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性教育についての考察

この時期は教員採用試験をがんばっている学生と面談することが多いんですけど,その中の何人かは保健体育科の教育実習で「性教育」を担当させられたそうです.
教育実習生に性教育を任せる学校は少なく,私自身は教育実習では受け持ちませんでした.でも,前期(5〜7月)の教育実習はちょうど性教育をする時期と重なっていることが多いんです.

性教育で何を教えているのか知らない人はいないかと思いますが,一応ウィキペディアから概要を引いておきます.
性教育(wikipedia)
日本の学校では、保健科や家庭科の時間を中心に行われ、体や心の変化(第一次性徴及び第二次性徴)、妊娠と出産、男女の相互理解と男女共同参画社会、性別にとらわれない自分らしさを求めること、性感染症の予防や避妊などの内容が扱われている。
上述しているように,本来,性教育とは生物的・社会的「性」に関する諸問題を扱うものなのですが,主な関心はどうしても性交渉と性感染症に集まります

さらに,ウィキペディアでは性教育についての変遷もまとめられています.
性教育は,受けた年代によってどんな内容だったか記憶がバラバラな科目として有名です.
90年代初頭までは,女子だけに行われることが多かったそうです.突然男子が教室から所払いをくらった,という経験がある人は40代以上の人たちでしょう.
その後,男子も対象に行われるようになります.私は小中高で普通に受けている世代です.
現在は性暴力や児童性犯罪を扱うことも多くなっているとのこと.
いわゆる「行き過ぎた性教育」とか「特定の思想に偏った性教育」として保護者やメディアから批判を受けることも多く,この授業を腫れ物のように扱っている教師は少なくありません.

そんな授業を教育実習生にやらせる学校は,なかなか気合が入っているなと思うのですが,学生たちとしても「現場の先生としても,実習生にやらせることで気が楽になるのでは?」と推察しています.本学の学生は心優しい奴が多いですね.

毎年学生とそんな面談をするなかで,そして,私も一応は保健体育科の教師であるからして,この性教育について考えるところはたくさんあるんです.

まず,「保健体育科」としてジェンダーとか性交渉,初経や精通の話をそのままズバリ扱う必要はないと思います.
はっきり言って,生徒からバカにされている授業なんですよ.道徳教育と一緒で,わざわざ学校でやることじゃない.
テストをして点取れなかったら成績に響くわけでもないし,大学入試や就活に役立つわけでもありません.あくまでこれは「知る機会」としての位置づけです.

なにも,性教育が不要だと言っているわけじゃありません.
セックスに関することは,ほっといても勝手に知りたがるものです.ジェンダーの意味は生きて社会生活をしてりゃ嫌でも知ります.

性教育を受けていないからセックスの仕方を知らないとか,社会における男女の役割が分からない,なんて人はごく僅かです.そのごく僅かのために,性器の形状や機能,マスターベーションやセックスの捉え方を教えるなんてどうかしてる.

その一方で,「日本は性教育が遅れている.不十分だ」という声もよく耳にします.
理由は,日本では性感染症と人工妊娠中絶が非常に多いことです.
実は増えている!? 日本の「性感染症」事情(マイナビニュース2017.6.12)
日本での人工妊娠中絶の現状 世界での認識はどうなっているか(たまGoo!2017.2.16)
実際,避妊や性感染症に関する誤った知識を持っている日本人は多いのだとか.

こんなニュースもあります.
タブー視される日本の性教育 今のままで良いか?(ヤフー・ニュース2017.5.24)
そこでインタビューを受けている元小学校教頭だった人がこう述べています.
「日本の場合、保健体育のおしべとめしべじゃないけど、部分的なところを切り取って教えている。そこだけ突出して。ただ、矛盾かもしれないけれど、性交渉のことをあけすけに説明しても、それで性の問題が分かるかというと、そうではありません。性と愛は微妙なものじゃないですか? センシティブなテーマだし。ただ、人間を考えていくと、必ず出てくるテーマなんだ、性と愛の問題は」
そうなんです.日本の性教育は断片的なんです.
対比するように,上記のニュース記事には他国の性教育も紹介されています.
フランスの高校には、「科学」の生物領域に「女性と男性」という単元がある。「女性と男性にとって必要な全てのことが教科書に載っています。体の仕組み、妊娠、出産。そうした基本的な事柄に加え、中学校では多様な避妊方法を具体的に教える。高校では不妊原因と不妊治療について最新の科学的知見も紹介している。
(中略)
フィンランドの場合は、フランスのように科学ではなく、「人間生物学」という領域に「人間」という単元を設けた。中学・高校の教科書は「人間の性と生殖」について生理学的に記述しており、例えば、母親の年齢と染色体異常の出現率、高年齢と妊娠の低下、不妊治療なども具体的に取り上げる。
うちの学生との面談でも出てきたんですけど,性教育は「生物」「理科」の授業としてやればいいのにね,って.
セックスとかジェンダーとか言い出すから,教える側も堅苦しくなったり恥ずかしくなって負のスパイラルに入ります.
純粋に「生理医学」の話として扱えばいい.
そして,なんなら大学入試の試験科目として必須領域にすればいいじゃないですか.
これに着手すれば,私はいくらかその政治家を見直します.

日本の性教育が遅れていると言われるのは,この「医療」としての側面が弱いことによります.
性感染症による危険性とか言われても,成績に反映されないのなら覚えないのが人間です.厚生労働省や医師会を説得して,保健体育科でも医療情報を教えられるようにするべきです.

