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「断絶への航海」に見る,新しいライフスタイルの模索

必要なことを必要なときに必要なだけの人生・生活


昨日の記事に関連して,ライフスタイルに関するお話をしてみます.
その話の下敷きになるのが,ジェームズ・P・ホーガン 著『断絶への航海』というSF小説です.



以前も,
で触れた話題ですが,
「結局のところ,人間というのは住みやすいところに住めばいいと思っています」
というのが結論.

ただ,そのライフスタイルを徹底できないのが,現代人の悲しいところなんです.

なぜかというと,それは現代人の多くが,自分の周囲の人間が期待,憧れ,羨ましがるステータスを獲得し,それを維持し続けることに「人間としての存在価値」を感じる文化と思想を持っているからです.

それを捨ててしまいましょう.
そうすれば,心の平穏を得られ,涅槃寂静の境地へと至ります.

「真・断捨離」です.

それはあたかも仏教の教えや,イエス・キリストの言葉のようではありますが,実際,そのとおりだと思うし.

ホーガンの『断絶への航海』は,これを人類レベルでSFにしてみた小説なのです.


『断絶への航海』は以下のような話です.
※その後,この名作小説の設定をオマージュしたメディア作品が多々出ていますので,既視感が強いと思われます.

1990年代以降,地球の人類には争いが絶えず,核戦争による滅亡の危機に瀕していました.
そんな中でも宇宙開発テクノロジーは発展を続け,ついに惑星間航行技術と,ロボットによる自動繁殖技術が完成します.

時は2020年.
人類滅亡の危険性が高まるなか,人類は「自分たちの種の保存」を目的として,地球型惑星を自動探査する宇宙船を用意し,そのなかに人類の遺伝情報と,それを繁殖させ,教育するロボットを搭載して送り出します.

そして20年後の2040年.
アルファ・ケンタウリ付近まで到達した宇宙船は,そこにあった惑星「ケイロン」に到着し,そこで人類を繁殖させることに成功したと知らせてきました.

まだ勢力争いを展開していた地球の人類は,惑星ケイロンを掌握すれば,他勢力に先んじて人類としてのキャスティングボートを得られると画策します.
「新秩序アメリカ」「東亜連邦」「大ヨーロッパ」の3勢力のうち,新秩序アメリカがいち早く宇宙船「メイフラワー2世」を開発,そして出発.
ケイロンを目指します.

惑星ケイロンに到着した新秩序アメリカの乗組員は,「ケイロン人」と遭遇することになるのですが・・・.

このケイロン人,同じ人類ではあるものの,なんだかちょっと変なんです.

それもそのはず,ケイロン人たちは,宇宙船に搭載されていた教育ロボットによって,極めて道徳・倫理的で,合理的かつ科学的根拠に基づく思考を徹底するように育てられていたからです.

ケイロン人の特徴① 争い事を好まない


抗争は百害あって一利なし.
抗争を徹底的に回避したほうが,結局のところ全体の利益になることを,ケイロン人たちは知っているのです.

当然,「戦争」なんて無駄なことは考え付きもしません.

このことは,作者のホーガンが描きたかった重要な点だそうです.
人類が争いを止められないのは,結局,自分たちの先輩や親,先祖から受け継がれてきた,
「戦争で命をかけることには,人類としての尊い価値があるのだ」
という価値観が伝達され続けるからです.

ロボットによって教育されたケイロン人には「先祖」や「親・保護者」といったものがありません.
そういう人類には,戦争に尊い価値があるなどとは考えないのです.



ケイロン人の特徴② 極めて論理的な思考で生活している


例えば,ケイロン人の子供に地球人の牧師が議論をふっかけるシーンがあります.
「なんの証拠もないことを,いろいろ議論するのは,理屈に合わないと思います」十四歳くらいの少年が言った.「本当かどうかたしかめる方法がないのなら,どんなことだって言えるわけで,なんの意味もないでしょう」
「われわれは信仰を持たねばならん」牧師は燃えるような目を見開いて叫んだ.
「なぜ?」ピンクの服を着た少女がたずねた.
「なぜなら,聖書にそう書いてあるからだ」
「それが正しいことだとどうしてわかるの?」
「そのまま受けいれなければならないこともあるのだ」牧師の,雷のような声.
「ぼくもそう思うよ」と少年が言った.「だって,事実は変わらないから,あなたがどんなに別のことを信じても,どんなに大勢の人にそれを信じさせても,結局は同じことだ.見えないものをあると言ったり,検証できないことを信じるというのは,ナンセンスです」
ケイロン人は,子供の頃からそんな調子なのです.
このシーンでは,その後も牧師とケイロン人の子供の口論が続き,牧師がぐうの音も出ないほど論破されます.

こうした論理的思考が徹底されているケイロン人は,他人を裏切ったり,抜け駆けすることがどれほど無意味かを知っています.
しかし,彼らが「協調性が高い」とか「心が優しい」というわけではありません.
彼らはあくまでも「自己利益の最大化」のために,論理的に考えた結果として,他人を敬い,裏切ったりしないのです.

それが,抗争や戦争を回避する思考にもつながっているわけです.


ケイロン人の特徴③ 社会的ステータスを気にしない


上記の特徴から,地球人がこよなく気にする「社会的ステータス」も,彼らケイロン人にとっては無意味な価値観です.

仕事にしても,まさに,
「必要なことを必要なときに必要なだけ」
というライフスタイルなのです.

