2013年4月21日日曜日

「学問のすゝめ」を素直に読んでみる

「福沢諭吉が “天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず” と述べているように,人間は平等に扱われるべきであり・・・」
とレポートに書いてきた学生がいます.
「名言引用ランキング」などがあれば,かなり上位にくい込む(むしろトップ?)有名なフレーズです.

が,件の学生には悪いのですけど,残念ながら福沢諭吉はそんなことは言っていません.

このフレーズは福沢の主著である『学問のすゝめ』の冒頭に登場する有名なものです.
しかし,この有名なフレーズの孫引きが横行した結果,福沢が本当に言いたかったことも曲解されているのではないかと思うのです.

『学問のすゝめ』の原文をそのまま載せると,こうなります.
天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずと言えり

最後の「〜と言えり」というのは,「〜と言われています」という意味でして,つまり,福沢自身がこのフレーズを引用しているのです.
※「アメリカ独立宣言」からの引用だと言われている.福沢自身がアメリカ独立宣言の和訳をしているため.

で,問題なのは「〜と言われています」のあとでして,そこが福沢の言いたいことです.
福沢は冒頭で,人は「生まれながら貴賤上下の差別なく..」と述べているように,人の能力差は誕生した瞬間にはないことは認めつつも,
されども今広くこの人間世界を見渡すに,賢き人あり,おろかなる人あり,貧しきもあり,富めるもあり,下人もありて,その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや.
そして,これについて
その次第 甚だ明らかなり.
と述べ,
その本を尋ぬれば ただその人に学問の力あるとなきとに由ってその相違も出来たるのみにて,天より定めたる約束にあらず.
というわけで “学問のすすめ” なのです.

『学問のすゝめ』全体から伝わってくるメッセージを端的に言えば,
「あなたが,あなた自身の現状に不満を持っているとしても,それはあなたが無能だから仕方がないわけで.そんな不満を打破したいのなら,学問をして有能な人間になることをオススメしますよ」
ということです.

あと,件のフレーズから福沢諭吉のことを「人間平等論者」と捉える節があり,「脱亜入欧」を主張したことに代表されるように,西洋派の文明論者として語られる向きがあります.
ややもすると,福沢諭吉のことを「古い日本の文明から,新しい西洋式の文明へと進歩させた」などと紹介されることもあるのではないでしょうか.

しかし,『学問のすゝめ』を素直に読めば,それも間違いです.

福沢が “学問をすすめる” 理由が大事なのです.
福沢は,学問することで,しいたげられている平民を煽動したり,自己啓発セミナーのごとく「これであなたの潜在能力が発揮される!」などといった安っぽいことを目的としていません.

『学問のすゝめ』で,もう一つ有名なフレーズがあります.
「天は人の上に・・・」と比べると聞いた事がない人もいるかもしれませんが.
“一身独立して 一国独立する”
言われたらピンときた人もいるかもしれませんが,福沢は,人々に学問をすすめる理由をここに求めます.

つまり,日本が一国としての独立を保つことで,日本人は活き活きとできるのであり,そのためには日本人が「お上」に付き従う態度から解き放たれ,「国民」として一身独立することが必要だと説くのです.

おや?そう言えば,■大学について2で紹介したオルテガも同じことを言ってましたね.
福沢はと言うと,自身で学び舎(のちの慶応義塾大学)を作りもしています.
「大学で学ぶべきこと」も,ここから導けるのではないでしょうか.

話を戻しましょう.
福沢は,
日本にはただ政府ありて未だ国民あらずと言うも可なり.
と憂い,政府に頼り切っている日本人を,当事者意識を持った「国民」へとレベルアップさせんとします.そして,
我日本国人も今より学問に志し,気力を確かにして先ず一身の独立を謀り,随って一国の富強を致すことあらば,何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん.
と述べますが,これはその時代,中国大陸が欧米に蹂躙されたことを目にし,日本も欧米からの外圧を受けているという背景があるからでしょう.
そして上の文に続いて,
道理あるものはこれに交わり,道理なきものはこれを打ち払わんのみ.一身独立して一国独立するとはこの事なり.
と言いい,
英人は英国をもって我本国と思い,日本人は日本国をもって我本国と思い,その本国の土地が他人の土地に非ず我本国の土地なれば,本国のためを思うこと我家を思うが如くし,国のためには財を失うのみならず,一命をも抛て惜しむに足らず.これ即ち報国の大義なり.
とも言います.

これで福沢が西洋かぶれのチャラ男ではないことがわかります.
同時に,これが福沢諭吉の言葉なのです.意外だと思われた方も多いのではないでしょうか?
私も『学問のすゝめ』を読んだ時には,前評判(予想)とは異なる内容に,ポカーン状態でした.

福沢は尊王攘夷派から命を狙われていた,とされていますが(福沢自身も尊王攘夷派を批判していた),それは彼らにとって福沢が西洋かぶれに見えたからでしょう.
福沢が西洋の知識や技術を受け入れることに積極的だったのは,それによって日本の経済や独立を守ろうとしたためです.
現在の日本の意識や体制,軍事力では独立を保てないから,日本人に当事者意識,つまり「国民意識」を持たせ,西洋の技術力と軍事力を取り入れて防衛力を高めようということです.

そのためには,世の中のことを曇り無く見るための力を養うことが必要であり,「学問」こそが必要だと福沢諭吉は訴えているのです.