2015年9月24日木曜日

僕らの時は野茂英雄っていう選手がいてだな・・・

ここ最近はしょうもない上に暗い話題の記事が続いており,「大学って大変だなぁ」とネガティブな感慨にふけっているのもなんなんで,別の話題で感慨にふけってみようと思います.

私も学生とは干支が一回りしたこともあり,だいぶ世代感を感じるようになってきました.
我々にとっては当たり前のことであっても,学生は知らない,分からない,興味がないという話は多いものです.
てっきり同じ「若い世代」だと思っていても,年は無情に過ぎていきます.

世代を跨いで「世間話」というのをするようになるのも大学生からでしょうし,徐々に話が通じなくなることを実感しやすいのも大学という場所ならではかもしれません.

まずはスポーツネタから.これはかなり世代感が現れやすいものです.
彼らはオリックスのイチローを知りません.なんせ,イチローが200本安打を打った時(1994年)に産声をあげたのですから.
彼らが野球を見るようになる頃には,メジャーリーガー:イチロー・スズキです.

彼らにとっての代表的な野球選手とはダルビッシュでありマー君です.そこですかさず「僕らの時には野茂英雄っていう選手がいてだな.日本人メジャーリーガーとして特別な存在なんだよ」という展開になるのが鉄板です.

また,若貴兄弟の現役も知らないですし,三浦知良の全盛期も知りません.でも逆に言えば,この期間ずっとプレーしているカズの凄さが分かります.

一方で,私達の世代が上の世代の方々にギャップを感じさせるのは,北の湖や千代の富士を知らないってとこでしょうか.そこらへんで「えぇ!」って顔されます.
ロサンゼルス五輪はセピア色の歴史的存在であり,山下泰裕って誰?って感じで,ソウル五輪あたりの記憶は曖昧だからベン・ジョンソンとか鈴木大地や小谷実可子の話にはついていけないというところです.
感覚的には,私達にとっての鈴木大地や小谷実可子あたりが,彼らにとっては高橋尚子とか谷亮子みないなものでしょうね.名前知ってるけど,よく知らないっていう.


そうこう話すうちに話題はスポーツから事件やイベントへと移っていくわけで.
私達の世代が「日航ジャンボ機墜落事故」のことを,なんで毎年あんなにニュースで取り上げるのかピンと来ないのと同じくらい,今の学生は「阪神淡路大震災」を知りません.ルミナリエってのは神戸のキラキライベントだと思っています.

飛行機の事件と言えば,9.11同時多発テロはギリギリ知っているけど覚えていない,という感じだそうです.当時は幼稚園児だったり小学1年生ですからね.
なんだかつい最近のように感じますが,もう14年経ちましたか.

昨今また話題に上がっている「酒鬼薔薇聖斗」事件も知りません.事件のこと知りたきゃググッてくれと言いますが,女子学生には特に「決して画像検索はしないように」と言っておきます.きっと検索するんでしょうけど.

オウム真理教とか地下鉄サリン事件も,学生たちにとっては「日本の現代史」.何かの拍子に「わぁーたぁーしぃーはぁー,やってないぃ〜」って歌っても,彼らの頭の上には「?」が浮かびます.
「ポアするぞ」とか,すでに通じません.

生まれた時にWindows95が登場し,物心ついた時には携帯電話があり,フィルムのカメラなんて扱ったことなくて,使い捨てカメラって何?って顔されるし,彼らにとっては写真とか動画は撮り放題で,それも紙やテレビで見るものじゃなくなってるんですよね.

もっと言うと,学生たちは日本が不況になっているところしか知らないわけで.
経済成長するってどういうことか分からないのです.だからなのかもしれませんが,とにかく慎重派が多いように思います.絶対失敗しないぞ,っていう.
あと,高望みしないし,自分が満足できればそれでいい,というようなところがあります.ステレオタイプな分析ですが,ホント,そう思います.
少なくない大学の先生方は,「ハングリー精神がない」とか「もっと積極的に新しいことに挑戦する人材を育てたい」と言いますが,世が世ですから,ちょっとそれは厳しい注文ではないかと思います.なんせ,ハングリー精神持って新しいことに挑戦して失敗した人たちを見てきているわけですので.

私達の世代は,バブル崩壊から不況に陥って様々な苦難を乗り越えられずに今に至る,というストーリーと同時進行に生きてきたことになりますので,何をやっても期待できないという考えが多いのかもしれません.
だからでしょうか,自分にとって都合のいいものを選ばないと生き残れない,そう考える下地があるように感じます.

「あぁ,あの事件をこいつは知らないのかぁ」などと感じ始めた今日このごろですから,自分もだいぶ歳をとってきたのだなと実感しております.
そして,映画とか小説にある「あの当時・・・」というストーリー展開が,これまでとは違った形で受け取るようにもなってきています.