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忘れられない不思議な人々(1)博多駅にいた老人

私の人生において忘れることが出来ない人とエピソードを紹介してみよう


誰しもが,それまでの人生で忘れることが出来ない人物との出会いというものがあるものです.

そんな中でも,かなりユニークな人物をとりあげて紹介する記事シリーズを考えてみました.


記念すべき第1回目は,博多駅で私を喫茶店でコーヒーに誘い,モツ鍋屋で夕飯をおごってくれた老人です.
とても奇妙で不思議な老人として,知人にはよく話す鉄板エピソードでもあります.


福岡・博多駅にいた老人


高校3年のとき,大学受験のため福岡県に行ったことがあります.
新幹線で博多駅まで.

宿泊を伴うわけですから,ホテルを調達しなければいけなかったんですけど,当時は駅に着いてから調べればいいだろうと考えていました.
今思えば,かなりギャンブルなことをしています.

尤も,今みたいに「楽天トラベル」みたいな便利な宿泊予約サイトは存在してなかったので,当日の飛び込みでも結構すんなりと泊まれたものです.
実際,その時も博多駅構内にあった宿泊紹介コーナーで駅前のホテルがとれました.

そうして時間は夕方5時頃.

明日の受験のために,あとはホテルでおとなしくしてようかと駅を出ようとしたところ.
「君,君・・」
と声をかけてくる60歳〜70歳くらいの男性がいました.

パッと見は小洒落た感じで,どっかの大企業の重役か,それこそ大学教授のような雰囲気.
威厳はありそうですが,腹に一物かかえている素振りはなく,私の警戒心は当初から低かったことを覚えています.

「なんでしょうか?」
って返事をしたら,
「君はどこから来たの? 大学生か,高校生?」
とか尋ねてくるのです.

私が女性だったら,間違いなく振り切って逃げたでしょうけど,そこは人一倍体力に自信がある高校時代の私です.
ちょっとやそっとのケンカでは負けない自信もありましたし.
とりあえず駅の通路のド真ん中で会話をしてみました.

そう,この博多駅という結構大きい駅構内の通路のド真ん中,という場所も,私の警戒心を下げた要素の一つでした.
人気の少ない通路ならまた違ったでしょうね.

「なんだか困っているようだったから,声をかけてみたんだけどね」
などと言ってくるのです.
宿泊場所を探していた様子をずっと見ていたんでしょうか.

とりあえず「気持ち悪いなぁ」とは思ったものの,別に今から急いでどっかに行かなきゃならないわけでもないし,こんなに人がごった返しているところで何か危ないことをしようっていう老人とも思えなかったので,そこから会話を続けてみたんです.

そのうち,
「ここで話してるのもなんだから,そこの喫茶店でコーヒーでもどうかな」
と言い出しました.

そんな怪しい老人に,ついていくわけないだろ,って皆さんは思うかもしれません.
けどね,私としては警戒しながらも,ある種の冒険心が湧いてきちゃって,そのままこの老人との会話を続けてみようか,っていう気になったんですよ.

それに,今から考えても,博多駅に設置されている普通の喫茶店だし,しかも店内テーブルですらなく,オープンカフェっぽいところに席をとったので,何か良からぬことを企んでいたとしても,その時に私は(物理的に)逃げきれると思いました.
盗塁も得意だったし,とりえあず足には自信があったので.

喫茶店では,私が福岡に来たのが大学受験であることとか,どういう試験をするのかとか,そんな話をしたんです.
別に,怪しい詐欺みたいな話を持ちかけてくるわけでもなく,宿泊先はどこかとか,実家はどこかとか,そんな話題にはならないんですね.

むしろ,大学に行ったらどういう勉強をしたいのかとか,今の高校や大学はどういう状況なのかとか,大学を卒業したらどうするのかとか,そんな話へと展開するんです.

なんだこれ,親戚のオジさんとの会話みたいだなぁって.

いや,ちょっと待てよ・・・.
と,その時の私の頭には,今にして思えば全く見当外れなことがよぎります.
「もしかして,この老人,今回受験しようとしている大学の関係者ではないのか?」
と.

博多駅で無作為に受験生を掴まえて,興味深そうな人物だったら試験の結果を問わず合否を下す.
今考えると極めてバカバカしいですが,その時の私にはそういう考えも浮かんだんです.

なので,意味もなく好青年を演じてみたり.

喫茶店では1時間くらいいたかな.
午後6時くらいになったところで,
「君,お腹すいてない? 夕飯は食べてないでしょ?」
って聞いている.
「そりゃまあ,食べてませんけど・・・」
と返事をすると,
「じゃあ,私が知っている美味しいお店に行こうか.ここ博多はね,モツ鍋が有名なんだけどね・・・」
などと言うではありませんか.

