2015年7月29日水曜日

こんな大学の教員は危ない part 1

久しぶりにネタ記事をどうぞ.

これまでにも,「こんな◯◯な大学は危ない」というシリーズを書いておりまして,教員ネタとしては,
こんな挙動の教員がいる大学は危ない
とか,
危ない大学に奉職してしまったとき「厄介な教員対策」
なんかがあります.

今回は,大学教員そのものをネタにして楽しんでみようというものです.
「大学教員なのに,こんなんじゃマズいでしょ」
という人はたくさんの視点・観点から存在するわけですが,その中でも特にシュールなものをピックアップしてみようというものです.

教職員間であれば「あぁ〜,いるいる!」
ということで楽しんでもらえると思いますし,
学生であれば「やっぱ,あの先生やばいんだ」
ということで学生生活の参考になると思います.

ここで紹介する大学教員が「なぜ危ないのか」については,説明するのにちょっと時間がかかるので,本文末にご紹介した記事を読んでもらえればと思います.

では早速,
あなたの大学に,こんな教員はいませんか?

(1)バスの運転を楽しんでしまっている
このブログとしては鉄板になってきた「大学教員とバス」ですね.
危ない大学においては,大学教員がバスの運転を担当しています.詳細は,
危ない大学におけるバスの想ひ出
を御覧ください.

大学教員がバスの運転に生き甲斐を見出すことは,普通ありません.
大学教員がバスの運転をするのは,あくまで「危ない大学」において強いられているからです(理由は経費節減のためです).
ところが,そうした「バスの運転」を教員である自分がやっている,ということに価値を置き始める教員がいます.
「私がバスを運転しているから本学が成り立っているんだ」という気分を,本気の理論にまで昇華させているわけです.

こういう教員はバスの運転がどれだけ高度なものか自慢めいて語り始めます.
上記の記事でご紹介しているX氏のように,これはホントはバカげてる事だという認識ではなく,立派な大学教員の仕事の一つだと考えています.
学生のためであればバスの運転くらい,いや,バスの運転こそが私が生きる道なのだ.という価値観で取り組んでしまっているわけですが,当然のことながら大学教員はバスを運転するために存在しているわけではありません.

もちろん,教員にバスを運転させるような大学はこの上なく危ないわけですが,そんな仕事に生き甲斐を見出す教員も危ないのです.
大学教育というものを舐めているからです.
「じゃないと本学のようなところは,あっという間に潰れるんだよぉ」って当事者意識を振りかざすことと思いますが,そんなことまでして食いつなごうとする大学なんて潰れてくれたほうが世のためです.


(2)学内にカフェを作るってことで意気揚々としている
最近の大学では,学生が学内に入り浸ることができるスペースを用意するのが流行っています.ラーニング・コモンズなどと呼称されることが多いです.
気軽に学生同士が共同作業できて,手軽に図書資料やネット情報にアクセスできて,そこには学術的なアドバイスができるスタッフがいて,しかもカフェも付いてる,という空間のことで,これは要するに,以前は助手・院生室の隣にありそうな小汚いけど実は大学教育としての有機的な学びが実現できていた水場のある空間を,もっとおしゃれに人工的に作ろうとしたものです.

ラーニング・コモンズという場を作ることには賛同します.私も学生の時から「そういう場所があったらいいなぁ」と感じていました.
けど,こういうのってわざとらしく大々的に作らなくても,学生同士・院生同士の中で自然と出来上がある空間だとも思いますので.

さて,このラーニング・コモンズですが,危ない教員にとっては「大学らしい有機的な学びができる空間」という建前のもと,「カフェが設置されている」という点に注力してしまうところに危うさがあります.
勉強しながらカフェ
スタッフに相談しながらカフェ
ネットを見ながらカフェ
プレゼンの練習をしながらカフェ
たまに教員を交えてカフェ
彼らの頭のなかでは,スターバックスのようなオシャレな「カフェ空間」という学びの場を提供するという事,それ自体に興味関心が向いているのです.これが痛い.

まだ見ぬ我が家の設計図.気の早い奥様のファンタジー.「ここがキッチン,そこに冷蔵庫があって,ここがコンロ.そっちに行くと日当たりのいい庭がよく見えるダイニングがあって,そこで毎朝朝食をつくって寝坊助の子供たちが2階から降りてくるを待ってるのぉ」
それに類似した意気込みで,彼ら危ない教員はラーニング・コモンズを計画しているに違いありません.

勉強させる空間づくりも大事かもしれませんけど,それ以上に,勉強させる大学づくりの方を優先してもらいたい.そう願います.


(3)iPadだけで仕事をしようとしている
iPadだけでは仕事できません.iPadのおかげで仕事が捗るなんてこともありません.もちろん我々のような仕事においてではありますが.
かなり以前(iPadが出て間もない頃)にそういうブログ記事を書いたことあるんですが,いまだに「iPadがあれば仕事が捗る」「iPadを駆使できれば,他は不要になる」「今どき,iPadを使いこなせないとダメだ」などと言っている教員がいます.
こういう人は十中八九無能です.

我々の仕事がiPadでなんとかなるわけないんです.
iPadだけで仕事ができていたとしましょう.だとすれば,その教員の底が知れるというものです.
iPadを使って仕事をしている,という姿に憧れている.ただそれだけのことです.

ついでに言うと,(2)で取り上げた「カフェ」とも関連していて,こういう連中は “スターバックスでiPad” 的なものに知的オシャレ感を持っていて,大学をそういう場に仕立てたいという軽薄な願望があるのです.


(4)実践・現場こそが大事と言っている
だったら大学の教員という立場で教えなければいいのにね.


(5)自己啓発本からの受け売り
実践,現場と連呼するよりも大人しいのですが,むしろ害悪はこっちの方が大きいのではないかと思うくらいです.
何かって言うとA4・1枚にしようとしたり,マインドマップに凝ってみたり,何でも写メで撮ってそれをクラウドにすればいいと訴えます.
自分で勝手にやってりゃいいのに,それを学生にも求めるんです.

そうした自己啓発書のなかでも,「仕事術」的なこれらの実用性を,学生とともに研究するっていうんなら話は分かります.
いえ,むしろ大学の研究室ならそういうことをやった方がいいと思います.
例えば,電子資料と紙資料について,作業効率や記憶定着などについての実証研究をたまに見ることがありますよね.

だけど,こうした「◯◯で仕事が捗る!」みたいなことを,ドヤ顔でそのまま指導する教員がいるんです.
あなたには学者としての魂は無いのか,って言いたくなりますが,「学生のためになっている」「学生からも評判がいい」ということで聞く耳は持ちそうにありません.

何がしたくって大学教育に携わっているのか,それをマインドマップをやって確認してほしいものですが.
(マインドマップの性質上,そんな人がやっても逆効果かもしれませんけどね)


また思いついたらパート2を書こうと思います.


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反・大学改革論2(学生からの評価アンケート)
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