育と比べて,何かが悪い方向に向かっている」 という漠然とした不満です. 「漠然とした不満」 私はこれを,日本人の多くが 「不安」 を抱いていたり, 「心配」 しているとは捉えていません. 「不満」 なんです. 実際,日本の教育環境が劣化していることが,本当に不安で心配だったら,それを是正するための取り組みが本気で行われるはずです 教育現場の意見を聞くだろうし,成功・失敗と見做しているケーススタディの分析をするはずでしょう. ところが,そんなことはせずに教育現場を見ていない素人である「国民の意見」とか,一部の「有識者」とされる人たちの意見で動いています. 学校や大学といった教育の現場を見ていれば,到底思いつかないであろう政策が練られるのはこのためです. もちろん,意見を言うのはいい. 自由です. しかし,阪神タイガースが勝てない理由と改善策を,どこかのオッサンが中継を見ながら新地の飲み屋で語った対策を採用するよりも,やっぱりチームの内情をきちんと把握している者や,野球指導の専門家同士の中で議論されるべきでしょう. それと一緒です. 教育を受けている当事者である子供たちにしても,教

教育問題に責任者はいない

私が日本の教育をメチャメチャにした責任者でございます などと言ってくれる人はいません. それが日本の教育問題です. これは教育に限った話ではありません. たぶん,財務的にも国防的にも,そして皇室問題についても同じようなことが言えるでしょう. なかでも「教育」というのは,その業界組織である学校や大学が 「社会的要望」に対し非常に弱い という特徴があります. つまり,国民の意向がかなり強く反映される領域なのです. これは私が言っているのではなく,既に定年退職されているような年配の先生方が口々に仰られていました. 社会に対し,より高度な人的資源を送り出す使命を有している側なのに,その社会の側からの要望に弱いという関係性をシニカルに語ってくれたこともあります. すなわち,教育問題とは,国民の意向を携えて当選した政治家が,その国民の意向を実現すべく働きかけることによって,文部科学省の官僚が動いてくれた結果の産物です. 教育問題は「国民の意向」に振り回されやすく,しかもその要望を出した国民は忘れやすく,すっとぼけて新しい要求を提示します. 教育問題とか国防,皇室問題などに共通するのは,さまざまな人が好き放題に「要求」を出すけど,それに対し当事者は「仰る通りでございます」としか言えず,有効な抵抗を示すことが困難という点です. 結果として,出された要求をすべて丸呑みにした形で実現しようとする. 目の敵にされた 「ゆとり教育」 も,落ち着いて思い出してもらえれば, 「今のような詰め込み教育では,次代を担う優秀な人間は育たない!」 という国民の強い意向がありました. 実際,詰め込み教育によって学校環境は疲弊し,そうした管理型の色が強い教育現場に対し,不信感を募らせる国民もいたのです. だから「ゆとり教育」が必要だという流れでした. 政治家と官僚は,そうした動きに対応したまでです. 現在,目の敵にされている 「大学入試改革(いわゆる,新センター試験構想)」 についても,落ち着いて思い出してもらえれば, 「今のようなマークシート方式中心のテストでは,次代を担う優秀な人間は評価できない!」 という国民の強い意向がありました. 私も2000年

