2009年5月15日金曜日

不安定な世界こそが平和


前回の記事では,TVゲームの中で語られている政治的な話を題材に,

「不安定な世界を形成すること,それこそが最も安定した世界」

だということ(私見ですが…)を取り上げました.

今回は,これに関連する事についてSF映画を紹介したいと思います.

映画『マトリックス』がそれです.
(以降ネタバレあり)


この映画はマシンとヒトの戦いをテーマとしています.
この映画においてヒトは,マシンのエネルギー源としての 「電池」 としての役割を与えられているに過ぎず,「マトリックス」 と呼ばれる仮想現実の世界で西暦2000年前後の地球を体験しながら培養カプセルで生きている状態です.
マトリックスとは,マシンがヒトから効率よく生体エネルギーを抽出するために作り出した仮想生活空間のことです.
こうした中で,ヒトの側に 「救世主」 とおぼしき者(キアヌ・リーブス主演:主人公 ネオ)がマトリックスで発見されるところから物語が動き出します.

ここから,ヒトがマシンに対し平和を賭けた戦いを挑むことが映画の大筋のストーリーになるのです.

このストーリーを理解する上で重要な位置にあるのが,アーキテクト(設計者)と呼ばれるおじいさんと,オラクル(予言者)と呼ばれるおばあさんの2人です.

アーキテクトじいさんはマシン側がより良く生き残るために,合理的で論理的な思考を司り,ヒトを利用することを主目的として存在していますが,オラクルばあさんは合理性とは逆に偶然性や不確定要素を司る存在です.
そして,オラクルばあさんはマシン側のプログラムの一部であるにも関わらずヒトの側を助けたりと,不思議な存在でもあります.

それでですね,マトリックス・リローデッド(だった気がする)における,オラクルの台詞に気になるところがあります.

「アーキテクトはマトリックスの安定を第一に考えて処理を行う.私はその逆」

というものです.
つまり,オラクルばあさんの存在は,マトリックスを不安定にするための存在ともとれるわけです.
マトリックスが安定するためにはアーキテクトだけでいいものなのに,わざわざオラクルばあさんというプログラムを用意しているというカラクリ.

実は,劇中でもアーキテクトじいさんが語っているのですが,
「究極に安定したマトリックスを作成したところ,システムが破錠してしまった」
という設定があります.

このことから,ヒトがマトリックスから脱出したい,そしてマシンからの束縛を脱したいという,マトリックスにとって不安定な状況生み出す状況を容認するわけです.
オラクルばあさんはそれを支援するというプログラムを演じる事になります.

どういう事かというと,ヒトが安住して生きる(物語上,マシンにとって都合のいい電池として存在する)ためには,完璧に安定した世界を与えても崩壊することが考えられるため,ヒトが自由を求めることができる余白を用意しているのです.
これはマトリックスにとっては不安定性を招きますが,マトリックスが存在するために必要なシステムの一つでもあったようです.

アーキテクトじいさんがバラした重大なマトリックスの秘密として,「救世主」 の誕生までもシステムの一部だというものも.そして,主人公が演じた救世主以前にも何人もの救世主がいたのだと言い放ちます.

映画の結末は,どちらが勝者になったというものではありません.
あの流れが,救世主システムが,これからも続いていくんだ,という描写で終わっています.


つまり,マトリックスが存在するためにも,ヒトが存在するためにも,互いに戦争を起こし続ける,すなわち 『不安定な世界』 が,お互いにとって平和な状態だということです.

前回のテーマをそのまま続けることになりますが,理想的な秩序を形成し,与えても,それは 「平和」 にはならないという事につながるのではないでしょうか.

与えられた秩序や平和は,それが完璧であったとしても崩壊してしまう.

平和とは,“戦争がない状態” のことではなく,“戦争を起こせる状態” のことではないか.
これが映画「マトリックス」が持っているメッセージなのではないかと思うのです.