2013年2月28日木曜日

大学教員になる方法「強化版」

来月をもって,今いる大学を辞することになりました.
次に赴任する大学が決まったからなのですけど,その動きの中で,このブログでも紹介している「大学教員になる方法」を追記しなければならないと感じるようになりました.

これまでにも,
ということで紹介してきたのですが,この内容を踏まえて,さらなる大学教員採用の裏側に迫ってみたいと思います.

私自身,まだまだ若手の中の若手ですが,少ないながらも今いる大学における人事で話題になっていたことや,今年度の私自身の転職活動で体験したこと(2大学から採用通知を頂いた)と,そして,諸先輩方が赴任されている大学での人事の話を,可能な範囲(公にはなってないけど,実際のところ外にバレてもいい範囲)でご紹介したいと思います.
※毎度のことですが,以前の記事や今回の記事で紹介している内容は,全ての大学に当てはまるわけではありません.あしからず.

追記1:やっぱり「添え状」は入れといた方が無難
就活をやっている人からすれば常識なんでしょうけど.
「この度,貴学が公募する◯◯教員に応募させて頂きました.―中略― 是非とも貴学において活躍の場を与えて頂けますよう,何卒ご検討いただきますよう,宜しくお願い致します.」
みたいな文章を,便箋みたいな用紙でいいので,書いて入れとくやつのことです.
次に私が赴任することになった大学の公募では,私はこの「添え状」を入れておりませんでしたが(入れ忘れてた),このように無事採用になりました.ですので,全ての大学教員の公募に必要ということではないのでしょうが.
ある先輩が赴任している大学の人事において,書類審査で最終的に面接に呼ぶ人をこの「添え状」の有無で判断したこともあるとのことです.
大学教員とは言え,このご時世,一般常識があるかどうかを判断する部分でもあるようで.
あなたに特別な流儀や信念があるわけでない限り,入れといてマイナスにはなりません.

追記2:教育・研究業績は正直に書く
「盛るな」ということです.
できるだけ盛りたい気持ちも分からんでないですが,見る側からすれば「バレ」ます.
「イタい業績書」にしか見えなくなっちゃいますので,マイナスになる可能性大です.
大きめ(強め)の大学に公募するなら,尚のことです.

追記3:書類審査を外注している大学があるくらい,意外と審査はしっかりやってる
で,その対策なのですが,
まずは前述した「業績は正直に書く」ということ.
「怪しいなぁ」とか,それほどでもない業績を華々しく魅せる書き方をして「読みにくい」などと思われたらアウトです.
あと,「論文が掲載された雑誌,発表やシンポジストになった学会,講師として立ったイベント(セミナー)の規模・主催」を誤摩化したり濁したりせず,分かりやすく正確に書くことです.
へりくだった書き方は避けますが,とにかく見る人がその内容の判断がつきやすいように書くことです.
特に業績に自信が無い人は,なるべく判断がつきにくいように,無意識にぼかした書き方をするものです.
というか,大学教員の履歴書や業績書って,書き方が自由なところが結構あったりするので,ぼかした書き方が可能だったりするわけで.
私もかつてそうでした.でも,これは結構な爆弾なんです.
外注ではなく,内部で人事委員になった教員が審査するときなんかは,その先生が業績の精査をすることになるのですが,これがまた大変な労力になります.
分野外の人が見ても明確な履歴・業績,例えば「SCIENCEに掲載」とか「日本◯◯学会・理事」とかであれば,ぼかしても分かってくれるし裏取りが簡単ですが,「◯◯健康研究誌に掲載」とか「みんなの◯◯研究会・理事」といった,パッと見て知名度が低いものであれば,それがどういう雑誌や学会,シンポジウムなのか,審査する人が調べやすいように書いておくと良いでしょう.
ぼかすよりも,正確に分かりやすく書いたほうがメリットは高いと考えられます.
分かりにくい業績はパスして採点というわけにはいかないので,しっかり調べています.
その時,マジで分かりにく項目が多かったりすると,本当に「審査が面倒だから,この人はパスってことにしとこう.きっと自信のある業績じゃないんだろ」ということになってしまいます.

