2010年2月6日土曜日

男気と大和とスポーツ戦略


「男気」
という文字をA4コピー紙にデカデカと印字して研究室のドアに掲げているアホな大学院生達がおります.
「ぜひ,このことをテーマにブログを・・」と言っていました.
ということで,イヤイヤながら記事にしたいと思います.

「男気」の意味は,
“弱い者が苦しんでいるのを見逃せない気性(Yahoo辞書より)”
“自分の損得を顧みず弱い者のために力を貸す気性(goo辞書)“
なのだそうです.
その他にも意味がありそうですが,いずれにしても,
“困っている人を見ると放っておけない人”
のことをいうのでしょう.

ということで男気についてはこれで終わり.
というわけにもいかないので,これに関連して話を膨らませていこうと思います.

辺見じゅん 原作『男たちの大和/YAMATO』という映画がありました(「男」というつながりだけです).
個人的には面白くない作品でしたけど.
日本の戦争映画は,まだ作り手の遠慮や世論配慮が見え過ぎてスッキリしないですね.

「戦艦大和に関わる男達の生き様を描いた」とありますが,結局印象に残らなかったというのが本音.
原作を読んでいないので,どういう作品なのかは簡単に判断できませんけど.
公開当初は,帝国海軍・戦争美化の映画というレッテルを貼られ上映反対の運動も受けていますが,内容はいたってそういうわけでもなく,上映反対派が映画自体を見もせずパブロフの犬のように反応しただけのようです.

むしろ私としては,素直に大和を取り巻く背景と乗組員の生き様を描けばいいものを,無理矢理に反戦の意図を含めるもんだから気色悪い作品になったという印象です.


で,この戦艦大和ですが,有名なんだけど実際のところどんな船だったのか知らない人が多いのではないでしょうか.

「戦艦大和」
大和型戦艦の1番艦(2番艦に「武蔵」がある).人類史上最大の戦艦であり,弾薬満載時の排水量は71,000tを超えます
※この排水量という表現をよく聞くと思いますが,これは船の大きさを表す数値のことで,船を水に浮かべた際に船体によって押しのけられる水の量のことです.つまり,ギリギリまでお湯を張ったお風呂へ入った時に,ザブーンと流れ出るお湯は入った人の排水量(体格)です.ちなみに,タイタニック号は52,000t,現存の軍艦として最大である空母ニミッツは80,000tです.

1940年8月に進水(船を海に初めて浮かすこと)し,翌1941年12月に就役(軍務に就かせること)します.
そう,日本が真珠湾攻撃を行なった時に就役している戦艦です.

大和の建造は極秘裏に進められ,当時は就役後もその存在を知らない人が多数いたそうです.
ちなみに大戦時に国民から人気があった戦艦は大和ではなく「長門」という艦.大和の存在が知られたのは終戦してからなのです.

大和の特徴はその圧倒的な攻撃力と防御力.
主砲(その艦の最大の砲)として46cm砲(大砲の直径が46cmという意)が搭載されており,これまた人類史上最大の艦載砲です.

その最大射程距離は42,000m.
・・・,そうです,42kmです.冗談ではありません.

私もビックリしたのですが,艦載砲の射程距離というのは以外と長く,当時の主力戦艦の射程距離は30km前後です.
まぁ,大和の射程距離はそれに輪をかけて長大だったのですが,逆にこのことが大和の能力をフルに活かせなかった要因の一つでもあるようでして.

というのも,着弾すれば,いかなる船であろうと一撃で撃沈させる火力を誇る46cm砲.おまけにこちらの最大射程よりも長大な艦を前に正面から海戦を挑もうとする戦艦などあるわけもなく,皆,大和を避けて作戦行動をとることになります.
結局,大和の46cm砲が活躍する場面はないまま最後を迎えるのです.

防御力も半端じゃなかったことでも有名です.
大和と同型艦である武蔵には,爆弾17発,魚雷20本,至近弾20発以上の損害を受けながら,それでもなお浮いていた記録があります.
一般的にこの時代の戦艦は魚雷や爆弾を5〜6発浴びたら致命傷.沈没することは免れなかったことを考慮すると,とてつもないダメージコントロールを誇っていたようです.

さて,この空前絶後のモンスター戦艦ですが,やはり欠点があります.
それが対空戦闘の脆弱さです.
たしかに航空爆撃や雷撃(航空機による魚雷攻撃)に対するダメージコントロールは優れていましたが,どんなに強い装甲もやられっぱなしではいつか壊れるもの.
反撃しなければいけないところでしょうが,これが大和は弱かったのです.
大戦末期には,おびただしい数の対空砲を所狭しと配置したようですが,付け焼き刃な対処では根本的な解決にはならなかったようで.
あとは誰もが知っている末路をたどります.

これをスポーツ・ゲーム分析的に考えると,いくら優れた兵器を作っても,敵方の対処が簡単なものであれば味方には足手まといでしかなくなるということです.

強力な火力と長大な艦砲を搭載したところで,それへの対処は結構簡単.レーダーや偵察機で確認して大和との戦闘を避ければいいのです.
現在のように何百㎞も届くミサイルを搭載しているわけではないのですから,こうなると大洋に浮かぶ鉄の塊でしかありません.

それでもなお,大艦巨砲主義(海戦は,大砲の性能と防御力の高さで決まると考える戦闘主義)に固執した旧日本帝国軍の情弱ぶりがよく指摘されます.
それについては各方面から飽き飽きするほど取り上げられていますが,では具体的にどのようなことをすればよかったのかというところが抜けていて不満です.


スポーツのトレーニングや作戦でも同じことが言えるのですけど,どのような勝ち方を想定しているかが重要です.これを「大きな戦略」と呼ぶことにしましょう.
日本における対米戦争であれば,アメリカ本土を制圧することなど不可能なのですから,「どこらへんで和平条約に落とし込むか」 が戦略上重要であることに相当します.

そして,この大きな戦略を基に,どのような練習をするか?どのようなトレーニング計画を立てるか?といった「小さな戦略」があります.
対米戦争であれば,和平条約に持ち込むまでの戦闘を有利に進めるための作戦を考案し,それに適合する兵器開発や予算編成をするべきなのですが,当時の日本は「いかに優れた兵士,兵器をつくるか」という各論(小さな戦略)に邁進してしまいました.

いろいろな人の意見や書籍にあたった私個人の見解ですが,日本のスポーツ界はまだこの「小さな戦略」の枠組みで話しをしている傾向にあると思います.

つまり,体力トレーニングやメンタルスキル,ゲーム分析といった各分野において「戦略」という言葉が使われてはいますが,それは “その分野における理想的な戦略” を説明しているに過ぎません.
「どのような選手・チームなるか→ どのように勝つのか?」
という視点であり,
「どのように勝ちたいのか?→どのような選手・チームになるか」
という観点になっていません.

とりあえず強くなるための練習やトレーニングのために “最適の環境と設備,人員を用意する”.そして,「強くなってから勝とう」という考えです.
え?そうじゃないの?と考えている方.
これは旧日本帝国軍が歩んだ過ちと同じです.あなたも戦艦大和を建造しようとしています.注意してください.

「“強くなる” って何だ?」「相手に勝つためにはどうするか」という議論が一番最初になされないスポーツ戦略は方向を見失うはずです.
とはいいつつも,これを今の日本スポーツ界で実践するのはなかなか難しいもので.

しかし,この考えを普及させることが不可能ではない立場に立てるかもしれない今日この頃.
もう一息がんばってみようと思います.