2017年5月30日火曜日

日本のウイスキーが高いよ

今,酔っ払って帰ってきたのですが,そう言えば,以前こんな記事を書きました.
大学生向けに,「学生のときに気をつけたほうがいい行動」シリーズの一つで,お酒の飲み方を取り上げたことがあります.
大学生用:二十歳になったらお酒を飲もう

できれば,大学の教員と一席を設ける機会を増やしたほうが,結果的に大学生活が充実するんです,という趣旨の話でした.
この記事の増補版として,以下を読んでもらえればと思います.
ウイスキーの話です.

学生の頃は「ウイスキーとかいう不味い酒,どうしてオッサンたちは好んで飲むんだろう?」と不思議でならなかったのですけど.
貧乏学生だった自分が飲んでいたのは「トリス」とか「富士山麓」とか,お店に行っても何が割られているのか分からない「ハイボール(たいていトリス)」だったから,そりゃ不味くて当然です.

ウイスキーってのは,“誠に残念ながら” 美味しさと値段はきれいに比例します.
高いやつは,やっぱり旨い.
ところが,ここ数年ほど日本製ウイスキーだけがアホみたいに高くなっていて驚いていたところです.
行きつけの酒屋のお姉さんに聞いてみたら,どうやらNHKのドラマの影響だかなんかで高騰しているとのこと.
響12年を買おうとしたら,8000円とかいう値段がついていまして.「え!これちょっと高いよ!」ってことで聞いたんです.今じゃもっと高くなってる.

ずっと「響12年」を愛飲していたのですが,何年か前からの高騰についていけず,そこまで払うくらいなら別のを買うよということで,今は「シーバスリーガル12年」に切り替えていました.
別に妥協しているわけじゃなくて,シーバスリーガルはシーバスリーガルで美味しいウイスキーです.実際,世界的に人気があります.

むしろ,最近になって出てきた「響Japanese Harmony」とかいう得体の知れないブレンデッドウイスキーが残念な味です.
まあ,好みは人それぞれなところがありますので,なんとも.

上述した記事でも書きましたが,「最も旨い酒」なんてものを語るほどバカな話はありません.自分が旨いと思ったものを飲めばいい話です.

ところで,なんだかチャラい感じがしていたので長らく避けていたのですが,一念発起して飲んでみたのが「シーバスリーガル・ミズナラ」
「日本を知ることで完成したウイスキー」とかいう触れ込みが,なんとも胡散臭かったんですよ.

意外といけました.飲まず嫌いはいけませんね.

もともと,私がウイスキーにはまりだしたのは,学会で行った先のスコットランドでスコッチを飲んだところからです.
入った店で「バランタイン」を頼んだんですけど,「トリス」とか「角瓶」しか飲んだことがない私にとっては衝撃的な煙臭さでして(でも,スコッチのなかではバランタインはあまりスモーキーではないですよ).それがまた旨い.

あの味が忘れられなかったので,日本でもバランタインを飲んでみたんです.でも,あの感動は無いんですね.
やっぱり,ご当地で飲むからいいのかなぁ,と思わされました.

その後,知り合いの先生から勧められたのがシーバスリーガルで,なんでも,この方の恩師が愛飲していたものとのこと.
スコッチを日本で飲んでもなぁ・・,と思って「山崎」とか「宮城峡」なんかに手を出していた私としては,「スコッチもいいじゃないか」と考えを改めさせられました.

とは言え,私の舌にしっくりくるのは「響12年」だったんです.だからずっとそればかり飲んでいました.

今じゃ考えられないんですけど,響12年って以前は6000円とかで飲めていたんです.良い時代でしたね.
高くなってからは,手を出していません.

そう言えば,私の恩師は「ジャックダニエル」がお気に入りでした.
学生だった当時の私は「ウイスキー = 不味い」という公式があったので手を出していませんでしたが,のちに「ジャンキーなつまみ(ポテトフライとかピザとか)と一緒に飲むならジャックダニエルのハイボール」という方程式になっていきます.
ソーダで割ると,あの独特なバナナの風味が引き立つんです.それがジャンキーなものによく合う.

というか,やっぱりこれって国柄が出るものなんですよ.
白州ハイボールでポテトフライは食べれないですから.

岩手県で学会があった時,ご当地の先生の行きつけの飲み屋につれていってもらったんです.
そこのマスター曰く,「アメリカ産のウイスキー(バーボンとか)は,ソーダで割るのが基本です」とのこと.
言われてみれば,ジャックダニエルをはじめ,アメリカのウイスキーはソーダで割ると丁度よい感じになります.

なお,こんなに語っておいてなんですが,私は普段はアメリカのウイスキーは飲みません.
美味しくないので.
たまに「ジャックダニエルのハイボール」しか選択肢がないメニューの居酒屋があります.ビールを頼んでみたけど,なんだか意味不明な味だったから,あぁどうしよう.そんなときぐらいです.

ウイスキーの飲み方は人の数だけあるのですが,私は「ウイスキー1」に「水1.3」による常温の水割りが好みです.体調と気分に合わせて水を「1」にしたり「1.5」にしたりします.けど,基本は「1.3」です.
お店で出てくる「水割り」は薄め過ぎです.なので最初から「ロック」と「チェイサー」を頼むことにして,自分で割ることにしています.

ちなみに,どうやらこの割合に近い「1:1」で割る常温の水割りは「トワイスアップ」という飲み方らしい.
サントリーのウェブサイトに載っていました.
トワイスアップ(サントリー)

でも,私としては水を「1.3」が大事です.

2017年5月26日金曜日

「キャリーバッグのマナー」とか言い出す傲慢さ

最近,キャリーバッグ(キャリーケース,キャスター付きバッグ)に関するマナーを叫ぶ声がうるさくなってきました.
例えば,こんなウェブ記事があります.
キャリーバッグ、絶えないトラブル…100万円の賠償例も(IZA)

マナーやエチケットを批判するわけではないのですが,それを声高に訴える奴には嫌悪を覚えます.
ここは一つ,「正義は我にあり」とファビョっていきり立つバカに冷水をかけておく必要があると思うのです.

繰り返しますが,キャリーバッグ利用者の側に明らかな非のあるトラブルを擁護するつもりはありません.
ですが,キャリーバッグ使用方法のマナーやエチケットを,「非利用者」の感情と都合に合わせて拡大解釈されることが蔓延ることは避けたいところです.

例えば,以下のような無茶苦茶な話が成されています.
いずれも,ネットで出回っている「キャリーバッグ利用者への注文」です.
1)人混みでキャリーバッグを引きずるな
2)持ち手を長くするな
3)狭い場所(電車等)での使用は自重しろ
4)小さいキャリーバッグは不要だろ.
5)ファッションで使う奴が多過ぎ
6)日本にキャリーバッグは相応しくない
7)周囲の不快感に気づいていないのでは?

キャリーバッグにつまづいて危ない思いをしたとか,存在が邪魔だという類のコメントが出回っています.

私はキャリーバッグが行き交う場所をいつも利用していますが,どうやら皆さんより洞察力や判断力,危険予測能力や運動能力が優れているようなので,キャリーバッグ利用者を危ないと思ったことがないし,それによって迷惑を被った覚えも一度もありません.

ちなみに,私自身,キャリーバッグはよく使います.
最近は私もその「役回り」から外れてきたのですが,仕事で大きな荷物を運搬することもあって,キャリーバッグがないとやってられないという状況です.
あと,スノーボードやスキーの運搬にも専用キャリーバッグを使っているという背景があることを開示した上で,以下,私の主張です.

皆さん,ちょっと不寛容過ぎやしないでしょうか.
もちろん,キャリーバッグを利用している人すべてがそうとは言いませんよ.でも,キャリーバッグじゃないと搬送が大変な労力になるから利用しているという人は多いものです.っていうか,それがキャリーバッグを使う主な理由です.

つまり,そんな大変な思いをしているキャリーバッグを使っている人に対する配慮があってもいいのではないかという話なのです.
これは別に「キャリーバッグを使っている人が優先されるべき」などと言っているわけではありません.
キャリーバッグを使うような人なのだから,むしろその周囲の人達が気を使ってあげればいいだけではないか? と言っているのです.
これと似たような話に,ベビーカーの利用もありますね.あれも周囲の人達こそが気を使えば済む話です.

気を使ってあげてさえいれば,別に「迷惑」なものではないでしょう.キャリーバッグに迷惑を感じる,その感覚が私には危なく感じます.
こんなことにガミガミ文句を言うくらいだから,きっとストレスフルで不幸な日々を送っていることとお察しします.でも,自分の不満のはけ口を他人に向けていけません.
試しに,キャリーバッグを転がしている人を見かけたら,「大変そうだなぁ」と思うようにしてみましょう.それだけで,きっと心に余裕ができるはずです.ぶつけたり,つまづくこともなくなります.

それに,失礼ですが「キャリーバッグにつまづく」とか,どんだけマヌケなんだよと.
っていうか,そんなマヌケが街をほっつき歩いていること自体が危険ではないか?
認知能力に障害があるならまだしも,普通にしてて「キャリーバッグにつまづく」なんて,どこ見て歩いてんですか?

特に,大きなキャリーバッグ持って歩いているような人や,その他にも大きな荷物を背負っているような人であれば,周りに目が行きにくい状況下の人だということくらい分かりそうなものでしょう.だったら,こっちが注意してあげて,距離をとったり道を譲れば済むことです.

もっと言えば,そのキャリーバッグにつまづいたのにしても,あなたが歩きスマホしてたり,ボケてたからじゃないのか? キャリーバッグが通っている近くで図々しく立っていたんじゃないのか?

こんなこと言ってると,「ふざけるな! キャリーバッグを使っている方が気をつけるべきだろ!」とか言われるかもしれない.
はい,私はそれを否定するつもりはありません.何度も言うようですが,キャリーバッグ利用者の側に非のあることまで擁護するつもりはありませんし,キャリーバッグ利用者が優先されるべきと言っているわけでもない.

でも,多角的な配慮を欠いた議論をもって,ふんぞり返った態度で「俺が普通なんだから,お前が合わせろ」と断罪することは戒められるべきだと思うのです.

2017年5月25日木曜日

井戸端スポーツ会議 part 47「森友・加計学園問題と野球特待生」

森友とか加計について,やや無理矢理感がありますが,この話題を「スポーツ」で論じてみます.

その前に,この件に関する本日のニュース.
加計文書、前次官が感じた圧力 「黒を白にしろと」(朝日新聞2017.5.25)
加計(かけ)学園の計画を巡る文部科学省の文書が発覚して1週間あまり。同省の官僚トップだった前川喜平・前事務次官(62)が25日、公の場で舞台裏を証言した。(中略)「文科省の中で作成され、幹部の間で共有された文書で間違いない」。冒頭の発言で真っ先に切り出したのは、「総理のご意向」などと伝えられたと記された文書の真偽だった。「あったことをなかったことにはできない」などと会見を開いた理由を述べた。
前川氏がどこまで本当のことをしゃべっているのか定かではありませんが, 政治家の圧力によって「黒いものを白にしろ」と言われること自体は普通のことのはずです.
一般的に,こういうのを「政治家の口利き」と呼び,「民主主義の裏技」とされています.

政治家が,ましてや総理大臣がなんらかの形で意向を示せば,官僚としてはそれに従わなければ自身の身の保障が危うくなりますから「忖度」するものです.
通常,これはバレないように行われます.というか,普通はバレるようなものではありません.関係者が口裏を合わせればバレようがないものだからです.実際,前川氏も上記記事ではこう述べています.
 「加計学園ありきだったのか」との質問に、前川氏は淡々と答えた。「暗黙の共通理解としてあったのは確か。内閣府でも文科省においても議論している対象は、加計学園のことだという共通認識のもとで仕事している」「口に出して加計学園という言葉を使ったかどうか、そこは使っていない場合が多いと思う」
安倍晋三が「私はそんなこと言っていない」と反論したとして,おそらくそれは事実でしょう.
言っていないことは事実,だけど,何か別の形で「示す」ことによって相手に忖度させることはできます.
繰り返しますが,それが政治家の口利きです.

私が問題にしたいのは,そんなこと,普通の大人なら誰でも知っている「民主主義の裏技」であるにも関わらず,まるで今まで知らなかったかのようにカマトトぶってる連中が多いことです.

これと同じことが展開されたのが,何年か前にニュースとなった「野球部員の特待生制度」です.
本当に知らない人はこちらをどうぞ→■特待生問題(コトバンク)

2007年まで,日本では野球部員の特待生制度は禁止されていました.
でも,それまでにも日常会話として「あいつは野球部の特待生なんだよ」「◯◯君は△△高校に特待生で入学した」というのは普通にありました.
むしろ,当時のニュースによって「え!?  野球部に特待生で行くのって本当はダメだったの?」と知れ渡ったほどです.

それなのに,あたかも野球部の特待生がそれまで存在していなかったかのように,
「なんと!  野球部に入部することを条件に,学費を割り引いて生徒を入学させている学校がたくさんあるようです! まるで人身売買です.信じられません!」
などと騒いでいたメディアが結構ありました.
オイオイ,お前ら・・・,って感じです.
(ちなみに,事件発覚後,野球部の特待生制度は条件付きで解禁になりました.なお,他の種目(サッカーとか)の特待生制度は以前からありました)

今回の森友とか加計の話もそうです.
政治家の口利きは普通の話です.存在していて別に不思議ではありません.
もっと言えば,社会を円滑に進める上で重要なことだと言ってもいいものです.

