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日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」が曲解されていることについて

私も迷惑を被ったとは言え,一般への理解が歪曲されているのもダメだと思う


私も最近はときどきテレビニュースを見るようになったんですが,そこで日本学術会議が出した「軍事的安全保障研究に関する声明」が取り沙汰されることがあります.

で,それが結構間違ったものを伝えている人が多いんですね.
特に,今回の人事問題を養護したがる立場,学術会議を改革したい立場の人が,意図的ではないかと思うくらい悪質な言説を流しています.
もちろん,単純に不勉強なだけかもしれませんが.

ネットニュースでも,そのコメント欄などで,
「日本学術会議は,日本で軍事研究を禁止する声明を出している」
とか,
「軍事研究と普通の研究の違いなんて明確じゃないのに,世界の現実にそぐわない声明を出していてバカバカしい」
といった趣旨の記述を見ることがあります.

でもこれ,かなりの勢いで間違いです.


私も今回の人事問題に関するブログ記事で,この軍事研究に関する声明が「迷惑」だったことに触れたこともあります.
しかし,日本学術会議を叩きたい一心で,この声明の趣旨や実態について理解せずにデタラメな議論が展開されるのもダメだと思います.

そこで今回は,この「軍事的安全保障研究に関する声明」が,一般的な研究者にとってどのようなものなのか解説することにしました.


先般,突然発表された声明ではない


まず重要なこととして,この声明は2017年に突然発表されたものではない,ということです.

その趣旨は,1950年の「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」旨の声明として,既に出されてます.
軍事的安全保障研究に関する声明(日本学術会議ホームページ)

でもこの声明,結構な勢いで「へぇー,そうなんですかぁ〜」って感じで放置されているものでした.
もちろん,誰もその声明を本気で受け取ったりしていません.
なぜって,「戦争を目的とする科学の研究」なるものを,誰も定義できないからです.
一般の方々が思いつく疑念なんて,現場の科学者だったら百も承知.


ですが,適当にあしらっていてもヤバい時代に突入したことも事実なんです.
そこで2017年には,より具体的にどういう研究が「戦争を目的とする科学研究」なのか? について提示し,それを大学等の研究機関がきちんとコントロールしてください,という趣旨になっているのです.
前掲したリンク先に,その声明文が掲載されているので,この件に興味のある人はしっかり読んでください.
軍事的安全保障研究に関する声明(日本学術会議ホームページ)


ちなみに,日本学術会議は一般的な研究機関での軍事研究を禁止しているのであって,日本国としての軍事研究,一個人が行なう軍事研究を禁止しているのではありません.
そもそも,軍事研究はその性質上,軍事組織(日本であれば防衛省)が取り組むものですから.


では,なぜ軍事研究についてこんなに制限をかけたがるのか?


まず,軍事研究は成果や進捗状況の秘匿が極めて重要です.
他国のスパイに盗まれたりしたらマズイでしょ.
それを一般的な大学等の研究機関がきちんと管理できるのか?
できないのであれば,あなたの研究所で取り組むのはヤバイよね?
っていうものです.


次に,軍事研究の場合,資金提供先(主に,防衛省および外国の軍事組織)から研究所や研究者への活動制限や介入が懸念されます.
例えば,軍事研究に着手している研究者や部署以外のところにも資金提供先の介入が入ったり,研究所の機能や能力を,資金提供先の都合に合わせて利用される危険性があるわけです.
これは,自由な学術研究を阻むものです.
つまり,軍事研究は軍事組織でやってください,大学等の研究機関は,あくまでも自由な活動と公開された議論を行う民生分野の研究に携わりますから,っていうものです.


あと,これが最も重要ですが,日本学術会議は「独立している」とは言え,日本の政府機関という位置付けです.
日本の政府機関として,政府から独立している学術コミュニティなのですから,その基軸はどうしても「日本国憲法」の趣旨に沿うものになってきます.


もちろん,この声明に対しては,各大学や研究者から異論反論もあります.
私も異論反論があります.
しかし,声明の趣旨そのものには賛同できますから,これが発表され,教授会で議論になった時にも,特に何も異議を申し立てることはありませんでした.

ただ,迷惑を被ったというのは事実です.
実は,私が所属していた大学は,この声明を受けてから,
「大学全体(つまり全学部・部署)として,声明の趣旨に全面的に賛同する」
ということが掲げられていて,
「軍事研究と解釈されるものは全て行わない」
という理屈でガイドラインを作ったんです.
声明の趣旨にかなり強めに賛同する大学だったわけ.

だから,当時取り組んでいた研究課題で,自衛隊や防衛省にちょっと協力してもらおうかなぁ〜,なんて思ってたものがあったので,それが出来なくなったんですね.
私の場合,自衛隊がOKしてくれたらラッキーで,どうしても自衛隊じゃなきゃダメっていうのじゃなかったので,別に良かったんですけど.


防衛省の軍事研究に予算を回せばいいだけの話


ところで,当該声明文を読んでいると,気になる部分がありますね.
こちらです.
防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い。学術の健全な発展という見地から、むしろ必要なのは、科学者の研究の自主性・自律性、研究成果の公開性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である。

つまり,
「政府の皆さん,もっと大学に研究費を出してくださいよぉ」
っていう話をしているのが「この声明の趣旨」だったりします.
なんだか微笑ましいですね.

ただその一方で,こういう見方もできるのです.
以下,これはあくまでも,私個人としての邪推ですが・・・,

昨今の政府は,軍事開発費や防衛装備庁の予算を削減したくて,その研究開発のリソースとして大学等の研究機関を利用しようとしているのではないか?

ということ.
そして,それについて内部事情を掴んでいる学術会議メンバーの人が,先手を打って牽制球としての「声明」を出したのではないか? ということ.
もっと言えば,2015年から始まった「安全保障技術研究推進制度」なるものが,軍事開発予算を削減したくて,大学にそれを肩代わりさせるための制度ではないかという疑念です.

現在,大学等の教育機関は「研究費不足」に苦しんでいます.
そんなところに,
「国防という名目で研究すれば,研究費を出してあげるよ」
っていうニンジンをぶら下げられたら,飛びつく研究者や研究所は多いだろうって算段です.
一度これに食いついてくれれば,「軍事機密」の名のもとに,その研究所の施設や人的リソースすら都合よく利用できる可能性があるわけですから.

当然,軍事開発費用の削減につながります.

日本学術会議としては,政府のこういうやり口が気に入らなかった.
だからあの声明を出したわけです.


話は簡単です.

軍事開発としての研究をしたいのであれば,防衛省の予算を増やせば済むのです.
軍事研究は,軍事組織がやるのが筋ってもの.
それに,軍事機密の漏洩対策にしたって,防衛省がやるのが良いに決まっています.
なんで不慣れな大学や一般研究機関にやらせようとするのか.

それより,先進国最低レベルである,日本の高等教育機関予算の方をなんとかしてくれ,っていう話でもあります.

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