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整列乗車はマナーではない

前回の話のついでに,電車の「整列乗車」についてです.

よく,「日本人は駅や電車内でのマナーが良い」と言います.
誰が言い出したのかわかりませんが,これデタラメですよ.


オーストラリアや中国,ヨーロッパを何カ国か回ったことのある私としては,少ない経験からではありますが,全然そんなことはないと思っています.

でも,やたらと「日本人はマナーがいい」という風聞がある.
どうしてこんなデタラメがまかり通るのかはさておき,
「だって日本人は◯◯をするから」
という具体的な行動について考察してみたいと思います.


例えば「日本人はマナーがいいから,電車では整列乗車する」「割り込み乗車する人は少ない」という話も,考えてみればマナーがいいこととは無関係です.

以下にその理由を述べます.


私も関西から東京にきて「整列乗車」をよく目にするし,「大阪では整列乗車する人は少ないですよ」というのを話のネタにしていました.
でも,これは東京が「整列乗車しなければならないほど混雑しているから」です.


最近,大阪在住の人から「大阪でも整列乗車が当たり前になっている」という話を聞きました.
どうやら近年は整列乗車させなければならないほど混雑している駅が増えているようです.
市内や,特に御堂筋線が凄いそうですね.

私が以前よく使っていた神戸の地下鉄三宮駅でも,ここは混雑するので整列乗車をしていました.


大阪人はマナーが悪いから整列乗車していないかったのではありません.
東京に比べて整列乗車する必要のある駅が少なかったから,そんな習慣がなかっただけのことです.


それほど混雑していなければ,整列乗車なんてしなくて済みます.
むしろ,整列するほうがバカバカしい.

ですから,冒頭に述べたように整列乗車は「マナー」ではありません.


もっと言えば,整列乗車しなければならない状態になっている時点で,都市計画の失敗です.

いつもの仕事先に行くのに,電車やバスで20分・30分もかけなきゃいけないような街づくりをしていることがそもそもダメ.

整列乗車している己を誇る前に,整列乗車しなきゃいけない町にした己を恥ずべきです.


事実,関東の駅・ホームでは鬱陶しいほど「整列してお待ち下さい」というアナウンスがしつこく流れ続けます.

あと,これは地方の人は驚くでしょうけど,実は東京では駅員がホームにたくさんいるし,時間帯によっては駅員とは異なる「管理係」みたいな人までもが配置されて指示を出しているんです.

つまり,大都市では乗客に整列乗車をマナーではなく「ルール」として課し,誘導する必要があるのです.

こんな状態,マナー云々する話じゃありません.
整列するようにガミガミ言われているのですから,誰だって整列乗車します.


「東京の地域性」というのも怪しいですね.
東京一極集中という言葉を聞いたこともあるでしょう.
東京圏への転入超過がずっと続いています.
東京へ一極集中、続く 人口転入超過、新人気エリアも(朝日新聞2017年2月)

東京は田舎者の集まりといいますよね.
転入理由は「就職」「仕事」「大学の下宿」などでが主ですから,ようするに東京近辺の公共交通機関を利用している人には,東京圏以外の人たちがたくさん含まれているのです.


つまり,整列乗車という現象は,東京圏の住民の民度や地域性の現れではありません.
鉄道会社による利用者のコントロールが上手くいっているからなのです.

実際,整列乗車の発祥を紹介した,こんなネット記事もあります.
あたりまえになった整列乗車(Tokyo Good Manner Projects)
静かに列に並び、降りる人を待ってから乗車。日本では当たり前になった朝の光景だが、誰もがマナーを守る様子に海外からの観光客は驚くことも多いのだとか。その整列乗車は、いつ頃始まったのだろう。諸説あるけれど、有力なのは戦後すぐに銀座線渋谷駅で誕生したというもの。ホームに溢れた乗客を、駅員が列をつくるように一人一人説得、プラカードを体の前後に下げて呼びかけた。それから定着した整列乗車は、昭和22年に鉄道省(当時)から表彰されるほど。
ほらね.

その記事を書いた人は「日本人のマナー」として誇っていますが,整列乗車はマナーじゃなくて,東京特有の交通機関の欠点により発生した混雑を解消する「ルール」なんです.

その後この町は「乗客は整列乗車させとけば大丈夫」とばかりに,これを改善することはなく,「高度経済成長」を言い訳にして,現在に至るゴミゴミした無計画な街づくりが推進されました.


それでも「指示された通りに整列して乗車するのは,日本人のマナーが良いからではないのか」と思いたい人もいるでしょう.

でも,整列乗車するのは「マナーがいい」からではありません.

その方が自分にとって得だからやっているのです.

事実,外国人の人だって整列乗車しているし,割り込み乗車している人の多くが外国人というわけでもない.

もっと言えば,東京は総人口の20%以上が外国人です.
東京で暮らす外国人の状況(東京都・PDFページ)


しかもこれに外国人観光客が加われば,日本や東京で電車を利用する人,整列乗車をする人の半数近くが日本人,ましてや東京人ではないことになります.

人間は,その場において「得だ」と考えられる判断をするものです.
民族性など微塵なものでしょう.


逆に,「整列乗車をした方が得だ」と判断し,「割り込み乗車をしない」といった慣習が成立するためには,いくつか条件が必要です.

それは,「こうして待っていれば,目的地へたどり着く電車が来てくれて,私はそれに必ず乗ることができる」という見通しです.

それが破られた瞬間,この「マナーもどきの行動」は崩壊します.


さらに「整列乗車」を後押ししているのが,日本の鉄道の特徴でもある,列車がいつもホームの同じ位置にぴったり停車する,というものです.

つまり,整列している乗客の前にドアがくるように,運転士の人が毎回きちんと止めてくれるというシステムになっています.

日本の鉄道・運転士には高い運転目標が課せられており,運行時間を少しでも狂わせたり,オーバーランしたら厳しい罰則がかけられます.

そう言えば,その職場環境から発生したのではないかという鉄道事故が過去にありました.
JR福知山線脱線事故(wikipedia)


これは海外の電車には珍しいシステムです.
日本以外の全ての国や地域に言えることではありませんが,海外の多くの鉄道列車は止まる位置がアバウトです.

もちろん現地の利用者は「だいたいこの辺にドアが来るはず」っていう感じで待っていますけど,確証があるわけじゃないからホーム上でバラバラに待っています.

それに対し日本では,「ドアの位置」がホーム上に明記されていて,利用者はそこでドアが開くまで立って待っていればいいという状況ですよね.

もし電車のドアが毎回どこに来るのか分からないのであれば,整列乗車を続けようと思うでしょうか?

整列して待機していても,5mくらいズレて止まってドアが開いたら,列の前の方で待機していても皆バラバラに入ることになります.

そんな状況下で整列乗車は難しいですし,そういう環境下においては整列乗車という行動に道徳的・倫理的な価値は見いだせません.

ようするに,日本人や東京人に整列乗車の習慣があるのは,鉄道会社が「整列乗車」するよう仕立てているから.


だから整列乗車は「日本人や東京人特有のマナー」ではないのです.
これはあくまで「鉄道会社の人が用意したルール」であり,目下,それに従っていた方が誰もが得をするから,「破る」ことに意味を見いだせない行動と言えます.

むしろ,住みよい町づくりを考えると,整列乗車しなければいけないこの状況は恥ずべきだと思います.