あとは,劣悪でデタラメな野球部特待生が許されないのと同様,劣悪でデタラメな口利きであれば問題になり,当事者はその罰を受けるべきだという話です.

安倍晋三が罰を受けるようなことをしているかどうかは未だ不明ですが,きちんと調査はしてほしいですね.
安倍晋三としても,「私は無関係」などと稚拙な態度をとらず,正々堂々と政治家をしてほしいものです.
もっとも,根本的な話として,こんな人間が国のトップにいること自体が大問題だと思います.

2017年5月24日水曜日

森友学園とか加計学園問題なんて議論している場合だ

なんか最近,こんな話題が続いているようです.

私は安倍晋三を信用していませんが,別にこの問題で安倍晋三に「違法性があるのではないか?」とか,「不道徳な形で関わっているのではないか?」という観点から問い詰めるつもりはありません.

安倍晋三の存在そのものが違法的だし不道徳だと思っているくらいなので,むしろ,(安倍晋三氏にとって)いい意味でも悪い意味でも,どうでもいいと思っています.
以前,そんな記事も書きました.
森友学園問題をまとめてみた

問題なのは,どうでもいい事件をいつまでも引っ張る「安倍晋三」のことです.
そういう意味では,やっぱり安倍晋三が問題なのです.

よく,「北朝鮮や原発事故,種子法廃止といった重大問題が山積する中,こんなしょうもないスキャンダルに時間を割いている野党やマスコミが悪い」などという意見を聞きますが,これこそ意味不明です.

安倍支持者に言わせれば「しょうもないスキャンダル」とのことですが.
これについては珍しく私も同意するのですけど,そんなしょうもない話をさっさと片付けられない政権や首相に,まともな国家運営理念や判断力・決断力があるとは思えません.
そもそも,そんな「しょうもないスキャンダル」が飛び出てくるような政治家に,国のトップを任せられると考える方がおかしい.
これは常識的感覚の問題です.

まともなバランス感覚がある政治家なら,幼稚園児に教育勅語を合唱させ,田んぼに園児を突き落とすような教育者と懇意にするわけがない.どう考えても異常ですから.
もちろん,必然的にコネクションが広くなってしまうのが政治家だ,というところは認めるとして,「知り合いでした」というだけなら言い逃れできるでしょうが,親密な関係ではないというのは通らないでしょう.寄付金渡したり講演会を引き受けたりするのは「親密な関係」と言わざるを得ません.

類は友を呼ぶと言います.
「異常な思想に共鳴しているのが安倍や稲田だ」と受け取られても仕方がないし,実際そうだったのでしょう.
ところが,安倍晋三やその夫人,そして稲田朋美などは「私はこの学園とは深い関係にはなかった」という言い訳をしていました.
けど,いくらなんでもそりゃ無理があります.

こんな言い逃れを考えるような政治家が,北朝鮮や原発事故とまともに向き合えるわけがないし,そりゃあ種子法も廃止したり,日韓合意も取り付けたりするわけです.
どうせなら,森友学園のやり方を大見得きって支持するくらいでいてほしかったですね.
でも,それができなかった.それがどうしてなのかは深く追求しませんけど.

以前からネットでは話題だった加計学園問題も,最近になって日の目を見るようになりました.
これにしたって,どうでもいい話題です.

森友学園にしても加計学園にしても,このような「個人ブログ」という媒体なので敢えて言えば,安倍晋三の「忖度的な関与」はあったでしょう.そうとしか思えない.
もっと言えば,それが政治家ですから.
なので,別にそのことを追求するつもりはありません.

それだけに,どうしてこんな稚拙な言い逃れをするのか,というところが問われるところです.
いいじゃないですか.
森友学園や加計学園の教育方針に共鳴していると言えばいいのです.
堂々と「贔屓にしていますが,何か?」と言えばいい.
もちろん,そんな学園を贔屓にしていることは非常識だし,思想的に狂ってると思いますが,それをきちんと主張できない時点で論外です.

畢竟,安倍や稲田は思想的におかしいんです.(私にとって)普通に考えて,狂ってます.
実際,それはかなり以前から指摘されていました.
私としては,NHKの番組内容とか映画への助成金にイチャモンをつけている頃から,こいつら頭おかしいんじゃないの? と捉えておりました.

イチャモンつけるにしても,やり方ってものがあるでしょう.
「内容が中立的ではない」とか言って,あんたらも“政治家” でしょ? って感じです.
ネトウヨ,バカウヨの類の主張を,大の大人が,ましてや政治家がやっている.やっぱりおかしいんです.
(そりゃ,ネトウヨやバカウヨは喜ぶでしょうけど)

森友とか加計の話,どんどん議論するべきです.
繰り返しになりますが,こんな話をズルズル引き伸ばしているような奴が,まともに政治家ができるとは到底思えません.
もっと言えば,こんな話をズルズル引き伸ばしているのも,他の話題,例えば北朝鮮ミサイルとか,種子法廃止とか,原発事故対応などについて触れられたくないから,という可能性が高い.姑息ですね.

いっそのこと,森友とか加計の話でレームダック(死に体)にしてほしいと願っているくらいです.
何も無いままで売国・亡国政策に加速をかけられるより幾分マシではないかと思います.

2017年5月23日火曜日

ミサイルを連射している件

2回続けてウンコとかキン◯マの話をしたので,今回はそういうの無しの話をしたいと思います.

北朝鮮がミサイル実験をたて続けに実施していますね.
おっかない話です.

北朝鮮が弾道ミサイル発射 中距離の新型か(朝日新聞2017.5.21)
北朝鮮は21日午後4時59分ごろ、西部の平安南道(ピョンアンナムド)・北倉(プクチャン)付近から東方向に向けて弾道ミサイル1発を発射した。高度約560キロまで上がって約500キロ飛行し、日本の排他的経済水域(EEZ)外の日本海に落下した
こうした情勢を受けて,こんな話も出ています.
首相は公邸に住むべき? 民進・野田氏と菅長官が応酬(朝日新聞2017.5.23)
相次ぐ北朝鮮のミサイル発射などに迅速に対応するため、安倍晋三首相は首相官邸に隣接する首相公邸に住むべきかどうか――。首相が東京・富ケ谷の自宅から官邸に通うことを民進党の野田佳彦幹事長が「危機管理上、あり得ない」と批判すれば、菅義偉官房長官は「政府の対応はまったく問題ない」と反論し、応酬を繰り広げた。
どっちでもいい話だとは思うのですが,野田議員の方にやや分があるかなと思います.
なぜなら,もし菅官房長官の言うことが正論だというのであれば,緊急時にも迅速な対応ができる設備が整っている首相官邸なんて,そもそもいらないじゃないか,という話になるからです.

もっとも,安倍首相がこういう状態であることをもって,日本政府としては「北朝鮮のミサイル実験は脅威ではない」と判断しているであろうことが分かります.
本当に危機感があるのであれば,いくら安倍晋三とは言え官邸に住むはずですから.

もっと言えば,そもそも本当にミサイルが飛んできたところで,現在の日本は何もできません.
何か主体的に動けるような状態ではないし,そんな肝の座った政権でもない.
官邸にいようがゴルフコースにいようが,できることなんてないのです.
総理大臣による迅速な対応なんて必要ありません.
やれることは地震の時と一緒,所轄・現場レベルでの被害確認と救助.
それだけです.

ちなみに,私としても北朝鮮のミサイルは脅威と感じていません.
否,脅威と感じたところで何もできないのですから,いっそのこと脅威と思わないようにしています.

むしろ,日本政府としても同じことを考えているのではないでしょうか.
つまり,「北朝鮮のミサイルを本当に『脅威』だと認識してしまったら,『脅威』だということで対処しなければならなくなるから,面倒くさいのでいっそのこと『まだ脅威じゃない』ことにしておこう」と,そんなところです.
こうすれば,仕事も増えないし.

気持ちは分からんでもない.
ただ,これって端的に言えば,「無責任」ということですよね.
国家とその政府としては落第点です.

じゃあ,どこまできたら「脅威」になるのか?
それを判別するための基準となる尺度がないことが,我が国における最大の「脅威」ではないかと思うのです.
つまり,どこまでいっても政府担当者の「主観的感覚」が基準となっている.

そう言えば,この国の中央都市では,たかが魚市場ひとつの移転で「安心(主観的感覚)」と「安全(客観的基準)」の違いについて,バカみたいな議論が展開されていますね.

もうダメかもしれません.

2017年5月21日日曜日

やっぱりこうなった農業のこと

最近,徐々にそのヤバさが知られるようになったニュースがあります.
種子法の廃止です.

どうやら日本人には自殺願望があるようなので,国家と民族,その最大の礎である「農業」を壊滅させようとしています.
その尖兵が現政権であり,安倍晋三です.

こんなネット記事もあります.
【TVで言わない!これはやばい】主要農作物種子法廃止について

農業に関する記事をシリーズで書いていたこともありますが,早いもので,もう4年前になってしまいましたね.
どうせいつか,こんなことになるだろうという諦めはありましたが.

2013年の記事はこちら↓
もうちょっと本気で農業のこと(問題の本質は農業をバカにしていること)
もうちょっと本気で農業のこと(農家が農業をしないわけ)
ほんのちょっと本気で農業のこと(農協:JAは悪の組織なのか?)
やっぱり本気で農業のこと(PL480 通称,残飯処理法)

もっと前の記事はこちら↓

でも,実は今回の件で完全に「日本」は万事休すです.
はっきり言えば終了です.
いやマジで.

今までならなんとかなる可能性が僅かでもありましたが,今回の件で完全にダメになってしまいました.
本当に諦めましょう.

今回話題になっている(まだまだ話題になっていないけど)種子法ですが,■主要農作物種子法(日本国)を見るとこうあります.
この法律は、主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため、種子の生産についてほ場審査その他の措置を行うことを目的とする。
というものでして,
この法律で「主要農作物」とは、稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆をいう。
文字通り,日本文化と国体を形成する農作物の種子を管轄するものです.
ではどのような法律なのかと言えば,
この法律で「ほ場審査」とは、都道府県が、種子生産ほ場において栽培中の主要農作物の出穂、穂ぞろい、成熟状況等について審査することをいい、「生産物審査」とは、都道府県が、種子生産ほ場において生産された主要農作物の種子の発芽の良否、不良な種子及び異物の混入状況等について審査することをいう。
というわけで,つまりは都道府県を通じて,日本に出回っている「種子」の良・不良の審査をすることを規定しているんです.

では,この種子法を廃止するとどうなるのかというと,
同法の廃止は国民の基礎的食料である米、麦、大豆の種子を国が守るという政策を放棄するもので、種子の供給不安、外資系企業の参入による種子の支配などの懸念(日本農業新聞2017.3.30
というものです.

なかでも「外資系企業(モンサント社,デュポン社など)の参入による種子の支配」については,それこそ,4年以上前から農業に危機感を持っていた人々の界隈では「このままだと,あのバカならやりかねない」と言われていた最悪のシナリオです.
で,最悪になったんです.

では今後どうなるのかというと,最も可能性の高い流れは,「アメリカ・モンサント社製種子および,パッケージ商品である除草剤『ラウンドアップ』」が導入されるというもの.

モンサントの種子とは,いわゆる「遺伝子組換え作物」で,高い生産性を持っています.
しかし,この種子は1回限りしか生産できないようデザインされており,普通の種子のように生産物から再利用することができません.つまり,次の年にもモンサント社から種子を購入しなければならないのです.

さらに,その生産のためにはパッケージ商品である除草剤『ラウンドアップ』を使用せねばならず,しかも,一度でもモンサント種子を利用したら最後,その土壌ではモンサント種子しか耕作できなくなってしまうという「悪魔の種」として有名なのです.
まるで覚醒剤や麻薬みたいですね.

もっと厄介なのが,モンサント製の作物の花粉が飛び回ることで周囲の土壌に影響を及ぼし,その上,除草剤『ラウンドアップ』はモンサント製の作物は枯らしませんが,それ以外の植物はきれいサッパリ「除草」してしまうという代物.
つまり,日本のような農地では「一部だけでモンサント種子を使う」ということができないんです.一部の農家が使い始めたら,徐々に全国で使わなければならなくなるという未来が待っています.
より簡単に言ってしまえば,今後,日本で現在食べられている農作物が作れなくなるんです.

恐ろしいまでの利益回収能力を持ったパッケージ商品で,それゆえ,モンサントから種子が購入できなくなった農家の自殺が世界中で発生しています.
参考サイト:巷で話題のモンサント社についてまとめてみた

ようするに,今回の「種子法廃止」によって発生するのは,日本が持っている農作物の種子をアメリカ製の種子に入れ替えて,しかも日本の国土を未来永劫1つの「製品」しか作れない土地にしようというものです.

そもそも,現在の種子法で問題が発生しているわけではありません.
それゆえ,今回の種子法廃止は「モンサントを入れるために改正したとしか考えられない」と評されているくらいです.

例えば,自分のキン◯マを取り替えようとする男っていませんよね.
種子法を廃止することとは,「どのようなキン◯マにするかは自由するべきだ」「より優れたキン◯マをぶら下げるほうが将来のため」だととかなんとか言って,「事実上のキン◯マであれば誰のものでもOKということにしよう」などと言っているようなもです.
他人の「種」の源を自分のものと付け替えるようなことをするのは,人間として,男としてイカれています.国家も一緒.
それをやったのが安倍晋三です.
棒さえあれば玉はどうでもいい,と言っているに等しい.
実際,諸々の政策を見れば,そんな国家を目指しているとしか思えません.