追記4:教育歴は強力な武器
非常勤講師の公募にも同じことが言えます.
かなり重要です.
研究歴に自信があっても,教育歴がなければ簡単に落とされます.マジです.
これが無いために,研究者として私なんかよりも遥かに優秀な方々が,どんな大学にも引っ掛からないという現状を見てきました.
なので,ある程度の研究歴に自信がある人は,少しでもいいので「教育活動」をつけておきましょう.
そして,自身の研究はそれとして置いといて,自分が教育(授業)できる事を磨いておきましょう.
大学は,あくまで表向きは「授業するところ」なのですから,どうしても書類上はこれが求められてしまいます.
※こうした昨今の大学事情については,私自身が批判した記事を書いているが.
こんな挙動の教員がいる大学は危ない
反・大学改革論4(喜んでる教員)

追記5:自分の専門を客観的に分析
以前の記事の内容と重複しますが,大切な事ですから何度も繰り返します.
とにかく「採る側のニーズ」をしっかりと把握(推測)することが大事でして,それが自分の専門とどのような関連があるのかを分析することです.
前述の「追記4」との関連で言えば,仮にあなたが「スポーツ・体育学」の領域であり,自身の研究テーマが「バイオメカニクス」であったとしても,教育歴として「スポーツ実技」や「指導方法論」などを経験しているのであれば,あなたの専門は一言で言えば「コーチング」です.「バイオメカニクス」ではありません.
これは他の学問領域においても同様です.
自身が興味を持っている研究テーマや,大学院での修論・博論テーマよりも,教育歴の「科目名」が優先されます.
やりたいこと,言いたい事があるかもしれませんが,そう割り切ってください.外からはそう見られますし,その専門で売らないと買ってくれません.テーマにしているバイオメカニクス研究は,採用されてから後に取り組めばよいのです.
採る側とすれば,学部・学科会議や教授会,理事会などをスムーズに通すために,出した求人に最も適切だと考えられる人材を登用するよう,第3者が見ても納得する人物をチョイスすることになるのです.
ここらへんが「採る側」と「応募する側」で,認識の違いが大きいことの一つかと思われます.
そうは言っても,自身の「専門」と完全に一致する公募は極めて少ないわけですから,だからこそ,“そういう視点” を踏まえた上で,履歴書,業績書,自己アピール書を作成する必要があります.

追記6:応募しなくちゃ採用されない
今までの話をひっくり返すわけじゃないですけど,「なんでこの人が?」という人事があるのはたしかでして.
それは,採用予定者をめぐって内部でこじれ,その折半案として,どの派閥の影響もない人物が採用されるというパターンのようです.
例えば,A派はX氏を推し,B派はY氏を推すのですが,そのX氏とY氏が互いの派閥にとって好ましい者ではないという時,Z氏が選ばれるという流れです.
そういうこともあるので,とにかく応募書類は出しましょう.
今までの話ぶち壊しみたいに見えるけど.

今のところ思いつくのはこれくらいでしょうか.
また何かあれば追記していきたいと思います.

※ところで,この記事は結構なアクセス数がありますから,教育現場に出よう,大学教員になろうという人にぜひ読んどいてほしい記事を以下に示します.
「今後の教育・研究の抱負」みたいな提出書類作成の参考にもなるかと思います.
実際の学校教育現場:実録高校生事件ファイル
大学について
崖っぷちの大学が生きる茨の道

続編として
大学教員になる方法「感想版」
を書きました.

もし「危ない大学」に奉職してしまったときにどうすればいいか,その対策はこちら↓
危ない大学に奉職してしまったとき「スパイ対策法」
危ない大学に奉職してしまったとき「イベント企画対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「高校訪問対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「教員評価制度対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「新学部・学科名の候補を出せと言われたとき対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「授業評価アンケート対策」
危ない大学に奉職してしまったとき「本気の高校訪問対策」

         

2013年2月25日月曜日

学内紀要のことなんですが

いろいろあって,学内紀要を “頑張っている” 次第です.

“いろいろ” とは何かというと,その「紀要」が記念すべき「創刊号」なんですけど,学術的でない先生方が多いもんですから「イタい紀要」になる懸念があるので,紀要として “様になる” コンテンツを増やすべく,その編集委員長をやってる知り合いの(そして大学院の先輩の)先生を助けんとして,紀要を無理くり “盛り上げる” ために闘魂注入(つまり投稿)をしているという状況なわけです.

スキー実習とやらで2月のうちの一週間つぶれましたが,それ以外は論文作成に勤しんでいます.
なので2月はブログ更新する暇もありませんでした.


そんなわけで,記念すべき創刊号に2本書かせていただきました.

1本目は実験研究の論文:
かなり以前に,適当に取ったデータをまとめてみたものです.
テーマは,「トップアスリートは,一般スポーツ選手と比べ体力が優れているか?」ということで,10種目くらいの競技を対象として,トップアスリートと一般選手の体力を多角的に測定・分析したもの.
実はよくよく分析してみると大事なことが浮かび上がってくるデータだったんですけど,普通,我々としては面白くないし業績になりにくいし,論文にするのが面倒だからってんで誰も手を付けたらがらないテーマであります.

