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これからの戦争について専門家はどのように考えているのか?

なんだか世界情勢がキナ臭くなってきた昨今.
戦争についての勉強もしてみました.

そんな中で今回オススメするのは,
ロバート・H・ラティフ 著『フューチャー・ウォー:米軍は戦争に勝てるのか?』


「未来の戦争では,こんな兵器や作戦が登場する!」
っていうネット記事やミリヲタ書籍はたくさんあるものの,
「それによって人間社会が戦争をどのように捉えるようになるのか?」
という視点のものは意外と少ないものです.

著者であるラティフ氏は,元アメリカ陸・空軍の幕僚で,軍の倫理問題について研究している人です.
なので,単純に「将来はこんなハイテク兵器が戦場で活躍する!」という主張だけでなく,
「ハイテク兵器の登場によって『外交』の延長としての戦争をどのように変えるのか?」
「それらを扱う(その被害を受ける)兵士たちの心的状態にどのような影響を与えるのか?」
について述べられています.

これまでの戦争では,相手の生命や財産に対し,分かりやすく直接的に打撃を与えるものでした.
しかし,これからの戦争・戦闘はそういうものではなくなる可能性が示唆されています.

だからこそ,本書の副題が「米軍は戦争に勝てるのか?」なのです.


ハイテクを駆使して圧倒的な戦力を持つだけでは,「経費」がかさんで国家予算を圧迫します.
それを解消するために意図的に戦争を引き起こすのが「アメリカ政府の常套手段」であることを,アメリカ国民自身も自覚するようになりました.
そんな中で高度なハイテク兵器を開発,常備することへの反発は予想されることです.

ラティフ氏の想定通り,実際に現在のアメリカは「世界の警察官」を諦めています.
トランプ大統領が「日米安保は不公平だ」というのは,彼お得意のディールだけでなく,アメリカの懐事情や,戦争に対する国民感情を含んでのことでしょう.
「未来の戦争は,ローカルで小規模」なものになるよう,アメリカは画策しているものと思われます.

ラティフ氏によれば,これからの戦争は,「国家対国家」はもちろん,「テロ組織対国家」ですらなくなるというのです.
ハイテク兵器の発達は,「国家」「組織」そして「個人」といった,明確な線引のない争いへと進んでいく可能性があると述べています.

こうした見方は,SF映画や近未来サスペンスなどでも採用されるテーマですが,それがいよいよ現実のものとなるようです.
ただし,個人によって引き起こされる戦争といっても,映画「007」に出てくるような「一人の大富豪が軍隊を操って・・・」などというビジョンではありません.

兵器は,その戦争の歴史を見れば分かるように,「火力」と「スピード」の改善に収斂されます.
その結果,どちらか一方が先制攻撃を仕掛けると,反撃を受けることなく確実に相手に壊滅的ダメージを与えることができるようになりました.

今はまだ一部の国家がそうしたテクノロジーを手にしていますが,あと数十年すると,テロ組織や個人がこの兵器を手にする時代がくるのです.
そうした世界にあって,アメリカは「戦争」をどのように捉えるようになるのか?
国民や政府も,戦争で「勝利」を目指すような社会的価値観を持っているのか?
といった問題意識が,本書のテーマの一つになっています.


現在アメリカ軍で「現実的に」開発されているハイテク兵器を例示しながら,こうした問題に切り込んでいます.
レーザー兵器,AI,ドローンおよびロボット,電子兵器,神経機能拡張兵士,動物兵器などです.

例えば機能拡張兵士というのは,手術や薬物で神経機能などを拡張された兵士のことです.
この医学テクノロジーは,かなり進んでいます.
一般的には,鬱病や精神疾患,認知症の治療や対策として研究が進められていますが,当然,軍事転用も視野に入れられています.

神経機能の拡張に手を入れることができれば,現在の各国兵士を悩ます「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」問題に対応することができます.
また,神経機能をいじることができれば,戦場で精神を安定させることができ,錯乱状態に陥ったり,ミスを減らすこともできます.
これが神経機能拡張兵士を肯定的に受け入れる見方.