どういう精神状態だったら,「よしっ,種子法を廃止しよう」などと言い出せるのか?
仮に,官僚や有識者に「騙された」んだとして,どんな騙され方をしたら「じゃあ,廃止」と言い出せるのか?
本気で頭の中を心配してあげたほうがいいかもしれません.
マジで御病気なのかもしれませんよ.

もしかすると,アメリカからのもの凄い圧力があるのかもしれません.
でも,種子法を廃止するくらいなら死ぬ気で阻止すべきです.
例えば,談話中にトランプと刺し違えるとか.それくらいの話です.

とは言え,最近知ったのですが,この首相,「日本のために死ぬ」ことは考えていないんだそうです.
安倍首相が「国のために死ねるか」の質問に「△」と答えた事が判明! それで国民には命を捨てさせるのか(リテラ)
なるほど,この政権がここまで売国政策をする理由が分かりました.
安全保障にかこつけて,自衛隊も「駒」のように扱ってきたし.

やっぱり,徹頭徹尾,保身なのですね.


代わりはいなくていいから,替わってくれ

関連記事

2017年5月18日木曜日

井戸端スポーツ会議 part46「禁煙とオリンピックとウンコの話」

東京オリンピックに向けて「禁煙」の話が喧しくなっています.
本件については,いろいろな人がいろいろな意見を述べているので,私もひとつコメントしておこうと思いました.
オリンピックというスポーツの話題でもあるので.

まずはニュースを確認.
東京五輪は原則、全面禁煙 分煙論外 初の制度案(毎日新聞)
2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、厚生労働省がたばこの全面禁煙を原則とする初の制度案をまとめた。たばこを吸わない人が喫煙者の煙にさらされる受動喫煙を防ぐため、近年の五輪開催都市はすべて罰則付きの対策を講じており、原則禁煙は世界標準。日本の緩い「分煙」は許されそうにない。(毎日新聞2016.12.9)
でも,最近はこんな感じになってきました.
「たばこのない五輪」に黄信号-全面禁煙なしに2020年迎える可能性も(ブルームバーグ)
自民党のたばこ議員連盟は、分煙を掲げた対案の基本理念として、受動喫煙を避けたい人の権利を侵害してはいけないが、合法な嗜好(しこう)品であるたばこ喫煙者を社会的悪者として排除することはあってはならないと主張。議連の野田毅会長はホームページで「吸わない人の権利とともに、吸う人の権利も考えて、禁煙より分煙、目指せ分煙先進国になれるよう議連で考えていく」と述べている。(ブルームバーグ2017.4.25)
1964年の東京オリンピックでも,日本に世界基準のマナーとエチケットを浸透させようという動きがあったことはご案内の通りです.
そもそもこの「近代オリンピック」には,そういう「グローバリズム」の役割があるとあると言っても過言ではありません.もちろん,良くも悪くもですが.
もっと言えば,元来,スポーツという文化にはグローバリズムの機能が内包されています.
昔にそんな記事を書いたことがあります.
井戸端スポーツ会議 part 5「スポーツはグローバリズム」

結論から申しますと,私としては行き過ぎた「禁煙」圧力には反対ですが,だからといって喫煙を野放しにすることは現代文明としていかがなものか,と考えています.
ここはひとつ喫煙者には人間としての在り方を見つめてもらいたい.そんなところです.

喫煙者がどのような経緯でタバコを吸い始めたのか,それについては脇に置きましょう.
確認しておきたいことは,喫煙者は容易にはタバコをやめられないということです.つまり,喫煙者にとってタバコを吸うことは生理的欲求と言えるわけです.
そんな生理的欲求を抑えることは難しいでしょう.心中お察しします.

自動車の排気ガスやハウスダストなどには寛容なのに,どうしてタバコに対してはヒステリックに反応するのか?
という不満が喫煙者にあることも認めます.たしかにそうですね.

しかしこの「タバコ」.やっぱり不衛生ですし,臭いですし,汚らしい.
「タバコによって健康を害するというのはウソ」という話もありますが,あれも結局は程度の問題で,タバコの煙の吸入が人体にとって「不健康」な方向を向いているものであることに変わりはありません.
タバコとは,「周囲の人の健康を害する」ということ以上に,「吸い方」に歯止めをかけねばならない理由があるのです.

そういう意味では,タバコと同様のことが「ウンコ(排便)」や「オシッコ(排尿)」と言えます.
どちらも「する」のを我慢できません.
喫煙をウンコやオシッコと同じものと考えたら,今後どのようにすればいいのか分かりやすくなります.

タバコを吸うことについて私は問題視しません.
それは,ウンコやオシッコをしたいという人を咎めるつもりがないことと一緒です.
我慢できないというのであれば,すればいい.

でも,今時ウンコはトイレでするもので,人前でするものではありません.
同様に,タバコも喫煙所でするもので,人前では吸わないようにしましょう,という理解をしてくれたらいいのです.

「誰がなんと言おうと,俺は堂々とタバコを吸うぞ」
という主張をする人を叩くつもりはありません.
そんな人が少しくらいいたっていい.

人間も,かつてはウンコを人前でしていました.
考えてみれば,ウンコは別に他人に生命を脅かすような迷惑をかけるわけでもないし,するのは人の勝手とも言える.
でも,文明や文化が高まってくることで,衛生,臭い,エチケットといった観点から「ウンコはトイレでするもの」という文化が定着します.
もちろん,「ウンコは人前ではしない」は国際的に自明のことではありません.トイレが整備されていない国もあるし,人前でウンコをする国だってまだまだある.

タバコはウンコみたいなものです.
本人は気持ちよくなっていますが,周囲の人には不快感を与えます.
危害を与えているとは言えないにしても,「害悪」であることに違いはありません.

「ウンコする権利も認めてほしい」
お気持ちは十分に受け取れますが,だからといって好き放題していいことにはなりません.
なんせ臭いし,汚いし.その上みっともない.
中には「目の前でされると殺意が湧く」と言い出す人がいることも分かっていただきたいものです.

昔は街中でもウンコやオシッコをする人がいました.今でもたまにいます.
けれど,それを迷惑に思う人がたくさん出てきたので,エチケットとして,そして法律として「人前でしない」「公共の場でしない」ということが定着したのです.

そう言えば,ちょっと前のオリンピック・北京大会では,国際的なマナーを周知するために「路上でウンコをしないこと」が国民に啓蒙されたそうです.
以前,私も上海に行ったことがありますが,上海でもそんな立て看板を見たことがあります.過去のフォルダを探したんですけど,残念ながら写真が見つかりませんでした.
禁止したい行為はルールを作って啓蒙しないと抑制できません.
路上ウンコも禁煙も同じと考えるべきです.
東京大会では,人前でのウンコは当然のこととして,人前での喫煙も禁止することを目指す方がいいと思います.

他にも,マンションのベランダでタバコを吸って,これが近隣とのトラブルになることがあります.
ウンコも一緒でしょう.
リビングでウンコしたら家族に怒られるからって,ベランダでウンコしたら隣人に怒られるのは当たり前です.

じゃあ,ってことで,ウンコと同様,トイレで吸えばいいと思ったら,家族から「トイレに臭いが染みつく」と怒られる,ということも聞きますね.
この時点で,タバコがウンコ以上に臭いということを認識するべきです.

歩きタバコは,歩きながらウンコしているようなもの.
喫煙者はもとより,非喫煙者にも自覚が薄いことですが,「歩きタバコ」が非喫煙者から嫌われている本当の理由は,「煙い」「臭い」「危ない」ということ以上に,そのみっともなさに対する怒りを買っているからです.
快楽抑制のネジが外れた,ぶっ壊れ状態.
歩きタバコには,歩きウンコと似た理性の崩壊が観察されます.

野糞も立ちションも,タバコのポイ捨てにしても,どうせ土に返るんだからいいじゃないか.自然のものを自然に返しているんだ.
それはウンコもタバコも一緒ですが,今は同じように扱えないということは理解してもらうしかない.

「他人の臭いや振る舞いを,気にしすぎるのもいかがなものか」という話があるのも分かります.
でも,臭いものは臭い.
タバコやウンコの臭いを漂わせることは,とりあえず避ける方針が望ましいのではないでしょうか.

「実際のところ,不潔でも健康を損なうわけでもない.それに俺は自分のだけでなく,他人のも食べたり飲んだりすることだってできる.焼き鳥屋の匂いだって不快だろ?」
などと言い出したところで,それは完全に個人の嗜好の問題です.
個人の嗜好を周囲に求めるのにも限界があります.


2017年5月15日月曜日

古代四国人・補足(古事記の中巻を推定する)

前回は『古事記』中巻の冒頭「神武東征」を取り上げてきました.
神武天皇による記念すべき「日本建国」のエピソードですから,古事記編纂者としても気合を入れて書いた部分だったはずです.
今もって神武天皇が橿原宮で即位した「2月11日」は,「建国記念の日」として扱われている我が国の記念すべき出来事です.

今回は,神武東征以降の中巻の解釈に入っていきたいと思います.
過去記事の繰り返しになりますが,今一度『古事記』の構成を確認しておきます.
1)序: 編纂目的の記述
2)上巻: 天地開闢 〜 天孫降臨の後,神武天皇の祖父・火遠理命のこと
3)中巻: 神武東征と神武天皇の即位 〜 応神天皇のこと
4)下巻: 仁徳天皇のこと 〜 推古天皇のこと
私はこの3巻構成それ自体に意味があるという説をとっております.
その構成は,一般的には以下のように解釈されます.
上巻: 神世の時代(日本各地に散らばる神話をまとめた)
中巻: 伝説の時代(古い言い伝えをまとめた)
下巻: 歴史の時代(記録に残っていることをまとめた)
これを古事記の編纂目的から逆算して,私なりに解釈すると,以下のようになります.
上巻: 日本が統合を始めるまでの騒乱の経緯と諸勢力について「神様」を使って暗示
中巻: 近畿地方を首都とするにあたり権力争いをした各地の王族や豪族を,すべて「天皇」として扱った
下巻: 実際に「天皇」という存在だった人達の話
古事記は編纂当時の「朝廷と権力者,および天皇にとって都合のいい歴史的解釈を普及しつつも,日本各地の豪族のご機嫌取りをする」という重要な役割を担っていますから,上記のことは以下のように言い換えてもいいでしょう.
上巻: 地名や人名,出来事をダイレクトに書くと角が立つ話を,ぼかしてファンタジーにした
中巻: かつての様々な権力者を「歴代天皇」にしておくことで,ご機嫌取りにつかった
下巻: 今に続く天皇のこと
そのように考えると,「上巻」でのエピソードは必ずしも「太古の出来事」ではなく,中巻や下巻に相当する時代に起きた話である可能性もあります.
その上で,中巻に書かれていることを解釈すれば,この部分は何百年にも渡った様々な出来事と素直に読むのではなく,同時期に権力争いをした十数年間のことなのかもしれません.

実際,初代・神武天皇から応神天皇まで実在性は疑われています.
いえ,厳密に言えば応神天皇が実在性が非常に高い天皇とされているのですが,それだけに私は「実際に天皇として即位したことがひと口に膾炙されている人物(応神天皇)を中巻の最後に持ってくることで,天皇の歴史・神話的信憑性を高めようと考えたのではないか?」と思うんです.

これはつまり,神武天皇以下,仲哀天皇までは「今に続く天皇」ではないという主張をしていることになるのですが,では彼らは何者なのかというと,繰り返しになりますが「天皇(に相当する存在)の座を狙って権力争いをした人々」もしくは,「『神武東征(大和国への遷都)』に携わった各地の有力者や王族を羅列しただけなのではないか」ということです.

なので,これは別に「実在性が怪しい」という話ではなくて,応神天皇を除き,彼らはいわゆる「今に続く天皇」ではなく,地方豪族や将軍などを含む有力政治家ということです.もちろん彼らの中には「事実上の天皇」だった者もいて,彼らこそが今に続く日本国と「天皇による制度」の礎を築いた人達ではないかと私は考えます.

これまでの記事で紹介してきた「古事記・上巻の解釈」も含め,各出来事の時期とその理由を整理しておきます.
そうしないと以後の話が理解しづらいので.

まず,スサノオが高天原を追い出されて出雲に降り立った時期は,弥生後期:1〜2世紀頃の話と考えられます.
かつての日本は鉄器を輸入に頼っていたそうなので,近畿勢(スサノオ)が鉄器輸入と外交のルート確保のため,出雲経由・日本海ルートを確保した時期と考えられます.
つまり,スサノオがヤマタノオロチの尻尾から取り出したあの「草薙剣」は,中国や朝鮮製であると考えられます.日本国内での製鉄は5世紀以降だそうです.

その後の「大国主の国づくり」と,続く「葦原中津国の平定(国譲り)」は,2〜3世紀頃の話です.魏志倭人伝によれば,ちょうど邪馬台国が勢力を持っていた時期ですね.
私は邪馬台国は九州と考えていますので,その頃の出雲から近畿にかけての出来事だと思われます.
もしかすると,魏志倭人伝にある「邪馬台国に従わない国(狗奴国)」とは,出雲・近畿勢のことかもしれません.私は四国だと思っていますが.

