2011年3月5日土曜日

新年 明けましておめでとうございます

先日,出張先の出雲大社で遅い初詣を済ませてきました.

ご無沙汰しております.

デザインも一新.
2011年最初の記事を書きましょう.


新年の幕が開け,周りの人が次々とお亡くなりになります.
礼服が嬉しくない活躍をみせ,弔事の作法もだいぶ板についてきました.

こうした日々を過ごしていますと,自然と葬式についての広告や記事に目がいくもので.
私が住んでるとこを走っている路線バスにも葬儀の広告がプリントされているんですけど,なかでも「直葬」なる文字が目を引きます.

つまり,死んだら即,火葬場に直送する葬儀です.
燃えるゴミみたいな感じで違和感があるんですけど,安いのが特徴.
15万円からやってくれるんだとのこと.
通常の葬儀が数十万〜百数十万円だということを考えると,たしかにリーズナブル.

自分が死んで家族に負担をかけたくない,という人は遺書に「直葬」を明記するのもアリかもしれませんね.

私の父はそれを聞いて,「それいいね」と結構乗り気.
でも,残された者からすると,なかなか踏ん切れない葬儀でもあります.


そうした日々を送るなか,うちの大学の卒業生が生命保険の勧誘に私の研究室を訪れます.
自分が卒業した大学の教員は何かと顧客対象にしやすいのでしょうけど,今んとこ生命保険をかけなければならないような気分ではないので丁重にお断りし続けています.

「入っておけば安心」とか言われるんですが,その “安心” というものがどこに依っているのかが大事です.
今の私には保険によってその “安心” が得られないですから.

それに,まだ自分が死ぬことを意識できない年齢や状況です.
けれど,考えておかなければならない事であることは間違いないですね.

さしあたり,もし自分が今死んだとしても恥ずかしくない状態にはしておこうと日々考えております.
例えば,自分の部屋には人に見られたくない物(アダルトな物とかキャラに合わない品とか)は置いとかないようにし,遺族による遺品処分が円滑に進むよう配慮している次第です.

でも,このようにいつでも死んでも恥ずかしくない状態にしておくだけでも,かなり気分は楽になるもんです.
よく「遺書を書いたら気分が楽になった」という声がありますが,それに近いですね.

ある意味,とても重要なライフ・ハックなのかもしれません.