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56:2013年3月29日

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2013年3月29日(金)19時00分

 越ヶ浦駅からほど近い、ベルギービールが美味しいレストラン。
 目の前の席には、学生課の鈴原美紀がいる。
 鈴原は、さきほど運ばれてきたキメ細かい泡が特徴の白いビールを一口飲んだ。
 鈴原は3年前に青葉大学を卒業し、そのまま大学事務員として勤めている。
 見た目はまだまだ学生然としており、むしろ、中学生と見間違えられてもおかしくないほどの風貌だ。
 さきほどビールを頼むときも、店員がちょっと気にしていた。
 見た目と同様、しゃべり方にも幼さがある。

「はい、そうですよ。あのね、中村さんってね、あらゆる方向に気を使ってる人なんですよ。学生課で一緒に働いててもね、なんかね、気が休まらない人だなぁって思います。しかもね、いっつもね、増田先生とか水本先生とか、前の学長の兵藤先生とか、あと田之浦理事長とか、そういう偉そうな人が現れたら誘惑しにいくんですよね。あのエリアの事務の男の人もね、何人かね、中村さんにメロメロになっててね、何でもかんでもホイホイ聞いてしまうんですよね。中村さんに簡単にコロコロ転がされてるからね、見てて面白いですよね。高石課長なんかはね、私に対しても、『鈴原ちゃんも、少しは中村さんみたいに色っぽくならないとね』とか言ってくるんですけどね、余計なお世話ですよね。え? うん、はい、そうですよ。女子の間では結構嫌われてるところがありますよ。でもね、そんなに敵が多いわけじゃないんですよね。あまりに凄すぎるから、それはそれで尊敬されてるんじゃないですかね。学生からもね、すっごく人気がありますね。男子学生とかね、わざわざ中村さんを指名してくることもありますからね。失礼な奴なんかはね、私がカウンターに出て行ってあげたら、イヤ、お前じゃないからって感じでね、中村さんをお願いしますって空気を出してくる奴もいるんですね。はい、女子学生からも人気ですよ。実際ね、かっこいいですからね。モデルさんみたいだし、キャリアウーマンみたいなところがありますからね。え? スパイですか? はい、それ、私も知ってましたよ。理事長と仲がいいですよね。けど、知らない人は知らないですね。あんまりバレてないと思いますよ。そういうのから距離置いてる人もいますしね。あっ、でもね、あの年代の人たちってね、意外と女子会やるんですよ。私もね、卒業生だからってことで呼ばれることもあるんですよね。え? メンバーですか? 学生課からは私と中村さんですね。教務は船橋さんでしょ。地域交流からは伊達さんでしょ。あと教員は、ウェルフェアプロデュースの穂積先生と、文学科の小林先生ですね。この中じゃ穂積先生が一番の年上です。あの人はたしか、35歳ですよね。え? 穂積先生ですか? 穂積先生ってね、実際のところ、あの人がこの大学を牛耳ってる感じですよね。田之浦理事長も穂積先生が大好きだし、兵藤先生も学長だった時に穂積先生にコロコロ転がされてましたからね、見てて面白かったですね。藤堂先生の前に学科長やってた増田先生とか、水本先生とかも、なんにも文句言えないですよね。あっ、藤堂先生は穂積先生が嫌いですよね。見たらすぐ分かります。学生課でもね、藤堂先生の前で穂積先生の話をすると、露骨に嫌な顔しますからね。実際、藤堂先生って、穂積先生にボコボコに言い負かされますしね。でも、そういう意味では、一番ヤバいのは田之浦理事長かもしれないですね。穂積先生って田之浦理事長にもガンガン厳しいこと言うんですよね。でもね、それが田之浦理事長はお気に入りらしくて。あのジジイ、絶対Mですよね。穂積先生ってね、そういう素質がありますよね。中村さんのライバルじゃないですかね。穂積先生に厳しくされたあと、中村さんに癒やしてもらうっていうプレイですよね。お正月にね、小林先生の自宅でパーティーしたんですけどね、結構バチってましたね。二人ともめちゃくちゃ美人だし、持ってる雰囲気が凄いですからね。壇蜜 VS 柴咲コウみたいな感じですよね。あっ! そう言えばね、穂積先生にボイスレコーダーを勧めたの、私ですよ。私にお礼を言ってくださいよ。藤堂先生がクビになったのは、私のおかげですからね。え? はい、そうですよ。意図的ですよ。