そうなると,天孫降臨は3世紀頃でしょう.これに続く神武東征も,例の「高地性集落」の築かれ方からして,3世紀〜4世紀に起きた事と考えられます.
天孫降臨と神武東征は,私の解釈によれば「九州・邪馬台国 大ピンチ」状態なのですが,それを示唆するように,ちょうどこの時期から邪馬台国は中国との外交を断っています.いわゆる「空白の4世紀」ですね.きっと,この時期から邪馬台国の外交権が失われたのだと思われます.

なので,私の解釈では神武天皇が即位したのは3世紀末〜4世紀頃ということになります.

しかし,神武天皇が即位したといっても,これは「西方より来たりし軍団が大和国を占領し,統治を始めた」という話を象徴的に語ったものでしょうから,当然のことながら,その後は土着豪族や占領軍内部の権力闘争があります.
特に「欠史八代」と呼ばれる2代目・綏靖天皇〜9代目・開化天皇はもとより,私は古事記・中巻に書かれている天皇は,そうした権力闘争を繰り広げた人達だと考えています.

おそらくは,それぞれモデルがいるのではないでしょうか?
名前を見れば,編纂当時の人々にはそのモデルとなった人物が判別できる意味が.

つまり,この古事記・中巻部分に記録されている天皇とは,そんな経緯のある彼らを推していた身内や党派,地方民衆に配慮するため,「皆さんが知ってるあの人は,実はなんと第◯代天皇という扱いなんですよ!」という物語にすることで御機嫌取りをした可能性もある.いや,政治的文書である古事記ですから,ホントにその可能性は高い.日本人ならやりかねない.

その最後の集大成が応神天皇.
さしずめ,応神天皇とは「戦国時代を切り抜けて新幕府を開いた徳川家康」みたいなものではないかと.彼こそが「今に続く天皇」の初代である可能性があると私は睨んでいます.

実際,私が推定している神武天皇が即位した時期は3世紀末〜4世紀頃でしたが,古事記・日本書紀の設定においても応神天皇・仁徳天皇が即位したとされる時代は4世紀頃とされています.
つまり,神武天皇が大和国を占領したと推定される時期のすぐあとに,実在が確実視されている応神天皇・仁徳天皇が即位した時期がくることになります.

応神天皇の母親であり,三韓征伐で有名な神功皇后は,日本書紀には朝鮮から「七支刀」を受け取ったとあります.
七支刀は4世紀に朝鮮で作られ日本に渡ったものとされていますので,古事記・中巻の最後を飾る応神天皇が4世紀の人物である可能性は非常に高いのです.

このことから,古事記・中巻に記録されている天皇とは,同時期に存在・活躍した有力者たちの記録と考えられるのではないでしょうか.
ご参考までに,ウィキペディアに「『古事記』『日本書紀』の記述をもとに西暦へと対応させた表」が整理されてあります.
上古天皇の在位年と西暦対照表の一覧

ところで,古事記・中巻において,神武東征の次に有名なエピソードが「ヤマトタケル伝説」です.
では彼は,どのような意味付けがされているのか.

彼の業績は,西征(熊襲と出雲の討伐)と東征(東海・関東勢の討伐).
別に深い意味はないものと思われます.そのものズバリです.

まずは関ヶ原より西の,西日本に残っている抵抗勢力の排除.
九州南部には今回の遷都に不満を持っている勢力はいるだろうし,出雲にしても天孫降臨や神武東征により近畿勢や九州北部勢からの締め付けが緩んでいた可能性もあります.

その後は,東海地方から関東の平定.これはそのままです.
しかし,ここにも「国内向けの古事記」と「国外向けの日本書紀」という差が現れています.
ヤマトタケルの姿は,国外向けには「勇ましく東征する者」になっており,東日本を占領すべく侵攻したことが主張されています.東日本をカッコ良く制圧したことがアピールされているわけですね.

ところが,国内向けのヤマトタケルは「しぶしぶ東征する者」になっており,東日本への侵攻は,その時の政治的な事情であることが推察されるものになっています.
実際,そういう人がいたのかもしれません.権力争いをする中において,どうしても功名をたてなければならない勢力が,嫌々ながらに新規開拓をした,そんなところではないでしょうか.
結局,東征はしたものの,生きて帰ってこれなかったわけですから,そんな無念な思いをした勢力に配慮した物語なのかもしれません.

もっと言えば,ヤマトタケルの出身地,または彼により暗喩させている勢力は「河内国(大阪南東部)」ではないかと思います.
古事記においては,ヤマトタケルは死後,白鳥となって河内に留まり,そして天に昇ったとされているのに対し,日本書紀ではまず首都・大和に帰ってきたとされています.
日本書紀では,明らかにヤマトタケルは「国家を代表する伝説の勇者」ですが,古事記においては「河内ゆかりの若者」と読めます.
これも,古事記編纂当時であれば「あぁ,なるほど.ヤマトタケルは彼らの事を指しているのか」と読まれたのかもしれません.

とは言え,これにより西日本の統治は盤石になり,東日本にも強い影響力を及ぼすようになったことが語られているのが,ヤマトタケル伝説だと思われます.


以上で,古代四国人・補足の記事を終えます.
長い間,私の妄想話にお付き合い頂き,お疲れ様でした.

ところで,どうしてこんな記事を書こうと思ったのか?

よく,「歴史は勝者が書くもの」と言われます.
であれば,逆にそこから出発し,常識的感覚と当時のテクノロジーを踏まえつつ,「勝者の意図」を邪推することで見えてくるものがあるのではないか?
という考え方を広げてみたかったのです.

それに,日本神話・歴史は興味深いことに,国外向けの『古事記』と,国外向けの『日本書紀』の2つが編まれています.しかも,国外向けの方が後年に作成されているのも面白い.
この2つの物語が微妙に違うんですが,その違いについても「勝者の意図」から邪推してやれば,逆に古代の事実が見えてくるのではないかと思ったんです.
人間も国も組織も,そとづらは良くしたいものですから,それだけに本性や本音が垣間見えます.

また面白いテーマがあれば,似たような記事を書きたいと思います.


2017年5月14日日曜日

古代四国人・補足(神武東征で隠せなくなったこと)

今回は古事記の神代(上巻)から伝説(中巻)へと話が移るところ,すなわち「神武東征」です.

ここまで来ると,過去記事を読んでおかないと意味不明な妄想話(実際そうだけど)にしかならないので,過去記事を読むことを強くオススメします.
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)
古代四国人・補足(三貴神を深読みする)
古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)
古代四国人・補足(国譲りと天孫降臨から空想する

古事記の中巻に入ると,上巻で展開されていたファンタジー色は薄まり,途端に戦記物になります.
きっと,この時代の出来事になってくると,ひと口に膾炙されている話が多くなってくるからだと思われます.

神武東征の流れを簡単に確認しておきましょう.
日向国(宮崎県日向・高千穂)で過ごしていた神武(カムヤマトイワレビコ)が「東に美しい国があるというから,せっかくなので侵略・占領しよう」と思い立ち,船団を伴い遠征することになりました.
まずは日向から北上し,「宇沙(大分県・宇佐市)」で休息.その後,さらに北上して「岡田宮(福岡県周辺)」に向かい,そこで1年を過ごします.
神武軍はそこから関門海峡をわたって中国地方に移動.阿岐国(広島県・安芸)で7年,吉備国(岡山県・吉備)で8年の駐留の後,浪速国(大阪)へと侵攻します.
浪速国では土着勢力であるナガスネヒコの軍団と遭遇し,これに敗戦します.しかもこの戦いで神武の兄・イツセが重傷.イツセは神武に「太陽を崇める我ら日向の民が,日(東)に向かって戦うのは縁起が良くない.回り込んで西から攻めよう」と言い残して死亡.
神武軍は熊野(和歌山・三重の境)まで紀伊半島を回り込み,山に入ってここから北上します.
途中,森で熊さんに出会ったところ,不思議な毒気にやられて神武軍は皆して気を失い倒れます.これが「熊に出会ったら死んだふり」の起源なのかもしれませんが,幸いなことに、熊はすぐに消えていなくなりました.
ここで土着民のタカクラジが神武の前に現れ,古事記・上巻のエピソードである大国主から葦原中津国を略奪・平定した,あの「タケミカヅチ」から頂戴したという聖剣・フツノミタマを渡してくれます.フツノミタマを神武が手にすると周囲の毒気は消えうせ,兵士たちは意識を取り戻したのです.
さらにはここに3本足の大きなカラス「八咫烏」が現れ,目的地である大和国まで道案内をしてくれることになりました.
宇陀(奈良県・宇陀市)まで来ると,そこにエウカシとオトウカシという土着豪族の兄弟がいました.八咫烏が「神武に仕えるカァー?」と聞いたところ,これに対し,エウカシは神武に仕えるふりをして暗殺しようと企てます.ところが,弟のオトウカシが兄の暗殺計画を神武にチクったことで事なきを得ます.ちなみに,エウカシは死亡.
さらに進んで忍坂に至ると,そこで屈強な軍団に遭遇.まともに戦ってはダメだと考えた神武は,彼らを騙し討ちで排除.
ついに大和国(奈良)まで来た神武軍は,ラスボスであるナガスネヒコと戦い,戦況を有利に展開.決戦の最中,そこにナガスネヒコが崇める神様・ニギハヤヒが登場し,「神武に従いなさい」と命令するも,彼はこれを拒否.そんな彼にブチ切れたニギハヤヒはナガスネヒコを殺して終了.
こうして神武(カムヤマトイワレビコ)は畝火の白橿原宮(奈良県・橿原市)を占領して「神武天皇」と名乗ったのです.
この話は,古事記上巻の最後,「国譲り」と「天孫降臨」から続く物語だと考えられます.
以下に,前回記事の足跡も含めて図示してみました.

繰り返しになりますが,過去記事も合わせて読んでもらうと理解が早まります.
それでは以下,神武東征のエピソードを解釈していきましょう.

まず,神武(カムヤマトイワレビコ)本人について.
国内向けに作成されている古事記では,神武はニニギの曾孫ですが,国外向けである日本書紀ではニニギが降臨して後,179万2470余年経過しているということになっています.
つまり,国内向けには「神武はニニギから近い身内」として紹介しているのに,国外向けには「神武はニニギとは遠い縁」であるということにしたいわけです.
これは「大国主とスサノオ」とは逆のパターンですね.
古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)
これには何かしらの意図があるのでしょう.

「179万年以上の時間を用意したのは,自国の長い歴史を国外に誇りたいから」と解釈されることがありますが,いくらなんでも盛り過ぎだし,もっと別のところで適切に盛れるはずです.つまり,国内の目に触れにくい神話である日本書紀には,時の朝廷や権力者の都合が反映されているものと思われます.
ようするに,国外向けの日本書紀には「皇祖神」や「神武(カムヤマトイワレビコ)」がどこの関係者なのか不明瞭にしておきたいという編纂者の願望が見える.

神武天皇の実在性についてですが.私は彼のような軍人・政治家は実在していたと考えます.しかし.現在に続く「天皇」とは別の存在だったのではないでしょうか.もっと言うと,古事記上巻のように「地域勢力」を象徴するものとして描かれているところもあると思います.

日向国・高千穂周辺を統治していたというニニギの曾孫「神武」は,おそらくは四国から侵攻して九州東部を平定した将軍や王族の身内です.この時はまだ,「四国 v.s. 九州」の対立は続いていたものと考えられます.
これについては,■古代四国人・補足(国譲りと天孫降臨から空想する)を合わせてご覧ください.

とは言え状況を簡単に一言で説明しておくと,
日本海回りで出雲・近畿(大国主)に攻め入っていた九州北部勢(アマテラス)の意表をつき,四国勢(ニニギ)が九州東部(サルタヒコ)を制圧したのが「天孫降臨」の物語
というわけです.

魏志倭人伝の記載を信じれば,国の結びつきが不安定な九州・邪馬台国ですから,これによる動乱を防ぎたい九州北部勢(アマテラス)は,四国勢(ニニギ)と和睦することにしたのではないでしょうか.九州遠征軍団の代表(神武)を九州北部まで招き,そこで和睦交渉を行ったものと思われます.
これが神武東征最初の部分になります.
つまり,神武軍は北上し,宇沙(宇佐市)と岡田宮(博多)を訪ねたのです.

なお,結論ありきの東征伝説ですから,「神武は大和・橿原を目指して東征した」というのは後付だと考えられます.
当初の目的は九州北部勢との和睦だった可能性があります.

さて,その和睦交渉の中身ですが,状況が状況だけにその内容は容易に察することができます.
「ここはひとつ、一緒に出雲・近畿に侵攻しましょう.そして,連合王国を作りましょう」
これしかありません.だから古事記における日本神話では「四国」と「九州」が大事な島として語られているのです.つまり,日本建国の礎は四国・九州連合にその源流がある可能性が高い.

九州は既に出雲をおさえています.日本海ルートは確保しているわけです.
問題は瀬戸内海ルートです.でも、この瀬戸内海ルートが非常にやっかい.その途中には安芸(広島)と吉備(岡山)という国力の高い強大な国が控えています.
近畿攻めをするには,この地域を味方にするか,制圧するかしないと難しいのです.