「何を教えたか」から,「何を学び、身に付けることができたのか」への転換が必要となる

これからの大学・高等教育が目指すべき姿 タイトルの言葉ですが,これは私が言っていることではありません. これまで過去記事で散々に批判していた 文部科学省・中央教育審議会が提示した言葉 です. 引用先はこちら↓ ■ 2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)(中教審第211号) (文部科学省HP 2018.11.26) これから先20年の将来像,つまり2040年までのグランドデザインを文科省が取りまとめています. 実はこの将来像,私が過去10年間くらい批判してきた高等教育の現状についても考慮されており,かなりしっかりとしたグランドデザインが描かれています. ただ,やっぱり注目されやすいのは 「減少する18歳以下人口への対処」 なんですけど,その点については現状把握にとどまっていて,2040年までに実行すべき方法は提示されていません. しかし,その現状把握の断片を集めれば,結局のところ, 「現在の運営体制では立ち行かなくなるから,どこかで覚悟をもった大きな転換が必要」 であることは確実です. これらのことについては,過去記事で 「私なりの大学改革」 を書いたことがあります. ■ 新・大学改革論|これからの時代に授業は不要 ■ 新・大学改革論|信頼性の高い学術コミュニティを用意する ちなみに, 文部科学省が出しているのは2040年に向けたグランドデザイン ですけど, 行政の経済対策や国際政策によっては,2030年くらいに転換点がくる と私は思っています. その理由を簡単に言えば, 「2025年くらいから,学費を払える世帯が激減してくるので,学費補助政策が追いつかないと,大学に行く価値を見出さなくなる高校生や保護者が増えてくるし,求人に困っている企業側も,わざわざ大卒を採用するところが減ってくる」 といったところ. ■ 大学関係者が知っておくべき,2025年頃に受験者数が激減する未来予想図 このようなムーブメントが臨界点を突破すると,一気に 「大学不要論」 が幅を利かせるようになるから,大学関係者は気合を入れて,ここ5年くらいを過ごさなければならない,という話. ただ,今回はそんなことを述べたいのではありません. これまでデタ

大学における働き方改革への懸念

大学の働き方改革に不安を抱いている人がいる 大学教員や研究員の仕事は,一般的な業務内容とは異なる性質を持っています. その結果,いわゆる「働き方改革」の方針にそぐわない事態が発生するのです. それを端的に示すニュースがこちら. ■ “勤務ではない研究” 大学教員の働き方を考える (NHKニュース 2019.8.20) 「土日に職場に出てきても『自主的な研さん』であれば、休日出勤には該当しない。大学も教員もそういう意識でした。好きでやっているのですから」 休日出勤の賃金が払われない”勤務ではない研究”を続けてきたある大学教員のことばです。 しかし、いま、こうした働き方は違法だとして労働基準監督署から是正勧告を受ける大学が相次いでいます。 先日,ブログのデザインを一新しました. それに合わせて,各記事に「コメント欄」を設定したんです. すると,早速コメントをお寄せいただけるようになりました. で,そのなかの, ■ 新・大学改革論|大学改革が好きな人たち という記事において,大学における「働き方改革」に対し懸念を抱いている方からコメントを頂いています. その方曰く, 大学を取り巻く改革の中でも最悪、事業仕分け以上に有害なのが「働き方改革」だと思っています。 私たちは大学院時代から朝早くから夜遅くまで土日もなく研究に打ち込んできました。 大学改革で雑務が増えても、持ち前の勤勉さで何とか雑務と研究を両立していくことも出来ました。 しかし、働き方改革はその「勤勉さ」を真っ向から否定するものです。 一部の民間企業では残業をさせないために18時になったら強制的にPCをシャットダウンするとか、ドローンを飛ばして残業をしていないかどうか監視しているようですが、このようなものを大学に持ち込まれたら研究はどうなるのでしょうか? まして、大学改革に伴う膨大な雑務と研究をどうやって両立しろというのでしょうか? ご存知の通り,大学などの特殊で専門的な能力を必要とする職業においては, 「裁量労働制」 という労働方式がとられています. 裁量労働制についての説明は割愛しますが,ウィキペディアから引用すれば, 労働時間と成果・業績が必ずしも連動しない職種において適用され、あらかじめ労使間で定めた時間分を労働時間とみなして賃

この20年間で学生の「質」は変わったのか? その3(ラストです)