日本の若者の性感染症と中絶が問題視される一方で,それと矛盾するように日本の若者のセックスレスも問題視されています.
セックスレスな日本の若者たち それはなぜ(BBC 2017.7.6)
国立社会保障・人口問題研究所が昨年9月に発表した2015年調査によると、性経験がないと答えた18歳~34歳の未婚男性の割合は42%、未婚女性の割合は44.2%だった。2000年以降、増加傾向にあるという。
その理由が不明なので,いろいろな憶測が飛び交っていますが,私はこれは日本の性教育の効果だと思います.
お気づきの方もいるでしょうが,この調査の対象者となっている年代の人たちは,男女とも「性感染症」のリクスについて性教育を受けている世代です.
私達も小中学生の頃,狂ったようにエイズとか梅毒とかクラミジアの話題が学校やテレビで取り沙汰されていたのを覚えています.

セックスレスの理由はいろいろ検討されています.
面倒くさいとか,自己肯定感が弱いとか,他に楽しみが増えたとか.
でも,これらは表面上に現れ,自覚・認識しやすい理由でしかありません.
どうして「面倒くさい」のか? どうして「他の楽しみ」に移るのか?
私は,その行動を後押しする深層心理のようなものとして「性交渉による危険性」という知識が影響していると考えています.

これと同じことが「喫煙」とか「飲酒」にも言えると思います.
「タバコ離れ」「飲酒離れ」といったことも,現在の若者の特徴ですよね.
現在の若者は,保健体育科の授業の影響を受け,順調に健康的になっているだけなのです.
喫煙率および飲酒率の推移(内閣府)
成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)
酒レポート(国税庁 PDFページ)
淫らにセックスするな,タバコや飲酒は健康を害する,と教えられているのですから,そりゃそうなるに決まっています.

もちろん表向きは「面倒くさい」「お金がもったいない」「他に楽しいものがある」などと理由をつけていますが,そもそもこれらにネガティブなイメージを植え付けられて育っているのが現在の若者です.

それに,「増加している!」と危惧されている日本の性感染症や中絶ですが,今さらながら,実はこれは統計的には「減少している」というのが正しい理解です.
例えば厚生労働省のデータによると,
性感染症報告数(厚生労働省HP)
■性器クラミジア感染症
平成15年(2003年):41,945
平成20年(2008年):28,398
平成25年(2013年):25,606
平成28年(2016年):24,396

■淋菌感染症
平成15年(2003年):20,697
平成20年(2008年):10,218
平成25年(2013年):9,488
平成28年(2016年):8,298

ね? 減ってるでしょ.
一方,気になるのがニュースにもなっている「梅毒」で,
■梅毒
平成15年(2003年):121
平成20年(2008年):212
平成25年(2013年):235
平成28年(2016年):1,385

と,このように激増しているのです.
ただ,この梅毒については増加の仕方が不自然すぎるので,「性感染症への関心の低さ」では説明がつかないのではないかとも言われています(増加したと言っても絶対数は少なく,その原因としては梅毒患者が多い中国人の急激な流入増加にあるのではないかと言われています).

またHIV感染者の報告数についても,エイズについての情報が氾濫した90年代から激増しますが,10年前(2007年)以降は「20代〜30代」からの報告数は減少または横ばいと見て取れます.
日本におけるHIV流行の現状(AIDS/STI related database Japan)

さらに言えば,人工妊娠中絶についても同様に,減少の一途です.
データは■人工妊娠中絶(Wikipedia)からです.
1965年:約84万件
1980年:約60万件
1990年:約46万件
2000年:約34万件
2013年:約18万件

以上,冒頭よりお話ししてきたことは全て筋が通ります(私の頭のなかでは).
まとめると,こういうこと↓

日本の学校では,以前から女子を中心に性教育をしてきました.それにより,望まぬ妊娠は減ってきています.
そして,90年代後半からは男女ともに「性交渉による危険性」という趣旨での性教育をしてきました.
その結果として,性感染症は減少しました.
しかし,その減少は「セックスは危険」という強迫観念を植え付け,性交渉の機会そのものを減少させたことによるものだったと推察されます.
このため,興味や楽しみを「健康」や「命」との天秤にかけた時,「面倒くさい」「他に楽しみがある」という理由のセックスレスの傾向が現れている.

もちろんテレビや雑誌等のメディアの影響も大きいでしょう.労働環境の過酷さがセックスレスと強い相関があるとも言われています.
しかし,学校での性教育はこの流れを主導したはずです.

これまで学校で行われてきた性教育を悪く言うつもりは毛頭ありません.
むしろ,性感染症や人工妊娠中絶を減らしてきている側面は十分に認められます.
ただ,問題は現場の先生方の負担です.

こっ恥ずかしいテーマで学生と気まずい空気を漂わせるより,もっと生理医学的な授業を展開した方がいい.そのための教科書と教材に特化したほうが,先生も気が楽です.
「射精したことがある人は手を挙げて」とか「愛のある性交渉が大事です」などと言うよりも,性感染症の恐怖と中絶や高齢出産の危険性を淡々と伝えることで目的は果たせます.
どうしても性行為についてやりたいのであれば,問題の本丸である「ポルノ・メディアによる誤った性知識の改善」に焦点を当てたほうがいいでしょう.

人間の「愛」とか「ジェンダー」についての勉強は,保健体育よりも「文学」や「国語」の方が適切です.