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33:2012年1月21日

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2012年1月21日(月)12時20分

 昼休み。
 河内寛の研究室。

 河内は次の手を打つため、ハラスメント防止委員会の代表教員を呼んで、話をつけることにする。

 ドアがノックされる。
「はーい。どうぞぉ」
 河内は返事をした。

「失礼します。河内先生、今、よろしいでしょうか? なにかご相談があるとのことですが」
 河内と同じ文学科で、ハラスメント防止委員会委員長の大月賢一(おおつきけんいち)が研究室に入ってくる。

「どうも大月先生、ご足労おかけしました。ありがとうございます。どうぞ、そちらに座ってください」

 大月は細かく何度もお辞儀をして、席に座る。

 河内は大月の正面に座った。
「大月先生、ちょっと動いてほしいんです。例の清水先生の件なんですけどね。学生からの訴えが手に入りました。これは私だけではなく、社会福祉学科学科長の鈴木先生と、山崎先生がいる前で、清水先生のやったことを話してもらったものです。議事録などはとっていませんが、それはあとでなんとでもなります。清水先生ですが、きっちり餌に食いつきましたよ。それもかなり露骨にセクハラをしています。大丈夫です。セクハラ現場には学生だけでなく、外部の業者もいましたから、必要ならそっちの証言もとれます。これで、やれますかね?」

「はい・・・」大月は小さく遠慮がちに返事をした。

「大月先生、これから私は学生たちに、なるべく学内で噂を広げるよう仕向けてみます。これはちょっと難しいアプローチですがね。でも大丈夫でしょう。うちのゼミの4年生に、口の固い、信頼できる学生が一人います。去年と一昨年の卒業生にも、まだ在学生とつながっている者もいます。彼女達にSNSを使って広げてもらいましょう。青葉大学のことを憂いている、愛校心の強い子供たちです。清水先生は、昔からセクハラ大王として学生の間では有名ですから、これを最後に消えてもらいたいのです。といいますか、本当にそれが大学のためでしょう。そう思いませんか? 大月先生」

「はい」大月は即答した。「わかりました。やります。何をすればいいですか?」

「といいますか、逆に、何も動いてほしくないわけです。ハラスメント防止委員会として、この件を学生達と清水先生との間の事として処理するように、静観してほしいのです。あとは、私が学生たちとやっておきますので。とにかく、ハラスメント防止委員会は介入しない、ということで。他の委員の先生には、事が大きくなるまで、伏せておいてください。いいですね?」

「はい」そう言って大月は頷きながら笑った。


 河内は理事長室のドアをノックする。
 中から返事がしたような気がするが、それを判断するようなことはせず、そのままドアを開けた。

「田之浦理事長、河内でございます」

「うん? ああ、河内先生、どうも。どうしましたか? もうすぐ理事会があるから大学を出ますけど」

「はい。その前に、少しお話しておきたいことがありまして。えぇーと、菅沼事務局長も一緒に来ていただけると助かるんですがぁ・・」

「ええ、いいですよ」
 田之浦はそう言って、秘書の土居紗代子(どいさよこ)に声をかける。
「あ、紗代子さん、菅沼を呼んでもらえる? 今いるかな」

 土居は内線をかけに行った。

 河内は応接用のテーブル前のソファに腰掛け、話を始めた。
「理事長、おそらく、年度内に、かなり上手くいけそうな手応えをもっています。手札は揃った。そんな感触がありますよ」

「えっ! なかなかの自信ですね。河内先生がそこまで言うからには、だいぶ自信があるようですねぇ」

「はい。私の中でストーリーは出来上がりました。あとはその流れになるよう、調節弁を操作するだけです。よほどのミスが無い限り、清水を消すことができますよ」

 田之浦はワザとらしく不思議そうな顔をして言う。
「どういう事をしようとしてるんですか?」

「清水先生がセクハラをした、というのは昨日お電話でお話しましたよね。それで普通に消せます。これは、見事すぎるほどにハマってくれました」

「ああ、あのセクハラがどうとか言ってましたが、あれが使えるんですか?」

「はい。学生に感謝です。ちょっと派手な女の子がうちのゼミに何人かいるんですが、その中でも美人で服装が際どい女の子がいるんですね。そういう学生を、清水先生に近づけたんです。そしたら、これまたしっかりと触ってくれたんですよ」
 そう言って河内は笑う。

 田之浦はソファに座ったまま、両足を持ち上げ、拍手しながら大笑いした。
「いやぁ~。清水先生、やっちゃったねぇ。ダメだなぁ、あの人。治らないねぇ」

「もともと、セクハラの噂は学生の間では有名なんです。だから、清水先生のところに行く女子学生は少ないですよね。それだけに、今回、私が放り込んだ獲物は嬉しかったんじゃないですか。ちょっとキャバクラ嬢のような雰囲気がありますけど、逆にそれが彼の琴線に触れたのかもしれません。ちょっとバカっぽい学生だから、触ったっていいだろう、みたいな」

「そうだねぇ。飢えた狼の檻の中に、羊、いや、子猫を放り投げたようなもんだからねぇ。オッパイくらい揉んだっていいんじゃないか、なんて思ったかもねぇ」

 河内と田之浦は、さらに大笑いを続ける。

 ドアがノックされ、事務局長の菅沼幹浩(すがぬまみきひろ)が入ってきた。
「何か? お呼びとのことですが?」

 河内が手招きし、応接用ソファに座るよう指示する。
「どうも菅沼事務局長、ご足労おかけします。実はですね。例の件、やっぱり今年中にお願いしたいんですよ」

 それに田之浦が続ける。
「あの件だよ、清水の転職先」

「え?・・ああ、あれですね」

「そうそう。それそれ」
 田之浦はさきほどの会話での笑顔がまだ元に戻っていない。

 菅沼は左下の方に目線を落とし、何か思い出すような顔で話しだす。
「ええ、今調べているところでは、幾つか候補があがっております。とりあえず1件は間違いなく受け入れてくれます。一応、大学です。悪くないと思います。本学よりは格下の危ない大学ではありますが、教授クラスで、少し年齢が高めの教員を欲しがっているという話を聞きました。清水先生であれば、業績やネームバリューもありますし、難なく通せるはずです」

 河内は満面の笑みになる。
「おおーっ。さすが菅沼事務局長、やっぱり人脈と情報網が素晴らしいですなぁ」

 田之浦はニヤけ顔で言う。
「これで、大学に居づらい状態にすれば、そそくさと出て行くようにできますねぇ」

 河内が応える。
「はい。まずは清水先生のセクハラを、これでもかと学内で広めます。来週中が勝負です。来週中であれば、学生はまだ通常授業期間です。学生とトラブルを起こさせましょう。頭の弱い彼女たちのことだ。すぐにトラブルにしてくれますよ。それに追加で、我が河内ゼミの本領発揮をします。それで終わりです」

 田之浦はニンマリと笑った。
「いいね」
 それだけ言って腕組みをしている。

「ええ、普通なら大学にしがみついて残ろうとするでしょうが、そこで、転職先のお話しをすれば、食いつくこと間違いないですよね。だってねぇ、もうここでは学生の前に出ていけませんから、一生謹慎状態か、裏で笑われ続けるか、それとも辞めるか、という話です。次の転職先が決まるまでは残る、ってことでしょうから、その喉から手が出るほどの転職先を用意してやるわけです」




34:2013年1月24日