なので,阿岐国と吉備国への対応には長い時間を要したわけですね.それぞれ7年と8年の歳月を過ごしたと書かれているところから,その様子がうかがえます.
どのような対処をしたのか予想は難しいのですが,それが垣間見える考古学的遺跡が「高地性集落」です.その中でも防御型(戦争用)の高地性集落の時代変遷をプロットしたものが以下のもの.
画像元記事:http://web.joumon.jp.net/blog/2009/03/745.html(個人サイト)

まず,1世紀〜3世紀にかけては,四国の側に防御的高地性集落が数多く築かれていました.
この時代は奴国や邪馬台国が力を持っていたとされる時期と重なります.

しかし,時代が下ると四国の高地性集落は減少し,代わりに九州,広島,近畿に築かれるようになるのです.
これが3世紀から4世紀にかけての話です.

防御的高地性集落が築かれるのは,攻撃に怯える側と考えられます.
ここから考えられるのは,周辺国から押され気味だった四国が,ある時期を境に九州,広島,近畿に対し攻勢に出るようになった,ということです.
つまり,前回記事である「天孫降臨」と,今回の「神武東征」は3世紀から4世紀頃に発生した出来事である可能性があります.

おそらく,連合軍となった四国・九州は,まず阿岐国を武力的に威圧・攻略.次に大国として名高い(高地性集落も築かない)吉備国とは交渉にて同盟.そのようにして瀬戸内海の有力勢と「近畿地方への侵攻」を了解してもらうことにした.もしかすると,四国・九州・中国連合として近畿に攻め入ったのかもしれませんね.

そもそも,当時の船による渡航は,港町がある沿岸地域との友好関係がなければ不可能だとされています.1日に20kmしか進めないですし,たくさんの人や荷物を運ぶとなると,豊富な食料補給や予備人員の調達が必要です.
ましてや「軍団の移動・駐留」は至難の業.
神武東征が事実を基にした伝説だとすると,そこには瀬戸内海諸国の協力関係が必須となります.

当時のテクノロジーで「神武東征」をするためには,水・食料が豊富で人的資源も賄える重要拠点として,少なくとも岡山県,香川県,徳島県,その中でも特に「淡路島」を自国領土にしておかなければ成し得ない事業なのです.
国生み神話において,「淡路島」が最初に誕生した理由の一つかもしれません.

浪速国に入った神武軍を追い返したナガスネヒコですが,これは「大国主の神話」で語られていた人々,つまり,スサノオに象徴されている近畿勢のことと思われます.
古事記は近畿・大和朝廷とその権力者に都合のいい神話として作成されていますが,土着近畿勢に伝わる神話も入れておく必要があります.
なぜなら,彼ら「大和国を治めていた者(ナガスネヒコ)」とは,古事記上巻でスサノオと大国主を用いて暗喩されていた近畿勢のはずだからです.

結果的には「征服された地域」ではありますが,そんな彼らのプライドを守るためにも,「神話としてのスサノオと大国主の物語」は必要だったものと考えられます.
案の定,ナガスネヒコが奉っていたとされる神・ニギハヤヒは,近畿土着神話では「大国主の子孫」とか「スサノオの子孫」とされています.これが意味することは後述します.

最後に,大和国・橿原を占領するまでに至るエピソードは簡単な解釈になると思います.
さまざまな研究家が述べているように,各時代に起きた戦争の考証から,奈良盆地は西側からの攻撃に強い土地とされています.
それゆえ,実際に四国・九州連合は西側からの攻撃では攻めきれず,包囲攻撃をしかけたものと考えられます.瀬戸内海から大阪へ上陸する軍団と,日本海から京都を経由して南下する軍団による挟撃,そして目玉となる「熊野山中から背後をとる」という当時としては非常に大規模な軍事作戦です.

そこには「同時攻撃のタイミング」を合わせるための優秀な伝令兵が必須です.しかもこの伝令兵はその土地に精通した者でなければなりません.電話もGPSも無い世界では,「のろし」と徒歩による移動しか連絡手段がありません.
登山経験がある人は分かるでしょうが,そもそも,見知らぬ土地の山を大勢の兵士を伴って縦断するなど自殺行為に等しいのですから,その道案内ができる者は大変貴重で重大な役割を持った者ということは明らかです.
それをやってのけた人物,それが「八咫烏」として名を遺した者なのでしょう.
おそらく,八咫烏とは地元の山伏か忍者のような存在で,四国・九州連合軍における戦略的偵察部隊の象徴だと考えられます.

古事記上巻とのつながりとして考えてみましょう.
神武東征は,古事記編纂当時にも首都であった大和国を舞台にした占領物語です.
大和国の地元民および豪族にとってみれば,外国から現れた軍隊による占領を受けたことを意味します.そのインパクトたるや相当大きなものだったと考えられます.

しかし,そう考えると神武東征からさまざまな政治的経歴が読み取れます.
端的に言えば,「自分たちの地域が占領・迫害を受けたことを納得する/させるための理由づくり」ということです.
これは古事記の上巻後半~中巻前半まで,すなわち,「アマテラスとスサノオの誓約」から「大国主の国づくり」を経て,「神武東征」までに一貫している物語構成です.
古事記とは日本建国に重大な働きをしたであろう各地の勢力が,今の状況に「納得」してもらうために編纂されている部分が大きいのでしょうから.

先ほども述べたように,神武東征は首都・大和国の民衆にとっては非常に大きな出来事として記憶,伝承されているものと考えられます.
ですが,その後,大和国は首都として繁栄し,有力政治家も輩出し,日本に冠たる地位を築いて「今(古事記編纂当時:8世紀)」に至ります.
考古学的にも,近畿地方の文化が徐々に日本各地へと波及・侵食していったことが分かっているようですが,それでも当時の人々の伝承としては「この国は西方より現れた侵略者が建国した」ということが当然のごとく語られていたものと考えられます.

ですから,古事記編纂者が神武東征伝説を「ぼかす」ことは,これが限界だったものと考えられます.逆に言えば,かなり現実に近い話をすることになるから古事記の中巻に収めたとも言える.

それでも,神武東征の中にも強引な展開があります.
たとえば神武が討伐した近畿土着の豪族であるナガスネヒコにしても,彼らが奉っている神「ニギハヤヒ」もまた,アマテラスからの神勅を受けて大和国に降り立っている.すなわち,「天孫降臨」しているはずの存在として描かれています.

つまり,近畿勢の視点からすれば,自分たちの国を占領した神武(元・四国出身の九州方面将軍)を受け入れるために,自分たち自身を納得させるための理由として「彼もまた我らと同じく天孫なのであり,間違った道を歩んでいた我らの指導者・ナガスネヒコを討伐してくれた統治者なのだ」と構えることにより,共同体としてのアイデンティティを持つことができる構造になっているのです.

これと同様,天孫降臨から神武東征の冒頭へのエピソードは,九州北部勢を納得させるための物語と捉えることができます.
ニニギに象徴される四国勢による九州東部制圧の流れは,アマテラスによる指示のもと行なわれた,ということになっていました.
つまり,九州北部勢にとっての「ニニギ」という新たなる統治者の出現は,神話によれば自分たち自身,すなわち「アマテラス」が遣わした統治者だという構造になっています.

こうした「納得の仕方」は,ちょうど第二次世界大戦に敗戦した日本が,占領軍指令「マッカーサー」を迎え入れるとき,彼を「新たなる天皇」とか「国家として間違った道を歩んでいた日本を,正しい民主主義国として導くために《世界》から遣わされた統治者」と評したことと似ています.
つい先日まで「鬼畜米英」と称し,無差別爆撃や核爆弾を落とされて敗戦した相手なのに,人間や民族とは不思議なもので,このようにして自分の置かれた状況を納得しようとするのです.

逆に言えば,当時の西日本において重要な位置を占めていたはずの瀬戸内海勢力(わけても屈指の大国である吉備,伊予,讃岐)についての「納得用の記述」は出てきません.
これは裏を返せば,日本建国に破格の影響を与えたのが四国・中国地方,特に瀬戸内海勢力である可能性を示唆しています.
言い換えれば,古事記編纂当時において,神武が何者なのか? 神武軍がどのような構成だったのか? については,民間伝承として自明のことだったと考えられます.
配慮の必要がないところは,記述する必要もない.そんなところでしょうか.


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関連記事

2017年5月11日木曜日

古代四国人・補足(国譲りと天孫降臨から空想する)

今回はいよいよ『古事記』上巻,最後のパートです.
編纂者である当時の朝廷と天皇にとって都合の良い話として,国譲りと天孫降臨のエピソードから空想してみたいと思います.

この一連の記事では繰り返しになりますが,ここから初めて読み始めたという人のために,「どうして古事記から古代日本の裏事情が読み解けるのか?」を説明しておきます.

「神話」とは,それに類似した出来事が過去になければ受け入れられない.つまり,古事記や日本書紀で述べられている神話には,そのモデルとなった出来事が実際にあった可能性が非常に強いということです.
詳しくはこちらをどうぞ↓

松本直樹 著『神話で読みとく古代日本』



『古事記』とは,編纂当時の朝廷と権力者,および天皇にとって都合のいい歴史的解釈を全国的に普及しつつも,日本各地で伝承されている伝説・神話との整合性をとりながら,しかも各地域とその豪族のご機嫌取りをするという,極めて高度な政治目的を達成するために作成されていると考えられます.

では,今回の「国譲り」と「天孫降臨」という日本神話は,そもそもどのような民間伝承を改変させたものなのでしょうか?

国譲りは,葦原中津国平定の物語として語られます.
その発端は高天原におわす最高神「アマテラス」による,かなり理不尽なちょっかいでした.
「葦原中津国(日本)を統治するのは,我々天津神である」とかなんとか言い出して,手下共を大国主が統治している葦原中津国に差し向けたのです.

詳細は過去記事を参照してほしいのですが,日本神話においては,
アマテラス=九州勢
スサノオ=近畿勢
大国主命=出雲勢
というメタファーが成り立っていると考えられます.

前回記事で扱った「大国主の国作り」とは,大国主(出雲勢)がスサノオ(近畿勢)を押さえ込んで出雲・近畿地方を平定するが,最終的には近畿地方に都を移した物語として解釈できることを紹介しました.
そう考えると,今回のアマテラスの行動は「九州勢が出雲・近畿連合が治めている奈良(大和)に侵攻した」と捉えることができます.

この経過を分かりやすくするために,全体像を整理しておくと以下のようなものです.
1)出雲勢が近畿勢と同盟を結び,さらには主導権を奪い取る(大国主がスサノオから剣と弓,琴,そしてスセリヒメを奪い取るエピソード)
2)近畿勢が出雲勢を相手にクーデター? 主導権を奪還する(これが大国主の国作りのクライマックス)
3)出雲の動乱・凋落をみた九州勢は,日本海経由による出雲・近畿地方への侵攻を計画(瀬戸内海は四国・中国勢が跋扈していて不可能)
4)これを察知した近畿勢は,当時の首都・出雲を捨て,大和(奈良)に遷都(これが大国主の国作りのラストシーン)
5)九州勢は当初,出雲・近畿を威圧・籠絡しようとしていたが,効果がなかったため軍事力による解決を図る(これがタケミカヅチによる葦原中津国の平定)
6)日本海経由で近畿を攻める九州勢に対し,道中にあたる出雲勢は降伏.自らの国の安全を保証してもらうことで同盟関係を築く(これが大国主の国譲りと,出雲大社の由来)
図示すると以下の通り.

ここでポイントなのは,「古事記」が描く日本神話とは,編纂当時の朝廷と権力者,および天皇にとって都合のいい歴史的解釈を全国的に普及することですので,前回記事で扱った「大国主の国作り」のラストに巧妙な仕掛けが施されています.
出雲勢を暗喩する大国主は,国作りの最後に大物主大神からの神勅を受けて,強引に近畿地方である奈良に都を移しています.おそらくはこの時点で,近畿勢が国家運営の主導権を出雲勢から奪還したものと考えられます.

しかし,その後に九州勢が出雲と近畿地方に攻め上がってきて,絶体絶命のピンチになります.
ところが,「国譲りの物語において対象になっているのは大国主(出雲勢)」なのです.近畿勢ではありません.しかも,大国主は「出雲に戻って」国を譲ったのです.
つまり,国譲りといっても譲った国は「出雲」なんですね.大和ではないのです.

ここから考えられるのは,九州勢はたしかに日本海側から出雲を経由して大和に向かって攻め立てました.
当初はもたついたものの,圧倒的軍事力を行使して出雲・近畿連合を蹴散らします.
この物語の最後から察するに,九州勢は出雲を陥落させたことは容易に察することができます.出雲の首長を人質にするなどして,九州勢の領地にしたのかもしれませんね.

さらに言えば,古事記によるとタケミカヅチは北陸地域で戦いをしているようで,従わない者を信濃国(長野県)まで追撃していたりします.
これは,九州勢が日本海側から敦賀,琵琶湖をつかって攻め込んできたことを裏付けているのではないでしょうか.

そもそも九州勢が出雲と近畿を攻めた理由としては,おそらくスサノオ伝説(アマテラスとスサノオの誓約,高天原での悪行,ヤマタノオロチ退治)により説明できると思います.
細かい解釈は過去記事を読んでもらうとして,つまりは鉄器輸入や朝鮮半島との外交,製鉄技術の独占といったことが引き金になっているものと考えられます.
関門海峡・瀬戸内海ルートを封鎖した九州勢でしたが,近畿勢が日本海ルートを使って輸入・外交を進めることにブチ切れた結果なのだと思われます.

