2009年8月16日日曜日

休暇終了


今日で長期休暇は終了.明日からまた出勤です.

こんな夜中まで自宅周辺の地域では盆踊りの音頭が鳴り響いております.
私が住んでいるところからは少なくとも3カ所の祭りの灯が見えており,ちょうどそれらに囲まれるように爆音・音痴スレスレのバミューダ騒音トライアングル状態です.
今日は最終日ですから日付変更線をまたいでも音頭は続くことが予想されます.

しかし,以前も書きましたが,私の地元ではこうした慣習が廃れておりまして,羨ましく思っております.
非日常を体験できる地域イベントというのは,やっぱり何かしら日本という国(郷)としての魅力があるものです(残念なことに祭りが苦手な私は参加したいとは思いませんが...).


そう言えば高知から帰って来る途中,高知龍馬空港で小林よしのり 著 『天皇論』 を購入.機内で読むつもりが2日ほどほったらかしにしていましたので読んでみました.

第一の感想が,よくここまで調べたなという脱帽感です.考察も客観的な部分が多く,著者の研究心には頭が下がる思いです.
小林氏は漫画家で(代表作として『おぼっちゃまくん』がある),これまでにも漫画を用いた言論スタイルで 『差別論』や 『戦争論』,『靖国論』,『沖縄論』 といったタイトルで刺激的な知見を述べてきています.

これまでの作品でも資料をよく吟味してまとめ,常識として世間にはびこる考えについて「本当にそうなのか?」 という疑問を投げかける(本人によるところの「王様は裸だ」と言い放つ)気鋭の言論人です.

今回の 『天皇論』 にしても,皇室・天皇という存在がどのようなものなのかを鮮やかに説いています.
一言で言えば,天皇の存在は日本が日本であることの条件のようなものであり,GHQによって作成された戦後憲法にも記されている 「日本の象徴」 を地で行く存在なのです.
ナゼかっていうことについては,それを説明するには長々と書くことになりそうなので省きます.

この「日本の “象徴symbol”」という表現.多くの場合軽々しく考えられていますが,非常に重いことなのです.
「天皇が日本の象徴」 ということは 「日本は天皇によってその存在を意味付けすることができる」 というほどの逆読みもできるわけです.

小林氏は,天皇がいたからこそ今日の日本の風土ができたのだということを,いろいろな視点を交えて考察します.


そしてもう一つ.これは私も以前から感じていたのですが,天皇の英訳がエンペラーEmperor(つまり皇帝)であることへの違和感.

極右的な保守陣営からはこれについて 「日本は天皇,いわゆる皇帝Emperorが元首である」 というある種の自己満足的な見解が見られますが,的外れな意見です.

聖徳太子が指示して送ったとされている遣隋使・小野妹子の書簡,
“日出ずる処の天子,書を日没する処の天子に致す.恙無きや”
では,日本が中国の皇帝と対等な地位を明らかにした極東アジアの歴史上では非常にドラマチックなその時歴史が動いたですが,その後に送った書簡では,
“東の天皇,つつしみて西の皇帝にもうす”
というものでした.
ここで重要なのは,後に送った書簡では「中国の皇帝」と「日本の天皇」を区別していることです.
「東の皇帝」とせず,「東の天皇」としている.

結論から言うと,天皇の “機能” は “皇帝Emperor” ではなく,むしろ “法王” や “祭司” という意味合いが強く,それは現在の日本人も無意識的・無自覚的に捉えているはず.
歴史的に見ても天皇がバリバリと日本を引っぱる様子はなく(源氏や徳川家を征夷大将軍として任命するといった権威があるくらい),明治憲法においさえ “しっかりと読めば” 天皇は “国家元首ではあるが主権は無い” ことが明記されています(これは第2次大戦での昭和天皇の戦争責任を論ずる上でも重要なこと).

いろいろ書くと長々となってしまいますのでここまでにしましょう.
とにかく天皇や皇室を考える上でカユい所に手が届いている作品.
皇位継承・女系天皇論や皇室のあり方など,激動が予想される今後の皇室・天皇を考える上でとても面白い本だと思います.