2014年12月25日木曜日

センター試験の廃止について述べておく

センター試験が廃止になるという件について,先日ニュースになっていたので取り上げておこうと思います.

Yahooニュースはこちら.

文科省のHPではこんな感じ.

どうしてこんなにツボを外した提言ができるのだろうかと不思議でなりません.
でも,大人になって心穏やかな私としましては,いろんな人のいろんな妥協の産物なんだろうなと微笑ましく見ております.

が,そんな悠長なことを言ってられない身でもありますので,私の真面目な “保身” のためにも声を上げておきたいと思います.

正直言って,頭がどうかしてんじゃないかと疑うような提言です.
「却下」ですよ,こんなの「却下」.

まぁ「センター試験を廃止する」っていうのは良しとしましょう.
んで,代わって実施しようという「学力評価のための新たなテスト(仮称)」における「高等学校基礎学力テスト(仮称)」っていうのと,「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」ですが,これが結構問題です.

文章だけだと説明が面倒なので,文科省のHPから当該資料の【別添資料2】の画像を引っ張ってきました.それが以下のもの.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/12/22/1354191_1.pdf
この手のニュースでも触れられていますが,ようするにこれまでの,
「センター試験,一発勝負」
から,
「総合的な評価,テスト」
という方向に舵切りされたということです.

ちなみに,この考え方ですけど私としては比較的賛同するところでもあります.
これまでの「知識・技能」の評価に偏重しているところを反省し,「思考力」「判断力」「表現力」も評価するようにしよう,ってことです.
答申の文章をそのまま引けば,
大学入学者選抜においては、現行の大学入試センター試験を廃止し、大学で学ぶための力のうち、特に「思考力・判断力・表現力」を中心に評価する新テスト「大学入 学希望者学力評価テスト(仮称)」を導入し、各大学の活用を推進する。
ってことですね.
うんうん,なかなか良いじゃないか.

・・が,問題はその評価方法です.
これがまた見事に “日本教育界らしい” 「大衆ウケ」するようなものなのです.
さすが「スーパーグローバル」,さすが「スーパー・サイエンス・ハイスクール」,さすが「生きる力」.

つまりですね,これ以外にも「主体性・多様性・協働性」ってのを追加して評価するんですって.
この点について言及された文章,および別添資料を以下に示します.
具体的な評価方法としては、下記2に示す「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」 の成績に加え、小論文、面接、集団討論、プレゼンテーション、調査書15、活動報告書、 大学入学希望理由書や学修計画書、資格・検定試験などの成績、各種大会等での活動や顕彰の記録、その他受検者のこれまでの努力を証明する資料などを活用することが考えられる。「確かな学力」として求められる力を的確に把握するためには、こうした多元的な評価尺度が必要である。各大学はその教育方針に照らし、どのような評価方法を組み合わせて選抜を行うかを、応募条件として求める「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」 の成績の具体的提示等を含め、アドミッション・ポリシーにおいて明確に示すことが求 められる。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/12/22/1354191_1.pdf
「いやいや,それは各大学における個別選抜だから,そこは各大学が自由にできるのでは?」
なんて思うかもしれませんが,(センター試験が代表的ですが)足並み揃えることについては自信のある日本教育界です.そういう「各大学の自由」になる可能性は低く,全国一律で「主体性・多様性・協働性」をテストし始める危険性の方が高いのです.

理由・根拠ですか?それもこの答申の中に隠れています.その文章を以下に引きますね.
高等学校教育については、生徒が、国家と社会の形成者となるための教養と行動規範を身に付けるとともに、自分の夢や目標を持って主体的に学ぶことのできる環境を整備する。そのために、高大接続改革と歩調を合わせて学習指導要領を抜本的に見直し、育成すべき資質・能力の観点からその構造、目標や内容を見直すとともに、課題の発見と解決に向けた主体的・協働的な学習・指導方法であるアクティブ・ラーニングへの飛躍的充実を図る。
高校ではそういうふうに教育しているんだ.だから大学はそれを評価してくれ.ってことになるのが日本教育界です.
これまでのセンター試験や各大学入試もそうなのですよ(高校の授業内容以上のことは試験問題には出せないのです).

だから,高校での評価方法を踏襲したものが大学入試での評価方法として採用されることになります.
十中八九,現実的なものとして「小論文」と「集団討論」が採用されるんじゃないでしょうか.
つまり,各大学が “自由に” 他大学と同じ評価方法を採用するだろう,ってことです.

だから頭を抱えているんです私は.
また面倒な大学入試にしやがって.って.

そりゃもちろん,外部の人達からすれば「それくらいの労力を大学も負うべきだろ」って言い出すかもしれませんが.
ここで私が言いたいのは,そんなにテスト方法をいじくったところで,その労力に見合った人物を発掘できるのか?ってことです.

できません.

元来,ありとあらゆる「テスト」っていうのは,そういうものだからです.
どれだけ緻密に複雑にしたところで,的確な人物だけを(しかも大量に)掬い取ることは不可能です.それができるんなら人類はこんなに苦労していません.

それに加えて,そもそも「表現力」だとか「主体性」「多様性」なんて曖昧なものを客観性高く定量化できようがありません.
これを「高い←→低い」という一方向的な評価でもって大学入試にしようって事自体,キ◯ガイじみた話じゃないでしょうか?
教育を舐めてませんか?大学というところを何だと思ってるんでしょうか?

長くなってしまいました.とりあえずこの記事としての結論を述べておきます.
大学入試については,これまでのセンター試験のノウハウがあります.これは非常に客観性の高い優れた試験方法です.これを引き継がない手はありません.
それに,国際学力調査でも採用されている「PISA」なんかでは,思考力とか判断力をテストするものがあります.これも比較的客観性の高いテストと言えるでしょうから,どうしても「思考力」とか「判断力」を評価したいっていうんなら,それを参考に作成しても良いかもしれませんね.

こうした試験問題を,各大学独自に入試問題として採用するわけです.
つまり,あの全国一律一斉で機械的なセンター試験はやめちゃう,ってことで.
今の段階においては,それくらいの改革で良いのではないでしょうか?
(決してセンターの業務が面倒だから,ってことではありません!)
このままだと,骨折り損のくたびれ儲けな大学入試改革になる気がしてならないのです.

答申にあるようなシステムになるくらいなら,今のセンター試験のままで十分です.