しかしその一方で,そんな医学テクノロジーが達成されるということは,ためらいなく大量虐殺や,恐怖を感じずに敵へ向かう自爆テロ兵士を大量に作れるようになるということです.
そのテクノロジーを,テロ組織や野望をもったビジネスマンが手にしたらどうなるか?
まさに,その時「米軍は戦争に勝てるのか?」ということ.

ちなみに,この神経機能拡張のバリエーションとして,「動物兵器」が紹介されていましたが,これが非常に興味深かった.
ネズミや犬といった動物の神経(脳)に介入し,命令通りの行動をとらせるようになるテクノロジーです.

現在でもドローン兵器やラジコン兵器が諜報活動のために活躍していますが,生身の動物でそれが可能になるということ.
例えば,ネズミとか鳥にスパイ活動をさせることわけです.


他にも,結構有名な電子兵器として「EMP(電磁パルス」攻撃」というのがあります.
強力な電磁パルスを発生させることで,それを浴びた電化製品やインフラを破壊する非致死性兵器です.
ようするに,電子機器だけ使えなくして,人は殺さないという兵器.
現在,これが可能な方法としては「高高度核爆発」が考えられています.
高高度核爆発(Wikipedia)

この兵器は国家間戦争レベルでの使用,つまり「国家対国家」の戦争を想定していますので,これを利用するハードルは非常に高いのです.
ところが,このテクノロジーや兵器を,テロ組織や個人が持ったらどうなるでしょう.
非致死性兵器なのですから,その使用のための心的なハードルは非常に下がります.
どっかの集落を焼き払うような非人道的な軍事作戦と比べても,ニューヨークの町中で躊躇せずに使用できるはずです.


そのようなハイテク兵器が実現し,それを「どこかの誰かが使える」というレベルまで普及した世界では,アメリカの軍事戦略は根本から変わるだろう,というのがラティフ氏の見解です.
つまり,ハイテク兵器の性能や利用方法だけを見ていてはいけないのです.
ハイテク兵器への対抗策や法律による規制,それを使った戦争に対する国民や世界情勢の変化を気にする必要があるとラティフ氏は述べています.
そして,そうした世界を想定するのは政府や軍部だけではいけない.一般国民も関心を寄せる必要があるのだ,と.
こうした先進テクノロジーをめぐる軍拡競争は,われわれがこれまで見てきた従来型軍拡とは似ても似つかぬものであり,しかもそれがもたらす倫理的意味合いは,恐怖を覚えるレベルである.
そうしたニュー・タイプの戦争やテクノロジーをきちんと判断するのに必要な理解力が,現時点で国民一般にあるとは到底思えないし,またそれが潜在的にもたらす未来戦のすがたを認識しろと言っても,およそ無理であろう.だが,われわれはそうした現状を必死になって改める必要があり,前途に横たわるそれら難題をめぐって幅広い国民的議論を起こさなければならない.そうした議論を,軍まかせにしてはいけない.そんなことはフェアではないし,賢明でもないからだ.(本書・終章より)

ちなみに,本書の冒頭では2018年時点での「日本語版によせて」として,ラティフ氏による北朝鮮情勢の見解が載っています.
ラティフ氏いわく,
「北朝鮮がアメリカ,韓国,日本を攻撃する可能性はない」
「アメリカが北朝鮮を攻撃する可能性もない」
とのこと.

アメリカは北朝鮮を「核保有国」と(非公式に)認めており,よってアメリカには「北朝鮮攻撃」という選択肢はなくなっているというのです.
もし北朝鮮を攻撃したとして,ほぼ間違いなく「勝利」できるのですが,その代償として「韓国」と「日本」が壊滅的被害を受けての勝利でしかありません.
アメリカに,そんな作戦を強行する理由はないのです.



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