はいはい,来たぞ来たぞ.
こうやって怪しい場所に連れて行く気なんだな!
って,いやが上にも警戒心は高まります.

一般人からすれば,「あ,もう私これから用事があるんで・・・」などと言って断るんでしょうけど,しかしそこは冒険心がいっぱいになっている私ですから,ギリギリまで耐えて,そこから急速離脱をしようと考えるのです.

よし,行ってやろうじゃないか,そのお店とやらに!

で,着いた場所は博多駅の脇にある,至って人通りの多い普通の店構えの,どっちかっていうと雰囲気の良い繁盛しているモツ鍋屋でした.
店主の女将さんが非常に快活で,店員のオッサンもまじめそう.

ちなみに,その後7年ほど経って久しぶりに博多駅に来たとき,そのお店を探したんですけど,博多駅増改築の影響で,その場所自体が無くなっていました.移転したのかなぁ.


女将さんとその老人は顔見知りのようで,つまり馴染みの客っぽかったです.
店に入ると,その老人が女将さんに挨拶し「2人だけど大丈夫?」みたいなことを言う.
それに女将さんも「あら〜,◯◯さん,お久しぶりぃ.どうぞどうぞ,カウンターに」とか言ってました.

で,カウンターに座ったんです.

ドリンクは? って店員のオッサンが聞いてくるから,その老人はビールを注文.
オッサンが「ビール御二つでいいですか?」ってなったから,慌てて「僕は烏龍茶で」って.
もちろんまだ未成年だからでもあるんですけど,酔っ払ってしまったら,いざという時の戦闘能力に影響するでしょう.
ここは慎重にいかねば.

女将さんが「いつもの鍋でいい?」てな感じで注文を聞くから,その老人は「任せます」って.
「ああ,なるほど,これが馴染みの客とのやり取りなのか」となんだか感心したのを覚えています.

モツ鍋は,客一人ひとりに1人前の鍋を用意して食べさせるスタイルでした.
で,メッチャ旨い!
え? モツ鍋って初めて食べたけど,こんなに旨いものだったの?
たぶん,この意味不明な警戒心を解いて,普通に食べたらもっと旨いんだろうなと思いました.

当たり前ですけど,そのうち当たり前の質問を女将さんが聞いてくる.
「ねえねえ,その若い人,ご親戚の人?」
って.

まさか,さっき博多駅で掴まえた見ず知らずの青年です,っていうわけにはいかないでしょう.
その老人は「うん」とだけ返事をする.
続けて女将さん,
「へぇ,甥っ子の方?」
って私の方を向いて言う.

で,私は思わず,
「はい」
って頷きました.
そして,
「◯大に受験に来ました.なので,今日はこの近くのホテルに泊まるんです」
と,アカデミー賞級の演技をかましてやります.
そしたら女将さん,
「あぁそう,え,じゃあ,◯◯さんが泊めてあげれば良かったのにぃ.ホテルじゃお金がもったいないでしょ」
とか言います.
どうやらこの老人,博多駅からそう遠くないところに住んでいる人みたいです.
老人はそれに対しては,
「受験生は親戚の家に泊まるより,ホテルの方がテスト対策のために都合がいいんだよ」
とかそれらしいことを返していたと思います.
「そんなもんかねぇ」
と女将さんも続けると,手の空いた店員のオッサンもこの会話に入ってきて,もう覚えてないけど何かいろいろ言ってました.

そうやって,全くもって「ウソ」の関係性のなかで,「ホントウ」のことを話す時間が続きます.

・・・なんだかね.
本当に摩訶不思議な時間を共有したと思うんです.

あと,繰り返しますが,そこのモツ鍋はすこぶる旨かった.
願わくば,もう一度あのモツ鍋を食べてみたい.


店を出ると,7時半頃になっていました.
ほろ酔いの老人は店の前で,
「じゃあ,明日の受験がんばって」
と言い残して,そのまま去っていったのです.

私が泊まるホテルですけど,実はその店のすぐ近くだったので,念の為,駅のコンビニに立ち寄って,跡をつけられていないか,監視されていないか確認した後にチェックインしました.


なにかの機会にこのエピソードをすると,
「そんな怪しい人についていくなんて信じられない」
という反応が多いですね.

あと,その老人については,
「定年退職後の寂しさを紛らわしたい人だったのではないか」
という評価が多でしょうか.


なお,その大学受験は不合格.
結果として,私は関西の大学に通うことになります.

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