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一人称視点の映画について【これから撮ろうと企画している人への提案とお願い】

体育学的映画論「ハードコア」


こういう実験的な映画があります.
イリヤ・ナイシュラー監督『ハードコア』


映画のほぼ全編が主人公の一人称視点で展開する映画です.

最近よく見る,GoProなどのアクションカメラによる映像そのものと言っていいでしょう.
っていうか,調べてみたら実際にGoPro 3を使って撮影したらしい.

ハードコア(映画)(Wikipedia)
ほぼ全シーンが主人公・ヘンリーの視界として、スタントマンの頭部に固定されたGoPro Hero 3を用いて撮影されているため、主演男優・女優のクレジットはない。監督のナイシュラーもスタントマンを務めた。

試みは悪くないと思うんです.
でも,とにかくストーリーは面白くないし,カメラワークもつまらない.

ネットで本作のレビューを見てみたら,
「まるでFPS(一人称視点)ゲームみたいだ!」
「FPSの魅力が映画になったようだ」
と喜んでいる人たちもいますが,残念ながら私はそうは思いません.


ちなみに,FPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲームというのは,以下の図のような一人称視点で「自分」を動かして銃撃シューティングをするゲームのこと.
まるで自分が戦場に立って動いているかのような臨場感を味わえるゲームです.
今回の映画も,これと同じような視界が広がります.

画像:ウィキペディアより「ファーストパーソン・シューティング」

繰り返しますが,こういう映画を撮るというチャレンジは良い.
でも,この映画と同じ撮り方・カメラワークでは限界があると思うんですよ.


まず,「3D酔い(映像酔い)」が酷いことになる,という点.

レビューアーのなかには,本作がとても気に入ったからなのか,
「三半規管が弱い人は楽しめない映画」
などとマウントをとろうとしている人もいますが,そもそもGoPro視点での映像に「面白さが無い」ということを私は言いたいのです.

久しぶりに「体育学的映画論」っぽい話をすると,人間の視点というのはカメラ映像のようにブレたりしないんですね.
自分の体勢・姿勢,視点とが一致しているから,走り回ったり飛んだり跳ねたりしても視野は安定しています.
この映画やFPSゲームのようにグラグラ,ブレブレの映像にはならんのです.


そういえば最近,無駄に臨場感を出そうと「わざとカメラを揺らす」という撮影方法が流行していますが,あれ,私嫌いです.
単純に見づらいから.

これは「一人称視点」というよりも,「素人カメラマンによる投稿映像」が元ネタだと思います.


そういう意味では,一人称視点ではなく「現場のカメラマン視点」と言った方がいいでしょう.

それに,FPSゲームの魅力というのは,こういう「それっぽい映像」そのものではない,という点も重要です.

すなわち,
「自分が見たい場所を任意に見て楽しむことができる」
という点が,それまでのシューティングゲームとは一線を画しているはずなのです.

ですから,本作はGoProによる映像をタレ流しにしているだけで,「一人称視点」を視聴者に提供しているわけではありません.
あくまでものカメラマン(スタントマン)が見た映像を見せられているんです.

それなら,普通の映画と一緒じゃないですか.
もともと映画とは,作り手ならではの観点で切り取ってきた世界を楽しむところにあります.
安っぽいGoPro映像を見せられても,革新性も興奮もありません.


FPSの魅力を映画にしたいのであれば,広角レンズを使って画角を広くとり,広角レンズによる映像の歪みをコンピューターで補正して,映画スクリーンに収めるような処理をしてはどうでしょうか.

そして,映画では終始,揺れやブレは一切起こさず,主人公の動きや向きに合わせて「カメラ移動」があるだけ.
主人公の視点や首の動きなどは反映されず,静かで滑らかなカメラワークが展開されます.

これを頑張って表現すれば,「主人公座標の定点カメラ」という感じでしょうか.

映画の視聴者は,そこに映し出される映像のどこを見てもよい状態に放り出される,という企画なんです.

見たいところを見る.
それが本来のFPSゲームの魅力でもあるはずです.

FPSゲームによくあるじゃないですか.
主人公(こちら)に向かって歩いてきて話しかけてくる物語進行役の人がいるんだけど,こちらはそれを無視して違うことに勤しんでいる,っていう状況.

あぁいうのって,ゲーム上の物語の進行とは別に,プレーヤーの興味や都合で違う部分を注視する楽しみ方ですよね.

それを映画でもできないだろうか? ということです.

これは,映画館に何度も足を運んでみたくなる,っていうビジネス目的と同時に,画面の様々なところに仕掛けが散らばっていて,DVDやネット配信になってからも楽しめるという企画でもあります.

こういう「画面の情報量が多い映画」を嫌う人もいますが,作品を何度も繰り返し再生できる環境が整っている現代では,試す価値があると思うんですけど.


ちなみに,この企画に似た考え方で作られた画期的な映画が,アニーシュ・チャガンティ監督『Search/サーチ』です.




この映画は,全編ずっとパソコン画面のみで撮られています.
視聴者は,マウスのカーソルや入力画面を注視するよう誘導されるものの,画面のどこを見ていてもOK.
もっと言えば,PC画面の隅々に配置されたものが,この映画の世界観を構成しており,しかも事件のヒントも隠されているのです.


一人称視点の映画は,これからもっと増えて欲しいものです.
でも,『ハードコア』みたいに「一人称視点の映像を流すだけの映画」では,先がないでしょう.
ここに一工夫を入れる必要があります.