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なぜ研究者をやっているのか?っていう野暮な質問はしないこと

私が院生の頃に買った面白い本をご紹介します.
実はこの本,研究者を志す人にとって有益な示唆を得られます.

岡田斗司夫 著『世界征服は可能か?』



研究者人生を考える上では,先日ご紹介した,
森博嗣 著『喜嶋先生の静かな世界』


が参考になるのですが,この「世界征服は可能か?」では,研究者をやる上で持っておきたい着想とか考え方を身につける上で有益です.
うちのゼミ生にも一読を勧めたことがありますが,音沙汰なしだから,きっと読んでないだろうな.

でも,非常勤講師先で授業補佐としてお世話になっている大学院生(統計物理学を専攻している)は興味をもってくれたらしく,あとで感想を聞かせてくれました.
彼も本書は面白かったらしい.
やっぱり,研究者気質かどうかが分水嶺になるのかもしれません.

実際,バカバカしい主題だと思うでしょ?
くだらないと思うかもしれない.
でも,この「世界征服は可能か?」について関心を持ち,まじめに深く掘り下げること自体,研究者の資質が問われていると言ってもいい.

たとえば,冒頭の書き出し部分「はじめに」には,こんなくだりがあります.
「ところで,このガーゴイルっていう秘密結社は,なんで世界征服なんかしたいんでしょうね?」
庵野秀明監督は,ため息をつきました.
「そんな面倒なことせずに,高度な科学力で自分らだけ楽しい暮らしをすればいいのに・・・」
NHKアニメ『ふしぎの海のナディア』の制作も佳境に入った頃,1991年の年が明けて間もない頃の話です.(ガーゴイルは企画時の名前.公開時はネオ・アトランティス)
毎日アニメの制作をやっていると,ときどき息抜きがしたくなります.スタッフの落書きには正義に燃える主人公をからかうようないたずら描きがあったりするものです.
監督の,まるでグチのような言葉は,超多忙なアニメ製作現場からちょっと逃避したい,という気持ちのあらわれでした.
『ナディア』に登場する悪の秘密結社・ガーゴイルは,その高度な科学力で人類制服をくわだてます.それは番組の企画当時から決まっていた「お約束」でした.「ガーゴイル:人類制服をたくらむ悪の秘密結社」と,企画書にだってかいあります.
でも毎日,アニメばっかり作っていると,ときどき何がなんだかわかんなくなるときがあります.
自分の好きではじめた仕事なのに,なんでこんなにしんどいんだろう?
アニメを作るなんて,子供の頃からの憧れだったのに,なんでこんなに辛いんだろう?
このガーゴイルって奴らもおんなじだ.高度な科学力で世界征服を進めてるのに,すぐにネモ艦長とかノーチラス号にジャマされて.組織の下っぱからトップまで,みんな仮面つけて会議ばっかりして.


「ガーゴイルは高度な科学力を持っているのに,なぜ世界征服を目指すのか?」
考えてみれば『仮面ライダー』のショッカーや,『宇宙戦艦ヤマト』のガミラスにしても,どうしてそんなことをしたがるのか,そのモチベーションの源泉が分かりません.

高度な科学力を持っていて,圧倒的な優位性をもっているのであれば,それを利用して悠々自適な暮らしを満喫すればいいはずなのです.

「悪の組織がどんなこと考えていようと,どうでもいいよ,そんなこと」
と思うかもしれない.
実際のところ,多くの一般人の間で「そういうもんだ」という認識があるから,深く掘り下げなくてもストーリーが成り立っているとも言えます.
しかし,そんな「そういうもんだ」という自動化された認識にストップをかけて,その現実性や理屈を問い直すことが必要な仕事が「研究者」でもあります.

そういう意味では,庵野秀明監督は研究者気質なのかもしれません.
庵野秀明氏と言えば,代表作に「トップをねらえ!」「ふしぎの海のナディア」「新世紀エヴァンゲリオン」「シン・ゴジラ」といった話題作の監督を勤めたヒットメーカーです.
庵野秀明(Wikipedia)

たとえば最近の作品である「シン・ゴジラ」では,
「もしゴジラ(巨大不明生物)が東京に出現したら,実際のところ日本はどのような対応をするのか」
を徹底的にシミュレーションした作品でした.


一方,かつてのゴジラ作品では,
「なんかよく分かんないけど,『ゴジラ』ていう生物がいて,そいつがしょっちゅう日本を襲ってくるけど,まあ,仕方ないよね」
という,極めていい加減な設定で物語が進みます.