とんでもないアクセス数があってビックリ まずは皆様にお礼を. 先日書いた, ■ この20年間で学生の「質」は変わったのか? その1 を大変たくさんの方々に読んでいただいたようです. この記事を「その1」って銘打ってアップしたので,とりあえず「その2」までは書いておこうと思って自分のブログ・ダッシュボードを見てみたら,例の記事のPVが,通常の3倍の速度で伸びていることに気がつきました. ちなみに,「その2」はこちら. ■ この20年間で学生の「質」は変わったのか? その2 PVの動きが明らかにおかしい. 「おいおい,何があった?」 って思って,それから後,皆さんのアクセス元のトラフィックをみたら,どうやら「ツイッター」と「はてなブックマーク」というサイトから来られているみたいなんです. 浮世の流れに弱い私でも,ツイッターくらいは知ってます. でも,「はてなブックマーク」ってなんぞ? 調べてみたら,そのサイトの説明には, はてなブックマークはオンラインにブックマークを無料で保存できるソーシャルブックマークサービスです。みんながブックマークしたインターネット上の旬なニュースや情報が集まります。 って書いてありました. ・・・まあ,よく分かんないや. とは言え気になったので調べてみたら,私の過去の記事も結構取り上げられているようです. こんなサイトがあったんですね. なんにせよ,取り上げて頂き誠にありがとうございます. でも,たくさんの人が私の記事を誤解してる可能性がある その「はてなブックマーク」っていうところには,私の記事に対するコメントを寄せることができる機能があるんです. それを見ていると,いくつか私なりに補足してあげたいものがあります. 【コメントその1】最近の学生(若者?)は利己的だ そんなつもりで述べてません. あの記事をどう読めば「最近の学生は利己的だ」になるのでしょうか? 「利己的になっているのでは?」という意見自体を否定するつもりはありませんけど. ただ,おっしゃられるように,最近の学生の行動をパッと見ただけだと,そんな印象を持つ人も多いと思います. 実際,そんなような事を言う先生方もいますので. でも私としては, 人間というのは本来利己的な人

この20年間で学生の「質」は変わったのか? その2

学生の質を変えた犯人は大学です あとは高校とか保護者とか.言ってしまえば,日本社会そのものですね. 実際のところ,学生たち自身が進んで変わろうとするわけはなく. 周囲に合わせて立ち回るのが子供,もとい人間というものです. ですから,「大学生の質が変わった」と言っても,その責任や原因は大学にあるというのが筋ってものでしょう. 「最近の学生はレベルが低い! 目的意識が無い!」 とプンプン怒っている先生たちもいますが,何のことはない,大学と学生は「合わせ鏡」です. 学生たちのその振る舞いは,大学および大学教員が招いたことなのです. 今回は,前回の記事である ■ この20年間で学生の「質」は変わったのか? その1 の続きとして,なぜ学生たちが現在のような姿になったのか分析してみようと思います. 将来のビジョンをもたない学生が増えたことについて 「おまえ,将来どうするの?」 という問いに対し, 「ん? 分かんねぇ」 って至って普通に答える学生が増加しています. 「大学が高校化しきたぞ」 という話でした. 私はこれについて, 「だから最近の学生はレベルが低い! 目的意識が無い!」 などと言いたいわけではありません. そんなこと,過去記事でも一度も言ったことがない. そうではなくて, これも完全に「大学の運営方針」が原因なんです. とりあえず大学に行っておけば,なんとかなるかもしれないという状況を歓迎し,作り出したのは,他でもない「大学」です. むしろ, 「私たち大学は.君たちの将来について真剣に考えています!」 といった,どこぞの予備校だか自己啓発セミナーの如き謳い文句を使って学生募集してきたのです. そうやって学生を集めておいて,「最近の学生には目的意識が無い」などと文句を言う筋合いはありません. 当たり前じゃないですか. もともと目的意識を持たされずに入学してるんだから. もちろん,大学側にも言い訳の余地があります. そうでもして学生を入学させないと経営が厳しく,定員割れが常態化している大学もあります. 潰れてしまったら元も子もない,という台所事情があるわけです. 予算カットでビジネスライクに大学経営を進めた結果がこの惨状. 私がかねてより本ブログで批判しているのは,恥ず