出雲を陥落させて大和に迫るイケイケドンドンの九州勢,ですが・・・.
さあ,ここからがドラマチックな展開になります.
と言っても,軍事的には極めて普通な展開です.
「天孫降臨」へと話を移しましょう.

九州勢(おそらくは邪馬台国)が出雲・近畿に侵攻しているという噂は,その他の地域にも広がったはずです.そして,その話を聞いて最も恐れつつ,最も喜んだ国があったはずです.
邪馬台国に敵対していた国,「狗奴国」.
つまり「四国・伊予」です.

四国としては,もし九州勢が出雲・近畿を陥落させたら,九州地方と近畿地方の両方から挟み撃ちにされます.もちろんこれは広島(安芸)や岡山(吉備)にも同じことが言えますが,もしかすると邪馬台国はそれが狙いだったのかもしれません.

だから四国はこの機会を逃さなかった.
九州勢が出雲に兵力を割いている間に,一気に九州へと侵攻した可能性があります.
それが天孫降臨のエピソードです.

どうして天孫降臨が「四国による九州侵攻」になるのか?

天孫降臨の物語を確認しておきましょう.
アマテラスは葦原中津国の平定をみて,自分たちのうちの誰かを統治のために差し向けることにしました.
そこで選ばれたのが「邇邇芸(ニニギ)」です.
さあ,いざ葦原中津国へ!と思いきや,その道中に怪しい国津神「サルタヒコ」が立っています.
「あんた何者?」と聞いたところ,サルタヒコは葦原中津国まで邇邇芸を先導してくれるとのこと.
邇邇芸は天津神オールスターズと共にサルタヒコに導かれ,「高千穂峰」へと天降りたったのです.
実は,この天孫降臨のエピソードと同じルートを,日本で再現できるところがあります.
以下をご覧ください.

四国西部に細長く伸びる「佐多岬半島」は,その地名の由来が「サルタヒコ」です.
さらに,九州東部を司る神様の名前を「豊日別」といいますが,この豊日別,またの名「サルタヒコ」といいます.

まさに,四国勢(邇邇芸)は佐多岬半島・豊日別(サルタヒコ)に導かれて高千穂峰に降り立ったわけです.

おそらくは,四国が九州侵攻をするにあたって,九州東部の国々と通じていたのではないでしょうか.
その国とは,宇佐や別府周辺,あとは魏志倭人伝に登場する「投馬国(宮崎県・日向)」なのかもしれません.
※後日,邪馬台国を九州北東部・豊後地域,狗奴国を九州東部「豊日別」地域をとして比定する説を書きました.これによって,むしろ天孫降臨神話の私的解釈は強化されたと思います.
邪馬台国はここにあったんだと思う

もっと言えば,あの佐多岬半島にしても,とても象徴的な地形です.特別なもの(ビクトリーロード)を感じるのも頷けるのではないでしょうか.

なぜ高千穂峰に向かったのか? という物語については謎がありますが,邇邇芸はこの地にいたコノハナサクヤヒメと結婚し,あの初代天皇「神武」の祖父にあたる子供をもうけます.
こうした話は,九州東部・南部との同盟を意味しているのではないでしょうか.
そして,ここから「神武東征」へとつながっていくのです.

なんにせよ出雲・近畿攻めの真っ最中だった九州北部(邪馬台国や奴国)としては驚愕の展開.
出雲は陥落させたものの,とてもじゃないけど近畿攻めなんてしてる場合じゃない.

一方の近畿勢からすれば天からの助け.まさに神降臨
詳細は次回に譲りますが,そんな経緯があるので「国産み神話」において四国は淡路に続く2番目に誕生した国なのではないでしょうか.

さらに言えば,実は九州東部は邪馬台国(九州北部地域)の「アキレス腱」であるとされています.
なかでも九州北部と東部の堺にある大分県日田市は,歴史的にも九州の要衝とされていました.
日田を制する者は九州を制する,というのは歴史研究家の関裕二氏が唱える説です.ここは東側からは攻められやすいのに,西側からの攻撃には守りやすい土地なのだそうです.

四国勢も意図的か偶然かは別にして,九州東部そして日田市周辺を制圧したのかもしれません.
日田まで来たら,ほら.邪馬台国は目の前です.

さらに九州勢(邪馬台国)にとって問題なのは,この機会に周辺国から反乱が起こるのではないかということ.
魏志倭人伝によれば,邪馬台国は不思議な妖術をもった女王(巫女)によって国々の動乱を抑えている地域なのです.

九州東部を奪われた九州勢,さあどうする!
ということで,この話は『古事記』中巻,邇邇芸の子孫である神武天皇による「神武東征」へと続きます.

ところで,アマテラスが差し向けたはずの邇邇芸が,どうしてアマテラスの土地である九州に攻め込むのか? という点が疑問に思われるかもしれませんが,それも古事記全体の趣旨から解釈ができますので,それは次回に.


その他の補足記事
古代四国人・補足(邪馬台国の位置)
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)
古代四国人・補足(三貴神を深読みする)
古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)
古代四国人・補足(神武東征で隠せなくなったこと)
古代四国人・補足(古事記の中巻を推定する)

関連記事

2017年5月9日火曜日

古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)

国産み神話,三貴神と来ましたので,次は大国主(オオクニヌシ)の物語です.
ここのエピソードは政治色たっぷりです.
今回始めたこのシリーズは,ここの部分について取り上げておきたかったからと言っても過言ではありません.

前回までの記事,その中でも以下の2つをご覧になっていないと,ちょっと難しいかと思います.
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)
古代四国人・補足(三貴神を深読みする)

さて,今回は大国主の物語ですが,この部分を政治的に解釈していくと,非常によくできた「フェイク」であると解釈ができます.

過去記事でも述べたように,『古事記』とは,編纂当時の朝廷と権力者,および天皇にとって都合のいい歴史的解釈を全国的に普及しつつも,日本各地で伝承されている伝説・神話との整合性をとりながら,しかも各地域とその豪族のご機嫌取りをするという,極めて高度な政治目的を達成するために作成されていると考えられるからです.

このフェイクは,厳密には高天原を追い出され,出雲へ降り立ってからのスサノオのエピソードからつながっています.
結論から言えば,この「スサノオの冒険」とそこから続く「大国主の国作り」とは「スサノオ=近畿視点」からの「周辺国との和解・同盟物語」の暗喩になります.

日本神話における「国家統合の経緯」は,血生臭さい戦争の叙事詩ではなく,ファンタジックなメタファーによってぼかされているのです.血生臭さくなるのは『古事記・中巻』から.

大国主の話に入る前に,前回記事の最後である「ヤマタノオロチ」退治後のスサノオの動きを知っておきましょう.
既にそこでファンタジックな平和的解決が始まっています.
スサノオは退治したオロチの尻尾から「草薙剣」を取り上げましたよね.スサノオはこの剣をあの(激怒させた)アマテラスに献上しているんです.
つまりこれは,敵対関係にあった九州勢と「製鉄技術の共有」という手段によって同盟を結んだと解釈ができます.この時点ですでに「和解と同盟」の暗喩が始まっています.

その上で,大国主の神話に入っていきましょう.
大国主の神話も,その要点を追っていくと実に政治的です.
知らない人は,ウィキペディアを参照ください.ちょっと長いのでここには載せません.
大国主(wikipedia)
しかもそれは,国内向けに書かれた『古事記』と,それらをあまり考慮していない海外向けに書かれた『日本書紀』とを読み比べることで,「大国主の神話」の意義が浮き彫りになってきます.

まずは基本情報から.
古事記においては,大国主はスサノオの六世の孫ですが,一方の日本書紀においてはスサノオの息子ということになっています.
ここから考えられるのは,日本書紀では「スサノオ ≒ 大国主」という非常に関係性が強い,もしくは親密な間柄として見せようとしているのに対し,古事記において両者は無縁ではないにせよ「かなり遠い関係」であることが示されていると言えます.
さらに言えば,出雲に伝承されている神話『出雲国風土記』においては,スサノオと大国主に血縁関係はありません.
出雲国風土記(wikipedia)

スサノオと大国主の神話は,編纂者が出雲国に配慮して構築したエピソードだと考えられます.ここには,スサノオ(近畿)と大国主(出雲)の関係性の強さを神話を通じて人々の心に埋め込みたかった編纂者の意図が透けて見えますね.
まさに「国内向け神話」と「国外向け神話」だからこそ垣間見える朝廷と天皇の思惑です.

つまりこういうこと.
前項の神話においてスサノオ(近畿勢)によって平定・開拓されたかのように映る近畿・出雲地方だが,その後を継いだことになっている「大国主」はスサノオ(近畿勢)による影響下からだいぶ離れた立場にある.
ダイレクトに言えば,大国主は出雲勢力を擬人化したものであり,それは近畿勢による支配を受けてはいるものの,彼らはそれなりに自治的で近畿勢に匹敵する有力地域だったという配慮を含んでいるのが『古事記』である,といったところです

大国主の神話については,古事記と日本書紀でまだまだ違いがあります.
あの有名な「因幡の白兎」を始め,「八十神(兄弟たち)からの迫害」「黄泉の国におけるスサノオからの試練」「妻問い」といったエピソードが日本書紀からすっぽり抜けているのです.
大国主の神話(wikipedia)

日本書紀では書くのが面倒だったのでしょうか.いえ,そんなわけありません.ここには意図があるはずです.否,国外向けの日本書紀には,わざわざこれらのエピソードを書く必要がなかったと言ったほうがいいでしょう.
そもそもこれらのエピソードは,大国主が国作りを始めるにあたっての正統性を語っているところです.すなわち,大国主は寛大で知識が豊富,身内からの迫害に耐え,何度も殺されたのに神々の力で復活し,先祖であるスサノオの試練を突破して妻を娶ったというもの.
逆に言えば,こうしたエピソードには出雲国やその周辺,および関連地方に対する神話的配慮があると見ることができます.

一つずつ見ていきましょう.
因幡の白兎はどうでしょうか?
因幡の白兎(wikipedia)
真っ先に思いつくのが「因幡(鳥取県)」と「隠岐島」です.
因幡の白兎の解釈は,一般的には大国主に統治者としての寛大さと医療技術があったことを示すエピソードとされています.しかし,“政治的に考えると”,それだけではないと思います.

隠岐島と本州は,縄文時代から交流があったことが考古学的にも明らかになっているようです.ということは,このエピソードはこう読めないでしょうか.
すなわち,因幡・隠岐島の間に発生した紛争へ出雲勢が仲介に入った.もしくは,隠岐島への安全な海路開拓に出雲勢が貢献した.ということです.隠岐島は出雲国の目と鼻の先なので,考えてみれば当たり前ですけど.

隠岐島は「国産み神話」にも登場する重要な位置付けをされた島と考えられます.
隠岐島が日本建国においてどのような重要性があったのか不明ですが,この島の平定に役立ったのが出雲勢であることを示しているエピソードと考えられます.
※ちなみに,私の解釈による日本建国における隠岐島の重要性は後述します

それに続く「八十神(兄弟たち)からの迫害」と「殺されてからの復活」については,いろいろ解釈できるのですが,私は “政治的” かつ,シンプルにこう考えます.
繰り返された内紛・内戦による衰退と,そこからの復興です.
そして,おそらくその内輪揉めには近畿勢が関わっていた.だからすっとぼけてこんな神話にしてぼかしているのだと邪推しています.

内戦状態のなか,出雲勢における有力党派(王族?)は敵対党派から逃げ回る憂いにあったのかもしれません.
それを神話では「八十神による大国主の執拗な追跡」として描いたわけです.
大国主は紀国(和歌山県)まで逃げ,その地のオオヤビコに助けてもらいますが,ここにも八十神による追手が迫ってきました.仕方なくオオヤビコは大国主をスサノオのいる黄泉の国に向かわせます.

ということで,なぜかここで唐突に現れるのがスサノオです.
黄泉の国は出雲にあるとされているのですが,これこそフェイクだと私は思います.
大国主は和歌山から北上し,近畿勢の本拠地(奈良?)に行ってスサノオに会ったのです.
ようするに古事記編纂者の意図としては,「大国主がスサノオに助けてもらった」,つまり「出雲勢が窮地に陥った時,それを近畿勢が助けてあげた」ということを神話的に解してもらいたいわけです.

それに,スサノオは最後に出雲に住み着いたはずでした.物理的に考えたら,もともとスサノオは出雲にいたのです.
ということは,大国主(出雲の有力党派)はスサノオ(近畿勢)を伴って出雲に戻ったと解釈できるのではないでしょうか.

こうして出雲有力党派は近畿勢の力を借りて内戦鎮圧に乗り出します.
ここでの共同戦線の様子が「黄泉の国でのスサノオからの試練」というエピソードになっているものと考えられます.

最終的には,スサノオが繰り出す試練を突破し,後日談として大国主は八十神を追い払ったわけですが,ここでのスサノオに対する大国主の活躍ぶりと,後に正妻となるスサノオの娘・スセリヒメとの協力関係が痛快に描かれています.それこそ,痛快過ぎるほどに.
はっきり言えば,クライマックスにおいて大国主はスサノオを出し抜いて「独り立ち」しているようにしか読み取れません.

スサノオが持っていた剣と弓,それに娘のスセリヒメと琴を伴って逃げ出す大国主に対し,スサノオは最後にこう言い放っています.
「これからお前がオオクニヌシだ!」と.
この瞬間から大国主は「大国主」になったのです.実はそれまで大国主は大穴牟遅(オオナムヂ),その直前までは葦原色許男神(アシハラシコヲ)という名前でした.