穂積先生の研究室はね、アイツの目の前ですからね。なんかあったら、ボイスレコーダーに録っとけば証拠にできるかもしれないですよって、言ってあげました。この大学はね、田之浦先生とか河内先生とか、あと岩崎先生とかの言いなりになってきてますよね。だからね、穂積先生が藤堂先生の弱みを掴んでくれればね、一気に潰せるんじゃないかって思ったんですよね。だってね、穂積先生ってね、実は田之浦先生とか岩崎先生とも凄く仲がいいんですよ。知ってましたか? で、見事にハマりましたよね。凄いでしょ。イエーイ! カンパーイ! え? はい、当たり前ですよ。藤堂先生ってこの大学にいらないですもん。とっとと居なくなれって思いました。ホント、私自身が困ってますからね、アイツの対応に。だからね、この前もね、テニス部の予算執行で、秋にスルーされてた書類を、高石課長のデスクにわざと置いといたんですよね。高石課長は見つけてくれたんですけどね、『これ、やっぱり確認しに行ったほうがいいのかなぁ』ってマゴマゴするからね、私が詳しいから一緒に行きましょうって。そしたらね、藤堂先生ね、意味不明な言い訳するんですよ。ホント、意味不明でした。トレーニング器具って、使ってるうちに消えるんですかね? 消えないですよね。そんなトレーニング器具、見たことないもん。テニスボールもね、うちの大学は3面しかコートがないのにね、4ヶ月で2000個もどうするんだよって感じですよね。コートがボールで埋め尽くされますよね。いつも書類を提出してくれるのがね、テニス部の岸本さんなんですけどね、実はね、私ね、あの子と仲いいんですよ。だからね、こっそりアイツが裏で何してるか聞いたことがあるんですよ。もう毎年のことだからね、ここらへんでとっちめてやろうって思いました。それにね、アイツね、今年はテニス部でもう一つやらかしてるんですよ。知ってます? テニス部で活躍してる西崎さんのお父さんがね、早く金寄越せって怒ってきたんですよ。アイツね、勝手にね、お金あげるから来てくれって言って、西崎さんを大学に入学させてたんですよ。マジありえないですよね。私もあれでキレたんでね、高石課長からは止められたんですけどね、だから中村さんにお願いしたんですよ。このこと、岩崎先生とか田之浦理事長に教えてあげた方がいいですよって。そしたらアイツ、岩崎先生から怒られてました。凄く怒られたらしいですよ。ハハハ、面白い。はい、カンパーイ! 高石課長ってね、穏便に物事を進める人なんでね、藤堂先生とかのカモなんですよね。だからね、テニス部の予算執行についても、放っといたらスルーされちゃうからね、これも中村さんに言って学長とか理事長の耳に入るようにしたんです。何もないと信じてもらえないかもしれないですからね、中村さんにね、テニス部の経費処理のコピーをあげました。こことここがおかしいから、アイツ絶対、クラブ費を横領してますよって。・・・お! うんっ、このピザおいしい。でも、ベルギーにピザってあるんですかね。私、ワッフルしか知らない。あっ! そう言えばね、今年、アイツと一緒に清水先生もクビになりましたよね、セクハラで。清水先生にセクハラされたっていう学生たち3人がね、最初、学生課に文句言いに来たんですよ。そしたらね、1月だっていうのに、ミニ・スカートにおっぱい見せつけてるような服で現れたんです。ガムとか噛みながら、香水とか凄くて、なんか変な匂いしたもん。その時私、ちょうどお弁当を食べてたんですけどね、味がおかしくなっちゃいました。コイツらヤバいなって思ったからね、最初は適当にあしらおうと思いましたね。報告会とかではね、なんかまるで清水先生だけが悪い感じになってましたけどね、あれって学生の方もたいがいですよ。あの子たち、マジで頭がイッてる女子でしたね。薬物とかやってるんじゃないですか? 河内先生のゼミ生ですよね。やっぱりねって感じです。でもね、私も清水先生は嫌いなんです。セクハラっていうより、態度がね。学生の頃からずっとそうです。私のこと、会うたびにいつもバカにしてくるんだもん。研究者としては凄いっていう人もいますけどね、それ以前に人間として終わってますよ。教育者としての基本だと思いますよね。だからね、その子たちが『清水先生からセクハラされた』って聞いた時にね、じゃあ、行けるとこまで行ってしまえって思ってね、ゼミの河内先生を通して、セクハラ防止委員会に訴えればいいよ、って言ってあげました。え? ハラスメント防止委員会ですか? まあいいや。