2015年5月4日月曜日

最近の大学のシラバスは

大学に通ったことのある人は,「シラバス」というのを御存知かと思います.
シラバスというのは,履修する授業がどのような内容なのか,その授業計画について担当する教員がまとめて冊子にしたもののことです.

最近では大学だけでなく学校でも取り入れるところもあるそうです.

このシラバス,以前はその授業で学習することをざっくりと書いていたのですが,いつの頃からか授業計画を可能な限り詳細に書くようお達しが来るようになりました.
さらには,できるだけシラバスに書いた通りの授業を展開するよう注意が来るようになり,さらには毎回の授業の内容も具体的に書けと指示が出るようになりました.

だから「シラバスってどんなもの?」と言われても,年代によってちょっと認識が違うんです.
なので,微妙に歳がバレたくない女性は回答に少し気をつけましょう.

さらに言うなら,ここ最近は冊子という紙媒体で学生に配布する大学も減ってきて,ウェブ閲覧のみとか,データCDとして渡すところもあるそうです.
で,その弊害(?)として,学生がシラバスを全く見ず・読まずに授業をとるようになってきている状態にあります.

キャンパスライフを送った者にとっては懐かしいそんなシラバスですが,近年,それを英語化しようという動きもあります.
もう既に英語化している大学もいくつかあります.

このシラバスの英語化,はっきり言って紙の無駄遣いだけでなく,労力の無駄遣いにもなりますので,検討している大学は是非とも中止することをオススメします.

なぜか?
まず,このシラバスの英語化というものですが,一体何のためにやろうとしているのか? という点を抑えたいところですよね.
その理由ですが,表向きは,
「海外の学生が,受けようとする授業科目を把握・選択しやすくするため」
というものです.
初めてお聞きになった方としては恐らく御自分の耳を疑って信じてくれないであろう,あまりにトンチンカン過ぎる理由であることは私も重々承知しております.
少なくない内部の教職員もそう思っていますから.

「その理由」の理由としては,いわゆる「グローバル化」を進めたいので,その進展が目に見える形にしたいというものです.

でも,きっと留学生は日本語のシラバスを自分の国の言葉に訳して読むはずです.
だいたい,その留学生は日本の大学に留学してる時点で,日本語の勉強もしたいはずなんです.
シラバスを英語にしたって誰も喜びません.
そりゃ,留学生にとってはちょっとくらい便利になるかもしれませんが,だからってそれで留学生が増加するわけないことはバ・・,えぇ〜っと,それほど頭が良くない人でも分かることでしょう.

逆に考えてみても当然です.例えば私がドイツの大学に留学したとします.日本語のシラバスがあっても嬉しくないですし,英語のシラバスがあったとしても,ドイツ語の表記を読みたいでしょ?
ドイツ語ではどんな表記になってるのかな?って考えることにドイツに留学している価値もあるのですから.

次に,英語の文章や表現についてかなりモメる.という点があります.というか,もう既にそうなってるらしいです.
基本,シラバスはその授業を担当する教員が書くわけですが,英文校正などをしたところで,きっと「◯◯先生のその文章の表現は気に入らない」などと言い出すおせっかいな教員が現れ,これに「いや,その表現じゃないとダメなんだ」などと突っぱねる教員もいたりすると,用いられる表現や単語について学科内・関連領域の教員間で延々と調整したりと,翻訳作業級の労力が発生する可能性が高いのです.

かなりモメた挙句に,「まぁまぁ,先生方.これはシラバスですし・・」などと言ってどこかで妥協するわけですが,だったら最初からやらなきゃいいじゃないかという話なのです.

教育機関としてのまっとうなマネジメントの頭があれば,話が逆であることが分かるかと思います.
まずは「日本の大学」または「その大学」だからこそ学べる学術性を創りだし,そこに魅力を見出す留学生を増やすこと.
そうして留学生が増えてきて,留学生に履修科目を説明するための教務的なサポートが煩雑になってきたら,いよいよ「せめて英語併記するくらいした方がいいんじゃね?」っていう順序が普通ですよね.

先にシラバスを英語化(さらには,授業の英語化)させたところで,目的は達成できないことくらい分かりそうなものでしょう.
まぁ,分かっていない人が「上」に多いから残念な流れになっているのでしょうけど.

シラバスを「学生との契約内容を書いたものだ」と仰々しく捉える人もいますが,少なくとも日本の大学においてそれは馴染みません.
シラバス通りに授業が進められるんなら,大学に学生は必要ないでしょう.

その科目を担当する教員の想いを綴るくらいで良いのではないかと思います.

それよりも,学生がシラバスを読んで授業を選べる仕組みをハード,ソフトの両面から検討することが先ではないかと考えています.