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この小説のアイデア,先に書かれた!|馬鹿と嘘の弓(Fool Lie Bow)

とある風来坊の話


今日はこんな小説を読みました.
森博嗣 著『馬鹿と嘘の弓』.
英語タイトルが「Fool Lie Bow」となっており,風来坊と読めるものになっています. 




実際,この小説の主人公は風来坊.
ホームレス生活をしている20代前半の若者の物語です.


まず思ったのは,
「なんとタイムリーな小説だこと」
ってこと.

最近,
っていう記事を書いたのですが,その内容と完全に一致してるんです.

あと,私としても,そのうち時間をつくって「例の小説」の外伝的なものを書いてみようと思っていたんですけど,その物語のアイデアそのものだと思わされました.
もちろん,森博嗣さんの方がハイクオリティな小説になっているはずですがね.

それに,先日は「子供の貧困」についてのブログ記事も書きましたよね.
それとの関連もあります.


つまり,「人間が自分らしく幸福に生きていくための物語」です.

本作の主人公のホームレス青年は,ジェームズ・P・ホーガンの「断絶への航海」と,コリイ・ドクトロウの「マジックキングダムで落ちぶれて」で示された政治経済思想を取り上げています.
すなわち,ベーシックインカム的な政治体制と,徹底した自由主義の両立.
これについて本作では,森博嗣さんの作品らしい「研究者気質の登場人物」を通して描いているんです.

ずっと読んでいても,ホームレス青年の問答や自問自答にいちいち頷けてしまう自分がいます.
それと同時に,この青年のあまりの純粋さと,過度な言動一致性,そしてその尖りっぷりに,「これでは先が思いやられるな」という同情と不安感がつきまとうのです.
結果,クライマックスではその不安が的中してしまうのですけど.

普通の人がいて馬鹿もいる.
馬鹿もいるけど,賢い人もいる.
その正規分布された人間社会を考慮した幸福論.

これは,著者から現代政治へ投げかけられた,諫言の書ではないかと思うのです.


私の過去記事と関連するところを引いておきます.
ちょっと長いですけど,分かりやすい部分なので読んでみてください.

「それから,これだけ社会が豊かになってきたのに,人間の場合は,働かないと生きていけない.これも,少し変だと思いませんか?」

「働かざる者食うべからずっていいますね」加部谷は相槌を打った.

「売れ残った食品を廃棄している一方で,食べ物が買えなくて餓死する人も大勢います」

「日本の中には,あまりいないのでは? 誰かが助けてくれるような気がします」

「助けを求めればね.求めないと駄目ですね.プライドがあって,助けてくれと言えない人は,死ぬしかありません.これは,変ではありませんか?」

「えっと,どうしてですか?」加部谷は首を傾げた.

「持てる者は,頭を下げてひれ伏すものには与える.今の世の中はそういった仕組みのように見えます.しかし,本来の基本的人権というのは,そうではありません.持てる者も持たざる者も,人間として平等であり,同じだけ生きる権利を持っている,自由に振る舞う権利を持っている,という意味です.はたして,今の社会は,そうなっているでしょうか? 昔よりは,だいぶましになっているとは思いますけれど」

「どんなふうに改革すれば良いと思いますか?」加部谷は尋ねた.

「手っ取り早い方法としては,まずは,ベーシックインカムでしょうね」柚原は言った.「わかりますか?」

「はい,わかります」加部谷は頷く.「だけど,そんなことをしたら,誰も働かなくなっちゃいませんか?」

「その心配をするのは,少し頭が古い人たちなのではないか,と僕は思います.今だって,親の脛を齧っている人は大勢います.反対に,働かなくても生活ができるのに,仕事に就く人は多い.以前のように,働かないと食べていけないという社会は,トータルの収支から考えれば,既に終わっているように観察できます.最低限の生活費を支給することで,仕事に対するストレスがなくなるし,そういった歪みから起こる犯罪も防ぐことができると考えられます.最低限の生活では嫌だ,という人だけが働けば良いでしょう.もう人間が働かなくても,社会は回っていくはずです.経済は成り立つと思います」

「機械やコンピュータが働くということですか?」

「そうです」

「そういう社会になったら,私は,働かないかも」加部谷は言った.きっと,柚原もそうなのだろう,と彼女は思った.

「怠け者ですね」柚原が言った.

「怠けるって,正直,楽しいと思います」加部谷は頷く.「でもそれは,仕事に縛られているからかも.ずっとフリーだったら,働きたくなるかもしれませんよ」

「そうなったら,働けば良い.働くことは,スポーツになります.レジャになります.未来は,きっとそうなる」

「将来,働くことがスポーツになる」っていう結論は,私も,
で書いていたので,読んでて思わず笑いました.

でも,こういうのを,
「そんなものは,世間を知らないガキによる荒唐無稽な理想論だ!」
って思う人もいるでしょうけど,一昔前なら,全ての国民に参政権が与えられて,好き放題なことが言える社会が実現し,そういう政治体制が持続できるなんてことを,自信を持って言える人はほとんどいませんでした.
それこそ,「世間を知らないガキが考えそうな理想論」だったのです.

「そんな政治体制で,近隣の危険な国々とどうやって渡り合っていくのか!」
と鼻息荒く心配する人もいるかもしれません.

ですが,「働かなくてもいい社会」を実現してくれている国家(日本)に対する愛着や忠誠心は,今より高くなるのではないでしょうか?
自然と志願兵は増え,国家レベルでの国防研究だけでなく,草の根の国防活動が活発になるかもしれませんよね.

それこそ,働かなくてもいい生活ができているのですから,趣味で国防活動をする人だってたくさん出てくるんじゃないでしょうか.
例えば,ボランティアで日本海沿岸を船で乗り回したり,尖閣諸島をクルーズする人たちが今よりたくさん現れるかも.
私は結構その可能性が高いと考えてますけどね.


それに,気分良く幸福に生活している社会・政治体制を見て,それを攻撃しようという国は完全に悪者になりますよね.
まずは自分たち自身の幸福を追求することが,自分たちの正統性や正義を国際的に示すための条件ではないでしょうか.

今,この国はそれを怠って,先に国際的な評価を上げることに必死なような気がします.
やらなきゃいけないことの順番が,逆だと思うんです.



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