2013年6月4日火曜日

お便りにお答えしたもの

統計学の記事で,たまにお便り(もちろんEメールで)をいただくことがあります.知り合いの方からは直接お聞きすることもあります.
それにお答えるする形で書いた記事もありまして,先月の記事などはそういった側面もあって書いたものです.
例えば,■点数・得点を段階評価するためのエクセルシートの作成とか,■補足:エクセルの散布図にラベルを表示させる方法とか.

ところで,先月は「例の事件」もあったので以下の記事を検索して見る人が多かったようで.
喫煙ルーム(黄柳野高校のこと)
無事であればいいのですが...

今回は,上記の記事や,これを機会にその他の記事を読んでくれた人から頂いたお便りのやり取りをご紹介します.
以下に紹介するやり取りですが,そのまま転載したものではなく,いくらか加筆して修正しています.あと,口頭でのやり取りのものもあります.
統計の話ばかりではなく,教育や学校のことについて考えるために読んでいただいている人もたくさんいるようですね.

Q.喫煙ルームを用意するのは,学校としてはやっぱりダメではないでしょうか?今回のように火災が起きて死亡するケースも出てくるわけですから.
A.「喫煙ルーム」という名称とニュアンスを歪曲して流布したのはマスコミです.◯◯さんが言うニュアンスのものとは異なります.それに,もともとは火災を予防するための措置として用意したものです.あと,今回の火災がタバコの不始末によるものかどうかは不明です.
ちなみに,防災対策がどうのスプリンクラーがどうの,といったニュースもありましたが,どうかその勢いで全国の学生寮の現状に向かって問うてほしいものです.そんな対策をしている寮がどれほどあるか.きっと少ないですよ.
「とりあえず学校を批判する材料を並べておこう」という気持ちが滲み出ています.もしくは今回のニュースを書いた記者たちが押し並べて無能だったからなのかもしれませんが,これを機会に学生寮の防災対策を改善するための記事を書くのが,建設的なジャーナリズムではないでしょうか?(その実現不可能性も一緒に)
同校に限らず,学校における生徒指導ですが,違法であることは百も承知でやっている現実もあります.そして,違法かどうかに囚われた指導だけでは,教育はできないと思います.
教育はバランスが必要ですので,同校は批判されてしかりですが,私のような者が反撃する必要もあると考えています.それもバランスです.

Q.荒れた学校を立て直すにはどうすればいいとお考えですか?
A.わかりません.そういう事の専門でも経験もないですから.ケースバイケースではないでしょうか.
ちなみに,黄柳野高校は「荒れて」いません.よく勘違いされることが多いですが,少なくとも私が在学していたときは.しかも昔より今のほうが「大人しくなった」と聞いています.
「荒れた学校」の程度も人によって違うでしょうし.
同校より遥かに「荒れた」高校はたくさんありまして,ニュースになったか否かの違いだと思います.
私の出身大学の付属校は,同校とは比較にならないほど,それはそれは凄いところでした.
あと,特に(寮制ではない)普通の高校は学外の生活がかなり不透明なので,教師・学校が知り得ないことが多いという視点もあります.

Q.廃校になるかもしれませんね.ただ,そのようにして淘汰されることで,より良い学校が残っていくとは考えられないでしょうか.
A.考えられませんし,そんな学校・教育哲学の国にはなってほしくありません.
◯◯さんの言う「より良い学校」というのはどのような学校を指すのでしょうか?
学校や教育機関というのは「撤収」することはあっても「淘汰」されるものではなく,市場原理を持ち込んではいけないものだと思います.
ブログの記事にもしていますが,教育の市場原理による淘汰というのは,まさに「市場」というところが求める「日本人」を育てることになるのです.単純な理屈です.でもこれって恐ろしいことだとは思いませんか?
日本とか共同体とか誰かのためではなく,市場(金儲け)での振る舞いを重要視する日本人を育てることになります(大学教育は既になりかけているが).市場が求めている教育に舵を切るというのは,市場が好む思考を体現する教育に舵を切ることを意味するのですから.そんな教育からは,間違っても “いじめられている生徒を助けようとする生徒” は育ちません.“いじめられている生徒を助ける” なんていう利益のない行動は,市場原理的な行動ではないからです.
それを「マズい」と捉えるか,「当然だ」と捉えるかは価値観の問題ですが.少なくとも私は反対です.
市場原理というのは民主主義と同義ではありません.民主主義も正義と同義ではありません.そもそも多数派の行動や意見が正義だというならば,学校教育そのものがいりませんし,誤解を恐れずに言えば「人間」である必要がありません.
学校が「閉鎖的」で「浮世離れ」している理由と “必要性” というのは,ここにあります.
教育機関が大勢や世論になびいていたら存在意味がありません(特に大学が).
今は学校や大学を「ビジネスマン養成所」のように捉え過ぎています.「受験対策」しかり,「就職対策」しかり.
これも不況の影響ですかね.「衣食足りて礼節を知る」のでしょうか.
廃校についてわかりません.

Q.コメント欄を用意してくれれば,双方向性のあるブログになるのではないでしょうか?
A.あまり双方向する気がないので.

Q.過激な表現が多いのでは?
A.すみません.特に数年前の記事はヒドいですね.最近は読む人が増えているので,穏やかな表現にするよう気をつけています.


またご意見をちょうだいしましたら,掲載するかもしれません.
よろしくお願いします.