2018年7月30日月曜日

井戸端スポーツ会議 part 55「学徒動員」

スポーツの記事なのに「学徒動員」とはどういうことか?
2020年オリンピック東京大会のことなんです.

先日,学生の頃から仲が良かったとは言え,中年にもなった我々大学教員が,故あって合宿所で一泊することになり.
そこで研究とか教育の話をお酒を交えて(面白おかしく)議論する機会がありました.

その話題の中に「オリンピック東京大会における,学生ボランティアをどうするか」というのがあったんです.
ぶっちゃけ,結構困っています.

以前から「学生ボランティアを出せ」とか「海外チームの合宿地・練習地を用意しろ」といった類の要望はあったんですけど,このたび文部科学省・スポーツ庁より大学に以下のような要求が入りました.
東京五輪・パラ「授業避けて」国通知、ボランティア促す(毎日新聞 2018.7.27)
スポーツ庁と文部科学省は26日、2020年東京五輪・パラリンピックの期間中にボランティアに参加しやすいように全国の大学と高等専門学校に授業や試験期間を繰り上げるなど柔軟な対応を求める通知を出した。
多くの大学は7~8月が試験期間となる。通知では学生がボランティアをすることへの意義を説き、大会期間中は授業や試験を避けることを促した。授業開始時期の繰り上げや祝日の授業実施は学則などに基づき、学校の判断で特例措置を講じることができる。
当初の想定以上に学生ボランティアが集まっていないから,とのことです.
当たり前です.
文部科学省はこれまでに「大学は授業をシラバス通りしっかりやれ」「学生は授業に出席することが義務」「大学は学生が授業に出席しているかどうか管理しろ」といった圧力をかけてきました.
大学の授業なんてのは数回休むのは当たり前だと思っている30代以上の人たちには想像できないでしょうが,今の大学でその感覚は通用しません.

結果,現在の大学生は授業にちゃんと出席するようになり,授業に出席することが目的となっています.
その帰結として,大学も学生も,「授業出席」に支障をきたすようなシステムや行為を極力排除するようにりました.「部活の試合があるので休みます」とか「ゼミの活動で休みます」なんて理由は,授業を欠席できる理由になりません.これはボランティア活動も同じ.普通に「欠席」です.
一応,各大学独自の規定によって授業担当教員宛に「欠席理由書」「欠席への配慮のお願い」といったものがありますが,用意されない大学もあります.
原則は「欠席扱い」です.
私の授業でも,例えそういった書類を受け取ったとしても,いちいち理由を判断したり考慮するのが面倒なので,一律「欠席」にしています.こっちの理由は良いけど,こっちの理由はダメ,などと判断するのは公平性が保てないからです.欠席した分のマイナスは,出席態度と試験結果で取り戻せということにしています.

そんな中で,オリンピックごときのためにボランティア活動しようなんて思うわけがないでしょう.
それもこれも,元はと言えば文部科学省が仕向けたこと.
そのくせ,今になってオリンピックがあるからって「授業をしなくてもいい」とか「ボランティアを出せ」って,どうなのよ.
なので,これって「学徒動員ではないのか?」という話も出てきているわけです.

そもそも,なんで学生ボランティアを要求してくるのか?
スポーツ庁からの通達にはこうあります.
平成28年4月21日付け28ス庁59号で通知したとおり、学生が、オリンピック・パラリンピック競技大会等に参加することは、競技力の向上のみならず、責任感などの高い倫理性とともに、忍耐力、決断力、適応力、行動力、協調性などの涵養の観点からも意義があるものと考えられます。さらに、学生が、大学等での学修成果等を生かしたボランティア活動を行うことは、将来の社会の担い手となる学生の社会への円滑な移行促進の観点から意義があるものと考えられます。(30ス庁第236号より抜粋)
たったそれだけの理由です.
それだけの理由で,ボランティア活動できるように大学のスケジュールを変更しろと?
授業スケジュールや教務システムって,そんなにホイホイと簡単に変更できるものではないのです.

参加したい学生,参加できる学生だけボランティアすればいいのではないか.
いくらなんでも虫が良すぎます.
他の大学教員とも話していたのですが,「これも外国人留学生で対応できるよう規制緩和すればいいのではないか」と吐き捨てる人もいました.

繰り返しになりますが,オリパラでどうしてこんなにも学生ボランティアを要求してくるのでしょうか.
それは教育的価値があるからではありません.
大学の斡旋を通じて参加してくる学生ボランティアなら,ドタキャンが少ないからです.
上記の文言にしたって,これはあくまで建前です.本気にしてはいけません.

私も「神戸マラソン」を始めとして,関西地域のスポーツイベントのボランティア斡旋を担当していたことがあります.
そんな記事も書いたことがありました.

つまりこういうこと.
学生ボランティアと言っても2種類あるんです.
完全に自分の意思で参加するボランティアと,大学教員や部活指導者等の斡旋によって参加を促されたボランティアです.

前者には参加のモチベーションが高い人が多いのですが,反面,冷やかしに参加している人もいてドタキャンが怖い.しかもこのタイプは登録人数が少ないので,運営側としてはギャンブルな要素があるんです.

一方,後者は総じて参加モチベーションは高くないものの,斡旋した教員や部活指導者との人間関係を介して参加しているため,運営側の指示にも従順でドタキャンも少なく,必要人数が大量に確保できる上に,不必要とあらば簡単に切ることができます.端的に言えば,人数が読めて使い勝手がいいわけですよ.
全部が全部とは言いませんけど,大学でスポーツボランティアの斡旋業務をやっていた私としては,それが率直な意見です.

なにより悲しいのは,私も含め学生ボランティアを斡旋している人たちが,不本意ながらボランティア募集の時に使っていた「学生がスポーツボランティアに参加する意義」なる理由を,文部科学省・スポーツ庁が堂々と大学に向けて発していること.

責任感,倫理性,忍耐力,決断力,適応力,行動力,協調性の涵養.
授業で学んだことを生かす.
将来,社会に出た時に役立つ.

嘘じゃないけど,そんなに胸を張って言うことではありません.
っていうか,やっぱりこんなの嘘だし.ボランティアごときでそれらが身につくのなら,教育機関は指導に苦労していません.
これならまだ,「ボランティアスタッフの人数が確保できないから,オリンピックを無事に開催するためにも,大学と学生には人員確保の役割を担ってほしい」とお願いされた方が筋が通ります.

私もボランティアを広域に募集する際には「責任感がぁ〜」とか「キャンパス外での学びがぁ〜」とか「社会に出たときにぃ〜」などと歯の浮くような文言を使いますが,いざ集まった学生たちにこんな言葉はかけません.
必要とされているからやる.やりたいからやる.
ボランティアをすることによって自分自身が何かを得るのは結果であって,それを参加の理由にしてはならないのです.

ましてや大学の授業スケジュールを変更してまで取り組ませようとすること.
文部科学省とスポーツ庁は,まずは,そうまでしてオリンピックを開催しなければならない意義や魅力を,大学に示すことが礼儀ってものではないでしょうか.