スサノオを近畿勢,大国主を出雲勢として解釈すると,ここから考えられることは一つ.
出雲と近畿は同盟関係を結んでいたのですが,いつからかその主従関係は逆転し,勢力も権力も出雲が上回っていた,ということ.
大国主がスサノオから逃げる際に持っていた剣と弓は「軍事力」,娘のスセリヒメは産まれ出る「人口」,琴は「芸術文化」を象徴しているのかもしれません.それを出雲勢は勝ち取った,ということです.
そして,近畿勢視点から綴られているであろう古事記ですから,スサノオが放つあの言葉の意味は「国権を出雲勢に譲りましたよ」ということです.

その後,大国主は正妻であるスセリヒメの嫉妬をものともせず,たくさんの女性との間に子供をもうけます.
これは出雲および近畿地方との同盟・連合関係を築く様子,もしかすると政略結婚による勢力拡大のメタファーかもしれません.
そうやって「出雲・近畿同盟」はこの地域を平定していったと考えられます.

なお,大国主の国作りに際して重要なキャラクターが登場しています.
「スクナビコナ」です.ここからは日本書紀にも記述があります.
スクナビコナ(wikipedia)
大国主はスクナビコナと共に国作りに励むことになるのですが,その登場の経緯が重要だと考えられます.

大国主が国作りをするにあたり出雲の海を眺めていると,その沖から妖精のような小さな神様が天乃羅摩船(ちっちゃい船)に乗ってドンブラコ,ドンブラコと現れます.
彼は,「おぬしは大国主と共に国作りをするのじゃ!」と,凄く偉い神様からの神勅を受けてきたというのです.
大国主はスクナビコナの協力を得て国作りに邁進するわけですが,スクナビコナはその途上で「常世の国(死後の世界)」へと旅立ってしまい,永久の別れとなります.

さて,ここで重要なのは「スクナビコナはどこから来た何者なのか?」ということ.
その解釈は一定していないようですが,私はこう考えます.「彼は隠岐島出身であり,大国主にとっての官房長官みたいな人」だったのではないかと.

大国主とスクナビコナが出会ったところはどこだったでしょう.
以下をご覧ください.大国主が眺めていた海は「美保岬(境港の北部)」というところで,ここにスクナビコナが沖から船で現れたのです↓


私の乏しい想像力では,スクナビコナは隠岐島から現れた人としか思えません.
彼は国家運営における天才的な参謀だった可能性があり,その力を使って出雲・近畿地方の発展に貢献した.しかし,その志半ばにして倒れた悲劇的な英雄だったのかもしれませんね.

それに,こうした「国作りにおいて重要な役回りをした人物の出身地」だからこそ,国産み神話においても隠岐島は一目置かれているのだと私は思います.隠岐島は淡路,四国に次ぐ3番目に誕生した島です.

こうして天才参謀・スクナビコナを失った大国主は,
「俺はこれから一体どうしたらいいんだぁ!!」
と嘆き悲しみます.
すると,また海に異変が起きます.そして「なんかよく分かんないけど物凄く偉い神様(大物主大神)」が現れ,こう言うのです.
「お前は奈良(大和)に行くのじゃ.奈良で私を祀ってくれたら,国作りに協力してやるぞよ」
かくして,大国主は奈良に行って日本の礎を作るために励みましたとさ.
めでたしめでたし.

エェ〜〜・・・・,そんな展開ありかよっ,て.
そうです,大物主大神こそ,日本のデウス・エクス・マキナと言っていいでしょう.
デウス・エクス・マキナ(wikipedia)

・・・,まぁ,事の真相としては,どうせ近畿勢が出雲勢を謀略にかけたか,クーデターしたか.なんにせよ,あまり胸を張って語れないことで主導権を取り戻したものと邪推できます.

そんなわけで,舞台を(めちゃくちゃ強引に)近畿に移すことになった日本神話.
次はいよいよ国譲り,そして天孫降臨へと向かいます.
ここでは,国産み神話で3番目に位置付けられていた「隠岐島」のさらに一つ上,2番目に位置付けられている「四国」が重要な役回りをしていることが深読みできるものとなっています.


その他の補足記事
古代四国人・補足(邪馬台国の位置)
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関連記事

2017年5月8日月曜日

古代四国人・補足(三貴神を深読みする)

これまでの続きです.

前々回は,魏志倭人伝から読み解く邪馬台国の位置を「九州」ではないかと分析しました.
古代四国人・補足(邪馬台国の位置)

前回は,日本神話における国産み神話から,四国・九州を日本建国における重要な地域であることを分析しました.
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)

今回は,古事記・日本書紀における「三貴神」についてです.

なお,これは以下の過去記事の補足になります.
鳥無き島の蝙蝠たち(15)月読尊(ツクヨミ)

なぜ「神話」から日本の古代が読み解けるかというと,ある趣旨をもって語り継がれる「物語」というのは,それに類似した出来事が過去になければ受け入れられないからです.
松本直樹 著『神話で読みとく古代日本』によれば,「その『神話』が全くの創作であれば神話としての説得力を持つことはできず,広く民衆に語り継がれている古の事実の欠片を集めたものが『神話』になるはず」だからです.

つまり,古事記や日本書紀で述べられている神話には,そのモデルとなった出来事が実際にあった可能性が非常に強いということ.
この観点から古事記と日本書紀を分析してゆきます.

まずは「三貴神」について確認しておきましょう.
三貴神というのは,黄泉の国から帰ってきたイザナギが黄泉の汚れを落としたときに最後に生まれ落ちた三柱の神のことで,「アマテラス」「ツクヨミ」「スサノオ」を指します.
三貴子(三貴神)(wikipedia)

それぞれの支配領域や特性は一定していないようですが,主には以下のようになります.
アマテラス:イザナギの左目から生まれた女神.日本の最高神とされ,天と太陽を司る
ツクヨミ:イザナギの右目から生まれた男神.月神とされ,天と夜を司る
スサノオ:イザナギの鼻から生まれた男神.海神とされ,海原を司る
さて,この三柱の神ですが,これにもそれぞれモデルがあると考えられます.
そのモデルが,前回の続きからすれば「四国」「九州」,そして「近畿・出雲」ではないかと思われるのです.
理由を以下に示します.

古事記と日本書紀における「日本神話」が編纂された当時,日本の首都は近畿・奈良でした.
しかし,そのように日本統合が進む中においては,必ずや軍事・霊的・政治的な影響力を持った為政者や豪族が権力争いをしたはずですし,チャンスがあれば下克上を狙っている地方勢力もあったはずなんです.
それゆえに,「日本」という一つの共同体として民衆をまとめ上げるためには,各地に伝わる伝説や神話を基にしたと考えられます.

それは三貴神の神話についても例外ではなく,この三貴神が示すものは,これが書かれた当時においては「あぁ,この神様の話はきっと,あの地域のことを意味しているんだな」と察せられる物語だったと思われます.

仮にそう考えると,この三貴神の物語が示してるものは容易に解釈することができます.
つまり,
太陽神・アマテラス: 太陽神を崇めた地域とされる九州
月神・ツクヨミ: 食物の神々から成る地域とされる四国
海神・スサノオ: 中津国(出雲・近畿)に降り立った近畿
ということです.
地図上で示すとこんな感じ↓

順番に解説していきます.

まずアマテラスですが,これは前回の記事でもお示ししたように,太陽神を崇める地域である九州を擬人化(擬神化)させたものと考えられます.
さらに言えば,アマテラスは女神です.
女性がトップに君臨する国として有名なのはどこでしょう.そう,邪馬台国ですよね.
九州・邪馬台国は,国内においても卑弥呼や台与といったシャーマン(巫女)が治めていた国として伝説的な地域だったはずです.
卑弥呼は「日巫女(日見子)」のことだとも言われています.太陽を崇拝する地域が九州勢だった可能性は高い.

実際,国産み神話において九州(筑紫島)を司る神々の名前が,「白日別」「豊日別」「建日向日豊久士比泥別」「建日別」であり,しつこいくらいに太陽を意識させるものです.
さらに言えば,私が邪馬台国があったと考えている九州北部は「白日別」という神が宿っているとされていますが,日本書紀においてはアマテラスのことを「白日神」と表記しています.
これらのことから,アマテラスは太陽神を崇めるかつての大国,九州・邪馬台国を暗喩したものと考えられるのです.

次にツクヨミ.
ツクヨミは「月読尊」と表せば分かりやすいように,月を読む神様です.
月を読む.そう,カレンダーですね.
カレンダー(暦)とは「農業」,つまり安定した食料供給を人類にもたらした画期的発明です.

これを裏付けるようにツクヨミは,日本書紀においては保食神(ウケモチ)と面会した際,ウケモチが口から飯を出してきたので「汚らわしい」と怒って殺してしまう,というエピソードを持っています.
つまり,ツクヨミがこの世界に食物をもたらした存在として描かれているのです.

では,古事記において食物を司る神様はどのように示されているか.
そうです,四国の神様なのです.香川の「飯依比古」と,徳島の「大宜都比売」のことです.
このうちの大宜都比売(オオゲツヒメ)は,その後の物語においてスサノオに斬り殺されて食料をもたらしたという経緯があります.斬り殺された理由は「ツクヨミとウケモチ」の時と同じです.
このことから,「オオゲツヒメ = ウケモチ = 食物 = 四国 = ツクヨミという関係にあることが想起されます.
おそらく,四国勢は周囲に先駆けて「農業」における新技術を開拓した地域ではなかったかと思われます.

最後にスサノオですが,彼に関するエピソードは非常に多い.
このことから,スサノオが「主人公的存在」,つまり近畿勢の物語を意味するのだと私は考えています.

スサノオについて,国内向けに書かれたとされる「古事記」を確認しておきましょう.
その政治的やりとりが垣間見えるのが「アマテラスとスサノオの誓約」以降の話です.
その物語の概略は以下のようなもの.長いですが,重要なので概略だけでもご確認ください.
母(イザナミ)に会いたいと思い立ったスサノオは,姉のアマテラスに面会してから行こうという(意味不明な)理由で,まずは高天原に向かう.
対するアマテラスは,スサノオが高天原を奪いに来たと思って武装して待ち構えた.
スサノオはアマテラスの誤解を解くために「誓約」をしようと持ちかける.
※詳細は「アマテラスとスサノオの誓約(wikipedia)」を参照のこと 
その誓約によって疑いが晴れたスサノオは(なぜか)高天原に住み込み,挙句の果てに傍若無人な振る舞いをして高天原に混乱を招く.
怒ったアマテラスは天岩戸に隠れ,世界を暗闇に陥れる.
※以降の詳細は「天岩戸(wikipedia)」を参照のこと 
アマテラスを天岩戸から引きずり出すことに成功するも,神々はスサノオにブチギレて高天原から追放した.
追放されたスサノオは,腹をすかせているところをオオゲツヒメに御飯をもらって助けられる.
しかし,オオゲツヒメが口や尻の穴から御飯を出していることに結構ビビり,彼女を殺してしまう.
※詳細は「オオゲツヒメ」および「ハイヌウェレ型神話」を参照のこと 
オオゲツヒメからもらった食べ物をちゃっかり頂き,スサノオはそのまま出雲に降り立つ.
そこで出会った老夫婦に「助けてください」と言われたスサノオは,その地で暴れまわっているとされる「ヤマタノオロチ」を退治することになった.
見事,ヤマタノオロチを泥酔作戦で退治したスサノオは,その尻尾から現れた鉄剣「草薙剣」を手に入れる.
※詳細は「ヤマタノオロチ(wikipedia)」を参照のこと
最終的に,スサノオはこの出雲に住み着いた.
その子孫には,あの「大国主命(オオクニヌシ)」がいる.
ということです.
では,この一連の物語を,これまでの解釈をもとに分析していきます.

まず,アマテラスとスサノオの誓約ですが,これは九州勢(アマテラス)と近畿勢(スサノオ)による貿易・外交摩擦のことだと考えられます.
近畿勢としては,普通に考えると瀬戸内海と関門海峡を通って大陸と外交していたはずなんです.
特にこの時代(2〜4世紀頃を想定)は,武器・農耕具に必須である鉄器は,大陸からの輸入に頼っていました.
ところが,あまりにも近畿勢が大陸との貿易を盛んにするもんだから,その通商ルートの途中である九州勢としては不安になります.
つまり,「彼らが鉄器をたくさん輸入しているのは,そのうち我々に歯向かうつもりだからではないのか? 大陸と通じて,我々を挟み撃ちにするのではないのか?」と考えるのは必定.

だから九州勢としては近畿勢と会談をもった.そこにはその他の地域,例えば四国や中国地方とも協議して「話し合い」をした可能性があります.
もちろん近畿勢としては「いえいえ,そんなつもりはありません.武器は東国(北陸・東海)を相手に使うためのもの.ほとんどの鉄器は農耕具ですし」などと言い訳したはずです.
そして,この時はそれで許しを得られたものと思います.
これが「アマテラスとスサノオの誓約」です.

ところがその後,近畿勢はそこでの約束や宣誓を守らなかったのかもしれません.
当然,九州勢は怒って関門海峡を封鎖.それに呼応して中国・四国地方も瀬戸内海を封鎖した可能性もある.特に瀬戸内海は,中世まで海賊が蔓延る危険地帯で,ここを通るにはこの地域の国々の協力がなければ不可能でした.
これが「天岩戸」の物語になったものと考えられます.