こんなシーンがあります.
警備担当をしている地球人の兵士が,そこで出会った養育担当のケイロン人と会話しています.
「ところで,あんたがたふたりは,ここの・・・先生か何かですか?」ドリスコルはたずねた.
「ときどきはね」シャーリィが答えた.「サイが教えるのは読み書きだけど,たいていは地表の学校でね.それも,電子技術や地下架線敷設の仕事の合間を見てのこと.わたしは,そういう技術関係は不得手なので,半島でオリーヴや葡萄の栽培と,それからインテリア・デザインをやってるの.ここへあがってきたのはそのためなのよ――クレムが,乗員区画と食堂を改装してきれいにしたいって言ったから.でも,わたしも,ときどきだけど,お裁縫を教えてるわ」
「それで,本職は?」とドリスコル.「基本的な仕事はなんです?」
「あら,それぜんぶよ」シャーリィの声には軽い驚きの色があった.「“基本的” って,どういう意味?」
「この人たちは,学校を出てから引退するまでずっと一つの仕事をするのよ」とサイが母親に思い出させた.
「ああ,そうだったわね」シャーリィはうなずいた.
彼らは,自分が得意なこと,出来ること,必要とされていることを仕事にしています.
今日はペンキ屋,明日はウーバーイーツ,来週いっぱいは生物学の研究者,なんていう生活をしている人がそこらじゅうにいるんです.

彼らケイロン人が気にしているのは,
「いかにして自分が持っている才能を引き出すか」
ということ.
誰かと出世競争をしたり,業績を比較したり,給料の高低で一喜一憂することはありません.

ここにあるのは,徹底的に趣味に生きる人々に思えます.


私が以前の記事,
で伝えたかったことも,これと類似しています.

田舎暮らしが良いとか,やっぱり都会暮らしが良い,とかいうライフスタイルの模索は必要ないのです.
好きな時に好きなように生活すればいいじゃないですか.

最近私も,ようやくこの境地が掴めてきました.
生活費が稼げれば御の字というスタートラインから,ひたすら趣味を仕事にしています.
それでお金儲けができているからラッキーです.
残った時間は,これまで父が手入れしてきた山河を引き継いで,ひたすら造園工事しています.
そのうち,この地域の観光名所になったらいいな,っていう楽しみを持っています.


自分が生きてて楽だと思うことをすれば,それが幸せにつながるのです.
思い切ってそれが出来ないのは,心のどこかで,
「そんなことしたら,他人から変な奴だと思われる」
「なんだかんだで,一つの仕事に安定して就いていた方が経済的に得なんじゃないか」
などと考えているからです.
ここから離れられない人は,ケイロン人的なライフスタイルを採用することは不可能でしょう.


ただ,ここ最近の社会情勢を見ていると,いよいよケイロン人のライフスタイルが現実味を帯びてきたんじゃないかと思います.

私たち農業関係であれば,自動操縦技術やロボット・ドローン技術,AI技術は目をみはるものがありますね.
そのうち,基本的な農作業は全自動になるんじゃないかと思います.
農家がやるのは,人間にしかできない部分へのこだわりでしょうか.

『断絶への航海』におけるケイロン人らしい生活を支えているのも,ロボットによる基本労働の自動化です.
基本的な衣食住の確保がロボット化すれば,ケイロン人になれる日も近いです.


あと,地球人がケイロン人に近づくための仕掛けとしては,「ベーシックインカム(最低所得保障)」ですね.
この制度,嫌う人は徹底的に嫌っていますけど,私はアリだと思っています.
もちろん,ベーシックインカムと言ってもさまざまな形態があるので,一概に言えないところはありますが.

ただ,ベーシックインカムを嫌う人がよく言う,
「そんなことをしたら,働かなくていいと思う人が多発して,社会が成り立たなくなる」
っていうやつ,あれってどうかと思うんです.

というのも,「働かなくていいと思う人」って,働かなくていいと思うんです.
だって,こういう人が嫌々働かれると,邪魔だもん.

「パレートの法則」っていうのがありますよね.
80対20の法則とも称されます.
パレートの法則(Wikipedia)

ビジネスで言えば,
「売上の8割は、全従業員のうちの2割で生み出している」
「仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している」
というのが有名です.

ベーシックインカムを導入したら,ビジネスが好きな人や,マネーという数値を増やすことをこよなく愛する人だけが経済活動に参加するようになり,そんな社会では,
「金持ちけんかせず」
が働くことが予想されます.
まさにケイロン人の発想です.


あと,社会が成り立たなくなるっていうやつも,
「嫌々でも働いている人がいるから,便利な生活ができているんだ」
という理屈が出てくるんですが・・・.
だったら,そんな便利な生活を捨ててしまえばいいんじゃないかと思うんですよ.

便利で不幸を生んでいる社会と,不便だけど幸福な社会だったら,おそらく人類の多くは後者を選ぶんじゃないかと思います.

典型的なのが,宅配業におけるサービスの過剰さです.
別に,今みたいに自宅のドアまで届けてくれなくても,どっかの集荷場に置いとくだけでもいいなって思うんじゃないですか.
不便になっちゃうけど,それで今よりギスギスした社会じゃなくなるってなったら,便益は高まると言えます.

電車やバスにしても,無ければ自転車や徒歩でいいわけだし.
あと,最近レジ袋有料化になって,レジ袋をわざわざもらわなくても良いな,って思う機会がたくさんあることに気づいた人も多いんじゃないかと思います.


こういう社会では,本気でその仕事に情熱がある人じゃないと取り組みません.
逆に言えば,そういう情熱がある人だけで仕事ができるんです.

なぜなら,ベーシックインカムが導入された社会では,社会的ステータスという価値が目減りして,代わりに,
「いかにして自分が持っている才能を引き出すか」
に着目する人が増えるであろうことが予想されるからです.

だって,どんな生活をしていても「生きられる」ことが保障されている社会では,自分の趣味に生きるくらいしか,「生きる意義」を見出だせないからです.

私はこういう社会について,結構楽観的に捉えています.

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