2010年9月13日月曜日

女性の成功


内田樹 著『疲れすぎて眠れぬ夜のために』というのを,東京出張中に読んでおきました.
かなり以前に買ったのですが,あまりページを開く機会がなかったので放っていた本です.

自己啓発書のうちに入るんでしょうかね,こういうの.
内田氏の本はなかなか鋭い視点で書かれることが多く,示唆に富んだ内容ですので愛読している一人です.

また,氏は神戸女学院大学の教員でもあり,女性の大学教育ということをテーマにすることも多いので,仕事柄,私にも関係が深いのです.

今回は,この書のなかでも特に「女性の社会的成功」についての視座で,私も賛同できる箇所が多くありましたので,それを紹介したいと思います.


まずは「女性の社会進出」です.
これはフェミニズムを中心とした「男性中心主義」への反抗から始まり,男性が持っている良いものを女性も享受できるように活動してきて今日に至っています.

ここで問題なのは,“男性中心主義の社会に女性が進出することを良い事だ” とする価値観で活動してきたことです.
勇ましい表現をするなら,男性社会に女性が浸食する,ということでしょうか.
一見,「女性の社会進出」には正当性があるように思えますが,それはつまり男性中心主義である権力,金,威信は良いものである,ということを肯定することになります.

フェミニズムは男性中心主義を批判(すなわち権力,金,威信を批判)していながら,その権力,金,威信を我々にも分け与えよ,と主張することになるのです.

一方の男性としては,そんなような権力,金,威信がそんなに良いものだとは思っていませんが.
欲しいならあげるよ,って感じでしょうか.
「女性にそんなものを..」と反感を抱く男性の方が少ないと思いますよ.

というか,「私たちにも権力,金,威信をよこせ」と抗戦的にきたら誰でも敵対心を持つものです.
「職場では男性の抵抗がまだまだ..」という事象の裏は,こうしたことがあると思われます.
黙って結果を出せば誰も文句は言いませんから.


男性中心主義を批判してはいるが,その男性中心主義を自身が目指しているという矛盾を孕んで活動してきたフェミニズムに苦難が訪れます.

男性中心主義の社会に女性が男性のように進出したのですから,そこでは女性を男性のように扱うわけです.
女性も男性に負けない力があるのだ,ということを見せられなかった場合,それは女性の敗北を意味します.
こうした背景を持って進出してきた女性は「私は女性だから」といった弱音は吐けません.
過酷な精神状態であることは容易に察しがつきますよね.


そうした中で,次に「女性のサクセスモデル」が追い打ちをかけます.
長年,女性のサクセスモデルは男性中心の社会でバリバリ働くキャリアウーマンとして紹介されています.
おまけに,思慮深いパートナーと結婚していて,一流校に子どもが通い,たまの休日は海外旅行,趣味はワイン,といった具合です.

こんな人,普通じゃありません.
極々一部の人だけです.
例えば,勝間和代 氏なんかがその典型例でしょうね.

ところが,こうした極一部の人だけが達成可能なサクセスモデルを「これからの女性はこれを目指せ」的にフェミニズムは,そしてメディアは紹介してきました.

内田氏は,こうした女性の社会進出のキャンペーンは,女性を奮い立たせると同時に苦しめていると述べます.
むしろ,苦しめている割合の方が多いのではないかと.理想と現実とのギャップに.

男性は仕事にこのような無理なサクセスモデルをつくりません.
等身大の目標をたてるようにしますし,「人生これ適当」と考えている人の方が多いのです.
仕事だって,みんながガツガツ喰い合うことはないのです.大部分の男性が,自身を広大な社会を構成する歯車の一部であることを自覚し,適切に隣の歯車を回すことに日々を費やします.


そんなわけで,最近の女子大生は「就職しなくていい,主婦がいい」というのが増えているのだとか.
これは明らかにこれまでの反動です.

この不景気のなか主婦でいい,とは,これもまた贅沢な進路希望ですけど.
振れ幅が大きすぎやしませんかね.

逆説的ですが,女性も男性のように淡々と働けばいいのです.
たまたま能力と運があれば権力や金,威信を手にできるだけのこと.
狙ってとれる人は極わずかしかいないのですから.