この20年間で学生の「質」は変わったのか? その1

2000年代〜2010年代(現在に至る)までの学生の質を比較 大学教員から身を引くという手前,その総決算のひとつとして今回は, 「学生の質」 について話をしてみます. 学生時代から含めれば20年,研究員時代を含めれば15年,教員になってからは10年,非常勤講師としても5つの異なる大学の学生をバラバラに見てきましたし,周囲の先生方との世間話も交えて分析できることを述べてみようというものです. ただし,客観的なデータを元にしているわけではないので,その点はご了承ください. ちなみに,「その1」と銘打っていますが,「その2」以降を書くかどうかは不明です. あと, 「質」 というと学力・偏差値とか授業の成績なんかを思い浮かべる人がいるかもしれませんが,それは私にとっては 「量」 の概念です. ここでいう質とは,大学生という属性をもった人間の性質のこと. それがどのように変化してきたのかを,ここ20年ほど定点観測してきた者の一人として評価してみたいと思います. なお,似たような話題を6年前にもしたことがあります. ■ 大学別の学生の特徴 明らかに変わったこと:将来のビジョンをもたない学生が増えた 「おまえ,将来どうするの?」 という問いに対し, 「ん? 分かんねぇ」 って答える学生. 今から10年前(2010年頃)でも10人中に1〜2人くらいはいました. 当時はそんな学生は, 「おいおい,おまえ,そんな感じで大丈夫なのかよぉ」 という感じで笑いものになっていたのですけど,ところが最近は,大学(の偏差値の違い)を問わず,そんな学生が急増してきたようです. いえ,私はなにも,大学生たるもの常に将来のビジョンを明確に持っておかねばならないと言っているわけではありません. 結局のところ,大学生の時に考える己のビジョンなんて,たかが知れています. しかし,現在の自分の行いが,これから先の人生にどのように影響していくか考えておくことは大事です. ところが,そんな部分に関心を向けない学生が急増しています. どうしてそんな状況になるのか? いろいろな見解がありますが,さしあたって 「大学の高校化」 と称される現象です. つまり,「モラトリアム」としての大学を通り過ぎて,「人生の通過点」として所

いよいよ退職しますが,実感は全然ないですね

大学教員をやめて,田舎に帰って余生を過ごします 今年の初めに宣言したように,私は今年で大学教員を辞めることにしました. 辞めたあとは,田舎での隠遁生活に移る予定です. 私が「もう辞めよう」と思った経緯については,この春に記事にしています. ■ 大学教員をやめて,次どうするのか? その1 さて,大学の授業も残りわずかとなりました. 1月に入ってからも授業はあるのですけど,ほんの数回しかありません. なんだかんだで感慨深いものがある,と思っていたのですが,意外と心動かされるものはありません. 「授業」のための準備や心構えにしても,このブログとかYouTubeでハウツーものを作るのと本質的には一緒です. 実際,大学で授業をやってるよりも,ネットで記事や動画を公開することによる影響のほうが何百倍も大きいわけで,そうした教育現場から「離れる」というところの実感はないのが正直なところ. そんなわけで,今後もこのブログは続けていくつもりです. 大学を辞めるきっかけ ところで,私がまだ20代のとき,定年退職を迎える大学教員の秘書・補佐的な仕事をしていたことがあります. 上述した記事で紹介しているように,この頃が最も「大学の仕事」として充実していたし,面白かったときと言えます. その先生の場合は,40年以上の大学教員生活を辞めるという状況だったので,やっぱり寂しそうにしていたんです. ただ,辞めたあともときどき大学に遊びに来るような人で,その後も何度かお会いしたのですけど,曰く, 「辞めても気分的には全然変わらない」 とおっしゃられます. 実は,私が大学の仕事を辞めることを決断したところに,多少なりともこの先生が影響しています. その先生曰く, 「大学を辞めて違うことをするようになったけど,大学の教員をやっていた時と同じようなことを考えて生活しているし,何かが変わった感じはない」 とのことです. たしかに大学教員をやっていた時は,多額の研究費をもらって実験設備・装置を使い,学術界の最先端を走る大掛かりな実験研究ができているという満足感はあったそうです. でも,そうして得られた満足感は,大学教員をやっている間だけ感じる刹那的なもの. 「研究」,つまり自身の好奇心を満足させる活動は,研究費や実験設

