2016年8月23日火曜日

井戸端スポーツ会議 part 38「シンクロ井村雅代コーチのこと」

オリンピックが閉会しましたね.次はパラリンピックです.

ところで,シンクロナイズドスイミングの日本代表がペア,チームともに銅メダルを獲得したということで,ふたたび井村雅代コーチの手腕が注目されているようです.
シンクロ日本涙の銅メダル!井村式スパルタで復活

この井村氏ですが,2004年アテネ大会後は日本代表監督を退き,次の2008年北京大会の中国代表コーチに就任します.
当時,なんとこれが国内からバッシングを受けるのです.
他国のコーチをしたら,日本にとって不利になるから,というのがその理由です.

当時私は学生でしたが,なぜ井村氏がバッシングを受けるのか全く意味不明でした.国内の優れた指導者が,その腕を見込まれて世界に出て活躍するということに,同じスポーツ業界の者として偉大な功績になると思っていたからです.
実際,当時は新興無名であった中国のシンクロを北京五輪で銅メダル,ロンドン五輪で銀メダルに導いています.

実は井村氏には,北京五輪のすぐあとに,私も運営委員として所属しているスポーツ団体の講演会に登壇していただいたことがあります.
非常にホットな時期にお呼びしたのにもかかわらず,小規模な我々のような団体の呼びかけに快諾してくれたのは,さすが大阪の “お姉さま” です.

そこで中国代表のオファーを受けた理由をしゃべってくれました.
一般市民にもオープンにした講演会でしたし,講演記録にも残っているのでご紹介して良いかと思います.

一つ目は,中国の本気度が凄かったから.
「我々は絶対に無様な姿を見せられない.どんなことをしてもいいから選手を活躍させてほしい」
と,物凄い勢いで説得してきたとのこと.
「そんなことを言ってくる相手を断ることは私にはできない」ということで,関西のお嬢様らしい男気がその理由.

もう一つは,中国人選手のポテンシャルの高さは以前から気になっていたそうです.
こういう選手を指導してみたいな,という指導者としての欲望ですね.
それに,いざ例の井村式スパルタ指導が始まっても,選手たちは死に物狂いでついてきたとのこと.指導し甲斐のある選手たちだったそうですよ.

最後に,これが非常に重要なこと.
ロシア対策です.
曰く,2004年頃からロシアが世界中にコーチを派遣するようになったそうです.
井村氏はこれを危険視していました.

なぜかと言うと,シンクロのような採点型スポーツは,その時代に流行している技や表現の「見せ方」が得点を大きく左右します.
しかもシンクロは音楽に合わせた振り付けが得点に強く絡んできます.
これはフィギアスケートなんかも同様でしょう.

もしロシアのシンクロ指導者が世界中に散らばり,これを放置し,そこで指導される振付や音楽との合わせ方が「ロシア流」に染まってしまうと,ロシア人の感覚,ロシア人のセンスがシンクロの「いろは」を決めることになってしまうのです.
そうなってしまえば最後,日本人の感覚やセンスで作り上げた振付や技が,採点者から評価されなくなってしまうわけです.

ロシアとしては,どうしてもふるい落とせない「シンクロ日本代表」を戦略的に攻略するため,「シンクロ界のロシア化」を図ったのではないかというのです.
これは日本代表だけでなく,他の国々も同様にロシアに太刀打ちできなくなる状況が構造的にできあがることを意味します.
結構えげつないことするんですね.さすがロシア.

これに対応するために,私は何ができるだろうか? と考えた時,自分がどこか外国の代表チームのコーチをして,そこで結果を残しておくことが大事ではないか.それが巡り巡って日本代表(に限らず多くの国々)のためになるはずだ.そう思ったのだそうです.
それに,もう日本代表は自分がいなくても結果は残せるだろうという算段もあったとのこと(残念ながらその予想はハズレましたが).

そこに現れたのが北京五輪の準備をする中国代表からのオファーだった,ということだそうですよ.
渡りに舟とはこのことかもしれません.

そんな井村氏の想いを露とも知らず,「売国奴」と罵った人たちがたくさんいました.
いや,そうした経緯を知らなくても,そんな経緯がなくとも批判するような話ではないでしょうに.
もうちょっとスポーツのこと,素直に見てくれませんかね.