2013年12月30日月曜日

全滅の町,黒潮町

正月休みで帰省してる自宅である高知県幡多郡黒潮町(旧・佐賀町・大方町)は,「全滅の町」として知られているところです.
ググったらいろいろと記事があります.

先日も,いつも見ている「CGS」というネット動画の番組で黒潮町の取り組みが取り上げられており,非常に親近感を得たところです.
CGS「日本の強靭化は強い町から」(←youtubeのURLを貼っています)

なぜ全滅の町と呼ばれているかというと,以下の図を見てもらえると一目瞭然です.
上がGoogle Mapsの黒潮町周辺,下が黒潮町のホームページにある図です.
南海トラフ巨大地震のシミュレーションで,最悪34mの津波が予測された町なのです.

ご覧のとおり,町すべてが飲まれることになります.
つまり,東日本大震災における東北のいくつかの漁村のようになることが予測されたということなのです.

CGSの番組では,京都大学の藤井聡先生が黒潮町の取り組みを好意的に取り上げてくれていました.
黒潮町のように,津波対策を諦めずに検討していく姿勢,住民が一致団結して協力していくことこそ,強靭な日本になるための基礎なのだということです.

ただ,地元民である私には,黒潮町が犯したタイムリエラーも耳に入ってきます.
私の両親などは,
「津波対策を最も軽んじる愚かな町,それが黒潮町」
と手厳しく非難しています.

ここで少年時代を過ごした私からしましても,黒潮町を含め高知県において南海トラフ巨大地震への関心の高まりというのは,2011年の東日本大震災が契機ではありません.
少なくとも私が物心ついたころから,ずっと憂慮されてきた事項なのです.

にも関わらず,黒潮町では,数々のタイムリエラーを発生,そして放置してきています.
(1)防災拠点である消防署が,真っ先に被災するでござるの巻
下の図を見ての通りです(さっきの図のアップです).「A」の地点がその黒潮町の消防署の位置です.
こんなところにあったら,途中の道が寸断されたらアウトですし(実際,海岸沿いだし崖っぷちだし),そもそも,
この町が地震と津波に遭った時,最初に救助しなければいけない場所を知っているかい?消防署さ」
というアメリカンジョークのような話になっているのです.
これはずっと黒潮町では問題視されていたことです.どこまでの人がこれを喫緊の課題だと認識していたかは分かりませんが.
この30年以上放置されていたことをみれば,黒潮町が防災対策にどれだけの意気込みだったか分かるわけですね.
これについては,今後がんばって改善しなければいけないポイントでしょう.

(2)少子化によって学校を一箇所にまとめる決議をしたけど,そこが海岸沿いだったでござるの巻
これまた下の図を見ての通りです.
黒潮町は海だけの町ではありません.このように内陸部にも集落がありまして,そこに小学校があったのです.
何年か前,少子化によって小学校を一箇所にしようということになりまして,通常の感覚であれば「真ん中にある伊与喜小学校がいいんじゃない?災害にも強い地形だし.子供の安全が第一だ」というところでしょう.ところが.
一番栄えている海岸の町にある,佐賀小学校に決定しました.
理由は深くは知りません.退っ引きならない理由があったのでしょうか?

(3)東日本大震災の津波の被害を目の当たりにしたその上で,保育園を海岸沿いに設置する決定をしたでござるの巻
ここまでくると,何かの「おまじない」かのように子供を津波に差し出していると見てもおかしくありません.
黒潮町では,津波対策として子供を「贄」にしているのかもしれないのです.
なんという原始時代.

でも,そうした流れも今後は変わるのかもしれないのです.
今年,内閣官房参与の藤井先生が推し進めた「国土強靭化基本法」が成立しました.
黒潮町の意味不明な防災対策も,国土強靭化の思想を果たし得ない政治環境によって成されていた可能性もあります(そう思いたい).
今後の黒潮町に注目ですね.


そんな黒潮町に今日帰ってきまして,町を車で走りながらカメラを向けてみました.
暇だったら御覧ください.

まずは最も内陸の小学校である拳ノ川小学校.私の母校でもあります.
私の実家は内陸部です.津波の被害は受けないかもしれませんが,道路断絶は確実な場所です.

東日本大震災が起きてから,海抜を表記するようになっています.

海岸沿いの町,佐賀です.



中央右の島は,鹿島.そこから左にかけてが鹿島が浦です.

これが例の海岸沿い消防署です.

あとは黒潮町の海岸線.