2009年12月24日木曜日

これからの科学


科学の変遷とこれからをテーマにした村上陽一郎 著『科学の現在を問う』
日本で随一の科学哲学者が,今の科学を取り巻く事象を解説します.

この本のテーマを一言で表すと,そうですねぇ,
“科学の社会化”
というような感じでしょうか.

そもそも「科学」というのは「知を愛する」という,ある種の趣味を突き詰めたオタクの活動だったものです.
これはいわゆる絵画や音楽といった「芸術」と同列にある営みです.

科学という活動が誕生したのは19世紀.
当時,科学は人が生きていく上では特に役に立つものではなかったのですから,「科学」という活動ができる人は裕福で暇な人に限られていました.
これは今でも変わっていません.科学を専門に仕事できるのは大学教員くらいのものでしょう.

科学を仕事にしても,事実上の利益は生まれません.科学をするにはスポンサーが必要なのです.
王室音楽家や,貴族お抱えの画家がいたように,昔は科学者もそんな生活をしておったそうです.
貧乏を続けながらそれでも科学に精進して成功した...なんてストーリーがないのはそのためです.

これがいつの日か生活や国家の運営に “役に立つ” ということが前面に出てくるようになります.
科学で得られた知見が,実は薬品や兵器,機械の発明に便利であることがわかってくると,ここで “科学の社会化” が発生します.科学者が科学を社会に売り込むようになるわけです.
すると科学者の数も増えてきて競争が激しくなりました.

実際のところ,当時は化学以外の科学は役に立つものではなかったそうですが,それでもスポンサーが欲しい科学者は,いかに自分の研究が社会に役立つかをアピールするようになります.
役立ってこその科学だと売り込んだわけです.

が,しかし一方で科学者は,“科学とは知を愛する営みである” という看板は下げませんでした.これは今でも基本姿勢は変わっていません.博士号を英語でDoctor of Philosophy (PhD) と言うのはそのためです.
理学博士でも医学博士でも哲学博士でも,英語は全てPhD(哲学博士)と呼ばれます.
哲学 (Philosophy) というのは「知を愛する」という言葉に源流があります.

「科学は純粋に知の追求なんだよー...しかも,科学はあなたの生活に役に立つこともあるよー」
っと,いいとこ取りを目論んだのです.つまり,“科学は社会のためになるはずであるし,その追求は純粋な知の追求であるからして社会的な制約は受けたくありません” という立場を得たわけです.

しかし,原子爆弾の開発や地球環境を劇的に変えるほどのテクノロジー,生命のあり方まで左右するほどの知見を得るまでに達した現在の科学に対し,上記の主張を素直に受け入れるだけの余裕は社会になくなりました.


そして村上氏は著書でこれからの科学,こと科学者の姿勢を問います.私も人ごとではないので姿勢を正して聞いておかなければなりません.

氏は,大学教員にこそ教養教育,人間社会に関する教養が必要になっていると主張し,特に自然科学の教員に見られる特徴として,学生に対し,早く自分の専門とする学問の内容を理解させたいという願望が強く,一般的な教養や人間性についての考察が不足していると指摘します.

科学を基に動くようになった現代社会.つまり “社会化された科学を備えた社会” では,理科系の人間には社会と人間についての成熟した理解が不可欠のものとして要求されるとしています.

自然科学を専門と自称する研究者は,自らの専門だけを学問として考える傾向が強く,自らの専門が社会にとってどのポジションにあるか,人類にとってどれほどの価値があるかを抜きにして,ただ科学的な価値だけで自らの専門を語ろうとします.

自らの専門,だけであればいいのですが,さらには自らの研究テーマから少しでも外れることへの考察は極力避けたがるこの姿勢.自らの研究テーマだけで科学を語ろうとする科学者は少なくありません.
氏は,このような姿勢はこれからの科学者としては不十分なのだと主張します.

つまり,ぶっちゃけた話が「PhD」という称号に象徴される “知の純粋な追求” を美徳とする姿勢,すなわち哲学博士という枠ではこれからの科学者は務まらないと言ってるわけです.

もの凄くデカイこと言ってるように見えますが,“社会化された科学を備えた社会” の一員である一般庶民の感覚からすれば,
「うん,そりゃそうだ」
という感想に至ることは容易に想像できるわけでして.

なんか拍子抜けな主張のような気もしますが,多くの科学者が意識的にしろ無意識的にしろ持ち合わせている「私は一般人とは違う.なぜなら科学的な考察ができる素養を身につけているから」という,社会や人間に対する考察が不十分な科学者の優越心を批判しています.

「私は自分を客観的に見ることができるんです.あなたとは違うんです」と啖呵をきった首相がいました.そんな首相を哀れむような目が,科学者にも注がれる日が来ています.

氏のご意見は耳が痛いです.
科学を専門にしている人には一読の価値がありますよ.