子供相手の映画ならそれもいいでしょう.
でも,やっぱりそれでは子供だましの映画でしかありません.

作品に深みを持たせるためには,子供だましや一般平均の認識を超える必要があります.
「リンゴが落ちるのはなぜだろう?」とか,「空が青いのはなぜだろう?」と考える必要があるのです.
それが新たな文化やテクノロジーを生み出します.






ところで,岡田斗司夫氏によると,世界征服の目的には4つのタイプがあるそうです.
1)人類の絶滅
2)お金がほしい
3)支配されそうだから逆に支配する
4)悪を広める

だいたいこの4つで説明がつくようですね.
ただ,どんな世界征服を企んだとしても,超絶に忙しくなってストレスが溜まること間違いない.

世界征服をするには,組織マネジメントや事業計画のための会議に次ぐ会議,資金集めや広報に走り回る必要があります.
特に,独裁者となって威張り散らしたい人ほど,過労死ラインまで仕事することになります.
その典型例がアドルフ・ヒトラーです.

だから,世界征服を企んだ人は幸福になれません.
世界征服を目指すことは,一見,欲望の赴くままに楽しんでいるようですが,その実,自分がやりたいことを我慢して,やりたくもないことに耐える毎日が待っています.

岡田氏の言う,アニメ製作現場と同じですし,私たち大学教員の仕事ともよく似ている.

だから,幸せに生きていくには,世界征服を企まないことです.
必ず邪魔立てする奴が現れて対応に困りますし,労力に見合った利益がありません.
ようするに,世界征服とはコスパが悪い事業なのです.

言い換えれば,コスパが悪い事業とは,たいてい「世界征服」事業なのです.
現代日本においては「ブラック企業」と言えるでしょう.

「悪の組織・ブラック企業」
なんとも妥当な表現ではありませんか.


岡田氏によれば,世界征服を企むことは,一言で言い表わせば,
「そこで生活している人々の幸せを奪い,自分の価値観を押し付けること」
もう一度,世界征服の目的を御覧ください.
1)人類の絶滅
2)お金がほしい
3)支配されそうだから逆に支配する
4)悪を広める

「人類の絶滅」や「悪を広める」というのは,すなわち「自分の生きやすい世界に作り変えること」を指します.
『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるガミラス帝国も,地球を自分たちが住みやすい惑星に作り変えて入植することを企んでいましたし,結果的にガミラス帝国に反抗できないよう服従させることを目指していました.

「悪を広める」って言っても,悪の組織にとってそれは「悪」ではなく,「正しい考え方」です.
悪の組織にとって「正しい考え方」を広めることが,世界征服事業の目指すべきところでしょう.

「お金がほしい」というのも,征服して支配した下層階級からお金を搾取して,その所得を自慢したいというモチベーションからです.
この場合,お金の価値を保っていないと「お金をたくさん持っている」ことを自慢できなくなりますから,その価値観の維持が重要となります.
経済学的には,インフレではなくデフレを目指すことです.
デフレとは,物の価値(物価)が下がり,お金の価値が高まることを指すからです.

具体的には,税率を上げて,労働者を増やすことになります.
絵に描いたような,悪の組織がやることですね.

そんなことを企む組織が身近にあったような気がしますが,ここではあえて明言しないことにします.

しかし,そんな組織の国民からの支持率が,なぜか高いんです.
こうなってくると,それはもう「悪の組織」ではありません.
「そこで生活している人々の幸せを奪い,自分の価値観を押し付けること」
が既に達成されている状態なのですから.

ブラック企業が無くなりにくいのも,それで説明できます.
現在は,ブラックな職場を支持する人が多いのです.
すなわち,
1)生きていくためには過酷な労働をする必要がある
2)お金を稼ぐことが最優先される
3)この社会を発展させるには入植者を受け入れる必要がある
4)能力が低い者は,能力の高い者に支配されるべき
ということです.
実際,これが現在の日本社会で共有されている「正しい価値観」です.


ということは,この日本社会における悪の組織は,これら既存の「正しい価値観」を破壊し,その価値観によって幸福感を得ている人々を不幸にすることなのです.
つまり,
1)気楽に仕事をしても生きていける
2)お金に価値を見出さない
3)外部からの入植者を拒絶する
4)能力によって社会的待遇の差がつかない
というものです.

そんな社会になることを企む人を,この日本社会では「悪の組織」と呼ばれるのです.
でも,この価値を広める活動,すなわち世界征服を企む人がどれだけいるでしょうか.
それに,世界征服はコスパが悪いのですし.


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