そしたら3人とも、面倒くさいとかダルいとか言い始めたから、あちゃー、こりゃマズいと思って、がんばれば最終的には清水先生をクビにできるかもよ、って言ったら、やる気が出て楽しそうでした。それに、アドバイスしてあげましたよ。面談とかする時は、女性の教職員に一緒に出てもらってねって。周りが男ばっかりで、しかも女子学生だと、高圧的な面談になって、言いくるめられるかもしれないですからね。そのあとはね、なんだか大学中がゴチャゴチャしましたよね。福祉の学科とか河内先生とか、訳分かんないほどドタバタして、福祉の学科長の鈴木先生とか、しょっちゅう学生課に来てました。ハハハ、面白い。でも最後には清水先生をクビにできましたからね。イエーイ! カンパーイ! あ、もうビールがないですね。おんなじやつ、もう一つもらいます。あっ、いえ、やっぱり黒いやつ注文します。こっちのメニューのやつ。小さいやつでいいです。え? なんですか? 兵藤先生? 私、あの先生あんまり好きじゃないです。学長やってた時ね、学生課にもね、なんかよく分かんない指示出してくるんだもん。出席率の悪い学生には電話を入れろとか、メールを出せるシステムを構築しろとか。意味不明なクーポン券とか配ろうとしてたし。コイツなに考えてるんだろうって。最初はね、うちの高石課長とか、パニクって変になってましたよ。そんときは、夜中の1時とかに帰ってたらしいです。だから私がね、ドンマイって言って慰めてあげました。あの学長、一体何がしたかったんですかね。とりあえず事務の人たちを怒鳴り散らしてて。怒っとけば、熱意のあるリーダーに見えると思ってたんですかね。だからね、いっそのこと、もっとヒステリックに怒鳴り散らしまくってもらって、パワハラか何かで訴えられればいいのに、って思ってね、私、あの人の言うこと全然聞いてやりませんでした。無視ですよ。そしたらね、リアルにね、私、学長から嫌われちゃいましたからね。あの人、学生課に来る時は、いっつも私を睨みつけてました。私も睨み返してましたけど、そのうち無視されるようになりました。私ね、兵藤学長が事務棟に現れたら、ちっちゃい声でドラえもんの歌を歌ってやりました。『こんな事良いな、出来たら良いな。あんな夢こんな夢いっぱいあるけどぉ〜』って。だって、学長ってそんな感じで命令してくるんだもん。こっちはね、ドラえもんじゃないですから、って言いたいですよね。教務とか総務とか、周りの事務員さんたちも笑ってくれてましたよ。でもね、高石課長には凄く怒られましたけどね。あ! そう言えば学長をハラスメントで告発したのって、東郷先生なんですよね。でもね、あの人もね、アホっぽいですよね。前にね、PM2.5がめちゃくちゃ飛んで、凄いニュースになったことがあったじゃないですか。あの時ね、東郷先生ってダース・ベイダーみたいなガスマスク付けて、学内をウロウロしてましたよね。え? 知らないんですか? 凄かったですよ。でね、学生課に来た時もダース・ベイダーみたいなマスクして、シュコー・・・、シュコー・・・、って息しながら何か言ってくるんですよね。私がカウンターに出て対応するんですけど、笑いを堪えるのが大変でしたね。高石課長は、絶対笑っちゃいけないよ、って命令してくるんですけど、ダメでした。耐えられるわけないじゃないですか。もう、普通に笑っちゃいながら東郷先生から話を聞くんですけど、あの先生、目の前の人から笑われてるのに、なんにも気にせずしゃべって、そのまま帰っていくんですよ。しかも、私を見て『君はなんでマスクしないんだ! こんな時にマスクしないのはおかしい! 頭がおかしいよ!』とか言ってね、お前に言われたくないよ、って感じですよね。でね、一番問題なのはね、あんなマスクしてるから、結局、何を言ってたのか分かんないんですよね。シンポジウムがどーのこーのとか、委員会がどーちゃらこーちゃら言ってた気がするんですけど、よく分かんないから、面倒なので放置してました。それでね、東郷先生が事務棟に来た時は、私、スター・ウォーズのダース・ベイダーのテーマを歌ってました。『ちゃーちゃーちゃー、ちゃーちゃっ、ちゃーちゃーっちゃちゃー」って。事務の人皆笑ってましたよ。これは高石課長も笑ってました。ダウンタウンの笑ってはいけないみたいで、面白かったですね。高石課長、アウトぉ! って。ハハハ、面白い」

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