外交・輸入ルートを失った近畿勢は,周辺国に助けを求めます.
その時に助けてもらったのがオオゲツヒメである「阿波国(徳島)」なのかもしれません.場所的にも隣で近いし.
これが「オオゲツヒメ」による食料起源.

とは言え,このままではジリ貧になる近畿勢.東国からのプレッシャーもあるし,瀬戸内海ルートに代わる新たな外交・輸入ルートを確保しようということで,思いついたのが出雲地方をまわる「日本海ルート」だったのではないでしょうか.
アマテラスや八百万の神々(九州・瀬戸内)から追われたスサノオは,ゆえに「出雲に降り立つ」のです.

つまり,こういうことです↓

途中の対馬,壱岐島がどれだけ自治的だったのか不明ですが,彼らにすれば大陸との通商をする者は皆同じ「客人」だったのかもしれません.
もしかすると「山口県西側 〜 沖ノ島 〜 対馬」という経由で進んでいた可能性もある.

この一連の話が「ヤマタノオロチ退治」として描かれたのではないかと思います.
(ヤマタノオロチが何を暗喩しているのか? については様々考えられるし,ここの本筋ではないので割愛します)
近畿勢にとっては,出雲の平定(もしくは友好,同盟)は死活問題だったはずです.出雲もかつては一大勢力だったことが分かっています.

もっと言うと,ヤマタノオロチの尻尾から出てきた草薙剣は,輸入による「鉄器の入手」という意味だけでなく,「製鉄技術の獲得」を指しているとも考えられます.
実際,古代における出雲地域は製鉄に長けていたことが知られていますので.
古代出雲(wikipedia)

さらにヤマタノオロチ神話を深読みすると,近畿勢が出雲をおさえることができたのは,「農業技術を教えたから」と考えることもできます.
例の「オオゲツヒメからもらった御飯」がきっかけですね.
つまり,近畿勢は四国・阿波(オオゲツヒメ)から教えてもらった農業技術を取引材料に,出雲に対し大陸との通商ルートの共有を迫ったということです.

そう考えると,ヤマタノオロチの退治の仕方も納得がいきます.
酒でオロチを酔わせて倒す.こう言ってはなんですが,とてもじゃないけどカッコいい戦術とは言えません.
しかし,潤沢な米を必要とする「酒」を大量に用意させるという物語は,稲作の充実性を示唆しているのかもしれません.これは,近畿勢が効果的な農業技術を出雲地域に教えることで,同盟関係を築けたことを暗示しているのではないでしょうか.

次回は,「古事記」上巻の中核であり,三貴神・スサノオの子孫である大国主命(オオクニヌシ)の神話について,政治的に解釈してみます.


その他の補足記事
古代四国人・補足(邪馬台国の位置)
古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)
古代四国人・補足(大国主命の神話の裏を読む)
古代四国人・補足(国譲りと天孫降臨から空想する
古代四国人・補足(神武東征で隠せなくなったこと)
古代四国人・補足(古事記の中巻を推定する)

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2017年5月7日日曜日

古代四国人・補足(国産み神話を深読みする)

以下で展開してきたことの補足記事です.
鳥無き島の蝙蝠たち(1)古代四国人
鳥無き島の蝙蝠たち(14)古代四国人2
鳥無き島の蝙蝠たち(15)月読尊(ツクヨミ)
波多国・七星剣が置かれた国

前回は魏志倭人伝から読み解く邪馬台国の位置を「九州」ではないかと分析しました.
古代四国人・補足(邪馬台国の位置)

今回は,過去記事で述べてきた古事記・日本書紀にある神話を下敷きとする「日本国の成り立ち」について,より詳細に読み解いてみます.
その中でも,「国産み神話」から古代日本を解釈しようというものです.

「神話から日本の成り立ちがわかるのか?」という疑問もあるかと思います.
もちろん正確には分かりません.
ですが,こんな面白い本があります.

松本直樹 著『神話で読みとく古代日本』

松本氏いわく,
「その『神話』が全くの創作であれば神話としての説得力を持つことはできず,広く民衆に語り継がれている古の事実の欠片を集めたものが『神話』になるはず」
というのです.

完全に正確な記述ではないにせよ,ある趣旨をもって語り継がれる「物語」というのは,それに類似した出来事が過去になければ受け入れられない.つまり,古事記や日本書紀で述べられている神話には,そのモデルとなった出来事が実際にあった可能性が非常に強いということです.

そもそも古事記と日本書紀は,編纂した当時の為政者である権力者や天皇が「日本を統治する正統性」を示すために作られたものです.彼らにとって都合の良いものでなければなりません.
しかしその一方で,権力者や天皇にとって都合のいい物語ばかりが並べられると,日本各地で語り継がれている伝説や神話との整合性がとれなくなってしまい,「私の知ってる物語と違う」という不満を民衆や地方豪族に持たせることになります.なので,あまり大きな改竄もできないわけで.

つまり,編纂者は「日本各地に伝わる『神話』を満遍なく使い,それでいて我々がこの国を統治するに相応しい経緯をもってこの場に立っている,ということを宣言する物語を作成する」ということに挑んだことになります.プロジェクトXみたいですね.

どうしてそんなことをしなければいけないのかというと,国家統合のためです.
考えてみれば当たり前ですが,当時の感覚では一般庶民や地方の豪族は「我々は皆同じ日本人」という意識なんぞあるわけがありません.
その地その地を独自に治めているものです.大きな山や川を挟めば,向こう側は「外国」.現代でも山や川を越えると方言が異なります.
近世までは役人や一部の職業以外は交流なんてほとんどなかったものと考えられます.

なので,古事記として編纂しようとする日本神話にしても,日本各地の人々が「あっ,その部分なら私もお爺ちゃんから聞いたことがある.へぇ〜,あの話ってこういうことだったんだぁ」と違和感なく受け入れられるものにする必要があります.
逆に言えば,その「神話」を違和感なく受け入れられてもらえれば,「同じ神話を共有する集団」すなわち「国民」を生み出すことができます.

特に古事記は,日本書紀と比べてもその性格が強いとされています.
何故かと言うと,日本書紀が外国語(中国語)で書かれているのに対し,古事記は日本語で書かれてるからです.つまり,日本書紀は読者が外国人であり,古事記は地方豪族を想定していると考えられるのです.

古事記と日本書紀は内容に細かい違いがあるのですが,逆に言えば「その違い」とは地方豪族を意識しているか否かの差である可能性もあります.
これについて考えるのは別の機会として,そういう存在である古事記をもとに,日本の成り立ちを解釈してみます.

まず,全体を俯瞰してみます.
古事記は,序と3つの巻から成っています.
1)序: 編纂目的の記述
2)上巻: 天地開闢 〜 天孫降臨の後,神武天皇の祖父・火遠理命のこと
3)中巻: 神武東征と神武天皇の即位 〜 応神天皇のこと
4)下巻: 仁徳天皇のこと 〜 推古天皇のこと
私はこの3巻構成それ自体に意味があるという説をとります.

編纂目的から逆算して,私なりに「古事記」を解剖すると,以下のようになります.
(きちんと研究されている学者の方々には申し訳ないですが)
1)序: そのまま
2)上巻: 日本が統合を始めるまでの騒乱の経緯と諸勢力について「神様」を使って暗示
3)中巻: 近畿地方を首都とするにあたり権力争いをした各地の王族や豪族を,すべて「天皇」とした
4)下巻: 実際に「天皇」という存在だった人達の話
特にこの上巻では,近畿に都を建てた「この日本」建国に至る諸勢力の経緯を「神話」として語っていると考えられます.
ですから,日本各地で語り継がれている「オラが町の伝承」との相違が大きくならないようにしつつ,古事記編纂当時の状況を肯定的に,かつ,正統性と権威性を高める文章にしなければなりません.

さて今回は,上巻における「イザナギとイザナミによる国産み」に焦点をあてます.

「国産み神話」には政治的な意味が付されていると思われます.
神話とは言え,国家プロジェクトとして編纂している政治文書を,なんの脈略もなく書いているとは考えにくいですから.
国産み(wikipedia)

まずは「国産み」によって産み出された島と順序を確認しておきましょう.以下の通りです.
1.淡路島
2.四国
3.隠岐島
4.九州
5.壱岐島
6.対馬
7.佐渡島
8.本州

興味深いことに,国産み神話によって生まれた島々や順序は,古事記の後に書かれた「日本書紀」だと以下のようになります.
1.淡路島
2.本州
3.四国
4.九州
5.隠岐島・佐渡島
6.東北・東日本(越州)
7.周防大島(大州)
8.吉備児島

あれ? なんか違う.
こうして「違う」ということ自体,その順序や登場の有無に何かしらの意味がある可能性は高い.

おそらく,ここで「国産み」されている島々(そのあとに出てくる小さな島々も含め)は,日本国を作るにあたって重要な位置づけとなっている地方だと考えられます.

詳細は省いて概要だけ.
いつも変わらぬ1番目の「淡路」は近畿勢,もしくは「今に続く天皇」,そんな彼らの出身地ではないでしょうか.
その後,「今に続く日本」を作るにあたって重要な役回りをした地域が羅列されてるものと思われます.

「四国」は外交と貿易ルートである瀬戸内海の覇者だった可能性があります.瀬戸内海を制する者が古代日本を制した可能性は高いんです.
「隠岐島」も有力者の出身地だったのかもしれません.縄文時代から本土との交易があったことが分かっています.
「九州」は言わずもがな.大陸との玄関口.もちろん邪馬台国があった有力地.
「壱岐島」「対馬」もそうです.外交や進軍ルートであるこの地は,日本建国にあって重要な意味を持っていたはずです.
「佐渡島」については今はちょっと保留.日本書紀では隠岐島と同列に扱われているので,同じく有力者の出身地なのか,何かしらの聖地扱いか?

古事記では最後に「本州」が登場するのですが,これは「最後に本州・近畿に都を置いたよね」という国内向けの共通認識を示しているものと考えられます.
もちろん,近畿より東の地である北陸・関東・東日本の平定が最後にあったことを意味するとも言えます.

その意味で,日本書紀の外国人用「国産み神話」では,淡路のあとに本州がきます.そして,北陸・関東・東日本を意味する「越州」が登場.逆に,対馬と壱岐島が消えている.
これは,海外向けに「我々が今いるのは本州であり,我々が統治しているのは東方にも広いんだぞ」という主張を示すためと考えられます.
外国人(中国・朝鮮)にとっては対馬と壱岐島は「日本」の玄関口であり,九州の一部であることが明瞭なので,わざわざ明記しなかった.そんなところかと.

さらに,日本書紀では瀬戸内海の要所,「吉備児島」「周防大島」が登場します.
この理由は明らかです.近畿から大陸への外交ルートにおいて,必ず通ることになる港町がここです.きっと,大陸からの使節団もここを利用したはずで,そんな彼らが分かりやすい場所を「国産み神話」として格上げしたものと考えられます.

この国産み神話には,もっと強い政治的意味があると考えられます.
イザナギとイザナミが産んだ国のなかに,明確に「神様」が宿っていることが言及されている島々があります.

四国と九州です.
他の地域はガン無視なのに,なんでこの2島には神様を宿らせているのか?
たんなる「おとぎ話」や「神話」とは片付けられないはずです.繰り返しますが,これは古事記.当時の国家プロジェクトですから.

ちなみに,四国(伊予之二名島)の神々と,その考えられる意味はこちら.
愛媛・伊予=愛比売(エヒメ):雅な地域という意味
香川・讃岐=飯依比古(イイヨリヒコ):肥沃な地域という意味
徳島・阿波=大宜都比売(オオゲツヒメ):五穀豊穣な地域という意味
高知・土佐=建依別(タケヨリワケ):武力を持った地域という意味
九州(筑紫島)はこちら.
九州北部・筑紫=白日別(シラヒワケ):白日(神)とはアマテラスの別名
九州東部・豊国=豊日別(トヨヒワケ):トヨヒワケとは,サルタヒコの別名
九州西部・肥国=建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ):日(ヒ)を連発しているので,太陽や火山を崇めていたという意味か?
九州南部・熊襲=建日別(タケヒワケ):武力を持った地域という意味.のちの薩人マシーンである
もうこれらをもって,その意味するところは「お察し」できるはずです.

日本統合に先立つ時代において,四国と九州は屈指の大勢力だった.

四国は瀬戸内海を,九州は日本海を,それぞれ日本の交通網をおさえていた勢力であり,国家統合とは,この2勢力の合意と承認なしには成し得なかったと考えられます.

そしてこの2勢力の影響力は,都を近畿に置いた当時においても伝説や神話として知れ渡っており,これを「国産み神話」から外すことはできなかったものと思われます.
ゆえに,この2勢力の御機嫌取りは必須.

その神々の名前を深読みすれば,以下のように捉えることもできます.
四国勢は,農業を中心とした地域だった.
九州勢は,太陽神を崇める地域だった.
そう言えば,農業って「カレンダー」が発明されて可能になった技術だよなぁ.
たしか,日本の太陽神って「アマテラス」だよなぁ.

ということで,この解釈はその後の神話「三貴神」へと続きます.
つまり,太陽神を崇める九州勢は「アマテラス」を意味しており,農業を司る四国勢は「ツクヨミ」を意味するのではないか?

これについてはまた次回.


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