相関係数を理解する|ウィキペディアを読んでもチンプンカンプンな人のための解説

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詳しくはあとで勉強するから,とりあえず今は大事なところだけおさえておきたい そんな人のための解説です. 学生に「ウィキペディアでも詳細なことを書いているから,それを読んで勉強しなさい」と言っても,そもそもウィキペディアに書いていることがチンプンカンプンという場合もあります. こういう学生は,「じゃあ教科書を読みなさい」と言っても読まないことが多く,たいていネットで調べようとします(ネットですら調べないこともあるけど). なので,そんな 「ネットに落ちている解説」 としてここに述べたいと思うわけです. では今回は「相関係数」について. 相関係数について,ウィキペディアでは以下のように解説しています. ■ 相関係数 (Wikipedia)2019.12.9現在 相関係数(そうかんけいすう、英: correlation coefficient)は、2つの確率変数の間にある線形な関係の強弱を測る指標である。相関係数は無次元量で、−1以上1以下の実数に値をとる。相関係数が正のとき確率変数には正の相関が、負のとき確率変数には負の相関があるという。また相関係数が0のとき確率変数は無相関であるという。 (中略) 普通、単に相関係数といえばピアソンの積率相関係数を指す。ピアソン積率相関係数の検定は偏差の正規分布を仮定する(パラメトリック)方法であるが、他にこのような仮定を置かないノンパラメトリックな方法として、スピアマンの順位相関係数、ケンドールの順位相関係数なども一般に用いられる。 (中略) 相関係数は、あくまでも確率変数の間にある線形な関係の尺度に過ぎない。また、確率変数間の因果関係を説明するものでもない。相関係数は順序尺度であり比尺度ではないので、例えば「相関係数が0.2と0.4であることから、後者は前者より2倍の相関がある」などと言うことはできない。 まあ,たしかによく分かりませんよね. こういうのは正確な解説かもしれませんが,初学者が知りたいことではないのです. 相関係数は散布図で考える ウィキペディアのページにも掲載されていますが,「相関係数」は散布図で示されることが多いです. 以下のような散布図がよく見られます. 論文などを読んでいても,よく目にするこ

ブログのデザインを刷新しました

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グーグル・Bloggerの新しいデザインを採用してみました もう10年近く同じデザインでやってきました. これまでは「Awesome Inc.」 というテーマのデザインで,とにかくシンプルなものにしていたんです. それから後,私が使っている「グーグル・Blogger」もどんどん新デザインが入ってきていました. 勝手にモバイル対応にもなってくれていたし. 以前(2009年頃)は,この「Awesome Inc」以外にも,「シンプル」とか「画像ウィンドウ」みたいなやつしか無かったんです. いまだに,ブログ提供サービスとしても,グーグルはデザインとか機能は貧弱な方だとされています. そうこうするうち,いつの間にか「動的ビュー」とか「Emporio」とか「Soho」といったテーマが入っていて,ブログ・デザインも時代に合わせていろいろと変わってくるものなんだなぁと眺めていたんです. やっぱり,かつてのウェブデザインと比べると,最近は画像や動画を前面に押し出すのが流行のようですね. 私も学生の頃から「ホームページ担当」みたいなことをしていたので感慨深いです. 昔は,ちょっとでも大きめの画像を貼っちゃうと表示速度が遅くて使い物にならなかったので. いかにして「画像」を軽くし,文字や背景色などを生かしたデザインにするかがポイントだった時代がありました. 如実なのが,ポータルサイト「Yahoo!」のページですよね. 何年か前から,サイト一杯に広がる画像コンテンツや,トップに動画コンテンツが入るようになりました. これにはマジでびっくりです. 年々,ネットの速度や表示技術が高まっているのを感じます. さて,グーグル・Bloggerにも2年くらい前から,今回採用することにした「Contempo」が入ってきました. このテーマが入っていたのに気がついたのは最近. このブログで採用しても大丈夫そうか検討してみて,今日,利用に踏み切りました. 私はブログ・デザインに凝る性格ではないので,できるだけ以前のテーマと同じ雰囲気と表示方法になるようにしています. 私の記事でよく見られているのは, 「エクセルの統計学」 を紹介