結論からすると,「トップアスリートだからといって,体力が優れているわけではない」 ということになります.
まぁこういうのって直感的にスポーツを研究している人達は感づいているものですが.
だから,「その中でも何が違うのか?」ということで,特定の分野(測定可能な項目)に絞ったりしながら深く掘り下げているのが,現在のスポーツ科学の現場であります.
でもこういう “その道の研究者” からすればゴミみたいなテーマも,一般の方々からすれば興味があることでして.
でも,そういうデータって「論文」という形でお目にかかることが少ないのであります.

今回論文としてまとめとけば,あとで引用したり紹介するのが楽になるので,この機会にやっとこうという魂胆です.業績としての価値はないけど,教育・研究生活のためには価値がありますので(規模のデカいメモみたいなものです).
なので,きっちり裏取り(つまり先行研究精査)して,図表も大きめに印刷する予定で書いときました.


2本目はエッセイじみた総説論文:
これは,少し前に書いていて放り出していた,
しかしもし,偶然というものが一切否定されたとしたらどうだろう
これを,この機会に再起動させたもの.
スポーツ分析とかゲーム分析と呼ばれている活動をテーマにしたものです.

最近,日本体育協会が出しているスポーツ指導者資格のテキストにおいても,「スポーツとIT」とかいう章を割いております.
スポーツ分析(いわゆるゲーム分析,映像編集・分析)を日本のスポーツ界にも啓蒙せねばならないと考えているからでしょう.
そんなわけで,日本体育協会のスポーツ指導者資格の養成校となっている私たちの大学でも,この「スポーツとIT」に関する授業をやっているという状況です.
どんな授業かというと,スポーツ現場でPCやビデオ映像をどうやって活用するか? という論調なのですが.
時代の波に乗り遅れるな,ということでやってる授業ですから,適当に流しておこうというものです.
やってる本人が言うのもなんですが,あまり面白くありません.

なぜかって,「スポーツ」と「IT」って,親和性が無いはずのものでして,突き詰めていくと,“ITはスポーツを面白くなくさせるもの” という結論に達するからです.
今のところは放っておいてもITがスポーツに悪影響を及ぼすところは少ないので大丈夫なのですが,いつかは「つまらない」と言われる道を歩むことになると私は推測しています.

一般の人からすると,全国大会とかプロスポーツ,そしてオリンピックなどで活躍するスポーツの指導現場では,ハイテク機器を使った指導がなされていると思われがちですが,実はそうでもありません.
「実はそうでもありません」,ということで,そうでなければならないかというと,そうでもないのです.
コーチの直感とか,選手の状況把握・判断能力というのはハイテク機器を使った分析よりも優れていることは確かでして.むしろスポーツは 「それ」 が大事だと思っている次第です.

紀要に書かせてもらった論旨としては,「スポーツとITは水と油のようなものであるが,どうしてもスポーツにITを取り入れたいというならば・・・」,ということで,私なりの見解を主張しているものです.
これについては,後日記事として公開していこうと思います.


この紀要の編集委員長とも内線でネタにして・・,(おっと失礼)「相談」 をしていることなのですが,
反・大学改革論4(喜んでる教員)
こんな挙動の教員がいる大学は危ない
で紹介したような教員が提出してくる論文,

酷い.
酷すぎる.
よくもまぁ,こんな文章・内容が書けるものですね.学生のレポートのほうが,なんぼかマシです.

頼むから中学生みたいな文章を書くのはヤメてほしいんです.
難しい言い回しをしろっていうわけじゃないし,革新的な内容にしろってんでもない(それなら紀要に出すべきではないよね,もったいないから).

つーか,むしろこれ,自分じゃ書けないからってんで誰かに書かせただろ.あなたにこれだけの(とは言っても低次なわけだが)文章が書けるとは思えないですから.
見える・・.見えるぞ・・!
きっと,こうなんです.
教員「おいっ.X日までに「◯◯」のテーマについて,レポートを書いてこい.卒論の練習だ!」
とかなんとかゼミの学生に指示・命令して,それを提出している疑義があります.

いいんですけどね,こういう教員が “少し” いるのは.
害にならない程度なら,見ていて面白いから.
スパイスみたいなものです.でも多いと不味くなるでしょ.そういうものです.

こういう現状,どうすれば改善されるのでしょう.
まぁ,私はこの大学を去るので考えたところでしょうがないのですが,気になるテーマではあります.
こんなところでも,大学とは何かを考えさせられるのです.